東方和河童   作:BNKN

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44 死体の詰められた機関室

 

 それは絶景だった。

 

 私が盗…参考にした、過去に見た幽香の妖力砲。その何十倍も強烈で、何百倍も無情だった。太過ぎるが故に「線」ではなく、絨毯爆撃に類する程の「面」の攻撃。それの通り跡は真っ直ぐに伸びて、地獄の歓楽街をも貫いてもまだ止まっていなかった。

 

「おい、幽香大丈夫かっ」

 

 ただし、その威力の代償も生半可なものではなかった。

 私がフランへ放った時の様に反動で吹っ飛ばされるとか、そんなレベルの話ではなかった。

 肘から先の真っ黒に焼け焦げた両腕は最早腕の形をなしておらず、ブラブラとかろうじて繋がっていた。それも幽香が身をよじると同時に地面に落ちた。

 

「私よりも畔を探しなさい!」

 

 血の混じる唾に喉をつまらせながら力強く叫んだ声に我に返る。今急を要するのは畔を探すことだった。

 

 私は爆撃跡地に降下して地面スレスレを搜索する。

 

「げっ」

 

 そこで問題が発生した。

 旧地獄の街からゾロゾロと妖怪達が集まってきたのだ。街を破壊された事に腹を立てているのか、ただ単に荒事に首を突っ込みたいのか。

 

「おい、お前らどいてくれ!」

 

 確かに街を壊したのは私達だが、今それに構っている時間がおしい。

 

「どいてくれだぁ? なぁに寝ぼけたこと言ってんだァ!?」

「騒ぎを起こすってのがどういう事かわかってねぇみたいだなぁ、おい 」

「おい、酒もってこい!」

 

 ワラワラとガラの悪い妖怪達が私の前に立ち塞がっていく。これだから地底のヤツらにはロクなのがいないとか言われるんだ。

 いや、悪いのは私達なんだけども。

 

「くそっ」

 

 こうなったら全員ぶっ飛ばして――

 

 

 

「!!」

 

 

 

 八卦炉を構えた瞬間その場が凍った。いや、そう感じただけかもしれない。目の前のゴロツキ達も感じているであろう威圧感の主は私の背後。

 

「こっちよ」

 

 知っている筈の幽香の声は氷の海を渡ったかのように底冷えし、満身創痍である筈のその姿には百の悪鬼羅刹をものともしない百戦錬磨の武神の影が見えた様な気すらした。きっとこれも俗に殺気と呼ばれるものなのだろう。ただ、フランや百鬼の時と違うのはその矛の向けられている対象。

 味方になるとこうも頼もしく感じるものか。

 

「文句があるならかかってきなさい」

 

 水を打った様な静けさの中にその声はよく響いた。

 肝を冷やし、逃げ出す奴らもいる一方で焚き付けられてより一層燃え上がる奴もいる。そういう奴らは最早興味の対象が幽香に移ったようでジリジリと距離を詰めていく。

 

「幽香っ」

 

 今の幽香ではとても捌ききれる数ではなかった。殺気の衝撃で忘れかけていたが、今の幽香はどこを見てもボロボロなのだ。いくら幽香が強大な力を持つ大妖怪だとしても、弱っている所で数の暴力に晒されればひとたまりもない。おまけにその一体一体が地底に封印される様な妖怪である。手が足りないことは明白だった。

 

「さっさと探してきなさい」

 

 言葉があった訳では無い。でもそう言われたのが分かった。私を強く睨むその目が語り、反射的に幽香の元へ向かおうとする私の足を縫い付けた。

 

「ッ~~分かった!」

 

 私は幽香へ流れていく妖怪の波を遡り、畔を探すために飛び上がった。

 

 

 〇

 未だ幽香の攻撃の熱が残る岩肌。

 妖怪達のいなくなった、ある一点に黒いモヤが集まっていく様子が見えた。

 

「あれか?」

 

 黒いモヤは徐々に形を作っていく。

 脚が生え、腰が浮かび、胴体ができて、最後に頭が乗った。

 出来上がった畔の体は重力に従って地面に崩れ落ちた。

 

「畔!」

 

 魔理沙は畔へ駆け寄るために箒から降りて地面に降り立つ。すると倒れていた畔の体が勢いよく跳ねた。

 

「こんクソどもがああっ!! よぐもやってぐれるじゃないか!? ああ!?」

 

 老人の喉を引き裂いたような(しゃが)れ声で叫ぶ白忌。憤怒に歪むその顔からは最早畔らしさは消え失せていた。

 

 

 

「リザレクションじゃあっっボケが! 一回殺した位でこの私が死ぬと思うなよ糞虫っ!! 落として突いて回して轢いて絞って潰して喰らって引き摺って嬲って犯して千切って殺してグチャグチャにして捨ててくれるっ!」

 

「っいいぜ、来いよ。一回殺した位でってことは何回かやりゃいいんだろ。付き合ってや――」

 

「死ね」

 

 一拍。

 魔理沙は目の前にまで迫った白忌に気付く。

 

「っっぶ!?」

 

 魔理沙は心臓目掛けて放たれた貫き手をなんとか魔力強化を施した箒で弾く。距離を取りたい魔理沙を許さないというように白忌が猛追する。恐らく一発でも貰うか捕まると終わりであろうその手を一手一手弾いていくが次第に掠り始め、じわじわと沁みる様な裂傷の痛みが魔理沙の動きを鈍くしていく。

 

「くっそ、離れろ!」

 

 腰を魔理沙の懐まで寄せて繰り出された重みのある拳と箒がぶつかった瞬間乾いた音が鳴り響いた。

 

「げ」

 

「しゅーりょー」

 

 んべぇと舌を見せる白忌が真っ二つになった箒を捨てやる。白忌は完全に無防備となった魔理沙の首を左手に軽々と持ち上げた。食い込む指の先に血の泡が薄らと浮かび上がる

 

「かっ…あっ…」

 

「じゃあの。無謀無策の魔法使い」

 

 白忌がゆっくりと右手を引いていく。自身を貫くであろう槍を目の当たりにして、苦しそうにもがく魔理沙の首をより強く締めあげる。

 半身一杯に引いた右腕は弾丸さながらに射出され、魔理沙のシルエットへと突き刺さった。

 

 

 

 

 

「は?」

 

 握られていた左手が開き、解放された魔理沙が地面へ落ちる。

 

「ゲホゲホっ…がっ」

 

 弱々しく咳き込む魔理沙。地面にザクロの実の様なヴィヴィドな赤色バタバタと音を立ててこぼれ落ちる。

 白忌は直ぐ様、後方にバックステップ。距離取って睨みつけた。

 

 魔理沙の前に浮かぶ、剣を振り切った後の人形を。

 

「また…またお前かっ」

 

 真っ直ぐに魔理沙の頭上から落ちてきて、無機質な音を立てて跳ねたのは

 

「私の……腕をっ! 人形遣い!!」

 

 腕であった。白忌の右腕の肘から先である。

 

 白忌は急いで妖力を集中させ、依然勢いよく血の噴射する傷口を止血する。

 喉を鳴らして呼吸を整えた魔理沙が立ち上がり、アリスの人形の頭を撫でて笑う。

 

「腕は生やせないみたいだな。部分的な治癒が出来ないのか、それとももう打ち止めなのか」

 

 魔理沙の探る目を受け流して白忌は辺りに目を配る。

 

「人形遣いはどこにっ」

 

「さあな」

 

「くそっ、クソッタレめ。何処までも忌々しいゴミ共が。じゃが…これでは……」

 

 無くなった右腕を庇いつつ、ぶつぶつと漏らす白忌。肉体的な痛みか、心象的なものか、その顔は歪みきっている。

 

「どうした妖怪。私を殺すんだろ?」

 

 前までと打って変わって強気な魔理沙の煽りに白忌は唇を噛む。

 

「図に乗るなよ人間。私が不覚をとったのはお前ではなく、あの人形遣いにじゃ」

 

「別になんだっていいぜ。今こうしてお前を追い詰めているのが私、追い詰められてるのがお前だ」

 

 黒い三角帽を被り直して八卦炉を光らせる魔理沙。

 

「……」

 

「どうした、来ないのか? 今なら一発だけ入れさせてやってもいいぜ」

 

 構えを解いて両手をぶらつかせるが、白忌はそれにこめかみを震わすだけで動きはしなかった。

 

「……………必ず殺す。お前も、人形遣いも、花妖怪も、八雲も、人間も、何もかもじゃ」

 

「あっ、おい待て!」

 

 熱の篭っていない声を残して頭をふる白忌。

 追いすがろうとする魔理沙の静止を無視し、猛烈な速度で地底の闇へ消えていく小さな影。

 

「くそっ。やっぱり逃げるか、そうだよなっ。アリス、追えないか?」

 

 いつもの魔理沙ならば追いかける事も出来たろうが、今の魔理沙には箒がない。

 

「無理ね。取り敢えず大穴は見張っておきましょう」

 

 白忌の腕を切り飛ばした人形。魔理沙が借り受けたのはこの一体だけであり、その役割は非常用の保険であった。詰まるところ、この人形に出来ることは少なく、ましてや白忌を追いかけることは不可能だった。

 

「くっそ、あいつを逃がしちまった」

 

「生き残っただけ上々…殺されたっておかしくなかったわ。恐らくあいつにもう一度、全快する力は残ってないわ。残機一つ潰したと思えば十分よ」

 

「でもチンタラしてられない」

 

「その通り。何としても探し出して捕まえる。そして、時間が無いのはあいつも同じ。捜索の目が広がる程あいつを取り囲む包囲網は増えていく。そうなる前にアイツは必ず動くわ」

 

「次は絶対逃がさない」

 

 

 

 空になげられた言葉は呪いか誓いか。

 

 

 

 〇

 

「ああっクソっ…クソックソッ!」

 

 地底某所。暗闇の中で壁にもたれ掛かり、唾を吐くのは白忌である。

 ジクジクと痛む腕のあった虚空を睨みつけて眉を震わす。

 

「だ、大至急補給せにゃならんっ」

 

 右半身を庇うようにしてフラフラと歩く白忌の前に一つの影が躍り出た。

 

「よう、調子はどうだ?」

 

「あ? 何の用じゃ。今虫の居所が悪――」

 

「ああ、知ってる。妖怪のくせに惨めに人間に追い込まれて、命からがらここまで無様に逃げてきたんだよな」

 

 何が楽しいのやらニヨニヨと笑みを浮かべる黒い影。

 

「はぁ…まあいい。餌が自らて向いてくれて助かったわ」

 

 白忌は怒りか呆れか溜息を一つ付いてから顔を上げて、笑顔の肩を掴み、押し倒す。首元に噛み付こうとした瞬間にある違和感を覚えた。

 

「……なぜ笑う?」

 

 そいつは嘲るように釣り上げた口を戻さない。今にも殺されてしまうという時に。

 

「いやぁ、心強い同志を見つけたなと思ってね」

 

「気でも狂ったか? 主は今から私の糧となるんじゃぞ。腹の足しとも言うが」

 

 鋭い歯先は食いこんで、やがて皮膚を破る。

 

「なぁおい」

 

 口から漏れた血が地面を濡らした時にいやにはっきりとした声が漏れ聞こえた。

 

「命乞いなら聞かんぞ」

 

 

 

「逆転の時だ」

 

 

 

「何を言うとる」

 

「虐げられる者達による一世一代の大勝負に是非あんたの力を貸して欲しい。

 妖怪にして、河童にして人間よりも脆弱な肉体を持ちながら管理体制側の八雲や博麗の巫女に殺意を滾らせる。実にらしい」

 

 離れた白忌の口元、薄く開いた唇の隙間から溢れた一滴の赤が彼女の頬を打った。

 彼女はふっと手を持ち上げて白忌の頬を撫でる。

 

「私達ならできる。いや、私達だからこそやれる。脳が痺れる下克上を見せてやる。

 ああ、素敵だ。きっと滅茶苦茶だ」

 

「負け犬のなんとやらじゃな。意気込むだけなら誰でも出来る。私にとっては足手纏いが増えるだけじゃ」

 

「分かってないなぁ。負け犬は負け犬なりにやり方があるんだ。具体的に見せろと言うのなら私に付いてこい。あんたの願いも近くなるだろうよ」

 

「……」

 

「その上で足手纏いだと言うのなら、煮るなり焼くなりお好きに。一矢くらい報いるかも知らんがな」

 

「……調子に乗るな。じゃがまあ見るくらいはしてやろうかの」

 

 先に白忌が立ち上がり、手を差し伸べる。差し伸べられた彼女は頬についた血を乱暴に拭った後でその手を取って立ち上がった。

 

 

 

 〇

 

 暗闇に押しやられてどれ程経ったのだろう。

 幽香さんがやって来た所までは、はっきりと外が見えていたのにそれからはさっぱりだ。白忌さんに話しかけても何の反応もなく、視界に映るのは黒色ばかり。前後不覚になる泥の中で時間と共に増していくのは不安ばかり。

 そう言えば、同じ様な状況をどこかで体験したことがある気がする。

 

 もう思い出せないけれど。

 

 

 

 眠ることも叶わず、時間の経過を知る由もない。唯一の救いは生理現象の類が無いことだろうか。いや、逆にそれがない事が時間すら不覚にしているんだ。

 救いでも何でもない。

 

 

 

 彼女はいつもこんな思いをしていたのだろうか。いや、会話くらいしていたはずだからこんな事はない筈だ。

 私は今どうなっているんだろう。白忌さんには悪いけれどこんな窮屈な思いは二度と御免だ。

 

 

 

 遅い。

 いくら何でも遅すぎる。

 時間がわからないとは言うけれど、流石にこれは長すぎる。

 あの人は何をしてるんだ。何を考えてるんだ。

 

 

 

 疲れた。

 

 余りに変化がなく、無音の無限空間に耐えきれず、さっきまで大声で叫んだりしていたけれど、それすらも黒に飲み込まれてしまった。疲れたなんて概念がここにあるのかなんて知らないけれど体感的な話。

 これじゃあ拷問だ。

 

 

 

 自分が何をしているのか分からなくなってきた。叫んでも、振り回しても、掻き毟っても、叩いても、抓っても何の変化もない。

 

 こんなの生きていると言えるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー、少し待たしてしもたな。すまんすまん」

 

 不意に辺りに光が満ちた。

 慣れない明かりにチカチカと目の奥を痛めながらに涙を流した。

 やっと解放された安堵と話し相手がいる安心感。或いは今の今まで長らく放置されていた事への怒りだろう。

 

 少し? 馬鹿いうな。とっても長かった。

 

「そう怖い目をするな。ほらここに座れ」

 

 そう言って部屋中央の青い椅子を引く。

 私は黙ってそれに腰掛ける。

 

「いや、本当に申し訳なかったな。どうじゃった?」

 

「どうだった? 最低最悪でしたよっ!」

 

 ぬけぬけと暢気に聞いてくる白忌さんに無性に腹が立った。申し訳ないなんて一言で済まされたくなかった。

 

「あーあー、五月蝿い五月蝿い。騒がんでくれ、ガキじゃないんじゃから」

 

「な、何それ! ありえない!」

 

「かー、これじゃからこんな所来たくなかったんじゃ。来なくてもよかったのに態々来てやったんじゃから、それをちっと汲めないかのお」

 

「何を言ってるんですか!?」

 

 私は冷静じゃないと思う。ヒステリーを起こす私を薄目で覗きつつ、耳に指を突っ込む白忌さんが理解出来なかった。

 

「分からんかなぁ。もう終わりなんじゃて」

 

「だから何が――」

 

 

 

 こぼれ落ちた言葉を拾う。

 

 

 

「何もかもじゃ。水知不畔という妖怪はここに消える」

 

 

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