館まで辿りついた魔理沙は大きく歪んだ門とともに地に伏す妖怪を見つける。
「おう、ここは通っても良いのか?」
「…どうぞ」
「いいのか? 敵だぞ?」
わざわざ敵という所を強調して言うのは先程の白狼天狗だけではウォーミングアップにならなかったということだろうか。
「私は門番です。門がなくなってしまえば私の仕事が無くなるのは当然でしょう?」
その声は溜息が聞こえてきそうな程に活気が無かった。
「ふーん。そんなもんか。じゃあ遠慮なく」
入っていく少女に目を向けることなく、美鈴は空を仰ぐ。思えば昨日の人間の子供の件から調子が出ない。この胸に残る異物感は何なんだろうか。私は今幻想郷に仇なす妖怪で彼女は幻想郷の人間だ。襲いかかる道理こそあれど、匿う道理はない。しかし、間接的に殺してしまうことに抵抗を感じた。別に、人間が好きなわけじゃない。ただいくら違う生物と頭ではわかっていても、みてくれが何も変わらない者となるとやはり考えるものがある。
妖怪ならば人を殺す事くらい当然だろう。そんな風に思われるかもしれない。確かにそんな風に考える妖怪もいるが、人型で人格を持っている者ならその一辺倒ではないのだ。やはり襲い食らうことに抵抗感を持つものも出てくる。詰まるところ私がそうだった。
私は後悔しているのだろう。間接的にとは言え、殺したことに変わりはない。本調子でない原因もそこだろう。巫女にはやる気がないのか、とまで言われてしまった。
自らの気すらコントロール出来ずに、気を操ると語る自分が酷く滑稽に思えた。
おそらくこの異変の後には咲夜さんか、お嬢様からきつくお灸を据えられることだろう。
「あぁ…やだなぁ」
自らの全ての幸を吐き出すように溜息をついた。
〇
意気揚々と館内部に足を踏み入れる魔理沙。
「ふむ…この様子だと粗方、霊夢が終わらせちゃってるか?」
魔理沙のやる気は十分だが、中は遠くで微かに破裂音が聞こえるだけで静かである。整えられていた筈の内装は荒れきっており、何処か廃墟を思わせるものがあった。自身の獲物の有無を思案する魔理沙に横から残っていた妖精たちの攻撃が降りかかる。
「おお、いいところにいるじゃないか」
それをひょいと躱し、一気に妖精たちとの距離を詰める。妖精が何かするより先にその両手をまとめ捕まえ、ジタバタ暴れる妖精を抑え八卦炉を翳した。
「焼かれたくなけりゃ残ってるやつの中で元気なヤツの所へ連れてけ?」
眩しいくらいの笑顔だった。
妖精を脅して着いたのは大きな図書館。
「わぁ本が一杯だ。後でさっくり貰っていこ」
「持ってかないでー」
本棚の森の中から薄紫色でゆったりとした格好の少女が何やら大きな本を抱えながら飛び出してきた。
「持ってくぜ」
「えぇーと、目の前の黒いのを消極的にやっつけるには…」
持っている本のページをパラパラと捲る病的な程白い肌。
「まぁそれはいいとしてだ。見たところ魔女っぽいな。そこそこ楽しめそうだぜ。」
「パチュリーよ。貴女は?」
「霧雨魔理沙だ。普通の魔法使いをやってる」
「へぇ、魔法使い。貴方が?」
パチュリーが小馬鹿にするように鼻で笑った。
「おぉ、見事に下に見てくれるな。いいね。そういう奴を倒す方が燃える」
「貴方と遊んであげてもいいけど、今日は体調が悪いの。悪いけど引き返してくれない?」
「体調管理も実力のうちだぜ」
「…ッチ」
パチュリーの舌打ちを合図にしたかのように双方弾幕を張る。
「一枚目」
『土符「トリリトンシェイク」』
パチュリーを中心に壁のような黄色の弾幕群が広がり、魔理沙の前で止まる。そして弾一つ一つが不規則に動き回る。
(何処から弾がくるか分からんから下手に動けないな。)
その場で小さく躱し八卦路から星を撃つ。
星はパチュリーに着弾したかのように見えたが、どうやらパチュリーの周りにいつの間にか浮かぶ、七つ色とりどりの宝石に防がれていたようだ。
「おい、汚いぞ!」
「貴方もやれば?」
「できるわけないだろ!」
「あらそう。これも実力の内よ諦めなさい」
さっきのお返しだと言わんばかりの台詞である。いくら魔理沙が撃ち込んでも宝石を掻い潜ることは無い。魔理沙の誇る最大火力を叩き込んでも良かったが、相手は魔女。仮にでも外したとして、警戒されてしまえばそれこそ無力化されてしまう恐れもある。
(やるなら確実に当てないと)
考えている間に黄色の弾が消えていく。
どうやら規定時間が過ぎ去ったらしい。
「スペルカードブレイクだぜ」
「二枚目」
どうやらパチュリーは魔理沙を休ます気はないらしい。どこか焦っている様にも見えるパチュリーは間髪入れずにスペル宣言を入れる。
『土&金符「エメラルドメガリス」』
パチュリーから三方向に放たれる緑の大玉とそれと同時にばらまかれる小玉がバラバラの速度で魔理沙へ落ちてくる。
緑色の天井が落ちてきている様だった。
(おいおいっ!これじゃ直ぐに詰んっっ!)
魔理沙の目の前が緑色に染まる。しかし、弾が魔理沙に触れることは無かった。
『スターダストレヴァリエ』
何もスペルカードを持っているのは相手だけではない。八卦炉から放たれる8つの巨大な星弾が緑をかき消していく。
「存外やるわね。じゃあ次よ」
「ちょっとくらい休憩させろ!」
『火水木金土符「賢者の石」』
パチュリーの周りを回る宝石がその速さと輝きを増す。
(あれはヤバイな…)
身構える魔理沙。本を開きブツブツと何かを唱えていたパチュリーだったが、突如として本を取り落として咳き込み始める。
「ゲホッけほっ! ゲホッゲホッゲホッ!」
「なんだなんだ?」
「ゼーゼー…ヒューヒュー…」
パチュリーの呼吸は荒い。聞くものが聞けば、気管支の壁が厚くなり、気管支内の直径が狭くなった結果、息を吐くときに勢いよく空気がその中を通るために笛のように音のなる喘鳴だと分かったであろう。
そんなことを知らない魔理沙は単に噎せたのだと思い、これを絶好のチャンスだとする。
「さっきも言ったが、体調管理も実力の内だ。悪いな」
『マスタースパーク』
魔理沙の構えた八卦路が唸りを上げなから七色の巨大なレーザーを照射する。パチュリーを守る宝石は粉々になり、パチュリーを遥か彼方へと連れていく。凄まじい音と煙をたててパチュリーは本棚の森へ沈んでいった。
「なんだ案外しょぼいな。もう他にはいないのか?」
クルクルと本棚の山の中を探す。図書館の端の端に階段を見つける。
「おやぁ? それっぽいのがあるじゃないか…」
魔理沙は笑顔を貼り付けつつその階段を下りていった。
〇
「うっざい」
いかにも主君が御座すと言うように大きな部屋の中、霊夢はいつの間にか配置されるナイフ群に手を焼いていた。一拍ごとに自身の周りに展開されるナイフ。敵がいつ設置したかもわからない。それだけなら構わなかった。しかし、問題は敵の姿が捉えきれないことだ。まるで瞬間移動する様に場所を転々とするメイドの女性。
「チラチラと鬱陶しいわね」
しかし、どうしたものか、ナイフを避けることはわけないが、攻撃できないのではジリ貧だ。おそらく相手は霊夢の体力切れを狙っているのだろう。
「小賢しい…」
痺れを切らした霊夢は放つショットを針から札へと変える。途端札はホーミングを始める。
「きゃあっ!」
突如動きを変えた札に対応出来ず、メイドは被弾。
既にここまでに霊夢にスペルを2枚看破された上に今の被弾である。その身なりは既にボロボロだ。艶があったであろう銀髪はくすみ、所々はねている。美しく端正であっただろうメイド服は破れてしまっている。
「くっ、せめて一ボムでも潰さないと!」
「黙ってお使いにでもでれば?」
『奇術「エターナルミーク」』
満身創痍の女性から来るとは思わなかった圧倒的スピードで放たれる弾。凡そ人が反応できるか怪しい程の速さでせまる大量の弾。その速さと弾の量に目を剥く霊夢。驚いたのは一瞬。反応したのもまた一瞬だった。
『霊符「夢想封印」』
門番を吹き飛ばした時と同じ様にメイド服の女性を飲み込む光弾。
「やるじゃない。少しだけ見直したわ」
落ちていくメイドに淡白に声を掛けると、すぐさま破られているガラスから外へ飛びだす。
空に浮かぶのは血を垂らした様な赤い月。その月の前に何処からともなく飛んできた蝙蝠が集まり、人型へと姿を変える。
「やっぱり人間って使えないわ」
姿を見せたのは血をたらしたように紅いドレスの小さな少女。
「そういう貴方は?」
「レミリアよ。あなた、殺人犯ね」
「一人までなら大量殺人じゃないから大丈夫よ」
「…で?」
「そうそう、迷惑なのあんたら」
「短絡ね。しかも理由がわからない」
「とにかく、ここから出ていってくれる?」
「…ここは私の城よ?出ていくのはあなただわ」
「この世から出ていって欲しいのよ」
「しょうがないわね。今お腹いっぱいだけど…」
「護衛にあのメイドを雇っていたんでしょ? そんな箱入り娘なんて一撃よ!」
「咲夜は優秀な掃除係。お陰で首一つ落ちてないわ」
「貴方は強いの?」
「さあね、あんまり外に出してもらえないの。私が日光に弱いから」
薄く笑いを見せるレミリア。自分が強いかどうかわからないなどと白々しく語る。
「…なかなか出来るわね」
レミリアが浮かべる笑みを深くする。
「フフっ、こんなにも月が紅いから、本気で殺すわよ」
「こんなに月も紅いのに―――」
「楽しい夜になりそうね」
「永い夜になりそうね」
紅い月が作り出す舞台の上で2人が同時に動き出した。
〇
さっきまで畔ちゃんが立っていた場所に今その姿はない。大きくえぐれた地面は一直線に延びて、壁をぶち抜いている。
「畔ちゃん!!」
私は急いでその先に向かう。黒白の少女が攻撃したのだとわかっていたが、今はなりふりかまっていられない。畔ちゃんに聞けば、彼女は妖怪ながらにその力がない。人間にも負けてしまう程なのだ。恐らく私の様な妖怪に向けて放つだろう攻撃を正面から受けて無事で済むとは思えなかった。
煙をかき分け進み、その姿を見つける。
「畔ちゃん!だいじょ…」
その言葉が続くことはなかった。手足は欠落ち、残ったものも力なく投げ出されている。熱で焼かれ高温である筈の抉れた土壁に畔は何も言わず背中をあずけ、俯く顔はその一部が炭化している。
大丈夫ではないことなど明白だった。無事でないことなど明白だった。声を掛けても無意味なことなど明白だった。
声を失うフランの背後から声がかかる。
「あら、もう一人いたんだな。おーいちゃっちゃとやろーぜ」
自分が何をしたのかわかっていない。大方、畔を妖精だと思っているのだろう。死んでも一回休みなだけ、また復活すると、そう思っているのだろう。
「おーい? 聞こえてるか? 来ないのならもう始めるぞ?」
悪気など一切感じられない呑気な声が私を煽る。
畔から、私から奪った物の大きさを理解させなければならない。
己のしてしまったことの重大さを噛み締めさせなければならない。
罪には罰が必要である事を知らさなければならない。
あの体に、心に、その一切を教えなければならない。
そして畔ちゃんに謝らせなければならない。抜け殻となった体ではなくその魂に鎮魂の意を捧げさせなければならない。
故に殺す。
吸血鬼の脚力を以て地の底まで追いかけ、膂力を以てその体を引き裂き、能力を以て完璧に壊す。私の出来る全ての手を使って背後の怨敵を叩き潰す。
フランから凄まじい量の妖気と殺意が溢れ出る。どろりとした殺意を含む妖気が地を伝い魔理沙を包む。
「っ!!」
魔理沙も気付いたようだ。自らが不用意にも藪をつついた事に。そして出てきた物が蛇などではなく、もっと恐ろしいものであることに。
「待っててね、畔ちゃん」
放つ妖気の勢いとは違い声は静かだ。津波のように荒れに荒れる激情を涙へ変えて、大切なものを失ってしまった喪失感を言葉に変えて言い放つ。
「コロシテヤル」
涙を流す鬼が魔理沙へ振り向いた。