東方和河童   作:BNKN

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46お前は知らんだろうが、そこに太陽はない

 

 降り積もった雪の上に雨が降り重なり、幾多の足に踏み固められた自然のスケートリンク。寺子屋に通う程の子供ならばキャッキャと遊ぶのだろうが、煩わしいばかりで邪魔なものに違いない。

 

 ここ博麗神社の正面大階段にも御丁寧にも一段一段に氷が張っている。唯でさえ普段は人の集まらない妖怪神社。その上、階段まで使えないとなると、いよいよ何も寄り付かないのではないかと不安を覚える所ではあるがそこは御安心。妖怪神社と呼ばれるくらいなのだからそこに集まるのは大概が人外である。元より、人間なぞ両手の指で事足りる程しか来ないのだ。そして、やって来る大概が人外であるせいで博麗神社に足を下ろす方法は多岐に渡る。

 普通に歩いてくる者、箒にまたがって降ってくる者、箒無しにふわりと降り立つ者、果ては空間が避けたと思えばそこからしっぽを揺らしながらズルりとおちてくる者なんかもいたりする。

 

「こんなもんかしら?」

 

 霊夢の柏手(かしわで)に、騒がしかった妖怪達の声が薄まる。

 

「私が仕切るのも可笑しいと思うけど、一応進行役は必要よね」

 

 集まった妖怪達は数多く、境内に上がることなく外で立って、一様に軒に座る霊夢を見つめていた。

 

「まあ、事情を知ってるのも知らないのもいるとは思うけど、取り敢えず全員に言うことは一つよ。畔を探して捕まえてきなさい。どんな形でも構わないわ」

 

 神妙に頷く一同。

 泣きそうな空から白い雪が降り始めた。

 

「事情を知らないって奴は、私か知ってる奴にでも聞きなさい」

 

 静まる空間、妖怪を先導する人間という奇妙な構図が目立つ中、集団の後方から場違いな怒声が聞こえた。

 

「なんで連れてこなかったんだ!!」

 

「…すまん」

 

 声の主は宝石の羽を揺らして魔理沙を組み敷くフラン。

 

「私に任せろって!! 絶対連れてくるって言ったじゃん!!」

 

「…すまん」

 

 燃え上がるフランに魔理沙は顔を伏せて謝るばかり。そんなフランの肩を姉吸血鬼が後ろから止める。

 

「フラン、落ち着きなさい」

 

「お前に任せたのに!! お前がっ」

 

 静止に構うことなく、魔理沙を前後に振るうフラン。見かねたアリスとレミリアがそれぞれ、二人を無理矢理引き離した。

 

「離してよっ! あいつ本当有り得ない!」

 

「落ち着きなさいって」

 

「こうしてる間に畔ちゃんがどんな目に合ってるかも分からないのに落ち着けとか馬鹿じゃないの!?」

 

 背中から羽交い締めにされながら魔理沙を指さし歯をむきだしにする。

 

「箒が折れたぐらいで諦めるとか、本当は畔ちゃんなんてどうでもいいんじゃないの!!」

 

「そ、それは違う! 私だって――」

 

「お前のせいで畔ちゃんが苦しんでるかもしれないっ! お前のせいで!!」

 

「フラン」

 

「そもそもっお前が畔ちゃんを殺したのが悪いんだっ!! お前さえいなきゃ――」

 

 境内の石版にヒビが入る。吸血鬼の力を遺憾なく発揮するフランの周囲は空気が軋む。魔理沙を睨み殺さんとする血走った目は蛇のように鋭い輝きを放っていた。

 

 矢となって魔理沙を責め殺そうと放たれたフランの言霊は魔理沙に届く前に切り落とされた。

 

 

「ちょっと黙りなさい」

 

 

 いつの間にか近付いていた霊夢の冷えた言葉とその手に持つ退魔針に押し黙らせられたのだ。

 

「今から協力して畔を探そうって時に身内で争ってどうするのよ」

 

「でもっ」

 

「でももクソもないわ。それだけ畔が好きなら今すべき事を考えなさい」

 

「っっ」

 

 姉から羽交い締めにされ、冷たく諭されて頭を振る妹吸血鬼。噛み締めた下唇から、強く握りすぎた両の拳の隙間から薄く血が滴り、降り積もった雪の上に牡丹の花を咲かす。

 

「その苛立ちは全部アイツに当てればいいのよ」

 

 姉を力づくで振り払い、飛び上がって消えるフランの背中に投げかけた霊夢の言葉が届いたかどうかは分からない。

 

 〇

 

 死に体の青空はなりを潜ませた。

 殺人日光の代わりに汚い雪が降ってくれるお陰で私でも外へ出られる。

 

「……」

 

 この冷気が今の私には心地よい。

 自分でだってわかってる。今私達が力を合わせるべきな事は百も承知だ。

 

「畔ちゃん…」

 

 でも無理だ。頭で考えて「はいそうですね」なんて捨てられない。

 

 魔理沙が今回で連れてきていればそれで済んだというのも本当のことだし、魔理沙が畔ちゃんを殺したからこんなことになったというのも本当のこと。

 詰まるところ、私にとっては魔理沙も仇なのだ。勿論実際に乗っ取ってる百鬼とかいうのも許せないけれど、目の前にいる怨敵に当たってしまうことはそんなに無理があることだろうか。

 

「違う」

 

 それは忘れなくちゃいけない。霊夢が言ってることもわかる。

 

 今は畔ちゃんを探さなきゃいけない。

 

 でも、ふと思った。私で畔ちゃんを捕まえるなんて出来るだろうか。見た目は彼女のまま、逃げる彼女を追い詰めて、無理矢理黙らして、引き摺って連れていけるだろうか。

 

 きっと無理だ。

 

 私にはそんな度胸がない。

 

 まして攻撃なんて…。

 

 叩けば壊れてしまいそうな彼女に対して強く当たる事なんてできないと思う。

 

 たとえ今の彼女が畔ちゃんじゃないとしても。

 

「出来ないよ」

 

 宝物なんだ。もう離すもんかと誓った宝物なんだ。それを自分で壊すなんて無茶言うな。

 

 きっと、さっき魔理沙を責めたのは八つ当たりも入ってる。自分で出来ない事を棚に上げて、失敗した魔理沙を責めていれば、それだけで私が正当化された様な錯覚に浸れる。そんなわけもないのに。

 

「痛い…」

 

 抓った頬がジワリと熱を持つ。

 こんな認識では彼女を救えない。

 もう遅いかもしれないけれど、私たちに出来ることは少ないけれど、ゼロじゃない。

 

 吹き荒ぶ(みぞれ)混じりの雪の肌を指すような冷たさは私の目を覚めさせるのにちょうど良かった。

 

 頭を整理するのに熱はいらない。

 

 

 

 〇

 

「しっかりしなさい。汚名返上するんでしょ」

 

 霊夢の心強いような、厳しい様な言葉が胸に刺さる。

 さっきフランに言われた言葉が未だに私の中で反響して大きくなっていた。

 

「ああ、そう…かな」

 

 私のせい。

 

 私があの時、畔を殺してしまった事が全ての原因なのだ。だからこそフランに責められても私は言い返せなかった。

 

 思えば、魔法使いになると家を出た時から私の身の回りは敵だらけだった。自衛の果てに妖怪を殺した事も少なくない。ただ、そこに何か思うことがあるかと言うとそういう訳では無い。

 きっとそれは私の中で『助かるためだから仕方ない』って言い訳が簡単に作れるから。

 

 

 ただの人間の私からしたら弾幕ごっこは酷く都合がいい。

 何故なら相手を殺すことなく、自分が殺される可能性も少ないから。

 無駄な良心の呵責に心をすり減らす必要が無いから、何もしていない妖怪を弾幕ごっこで攻撃してしまったとしても、一言謝って、酒に流せばそれなりに丸くおさまる。だからこそ私は忘れてたのかもしれない。

 

 世界には取り返しのつかない事があるという事を。

 

 自分がそれをしてしまうという可能性を頭からすっぱり無くしていた。

 畔は私に殺された。それは取り返しのつかない事実だ。フランの、畔が今も苦しんでいるかもしれないという懸念も、今畔が置かれている状況も全て元を正せば私が引き金だ。

 

 言っちゃ悪いが、仮に畔が私と何ら関わらない無縁の妖怪であったままなら私がここまでぐるぐると理屈を捏ねることも無かっただろう。

 

 でも、そうはならなかった。

 

 畔は私に笑顔を見せて、私と冗談を言い合って、私と酒を飲んだ。一緒に異変解決に動いたこともあったな。夏でも涼しい畔を頼ったなんて記憶もある。

 

 畔は私の友達になった。

 

 なってしまった。

 

 妖怪と人間だろうが関係ない。酒を分け合うのに種族の差なんてない。言葉をかわすのに力の強弱なんてない。

 

 でもだからこそ私は今こうして自分の蒔いた種に首を締められる。

 

 私が全力で攻撃したとて、百鬼はびくともしなかった。それは私の人間としての限界を見せつけられた様な瞬間だった。友人を助けたいと願う私の力不足は容赦なく私の心を蹴り倒す。

 

 私がやらなきゃいけない事は分かってる。

 

 でもたかが人間に何が出来る。今回私は何も出来なかった。所詮マジックアイテムに頼ることでしか牙を剥けない哀れな草食動物に変わらなかったのだ。

 

「ふんっ」

 

「いたっ!」

 

 霊夢が大きな溜息を吐いて、私の頭を強く叩いた。

 

「アンタもフランの奴もグダグダと考え過ぎなのよ。馬鹿なんだからごちゃごちゃ言わずに行動に移しなさい」

 

「でも霊夢、私じゃ――」

 

「やかましい。出来ないことの言い訳なんて考えてる暇は魔理沙にも畔にもないんじゃないの?」

 

「私…」

 

 もしかしたら誰かに言ってもらいたかっただけかもしれない。

 

「相手が死なないから何? そんなの今まで幾らでも経験したことでしょうが。

 相手に力が通じないから何? 通じないなら通じる様に死にものぐるいで策を講じなさい。

 私の知ってる魔理沙は一度や二度の失敗でへこたれる様な貧弱なやつじゃないわよ」

 

 いや、霊夢に言ってもらいたかったのかもしれない。そうだ、凹みたい気持ちはその辺に捨ててやる。

 

「…ああっ」

 

 私が畔を助ける、その意思を盾に自分に無茶をしてやろう。

 ただの人間? 違う違う。私は魔法使いだ。

 

「ふん。分かればいいのよ。でも魔理沙の力不足も現実として受け入れなきゃね」

 

 本当ありがたい奴。

 

「ぐっ、痛いところ突くなぁ」

 

「甘やかすだけじゃ伸びないからね」

 

「実体験か何かか?」

 

「うるさい」

 

 うん。軽口のお陰でいつもの感じだ。

 

 うじうじするのはらしくない。

 

 謝って許してもらうとか、許されないとか、そんなのは後回し。出来るか、出来ないかですらも後回しだ。

 

 私が言った事だ。

 

『あるのは命をかけた探究心とそれに準ずる結果だけ』

 

 ああ、命をかけてやろうじゃないか。

 自分の尻は自分で拭けるってとこを見せつけてやる。

 

 

 

 普通の魔法使いを語るんだ。魔法使いらしくあろうじゃないか。

 

 

 

 〇

 

「っ」

 

 未だ治らぬ腕に痛みを覚える。

 まだ冬だと言うのに滴る汗が髪を濡らして、肌にへばりつく。

 

「何動こうとしてるのよ」

 

 赤と青のいかれたデザインの服を何故か着こなす銀髪の女が私の傍らに立つ。

 

「こんな所で油を売っている暇はないわ」

 

「油を売ってるわけじゃないでしょうに」

 

 魔理沙に半ば無理やり連れてこられたここ――何だったかな。ああそうだ、永遠亭だ。月を盗んだ異変の主犯らしい。それはともかく、確かに少々傷を負ったが、こんなもので死ぬわけもない。

 

「あのね不満な顔してるけど、貴女かなり重症だったでしょ」

 

「唾でもつけとけば治るわよ」

 

「医学を馬鹿にしてるのかしら?」

 

 まあ、冗談は置いておくにしても本当に死にはしない。あんなチンピラどもに殺される程落ちぶれちゃいない。たとえボロボロであったとしても。

 

「別に貴方を診なきゃならない義理もないけど、それなりにお代は貰ってるからね。せめて、腕が生えるまでは安静になっていてもらうから」

 

 余計な事を。

 ほっときゃ治るんだから安静にしていようが、いなかろうが関係ないでしょうに。

 

「ほっといたら治るとしてもよ」

 

「…さとりかしら?」

 

「多分、誰でも分かるわよ」

 

「ふん」

 

 畔には時間が無い。

 

 閻魔から聞き出した話によれば、畔は魔理沙からの攻撃で既に死んでしまったと。もうこの時点で腹に据えかねるものがあるが、それは後回し。罰するかどうか決めるのは私ではない。

 取り敢えず、私と話していた畔はいつ消えるか分からぬ魂の残り香らしい。おまけに今の畔の体はアイツの物になっていると。その内に見た目にも変化が出てくるとも言っていた。何もかも乗っ取られ、畔が消えてしまう前に助け出さなければならない。その上で畔が何を考えるかは私の決めるものではない。

 

 要はさっさと畔をあそこから引きずり出せばそれでいいのだ。

 

「…畔さんだっけ?」

 

「ええ」

 

「友人がここまで気にかけてくれるなんて幸せ者ね」

 

「…」

 

 幸せなのだろうか。

 

 私は畔と出会ってから長い時を共有したと思う。それは私が妖怪ということを踏まえてである。その中で、畔が抱えている悩みだって五十や百じゃきかない程聞いてきた。だが、どれも表面をすくった様なものばかりだった。きっと私は畔の核心には触れることも、見えることすら出来ていない。

 

 会話の端々に感じる畔の自虐的思想。

 

 時折見せる畔の自嘲的な愛想笑い。

 

 随所から感じ取れる精神的な脆さ。

 

 それを表に出させている根本的な原因を畔の口から聞いたことは無い。聞いたことはないが、想像はできる。

 

 周りに自分が理解されないと言うのはとても辛いことだ。自分が誰もいない森の中に迷い込んで、永遠に出られない様な錯覚に陥る。

 

 きっと畔は自分を甘やかせる環境を用意されたなら、何の疑問も持たないままにそこに行ってしまうだろう。今回のこともその可能性が高い――と言うのは私の願望だろうか。私は私以外に見せる笑顔を知らない。

 

 だから、私には分からない。畔が幸せだったかは計り知れない。でも、少なくとも私が知る限りでは幸せではなかったと思う。

 それを知りながら手をこまねいていた私もどうかとは思うが。

 

「貴方が言ったことで明確に間違ってる事が一つだけあるわ」

 

「あら、それは何?」

 

 幸か不幸かは知らない。

 

 私が気にかけているというのも間違っていない。

 

 ただ、

 

「畔は家族。友人じゃないの」

 

 それこそ閻魔様からお叱りを受けるくらいには長いこと生きてきた私だが、一人の木っ端妖怪に対してここまで熱を注いだことは他にない。何の気まぐれでこの付き合いが始まったかなんて当の昔に忘れきったけど、一度近付いてしまえば離れられない。

 なんだろう、畔にはそういう能力があるんじゃなかろうか。

 

「…それは失礼。いいご家族を持ったのね」

 

 私が腹を痛めて産んだわけでも、血を分けた姉妹というわけでもない。だが、少なくとも私は畔を家族だと思っている。

 

 だから…魔理沙は後回しだが、絶対にアイツを許さない。

 

 

 

 〇

 

「くあ〜ぁ…」

 

 人の背丈の何倍という大きさの竹薮の中、一寸先すら良く見えない暗がりを長い白髪のよく目立つ、赤もんぺを着た女が欠伸しながらてくてく進む。

 

「昔はこんな時間で眠くなることなかったんだけどなぁ…歳かな?」

 

 時刻は夜中二時過ぎ。俗に丑三つ時と言われる時間帯である。普通、丑三つ時の幻想郷の人里以外を女が一人で出歩く事は無い。その理由は最早、言うまでもないことだろう。

 

「ああ、やだやだ。歳はとりたくないもんだ」

 

 見た目からは想像出来ない、婆臭い発言を残して進む。

 彼女の名は藤原妹紅。迷いの竹林に住み込む健康マニアの蓬莱人である。

 

「歳はとりたくないって、不老じゃろが」

 

「うおっ」

 

 妹紅の前から現れた黄色い合羽の白っぽい妖怪。

 

 灰色の髪の毛をくるくると指先で弄んでいる。

 

「誰?」

 

「んぁ? そんな悲しいこと言わんでおくれ。私の裸を見たくせに顔を忘れるとは罪な女じゃな」

 

「は、裸? …あーっ!」

 

 両手を打って仰け反り驚く。

 何もかも古いリアクションである。

 

「やーっと、思い出したか。名無しの全裸妖怪改め、白忌じゃ。どうぞ、よろしくの」

 

 

 

 

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