東方和河童   作:BNKN

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47 殺害者のアポロジー

 

「あーっ!」

 

かび臭い蓬莱人の手を打った驚きは夜風に吹かれて竹薮に消える。

 

「まったく、寂しいのう」

 

 おいおいと泣き真似をして見せる白忌に妹紅が聞きなおした。

 

「えっと名前が何だって?」

 

「白忌じゃ。歳だからって耳まで遠くなって貰っては困る」

 

「うるさいな。名前を覚えるのも最近は億劫なんだ。聞きなおすくらい勘弁してくれ」

 

 ボリボリと括った白髪をかきあげる。

 結び直したリボンの下からのぞかせる顔は薄く笑みを浮かべていた。

 

「で、そこそこ久しぶりか?」

 

「ああ、そうじゃな。ちと忙しくての」

 

「そっか。名前も決まったみたいだし、待った甲斐があったかな」

 

「待っててくれるとは嬉しいのぉ。涙が止まらないのぉ」

 

 喜色満面の笑みで言うと説得力が違う。

 

「相変わらず調子いいな」

 

「まあまあ、感謝してるのは本当じゃよ。動けない私を無事に竹林を案内してもらったしの」

 

「割と元気だったと思うけど」

 

「それはそれじゃ」

 

 人の子ならば泥のように眠っている時間だというのに、やけに賑やかな妖怪と元人間。妖怪の闊歩する竹林で立ち話に興ずるその異常性たるや。

 

「よし、私の家で飲むか」

 

「…んん、そうじゃな。そうしよう。お主のこともちゃんと知りたいしの」

 

「それはこっちのセリフ。素性が一切不明じゃんか」

 

「はっはっは。それもそうじゃ」

 

 肩を組もうとした白忌は身長差に気付き、妹紅の背中へ飛び乗った。

 

「うわっとと…急に乗るなって。落ちるぞ」

 

「いや、やはりここは落ち着くのぉ」

 

「…変なヤツだなぁ」

 

 おんぶ…と言うよりはただ白忌がぶら下がっているだけに見える。肩に手をかけて妹紅の背中に頬擦りを繰り返す背中の荷物に、訝しむ様子は見せつつ、満更でもない妹紅だった。

 

 

 

 〇

 

「いやー、これを家と呼ぶには些か無理があると思うの」

 

 背中に妖怪を背負う蓬莱人が立ち止まった竹薮の中の開けた土地。開けたと言うか無理やり開かしたと言った方が正しそうだ。適当に組まれた木材の上に適当に乗せられた屋根らしき何か。外から視認できるレベルで穴が空いているのは気のせいだろうか。

 あばら家と言って満点を貰えるボロきれ具合を見せるそれの備え付けの悪い扉を無造作に開いて中に入るそれの家主。

 

「慧音みたいなこと言うなよ。どうせ死にゃしないんだ」

 

「慧音?」

 

「ああ、知らないか。忘れていいよ」

 

 バキバキと床が叫ぶ。

 

「いやいやいや、おかしいおかしい」

 

「大丈夫大丈夫。ずっと暮らしてる私が言うんだから間違いな"っ!」

 

 大丈夫ではなかった。

 三歩踏み出した瞬間、床板に綺麗な風穴が空いた。

 

「……」

 

「え、えーと。外で飲むか」

 

 非常に表現しづらい気まずさである。

 

 

 

 

 

「さてと、仕切り直しだ」

 

「始まってすらおらんと思うぞ」

 

 ボロ小屋の吹き飛びかけの扉を外して、ベンチ替わりに座る二人。リバーシブル玄関扉とは非常に珍しい代物である。月のお姫様あたりが欲しがるかもしれない。

 

「はいはい、そんな事はさておき酒は――」

 

 白忌の至極真っ当な突っ込みを華麗にかわして立ち上がる妹紅。そんな彼女を白忌が引き止めた。

 

「ああ、私で用意したぞ」

 

 腰にくくっていた濃い紫の瓢箪を振るとちゃぽちゃぽと音が鳴った。

 

「この前のお礼じゃ。上等なのを用意しておいたんじゃ」

 

「随分気が利くじゃんか」

 

 白忌の投げた瓢箪をキャッチ。黒塗りの瓢箪詮を抜くと、辺りに濃密な酒気が吹き出した。下戸ならばそれだけで泡を吹いてしまうかもしれないという程だ。

 

「うわっ、キツめか」

 

「飲んでみるとそんなにじゃよ」

 

 一瞬にして辺りを満たした酒の香りがその強さを物語っている。妹紅は栓を締め直して投げ返す。臭いものに蓋をする反射みたいなものかもしれない。

 そんな妹紅の思いにまるで気づかず、平気な顔をしてお猪口に注ぐ白忌の様子を妹紅は顔をしかめて見つめていたが、しばらくすると慣れたのか、はたまた上等な酒という言葉に釣られたのか自らの猪口を差し出した。

 

「酌してくれるんだろ?」

 

「もちろんじゃよ。いくらでも注いでやろう」

 

 嫌な顔一つせず笑顔で注ぐ白忌。

 やがて、水面が淵に当たる。

 

「うむ。では私らの出会いに乾杯?」

 

「…お前、そんな小っ恥ずかしいことよく言えるな」

 

 まだ酒の一滴も入っていないのに頬を薄く染める妹紅。対する白忌はより一層気分を良くしたらしく、猪口を月に掲げて、にんまり笑う。

 

 

 

「私らの出会いに」

 

 

 

 〇

 

 世が更ける。

 

 お日様の頭先すら見えない頃から幕を開けた真夜中ののお茶会。出席メンバーは白い蓬莱人と白い妖怪と、どちらも白くて目が痛くなってしまいそうだが、その内の片方、死んでも死なない蓬莱人の顔はそのもんぺと同じ赤色に染まっており、既に出来上がっているようだ。

 

「おーい、妹紅? 聞こえとるか〜?」

 

 茹で蛸の肩を揺さぶる妖怪は未だ元気が有り余っているらしい。酔った様子を微塵も見せていなかった。

 

「んぁ…ぁあ……聞いてる……聞いてる」

 

「そろそろよいか」

 

 うつらうつらと船を漕ぐ蓬莱人。

 白忌は揺さぶるのを辞めて、猪口を脇に捨てやる。

 

「なぁ妹紅」

 

 季節が季節なだけに虫の音色もさほど聞こえない。

 夏や秋なら涼し気な声も聞こえたのだろうが、生憎と今は冬。声なぞなくとも、充分涼しい。

 

「お願いがあるんじゃ」

 

「…んんー?」

 

 そんな張り詰めた冷たさに、熱と酒気の含んだ声はよく響いた。空気すらも言葉を聞き漏らすまいとしているかの様な。

 

 

 

「お主の肝を頂きたいんじゃ」

 

 

「…はぁ? 変なこと言う奴らなあ」

 

 回らない舌でへらへら笑う妹紅。

 冗談にしか聞こえない白忌の言を冗談だと思っているのか、それとも頭が回っていないのか。

 

「妖怪の私からしたら主の肉体は喉から手が出る程、魅力的じゃ。きっと、巫女を食らうよりも効果てきめんなんじゃ」

 

「あっハッハッハ。巫女を食らうってお前…あーおかしい」

 

 何がおかしいのかさっぱりわからない。彼女が素面ならば笑っていなかっただろう。笑える様な内容ではない上、安直な言い方をするならば、白忌の目は本気であった。

 

「んんー、そうなぁ…。あっそうだ! もっと酒をくれらら考えてやるよ」

 

「そうか。ありがとう」

 

 意気揚々と空の猪口を白忌の眼前まで見せつける妹紅。

 白忌は慈しむ様な笑顔で脇に置いた瓢箪を取る。

 

「ほれ、たんと飲め」

 

「さっすが〜」

 

 白忌の持ってきた、猪口一杯で天狗や鬼すら酔わす超強力な酒を妹紅は一気にあおぐ。

 

「かああああっ。効くうっ! これホント最っ高らわ」

 

「妹紅よ。考えてくれるんじゃろ?」

 

「んぇ? 何を?」

 

「主の肝をおくれと言うたじゃろ」

 

 記憶の混濁。酩酊状態と言って差し支えないだろう。

 まあ、そうなるなと言う方が難しいとは思うが。

 

「……あぁえ? ああっ言ってた言ってた! やらなぁ覚えてるって」

 

「して、どうなんじゃ?」

 

 食い気味で身を乗り出す白忌。

 思わず引いてしまいそうになる程の勢いも、酔っ払いの前にはなんの意味もなかった。

 

「んんーそうだ! わらしも痛いのはやだからさぁ……欲しいなら奪ってみへなよ」

 

 猪口を乱暴に置いて、立ち上がる。

 ふらふらと覚束無い足取りで数歩歩いて白忌の方へ向き直り、招き猫にしか見えないへこたれたファイテングポーズを見せる。

 

「奪ってよいのか?」

 

「おうやっ」

 

 シュッシュッと口に出しながら猫パンチを見せるへべけれ。

 

 白忌が立ち上がり、親指が他の指を折り畳んでバキバキと骨を鳴らす。 その指に生えた爪は鋭く尖り、酒に濡れたことで不気味な光を纏っていた。

 

「よーひ。じゃあ…すたーとっ!」

 

 何が面白いのか、ニコニコと笑う蓬莱人の目の前。既に白忌が迫っていた。

 

 

 

 

 

 ズグっ

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 酔の声ではなかった。

 

「つっ!!!」

 

 白忌の引き抜いた腕は血やら脂やらでぬらぬらと月明かりを反射する。ばたばたと地面を濡らす液体は酒ではなかった。

 

「ありがとう、妹紅。お主のお陰で何とかなりそうじゃ」

 

「がっ…お、お前っ! 一体何をっ」

 

 痛みに一時的に意識を引き戻された妹紅は穴の空いた体を抑えて膝をつく。

 

「何をって、ちゃんと言うたろ。肝を貰うと」

 

「ま、マジでやる奴がっ…いるか!」

 

 血の混じった唾を吐き出す。白シャツはとっくに赤く染まっていた。

 

「私は真剣に言っとったぞ。お主がどう思ったかは知らんがな」

 

「あっ…かっ…! こ、このっ」

 

 妹紅の苦し紛れの火弾を、空いている手で払い除ける白忌。

 

「あまり騒ぐわけにもいかんでな。私はもう行く。また会おうぞ」

 

 白忌が背を向けた瞬間、その背後が赤く照り輝いた。

 

 チラと様子を伺って見えたのは不死鳥が返り咲く姿。

 

「自殺…」

 

 その不死鳥が羽を広げる、その前に白忌は駆け出した。

 

 竹を蹴り、空を飛んだ。

 

 その背中に妹紅の怒号が追いつく。

 

「おいっ! 待てって!!」

 

「待たん」

 

 暗闇に消えようとする白忌の背中を妹紅の火が照らし、辛うじて見失わずに追いかける。

 

「くそっ、こうなりゃ全開で――」

 

 六枚羽根の不死鳥は纏う火力を爆発させてスピードを上げる。少し距離を詰め、このまま行けば何時かは追いつくだろうという時に聞きなれない音が響いた。

 

 

 

 バツん

 

 

 

 何かを鋏で切ったような音。

 一瞬向けた意識の中、妹紅の視界が捉えたのは自らの真下から迫る竹。倒され、しなっていたそれが開放された勢いのままに天を駆ける不死鳥を地面へと叩き落とした。

 

「がっ!?」

 

 予期せぬ衝撃に目を剥く蓬莱人。

 側頭部に与えられた猛烈な衝撃に、瞬間的に意識を飛ばす。不死鳥は頭から落下し、鈍い音と土煙を立たせた。

 

「あっ、あ?」

 

 妹紅は土を舐める感触で我に返り、立ち上がる。

 一度リセットした身体。体内にアルコールは無いはずが、妹紅の足取りはふらふらと酩酊を疑うものであった。

 気つけに頬を叩いき、頭を乱暴に降る。無理やりぼやける視界をクリアにするも、その時には既に白忌の背中は闇に飲まれてしまっていた。

 

「おい!! 何処行ったんだよっ!!」

 

 叫ぶ妹紅に返されたのは暗闇のどこかから聞こえる、何かの笑う声だけだった。

 

 

 

 〇

 

「いやー、危ない危ない」

 

「私のおかげだな」

 

 未だその姿を見せない逆さ城。地を衝く天守閣に戻ったのは白忌ともう一人。

 

「そうじゃな。まさか自殺してまで追いかけてくるとは思わんかった」

 

「バカじゃねえの。普通、生肝とられたらキレる。当たり前だろ」

 

「蓬莱人じゃからその辺の感覚は緩いのかと思っとったわ」

 

 目にかかる前髪を煩わしそうに払いつつ、カラカラと笑う白忌に白い目を向けるのは天邪鬼の鬼人正邪。今宵、不死鳥を竹罠で撃墜したのは彼女であった。

 

「それで、もう準備はいいのか?」

 

「ああ、もちろんじゃよ。後はアレを解放するために春を待つだけじゃ」

 

「そっちはそっちで上手くやれよ。と言うかそっちが本命なんだからな」

 

「言われんでも分かっとる」

 

 ゴロゴロと空が呻く。

 次第に吹き始めた雨風が城をうち、しきりに喧しく音を立て始めた。

 

「小槌の魔力補填も済ましてある。アンタの準備もほぼ済んだ」

 

「あの小人は?」

 

「お姫様もいつでもいけるとよ」

 

「ふむ、前祝いに乾杯でもするか?」

 

 杯を傾ける仕草を見せる白忌。

 誘われた天邪鬼は鬱陶しそうに手を振って答える。

 

「冗談。アンタと酒なんか飲んで生肝取られちゃかなわない」

 

「はっはっは。それもそうじゃ。だが、私にも選ぶ権利くらいあるぞ」

 

「うるせ」

 

 互いに減らない軽口を交わす二人を止める存在はいない。外れ者同士、何処まで行ってしまうのだろうか。

 

 

 

 〇

 

「やっとじゃ」

 

 暗がりの油皿が照らす小さな球に蓬莱人の生肝を照らす。これはまだ喰らうべき時じゃない。

 

「……」

 

 入れ直した瓢箪から直に酒を胃に叩き込んだ。

 

 何も感じない。

 

「つまらんな」

 

 酔うことが出来ないというのは非常に悩ましい。夢に溺れる事も出来ないと、どうしても現実を見てしまう。

 こうして二重三重の策を敷いたところで、私では八雲を殺すことは出来ないだろう。全盛期の私ですら敵わなかったのだ。このポンコツでは出来るものも出来ない。精々、八雲不在の間に、火事場泥棒が如くその家を荒らすことしか出来ない。

 謂れのある打出の小槌を使って、強弱を逆転さしても何処まで効果があるのか。真の強者には小細工は通じないものだ。

 

「……」

 

 恐らく私はこれが全て終わった時には死んでいる。

 

 勿論、何もかも上手く行くならそれに越したことは無いが、現実とはそこまで安易なものじゃない。天邪鬼達も私に与する形になるが、それを他のものには悟らせてはならない。

 

 死ぬのは私だけでよい。

 

 幻想郷の真の転覆を狙うのは、飽くまでも私だけ。

 

 一人でことを成し、一人で死ぬ。

 

 

 

 その一点で畔と似ているかもしれない。

 

 

 

 だが私はあやつとは違う。一人、救われるのを待つばかりの無様な醜態は晒さない。叶わない復讐も一矢報いるだけで大きな意味が生まれるのだ。どうせ死ぬにしてもそこに価値が欲しい。

 畔のように、無為に生き、無策に死んでいくゴミのような生き様にはしない。私なりに価値ある死を迎える。ほかの奴らがどう思うかではない。

 

 私の体に刃を突き立てるのは私自身。捨てる物のない私が何処まで己を捨てられるかが結果を作り上げる。

 

「随分と…気楽なことじゃ」

 

 盛大に暴れてやる。それだけで私は私を肯定できる。

 幻想郷という私のアイデンティティを腐らせる世界において、初めて私を受け入れられるのだ。死に損なったこの命、死に損ないの魂から奪ったこの身体でだ。

 

「……お前はそこで見ておれ」

 

 せめてもの手向けに、その生に意味を与えてやろう。

 

 消えゆく畔に私なりの花束を与えてやろう。

 

 水知不畔、白忌…百鬼という妖怪が存在したという歴史を刻みつけてやる。

 

 

 

 

 

 

 

「一回限りの弱者の祭典の始まりじゃ」

 

 

 

 

 

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