東方和河童   作:BNKN

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42 家鴨の千切れ脚半

 

 雪の降る寒空の下、陽の光をもってしても底を照らすことの出来ぬほど深く黒い穴。旧地獄へとつながるその大穴は便宜上、通行禁止となっているがそのルールもどこか形骸化した節があり、度々地底の妖怪達を地上で見かけることもある。逆に地上から地獄へと向かう者は殆どいない。忌み嫌われ、追いやられた連中の溜まり場へ好き好んで向かおうという者は中々いないということだろう。

 

「それじゃあ行こうか」

 

 そんな大穴の淵。一歩進めばそのまま真っ逆さまとなってしまいそうな崖に佇む黄色。傘の代わりに合羽のフードを目深に被る彼女は誰かに語るように呟いた後、その小さな長靴を一つ進めた。

 

 

 〇

 

「じゃあ霊夢よろしく頼む」

 

 藍から渡されたのは通信機能の付いた陰陽玉。なんでも、スキマを使って何処からでも会話が出来るように改造したのだとか。

 本当に便利だこと。

 因みに紫は今冬眠中。

 

 

 つい先日、神社のすぐそばで間欠泉が吹き上がった。勿論、当初は驚いたし警戒もした。しかし吹き上がったお湯が地面にまで落ちてくる頃には丁度いい温度に冷やされており、大変魅力的であった。何が言いたいかと言えば、温泉を作れるんじゃないかと。そういうことだ。

 

 思い立ったが吉日ということで、暇そうにしている妖怪や悪戯を仕掛けに来た妖精どもを捕まえて温泉を作らせたのだ。冬のこの時期ということもあってか温泉は大変好評であったのに、二日もしない内に誰も彼も寄り付かなくなってしまった。

 

「ふむ、鬱陶しいな」

 

 藍は目の前に迫る怨霊をわざわざ声に出しながら握りつぶした。そう、客が来なくなったのはひとえにこいつら怨霊のせいである。基本的に妖怪も人間も怨霊は苦手なのだ。

 

「そんな言わなくても分かってるってば。要するに私の商売の邪魔をした輩を吹き飛ばせばいいんでしょうが」

 

 博麗の巫女たる私がなんとかすればいいと思うだろう。私とてそれは試してみた。だがまあ、結果だけを言ってしまえば無理なのだ。

 いや、別に怨霊が祓えないとかそうではなく、単純に数が多すぎる。1匹潰しては湧いて、潰しては湧いてとキリがない。そんなこんなで私の『温泉でぼろ儲け大作戦』は華麗に綺麗さっぱり頓挫した。

 

 地底なんて行きたいとも思わないが、私に喧嘩を売るような身の程知らずは叩いて潰す。

 例外はない。

 

「よし、霊夢行こうぜ」

「ええ」

 

 例によって例の如く魔理沙も付いてくる。まあ、今回は異変の解決ってわけでもないけれど。私の方も面倒だけど魔理沙の方も大概。

 

「はぁ」

 

 どうせ地底にいる様なのはろくな奴らじゃない。ましてや異変を起こしているような輩なんて手加減はいらない。そう思うと、魔理沙の方を私がやった方がいいかも知れない。

 

 〇

 

「畔よ」

 

 霊夢の杜撰な計画が破綻した折、小さな河童の中の妖怪がその宿主にこんな提案をした。

 

「体を貸して欲しい」

 

 今回の異変の舞台は地底。今までとは比べ物にならないほど危険な場所であることは言うまでもないだろう。恐らく畔には荷が重くなる筈だということで白忌が提案したのが、この案である。

 

「貸すって言っても…」

 

「主の許可さえあればこっちで勝手にやる」

 

「……」

 

 畔は乗り気ではなかった。

 それは体を明け渡すことに対してではなく、地底に行くことに対してである。確かに自分よりも格式高い、龍である白忌ならば地底であれそれなりに対応していけるかもしれない。しかし、肉体は畔のまま。龍ではなく河童には違いないのだ。

 

「妖怪というのは精神に帰する。つまり、精神の変遷は肉体の変遷へと回帰する」

 

「私が龍に?」

 

「そうではない。ここで言った肉体は身体ではなく、身体の性質。もっと突き詰めるなら妖力じゃ」

 

 白忌が言うには、白忌が畔の体の宿主となることで妖力の絶対量が白忌のそれになるらしい。

 

「そうなればこっちのモノで、私の力があるならそこいらの妖怪に引けをとるつもりは無い」

 

「……」

 

「大丈夫じゃって。基本的に戦闘は避けるし、避けられなかったとしても逃げることに力を使うからのっ!」

 

「…そこまで言うなら」

 

 そこにはある種の逃げもあったかもしれない。常に身の回り、すぐ近くに危険が蔓延る、そんなストレスフルな状況下であらゆる危険を回避する。鬼のように自らの肉体に絶対の自信を持つ者達であるならば、それもまた一興と笑い飛ばしてしまうのだろうが畔はその真逆。自信を持てない方向に幾多の実績が積み重なっているのだ。

 恐らく、今回は白忌を信頼してと言うよりも自分ではどう転んでも無理であるからという消去法的な考えが正しいだろう。

 

「なーんにも心配はいらんよ」

 

 

 

 

 

 と、言うのが半日程前。

 

 現在畔は地底へ続く大穴を壁伝いに真っ逆さまである。実は白忌ならば空を飛ぶことも可能である。だのに何故ゆっくりと壁に沿って降りるのか。それは内心の畔の騒ぎ様を見れば良くわかるだろう。

 自分の乗る車のハンドルを完全に手放すことの恐ろしさを身を以て体感しているのだ。

 

「しっかし、煩わしいのぉ」

 

 勿論それは心中でぎゃーぎゃー喚く畔のこともあった筈だがそれだけではない。降下を開始してからしばらく。陽の光が細くなりきった辺りから穴全体に大きな蜘蛛の巣が何重にも貼ってあるせいで進みずらいのだ。顔だの体だのに絡みつくから鬱陶しい。

 

 しかもこの糸、ただの糸ではないらしく、非常に太く弾力性に優れている。人間では…それこそ普段の畔なら力いっぱい引っ張っても千切ることは出来ないだろう。だが今はそんなことも無く、涼しい顔をしてブチブチと千切っては捨てる。

 

「ちょっと! 私の巣に何してんのさ!」

 

「む?」

 

 また一つ糸の壁に穴を開けた時、糸を伝って大きな影が畔に近づいてきた。

 なんだか怒っている様に聞こえる影の声。それを畔は無視し、まだ顔もよく見えない段階で一気に降下を早めた――というか一気に落ちた。ご丁寧に力一杯壁を蹴って加速済みである。

 

「え、ちょ」

 

 姿の見える影の困惑した声を置き去りに畔は地の底に勢いよく降り立った。この時の心内で畔が目も当てられないほどパニックになっていたことは想像するに難しくない。

 

 

 

 

(ちょっと白忌さん! やるならやるって言っといてくださいよ! 死ぬかと思いましたけどっ!?)

 

「ぎゃーぎゃー喧しい奴じゃな。少しくらい我慢せえて、死ぬわけでもあるまいに」

 

 首を掻きながらぞんざいに声に出す。

 木っ端妖怪にかまける暇はないと、一直線に異変の中心へと向かうようだ。

 

(そ、それはそうかもしれないですけど…もうちょっと手心とか手加減とかをですね)

 

「気をつける気をつける」

 

 本当に畔の気を組む気があるのか非常に疑わしい言い方である。

 

「何に気をつけるの?」

 

「おっ」

 

 傍から見たら独り言の会話をしながら差し迫った大きな木製の橋。その欄干に腰掛ける女が1人。日陰の苔の様に鈍く緑色に輝く目を畔に向けているのは、地殻の下の嫉妬心こと水橋パルスィ。種族的には橋姫という妖怪で、地底ではこの橋にいることが多いようだ。

 

「えーと、そうだ。独り言ですよ」

 

「そう」

 

 それきりパルスィは畔から目を離し、足の下を流れる川を退屈そうに眺め始めた。

 

「通っても?」

 

「別に私に許可なんて取らなくていいわよ。勝手にどうぞ」

 

 そちらから話しかけて来たのだろうがと顔を顰める畔。不満を目でパルスィに訴えるも最早パルスィは畔の方は見ていない。

 

「ふん」

 

 たがまあしかし、変に絡まれるよりはマシなのは確かである。畔は地底なんてこういう連中ばかりなんだと諦めてパルスィの背後を通った時であった。

 

「ああそうそう」

 

 パルスィが思い付いた様に振り返って、畔を呼び止めた。

 

「地底は地上と違って色々酷いからその心積り出いた方がいいわ。それが嫌なら帰った方がいいわね」

 

「酷いっていうのは?」

 

「色々は色々よ。貴方が何の目的で降りてきたのか知らないけど、騒ぎは起こさない方がいいと思うわ」

 

 そう言ってパルスィは旧地獄の猥雑とした通りに目をやる。

 

「ゴタゴタになった時、話し合いなんかじゃどうにもならないから」

 

「貴女は?」

 

「私だってこうして会話してるけれど、腹の中では何を思っているのかわかったものじゃないわ。物騒なことを考えているかも」

 

 含み笑いを見せるパルスィは何処か楽しげだ。何かを策略しているというよりも純粋に会話を楽しんでいる様な。

 

「誰だって妖怪ならそんなものでしょう。貴女じゃなくても」

 

「そうかもね。呼び止めてごめんなさい。もう行っていいわよ」

 

 

 

何処か気になる言葉を残されつつ、パルスィと分かれて旧地獄街道をひっそり歩く畔。足音を消して大通りの端をひたひたと歩くところは泥棒のようにも見える。地上の某コソ泥はもっと堂々としているが。

 

(服も変えたらよかったの)

 

(でも私合羽以外持ってませんよ)

 

 仮にも十数に見える女の子がそれもどうかとは思うがさておき、折角忍んでいるというのに黄色い合羽が目に付く。それに嵩張(かさば)る。とても隠密に適した服だとは言えないだろう。まあ、目に付くとはいえ色合い的にも旧地獄全体が喧しいので目立たずに済んでいる。

 

(で、どこに向かっているんですか?)

 

(神の匂いのする方へ)

 

(?)

 

 神の匂いとは。

 

 

 

 〇

 

「一体何だったんだ? 」

 

 突然地上から降りてきた妖怪に巣を破壊された土蜘蛛の黒谷ヤマメ。問い詰めてやろうと声をかけるも近付いただけで逃げられてしまい、向ける矛先を失った。

 

「あー…」

 

 残されたのは穴の空いた巣の残骸。

 修復に時間はかからないだろうが、どことなく溜息がこぼれる。

 

「直すか」

 

 ヤマメが呟いた瞬間、上から先程よりも大きな影が飛来した。此度はいち早くそれに反応し、迫る影の下で構えて巣に着弾する寸前で捕縛する事に成功した。

 別段、取って食おうという訳では無い。穴が広がる恐れを考慮して、きちんと設けてある通路へ誘導しようと、ただそれだけである。

 

「はいストップ」

 

「離しなさい」

 

 だと言うのにここまで高圧的な態度を取られれば、ヤマメとて少しムッとくるものがある。

 

「あのね、ここは通らないで欲しくて――」

 

「いいから離しなさい」

 

 有無を言わさず取り付く島もない。暗闇の中で光る赤い瞳はその鋭さを増すばかりである。

 

「や、そうじゃなくてあっちに――」

 

「警告はしたわ」

 

 無駄な争いを好む妖怪が多い地底。そんな地底の住人であるヤマメが、せっかく穏便に話を進めようというのに飛来物はヤマメの言葉より前に拘束している糸を力任せに引きちぎった。

 

「うぇっ!?」

 

 ヤマメのために補足しておくならば、本来土蜘蛛の糸はこんな簡単にちぎれるものではない。名前のない木っ端妖怪ではなく土蜘蛛という、大妖怪と言っても過言ではない妖怪の繰り出す意図がそんなヤワなはずが無い。勿論、此度ヤマメは完全にガチガチに捕まえてやろうというつもりではなかった。しかし、それにしたって腐っても土蜘蛛の糸なわけで。

 つまり、そんなヤマメの糸をちょいと力んだだけで千切るこの飛来物さんの力が異常であるということだ。

 

「ま、まった! まった!」

 

 糸から解き放たれた腕を巣へかざすのをみてふと嫌な予感を覚えたヤマメ。急いで止めようとするも時すでに遅し。翳された手のひらから図太い熱光線の束が放たれ、巣により大きな穴を開けた。

 

「ああっもう! なんてことっ」

 

 火は穴の淵からどんどん燃え広がっていき、最早ヤマメにはどうすることも出来なかった。

 

 やがて燃え尽きた巣。

 

 明るくサバサバした性格から地底のアイドルなんて呼ばれているヤマメであるが、流石に今回ばかりは虚しく笑うことしかできなかった。

 

 

 

 〇

 

(で、どうやってここに?)

 

(まあ、任せておれ)

 

 

 

 呑気に歩くこと数十分。

 畔はようやく賑わいを見せる街道をぬけた。そして、地面にキスするへべけれ妖怪達も少なくなり、やがていなくなる程進んでいくと姿を見せる西洋風の巨大な建物。その名を地霊殿といい、その大きさは地上の赤いアレと比べても見劣りしないほどである。

 そんな大きな地霊殿。妖怪がたむろしていておかしくない…むしろ妖怪が集る方が自然であると思われるが、先述の通り、此処には酔っぱらいの一人すらおらず、閑散としている。

 

 ともあれ、白忌の目的地は此処で間違いないようだ。心中の会話故に誰かに聞こえるわけではないが何となく声をひそめる二人。紅魔館の様に門番がいるわけでもないのにどうやって入るもクソもないが、入った後どうするかということだろう。

 まあ、紅魔館の門番が機能しているかという点については首を捻らざるを得ないところがあるがそれは別のお話。

 

 もとい、ズシリと構える地域を前にやはり何処か不安を感じる畔であった。

 

(まあ、見ておれて。上手くいく)

 

 止まっていた足を進ませる。敷地に入り、本館に近付いていくその足取りは悠長で散歩をしている様に軽やかである。

 

(ちょ、ちょっと!)

 

 畔が驚き声を上げるほど不用意に正面扉のノブに手をかけて力を込めると、こちらも不用心にもするりと開いた。

 

「おお…これは凄い」

 

 白忌が小さく声を出してしまうくらいそれは立派なものであった。畔が十人いても届かないであろうエントランスホール天井。各所にあしらわれた装飾は豪華を極め、凡そ幻想郷では中々見ることは出来ないだろう。

 

 驚いたのはそこだけではなく、そこら中にいるもぞもぞ動く影。様々な種の動物達のその数である。動物園さながらの光景に白忌すらも気圧された。

 しかし、いつまでも感心しているわけにはいかず、また奥へと進んでいく。不躾に入ってきた見ず知らずの妖怪に対し、動物達は興味が無いのか、そもそも気付いていないのか見向きもしない。

 

(誰もいませんね)

 

(阿呆。よく見よ)

 

 動物小屋紛いのエントランスホールを、抜けて通路に入っても誰ともすれ違わず、思わず呟いた畔を白忌が嗜める。白忌が指さしたのは奥からやってくる一つの影。

 ガラガラとキャリーボックスを引くような音を響かせ近づいてくるそれの天辺には可愛らしい猫の耳。鼻歌交じりに歩く彼女の周りには半透明で蒼いオーラを残しながら飛び回るいくつかの髑髏。正しく今回の異変で話題にあがった怨霊である。

 

(白忌さん! 前来てますよっ前!)

 

 畔でも視認できる距離で他の妖怪が見えない筈もない。とっくに相手からも見えているであろう距離である。だのに彼女は畔に気付いた様子もなく、鼻歌を歌いながら取手二つに車輪が一つ…いわゆる猫車と呼ばれる手押し車を押すばかりである。畔も畔で隠れる事もしない。ただぶつからない様に壁際に体を寄せるだけ。

 

 穴を落ちた時よりも騒ぐ畔に顔を顰めながらも前に進み、猫車は目の前まで迫っている。

 

 深夜に流れるB級映画の様に、週を跨ぐこともCMを挟むこともせず、焦らすことなく、猫車は畔の前を通過。何の反応も見せないまま、鼻歌を歌いながら離れていった。

 

 

(あ、あれ?)

 

(上手くいくと言うたじゃろが。一応お主の能力の一端じゃよ)

 

 白忌曰く、これは畔の『緩和する程度の能力』の応用というか白忌だからこそ出来ることなのだとか。普段の畔ならば精々足音を消すだとか気温の変化を和らげることしか出来ないが、白忌の力を借りるならある程度幅が効くらしい。

 

(言うなら存在感じゃな)

 

 それは1人のキャラクターではなく、背景。今の例で言うなら畔は猫耳の彼女にとって壁についた小さなシミのようなもの。いつかの透明マントの様に体が見えなくなったわけではなく、意識しなければ認識されないと、ただそれだけである。

 

(予め見つかっていればなんの意味もないがの)

 

 大穴を降下した時のように糸をブチブチと千切るなんてすれば、一挙にバレてしまうという。黙って歩くだけなら余程の妖怪出ない限り見つけることは困難だろう。

 

(そういうことは先に…)

 

(あいあい)

 

 度々すれ違う動物達にぶつからない様にだけ注意して進んだ先にあるのはこれまた大穴。

 ただ、地底に降りてくる時と違うのはその明るさと熱気。畔にとって熱気は左程問題にならないが、目が眩んでしまう程の光量が問題である。

 

 まるで太陽を目にしているような。

 

(じゃあ行くぞ)

 

 今度はしっかり確認を取ってからその穴へ身を投げる。正しく地獄をしている灼熱の釜。畔はボコボコと音が聞こえてきそうなほど煮えたぎった溶岩の最中でポツポツと形を残している、赤黒い岩肌に着地する。

 

「みィつけた…ハァ…」

 

 身を起こして目にしたのは太陽――ではなくそれと見紛うほどの熱球体。そして何より目立つのはそれを掲げる女。背中には大きな黒い羽根があり、宇宙を描いた様な深いマントを羽織っている。その腕には六角柱の大きな棒状の何か。右足首は生コンクリートの中に突っ込んだようにガチガチの歪な靴。胸元では赤く開いた瞳が虚空を睨んでいた。

 

「誰?」

 

 彼女の作ったであろう人口太陽は足元の熔岩のように煮え立っている。何処をとっても肌を焦がすような熱気を感じずにはいられない。そんな環境において、彼女の声は酷く底冷えしておりよく通った。

 

「見知不の畔と言う…言います。貴女は?」

 

「私は霊烏路空。別に名前を聞きたいんじゃあないんだけどな」

 

「ああ、しがない河童ですよ、ええ」

 

「ふーん。てっきり博麗の巫女が来るのかと思ってたわ」

 

「そのうち来ますよ、多分ね」

 

 何処か淡白な空の言葉に、畔は愛想良く笑いながら返す。

 

「それで、しがない河童の畔は何しに来たの?」

 

「いやね、少し…ほんの少しでいいんですよ」

 

「?」

 

 的を得ない答えに首を捻る空。

 畔は顔を俯かせて空を焦らすように押し黙るばかり。待てども先を続けようとしない畔に痺れを切らした空が尋ねる。

 

「何が少しなの?」

 

「それ」

 

 空の言葉を待ってましたと言わんばかりに顔を上げて指を差す。先にはやはり首を傾げる空がいた。

 

「何を言ってるの?」

 

「お主の持つ神の力を分けてもらいたいんじゃて」

 

 三日月型に歪む畔の口に、空は思わず不愉快そうに顔を顰める。

 

「よくわかんないけど、それは無理だよ。これは私が授かった力だもん。欲しいなら畔も貰ってきたらいいじゃん」

 

「ではそれは誰から?」

 

「んーとね、忘れちゃった」

 

 惚けた様な空な本心に畔はくつくつと楽しそうに笑う。顔を覆う手の指の隙間から笑顔の端が意地悪く空に顔をみせた。

 

「くっく、まあよい。それはいいんじゃよ。大体の察しもついとるしの」

 

「そ、じゃあ行ってらっしゃい」

 

「腹を空かした猛獣の前に血の滴るステーキがあるんじゃぞ? 無視なんて出来るものか」

 

 開ききった瞳孔。

 興奮気味に荒くなっていく呼吸。

 今の畔はどこからどう見ても異常であった。

 

「でも私は渡せないよ?」

 

「どーしようかのぉ… 」

 

「力尽く?」

 

「聞こえが悪い言い方をしよる。少しだけ恵んでもらいたいと、ただそれだけじゃよ。施してもらえればそれでいいんじゃて」

 

 畔が膝を曲げて前掲姿勢になるのを見て、空もまた構えをとった。

 

「悪いけれど他を当たって」

 

「無理」

 

 それは最早、開戦の合図に等しかった。

 

 畔が空へ向けて跳ねようとしたその時のことであった。

 空を挟んで対岸の岩に一人の妖怪が勢いよく降り立った。それから発せられる妖気、圧は決して生半可なものではなく、ここに置いて神を宿す空と肩を並ばすほどの存在感を放つ。

 

 それは若草を想起させる新緑の髪。

 それは暗闇の中で燃ゆる真紅の瞳。

 それは幻想郷で唯一枯れることのない一輪花。

 

「風見幽香…」

 

「こんにちは、百鬼」

 

 

 

 獰猛な向日葵が首を(もた)げた。

 

 

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