東方和河童   作:BNKN

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49 陽が沈む

 

「かァッっ!!」

 

 訳が分からなくなる程の攻撃の嵐。空中で炸裂する弾は赤と青と黄色と。下では雪が降っていると言うのにその上空で花火とは何とも粋なものだ。

 人形遣いと霧雨魔理沙の百を超える攻撃を掻い潜るのに精一杯でそんな風情を楽しむ余裕もないが。

 

 地べたを這いつくばり、逃げ惑う私は滑稽だろうか。無様だろうか。

 

 用意した薬は残り九。肝を煎じて作り上げた丸薬。これは妖力の補給に絶大な効果は発揮する反面、一度に大量服用するとこの体の許容量を超えてしまう。一つずつ使ったとして、残り九で耐えきれば私の勝ちなのだ。封印が弱りきったところを叩けば封印は呆気なく瓦解し、西行妖はその力を振るうだろう。それ迄の辛抱なのだ。

 

 残り八。

 

「……」

 

 それにしても解せないのは霧雨魔理沙だ。

 一月も立たない内に恐ろしい程に力を付けている。まるで、その一月に満たない時間の中で何年何ヶ月と鍛錬を積んだように。何が恐ろしいかと言えば、あらゆる攻撃において威力が跳ね上がっているのだ。下手に攻撃を貰うと洒落にならない。人間の癖に。

 

 

『魔符「ミルキーウェイ」』

 

「お゛んぅっ!?」

 

 思考の渦から吊るされる。

 全身に響く打音に体が揺らぎ、バラバラになってしまいそうだ。

 身体を休めようとしても人形がそれを阻害する。付けられていく裂傷が私を鈍く殺していくのが分かる。

 

「こんっっクソ人形っ!」

 

 人形自体にも細工を施しているらしく、以前のように簡単に潰すことも出来ない。

 

『彗星「ブレイジングスター」』

 

「あ゛っ」

 

 急加速した人間弾頭。異常量の魔力を鎧に突っ込んでくるそれは石版を抉り、左腕を持っていった。急ごしらえで腕を生やす。生えてきた木の幹が腕の形へ変わっていく。大分と私らしくなってきた。

 人形遣いの隣へ降り立った私の左腕の仇。

 

「教えろ」

「あ?」

「どうやってそこまでの力を使える! たかが人間のお前がっ、私より雑魚だったお前がっ!」

「パワーが足りないなら追加すりゃいい。魔力が足りないなら借りればいいだけだ」

 

 大気に満ちた濃密な魔力が結晶化して雪のように舞う。迷い込んだ春が吹き込んで霧雨魔理沙の帽子を傾けた。

 

「か、借りるじゃと? …一体誰からじゃ!? ソイツかっ? パチュリーか!?」

「違うな」

 

 人形遣いでもない、紅魔の魔女でもない。ならば一体。

 

「これは私の力だ。未来の私から拝借してるのさ」

「未来の魔力…?」

「本来使える許容量を超えて未来から先払いさせてる。だからお前を殺すに足るパワーが扱えるんだ」

 

 未来。時間軸を超えたのか。

 

「…くっく。阿呆め」

 

 時間に干渉するのは本来人間には出来ない芸当だ。それこそ十六夜咲夜の様に特別な力があれば別だが、霧雨魔理沙の様に何の変哲もないただの人間が時を超えるにはそれなりにリスクがある筈、必ずだ。

 

「下手をすれば死ぬじゃろなぁ」

「知るか。そんな事はどうでもいいんだよ」

 

 私の折角の忠告は足蹴にされて捨てられてしまった。

 

「言ったはずだ。私にあるのは命を懸けた探求と結果だ。私は私の欲しい結果の為に命を賭ける。何処までも私を貫き通してやるぜ!」

 

 懐かしい。

 何故だか昔を思い出した。

 

 私を畏れ、敬い、遠ざけた人間たち。結局、私の短い生の中、人間で私に立ち向かったのは博麗の巫女だけであった。思い出したくもない嫌な記憶なのに過去の香りが漂うだけで酷く心地よい。恨みしかない筈なのに。

 魔法使いになりきれない癖にどこまでも人間を離れようとする愚か者。これも一つの完成系なのかもしれない。人間は私より短い刹那的命の限り、泥に塗れ、身を削り、一つの作品を残す。未完に終わった叙事詩は数知れない。そんな中、彼女の姿は眩しく輝いて見えた。

 

 その作品に経緯を評し、精一杯の賛歌を奏でてやろう。

 

 しがみついてしまった哀れなこの姿で歌ってやろう。

 

「さあっ! お喋りは終わりだ!」

 

 私は最後に一つの詩を残す。

 

 

 

 〇

 

「そら、次のは避けないとヤバイぜ?」

 

 魔理沙が魔力の充填を始める。墨をまき散らした様なドス黒いオーラが魔理沙の八卦炉へ集まって渦巻く黒い弾となる。

 

「ロマン砲なんぞ撃たせるわけがっ!?」

 

 大技は撃たれる前に潰すがセオリー。だが、距離を詰めようとした白忌の右足は上がらず、大きくつんのめった。

 

「これはっ」

 

 足を絡め取ったのは銀線。それも、日光に晒さなければ見えない程に細くされた魔力糸だった。複雑に絡まったそれが白忌の指からすら自由を奪い、地面へ縫い付けていたのだ。

 

「べらべらと喋ってるからそうなるのよ」

「この――」

 

『妖器「ダークスパーク」』

 

 出力の加速した八卦炉から放出された光は今までの彼女の見せていた白色光と違い、黒一色であった。あらゆる色を食い散らかす黒。白忌の身体も例外ではなく、呆気なく消え去った。

 

 右足だけ残して。

 

「足なんぞっっ、いらんわ!!」

 

 自らの足を付け根から引きちぎり、魔理沙の攻撃を避けた白忌は傷口から木の幹を生やす。まだ足に成りきらない内から白忌は地を滑り、鋭く光った爪の音を立てた。

 

「死ねっ!」

 

 

 

 

「死ぬのはお前よ」

 

 魔理沙目掛けて振り下ろされた凶刃は突如現れた風の壁に弾かれる。小さな水滴が弾丸の様に風に乗り、加速しきった水滴は弱い体に穴を開けた。頭を庇い、守るもののなくなった白忌の腹を風の壁から飛び出した傘と紅い槍が貫き、二百由旬のその先へ吹き飛ばす。

 

「ここまでね」

 

 そう言ったのは誰だろうか。並び立つ妖怪たちが多すぎて何処から声が上がったのか分からない。スキマから現れた多くの妖怪たちは皆、畔を探していた馴染みのある顔ばかり。

 一際目立つ赤色吸血鬼二人と花妖怪がそれらを先導する様に立っていた。

 

「さぁ、終わりにしましょう」

 

 熱の冷めた花妖怪の声が穴に空いた腹に反響した。

 

 

 

 〇

 

「さぁ、終わりにしましょう」

 

 終わり? 終わりだと?

 何処までも舐め腐ってくれる。肌を刃で撫でられ、身体中に弾丸を受け、腹を二つぶち抜かれた程度で終わりだと? ここまでだと? 笑わせるな。私はまだ微塵も終わっちゃいない。お前らが私を評価するな。

 

「え゛っ…え゛っ」

 

 無理矢理刺さった物を引き抜いて捨てる。

 妖力が足らず、まったく回復が間に合わない。

 ならば補給だ。足りるまで補給だ。

 

 

 五。

 

 

 

「おっおおぉっ」

 

 まさぐられる身体の感覚。異常な程に体に力が漲っていくのがわかる。傷口はもれなく幹で塞がり、余剰妖力が背中から突き出る。その枝の先には火がともる。

 私が大地を踏みしめれば木が生え、指を鳴らせば灰燼が渦巻く。過去の私に追いつくまでもう一歩と言ったところか。

 今の私ならば、なんとか耐えられるだろうか。いや、耐えてみせる。

 

 土煙が晴れていき、忌まわしき妖怪どもの面が見えた。

 

「これは…」

 

 天狗、河童、鬼、吸血鬼、狼女、デュラハン、人魚。他にもまだまだ九尾のスキマから出てきている。

 圧巻の一言に尽きる。

 これだけ多くの種族が同じ方向を向き、同じ目的を持って刀を取るという事のどれだけ異常な事か。単一種であれ、手を取り合うのは難しいというのに。

 

「なぜ私だけ…」

 

 口に出して我に返る。忘れたはずの、固く封をした筈の記憶がとめどなく溢れて来る。これも力を取り戻しかけている事の弊害だろうか。あの時の私は紛うことなきゴミ糞だった。まだ私が妖怪として恐れられるより前。私が屑以下の人間だった頃の忌まわしい記憶。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 幻想郷が出来るよりもずっと前のことだ。

 当時の都から遠く離れた幽谷を流れる小川の上流。外部と人の行き来の無い、とある険しい山の中。

 そこにある古ぼけた、味の無い村に私は産まれた。赤子だった私に記憶はないが、私が母体から滑り落ちた時、分娩に立ち会った村人達は悲鳴を上げたらしい。

 

 私は母体の腹の中に色を置き忘れていた。

 私のこの見た目は生まれた時からだった。つまり、何もかもが白かった。薄らと生える髪も、赤子らしく温かい肌も。

 

 今思えばこの時から私は神から見放されていたのだろう。神の設計ミスで出来てしまった無様なゴミ糞が私だった。

 

 

 

 私が産まれたと同時に母は死んだ。難産でも無かったと聞いているが、これも神の悪戯だろうか。

 最早、顔すら思い出せない私の父にあたる人間は酷く嘆いたそうだ。愛する伴侶を失い、得られたものがこんな気味の悪い子供だったのだ。疎ましく思うのも致し方ない事だろう。

 子供というのは敏感なもので、そう言った負の感情を向けられた時に察することが出来てしまう。私が物心を覚えはじめた時には既に私に味方などいなかった。忌み子と言われ、村中から疎まれた。私が一人で歩き、一人でものを食べられるようになった途端、父は私を家から離れた朽ち果てかけのボロボロの納屋に私を叩き込み、最低限の食事だけを日に二回投げ入れた。

 

 私もよくそんな生活に耐えられたと感心する。いや、耐えられてしまったからこそ、それ以降の泥のような記憶が作られてしまうわけだが。

 

 

 その日も目覚めて、黴臭い布切れを取り去って腐った匂いのする水で顔を洗った。この時に私は12くらいだったろうか。食べるものも普段の生活も全てが些末なものだったせいで酷く貧弱な身体をズルズルと引きずって、扉の前で指を齧った。ふやけてボロついた親指の爪が汚い。

 扉の外では私と同年代の子供たちが元気よく遊び回っていた。棒切れを持ってチャンバラごっこしている子供たちは皆笑顔だった。羨ましいと思ってた。私は気持ちよく笑った記憶がないのに、あの子たちは何も考えずに晴れやかな笑顔を咲かせる。扉の隙間から見える世界は私にとっては無縁だった。それでも、愚かな私はその世界に憧れてしまっていた。

 

「化け物に睨まれたーっ!」

 

 声をかける勇気もなく、遠巻きに見ていただけでこれだ。子供たちが泣きながら遠ざかっていくのを見て、私は考えたものだ。私と彼、彼女らに何か違いが有るのだろうか。

 

 体の色?

 

 髪の色?

 

 私は化け物なのだろうか。確かに見た目は化物かもしれない。

 夕日の作る子供の背中の影がどす黒く目に染みた。仕方なく一人で泥遊びする私。すると、逃げた子とは別の子供たちが近付いてきて私に向かって石を投げた。尖った小さな石が私の瞼を浅く切って、泥に血が染みこんでいった。幼い私は泥の付いた手で傷口を拭って、痛む瞼をそのままにひっそりと納屋へ戻って行くしか出来なかった。

 

 罵倒など大したことないと自分を励まして、他の奴らなんか私には関係ないと言って自分を守った。あの歳にして自分の心を守る術だけは心得ていた。

 

 心の中では共に遊びたいと思いながら。

 

 

 

 その夜、夏虫の口喧しい声が響き渡る小屋の中に扉を蹴る音が聞こえた。

 

「…?」

 

 寝ぼけ眼を擦る私。覚めない頭を持ち上げた瞬間、入ってきた男に怒鳴られ、手に持つ角材で殴りつけられた。嘔吐(えづ)いて床にうずくまると腹を蹴り上げられた。

 

「!! っ…!?」

 

 訳が分からなかった。突然やってきて何だこいつはと思った。怒鳴り声を聞いてみれば、その日に泣いて帰った子供の父親らしかった。

 

 

 ひとしきり私を嬲って、私の息が絶え絶えになってやっと終わった。終わったと思った。興奮気味の男は角材を捨てると、服を脱ぎだした。

 

 ああ、今思い出しても気持ちが悪い。

 

 噎せ返る性臭。

 痛む四肢。

 

 ギシギシと納屋を軋ませる男は行為の最中、私の首を絞め、しきりに罵倒した。

 

「お前なんかゴミ糞だ」

「何も出来ない癖にっ」

「化け物っ」

「ゴミめっ」

「お前なんか」

「お前なんか」

 

 

 男が出ていった後で私は川で身を洗った。汚い身体をゴシゴシと乱暴に擦った。いくら洗えども落ちない汚れに吐き気が込み上げて、空っぽの胃から胃液を吐いた。喉の焼ける不快さも先程の時間に比べれば無に等しかった。

 吐いて吐いて吐いた後で、川をのぞき込んだ私の顔はもう、覚えていない。

 

 それから男は度々、夜中に訪れる様になった。眠る私を蹴り起こし、貧相な布切れを奪い取った。

 男が満足することでようやく解放された。

 川で洗っても、拭っても身体深くにまで染み付いた汚れは二度と消えなかった。

 

 

 そんな生活がどれくらい続いたろうか。

 その日は大雨だった。雨の日は夜中に男が来ないので、朝起きて顔を洗った時は酷く気分が良かったのを今でも覚えている。ザーザーと耳に五月蝿い音が地面を叩くのを納屋の中から聞く事に喜びを感じていた。

 その日はやはり、男は来なかった。

 

 

 次の日も雨だった。

 雨音の奏でる演奏に雑踏の音が混ざり始めた。蛙の鳴き声すら聞こえない自然の演奏に私は心踊ったものだ。

 その日も男は来なかった。

 

 

 次の日も大雨。私に突如降って湧いた三日間の自由な時間。私は雨に打たれたり、声を出しても周囲に聞こえない事をいい事に喚いていた。全てを吐き出そうとする様に叫んだものだ。その三日間は本当に楽しかった。何時までもこの大雨が続いて欲しいと思っていた。

 ついにその日も男は来なかった。

 

 

 しかし、その日の夜中、納屋に沢山の男たちがどたどたと上がってきた。御機嫌で眠っている私の髪を持って引きずり回した。暴れたら殴られた。

 痛い痛いと言ってもやめてくれなかった。

 泣いても、喚いてもやめてくれなかった。

 散々ボロボロにされて雨の打ち付ける地に投げ捨てられた。

 

 男たちが言うには、この大雨のせいで地滑りと氾濫が起き、村に死人が出ているらしい。そしてそれは神がお怒りになられているからだそうだ。そこで神の怒りを治めるために贄を急遽用意したいが、候補が私しかいないんだと。で、生きたまま持っていきたいのは山々だが、下手に暴れて逃げられてもかなわないから弱らせることにそうだ。

 

 あの時、私は何を思ったのだろうか。父親にあたる人間が坦々と話す異常な内容をどんな表情で聞いていたのだろうか。今では確認するすべもない。

 泣いていた気がする。

 

 脳裏に掠めた、広場でチャンバラごっこをして遊ぶ子供とその横で一人泥遊びをする私の情景。村の寂寞に塗り潰された私は何の為に生かされていたのかをやっと理解した。

 

 クソ喰らえだ。

 何故私なんだ。せっかく頂いた一度の命、何故こんな失敗作になってしまったんだ。

 狡い。私以外の人間はこんな思いとは無縁に暮らしているのに。

 

 どうして私だけ。

 

 

 泣き叫ぶ私は殴られ、布を噛まされた。

 服だけ身綺麗にされ、手足を縛られて、村から離れた山の中にある神が宿っているかどうかすら怪しい程に朽ち果てた神木まで乱暴に運ばれた。

 私の体を運んでいた一人は、私の体を玩具にしていた男だった。もしかしたらこの男が助けてくれないかと一瞬考えた。唾棄すべき汚れた考えの上であっても、私にとってはそれで充分だった筈だ。それで助かるのなら。

 

 まあ、そんな期待も無意味に終わったわけだが。

 

 

 神木のうろの中、布に涙と鼻水を滲ませながら考えた。私の存在意義は何だったのだろうか。

 あの男の欲を満たす為だけに産まれたのだろうか。

 村の最底辺となって、ほかの人間たちの優越感を生み出す為に産まれたのだろうか。

 

 私だって遊びたい。

 私だって笑いたい。

 私だって生きたかった。

 

 私は目を閉じ、涙を流して死ぬことを待った。

 心中に村の人間たちを呪いながら。

 

 

 

 薄く目を開いていくと、私は相変わらずうろの中だった。どうやら死に損なったらしい。今考えればこれが一度目だ。布は擦り切れていて、私が頭を動かしただけで地面に落ちた。縄も同じ。

 眠りについてからどれだけの時間が経っていたのかが分からなかった。やけに重い体をのろのろと動かしてうろの外へ出ると、機嫌いい鳥達の囀りが耳を刺した。その声に無性に腹が立って、掌から生み出した枯れ木の枝で貫き殺してしまった。

 それは私が初めて奪った命だった。

 

 

 何をどうしたか自分でも分からないまま、私は村へ下りていた。どんな扱いを受けるかなんて知らないが、時間感覚を取り戻したかったのだろう。

 門番なんて高尚なものもない粗雑な柵を蹴破って村に入る。ボロボロの民家、潰れた家すら見えた。上半身を地面に投げ出して、下半身を押し潰された男。親を失い、泣きわめく子供。

 その辺にいた子供の首を捕まえて尋ねてみた。

 

「何があったの?」

 

 優しく聞いてやったのに答えてくれないから殺した。

 私を無視する奴は死んで当然だ。

 それから三人ほどに聞いたが、どいつもこいつも私を無視する。全部殺してやった。

 

「何があったの?」

 

 五人目になってようやく返事が返ってきた。

 何でもここ最近、神のお怒りが治まらないらしい。

 地震が起き、雷の雨が降り、火事が後を絶たないのだとか。今日も突風が村を破壊していったらしい。「ああ、神様」と祈るその女に向けて教えてあげた。

 

「貴方が祈る神様はいないよ。貴方達が祈って、恐れて、恨んだあらゆる物からのお返しなんだよ。何も出来なかった子供からのささやかな贈り物だよ」

 

 その時は自分が何を口走っているか分からなかったが、今なら分かる。神の消えた神の依代に捨てられた私は、本来神に祈られる情念を注がれ、人間から形を変えてしまった。普通なら神になるところを、私の穢れた体と人間に対するドス黒い感情が全く別の物へと私を変えたのだ。

 

 困惑する女に礼を言ってから殺してあげた。

 

 いもしない神に縋るその惨めな姿を見ていられないというのもあったが、絶望に生きるくらいなら死んで救われたいと願うその気持ちを汲んであげたのだ。その気持ちなら私は嫌というほど知っているから。

 

 なんて私は慈悲深い妖怪なのだろう。

 

 とりあえず生き残っていた村人たちを全員殺してあげた。誰一人として笑顔にはなってくれなかったけれど、凄く気分が良かったので良しとしよう。

 

 

 

 あてのない私の居場所は元神木のうろに落ち着いた。うろの中で一人、膝を立てて座る私は考え、三思の果てに悟った。

 私が人間だった時に泣くことしか出来なかったのは私に力が無かったからだ。全てを神のせいにすれば、納得せざるを得ない。納得できるからこそ神という逃げ場を心に作っていた。私が泣く羽目になっているのは神のせいではなく、私の責任なのだ。自身を取り巻く環境を塗り替える力さえあれば、こんなに簡単に私の渇望した世界が手に入る。

 

 私の生死の如何を決めるのが私自身である事の喜びは私を増長させた。選択する権利のなかったこれまでの反動だろうか。輝かしい妖怪としての生を謳歌した。

 

 人間なんてゴミ糞だ。

 妖怪こそ至高だ。

 力無き物は何をされても文句は言えない。全て己の責任だ。犯される方が悪い。嬲られる方が悪い。殺される方が悪いのだ。

 嫌なら抗ってみせろ。

 そんな考えは留まることを知らず、己の力のまにまに人間を殺して殺して殺しまくった。今思えば、あれが私の妖怪としての絶頂期だった。

 

 

 ひたすら殺しまくって100年程だったろうか。

 妖怪の中でもそこそこ一目置かれ始めた私の耳に八雲の幻想郷の話が飛び込んできた。眉唾ものだと思い込んでいたが、時間が経つにつれて噂は現実味を帯びてきた。妖怪の楽園と大仰に掲げられた表題に私は胡散臭さを感じずにはいられなかった。

 

 

 

「なんじゃと?」

「幻想郷ではルールに従ってもらうと言ったのよ」

 

 耳を疑った。八雲の語る幻想郷は妖怪の楽園などではなかった。その中にいれば、消えてしまうことがないということを保障された上でルールを守って人間を襲う。

 

 あの納屋と何ら変わらないではないか。

 あのゴミだった時と何も変わらない。

 

 楽園どころか馬小屋もいいところだ。私が許せなかったのは単純に私の妖怪としての存在意義にそぐわないというのともう一つ。私の妖怪としてのプライドが許さなかったのだ。

 

 管理された温室でぬくぬくと餌を与えられるのを待つのは弱者だ。人間だ。納屋で男に組み敷かれる過去の私だ。

 

 妖怪という種族は当時、私にとって心の拠り所に他ならなかった。妖怪という強い側面を持っているだけで過去と訣別出来た。私は妖怪というものに対して敬意を払い、誇りを抱いていたのだ。しかし、妖怪が弱くなってしまえばどうなる。私の心の安寧は失われ、瞬く間に人間だった頃に逆戻りなのだ。虐げられる苦しみに甘んじるだけの余裕など、当時の私には無かった。二度とごめんだった。

 

「壊してしまえ」

 

 私の中の妖怪が囁いた。

 

「嫌なら拒め。戦え。お前を助けられるのはお前だけだ」

 

 私は立ち上がった。

 二度と指を齧ることのない様に。

 二度と仲間外れにされない様に。

 二度とあの納屋に戻ることの無い様に。

 

 

 

 仲間は皆死んでいった。

 ささくれ立つ荒野に膝をついていた私の前に立っていたのは、初代に当たる博麗の巫女。人間離れした人間だった。妖怪になって初めての挫折かもしれない。

 

「人間の癖にっ」

 

 私を冷ややかに見下ろす人間巫女。

 何故こいつは人間の癖に私を見下せるんだ。跪くのがこいつではなく私なのは何故だ。

 その黒い相貌に私が映っているかどうかすら私には分からない。

 

「妖怪になるしかなかった弱虫に言われたくないわ」

 

「黙れっ!」

 

 私は強いんだ。支配するんだ。全ての生殺与奪は私が決める。

 人間(お前)じゃない。

 

「あんたレベルの妖怪なんて五万といる」

 

 私をその辺の弱虫と同列に扱うな。

 私を納屋にいるゴミと同じと思うな。

 

「私を無視するな!!」

 

「訳わかんない事言ってんじゃないわよ」

 

 足先にに力が入らない。手の指先の感覚は無くなった。私はここまでなのか。

 嫌だ。私はまだ私を救えていない。

 

「私はっ、私はっ!」

「なんて顔してるのよ…」

 

 巫女は私を封じた。何故殺さなかったのかは巫女にしか分からないことだ。

 

 これが二度目だった。

 

 その日からまた地獄の様な日々が始まった。

 鉛のような落ち込む重さを肩に背負って、窮屈な空間に閉じ込められた。光はない。思い出される人間時代の記憶に何度も潰されそうになった。子供たちが私を除け者にして遊ぶ幻覚を何度も見た。私にのしかかる男を幾度となく幻視した。

 

 

 

 

 

 そこは紛れもなくあの納屋だった。

 

 

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