私には友達がいなかった。
畔ちゃんには少ないなんて見栄を張ってしまったが、今まで一人だって友達がいたことなどない。咲夜や美鈴やパチュリー、小悪魔 に友達になってくれと言ってみた時もあった。その全員に「私達は家族ですから」と断られてしまったのは一体いつの事だったか。
それはそうだ。家族と友達になるものなどいない。だがそうなると私には宛がなくなってしまうのだ。なんせ私は吸血鬼。日の光ではなく月明かりの下を歩く存在なのだから。他の妖怪と関わる機会などほぼない。あったとしてもそれは紅魔館に敵意を持ったものが攻撃を加えに来る時。それ程までに外との交流はなかった。
おまけにお姉さまは夜中だって危ないから外を出歩いちゃ行けないなんて言ってくる。吸血鬼に出会う側の方が危ないと思うのだが、その辺はどうなんだ。これでは紅魔館に幽閉されているのと変わらない。そんなことだから私にもあいつにも友達がいないのだ。
そんな私だが、一度も紅魔館の外に出たことがないなんてことはない。それはまだ、咲夜が来るずっと前のことだ。
〇
外は少しかけた月が辺りを照らす夜。その日もお姉さまからあてがわれた遊び道具を前に私は不満を漏らす。
「あいつだって私と五つしか変わらないのに何で私だけ…。私が欲しいのはこんな物じゃないのに…」
そう言いつつ他に何もない私の部屋。いつできるかわからない友達との会話の練習を人形と重ねる。
「私フランドールって言うの…。フランって呼んでね…」
いくら声をかけたところで帰ってくる声はない。虚無感がフランを包み込む。これもいつものことだ。その日いつもと違ったことは私がそれに我慢できなくなったということだ。寂しさから私は紅魔館の皆に黙って外へ出てしまう。
その夜は私にとって冒険だった。比喩でも何でもなく
、私には紅魔館以外の世界が未知に溢れた素晴らしい世界だった。
飛び出す笑顔を隠そうともせずに私は月光の中を飛ぶ。夜中に空で笑いをあげる私はちょっと危ないやつに見えたかもしれない。
一頻り未知の夜を堪能してから私は本格的に友達になってくれそうな物を探すことにした。深夜だからなのか中々見つからない。言葉の通じそうにない妖怪なそこそこ見かけたがそれでは友達は難しいだろう。少なくとも対人関係に疎い私に言葉が通じない相手は荷が重い。暫く探し、紅魔館の様に大きくない家を沢山見つけた。
私は逸る気持ちを隠そうともせずスピードを増す。いよいよだ。私に友達ができる。何回も練習した。二言目からの練習はしたことないが、一言目なら完璧だ。噛まずに言えば良い。
そんな事を思いながら街に入る。
やはり最初の友達は同年代くらいで女の子がいいと思っていた。いきなり異性というのは私にはハードルが高い。だが、街は暗闇に包まれており光の灯る家はない。そんな中一つの家に灯りが灯る。夜中不意につく明かり。深く考えず私はそこへ向かう。
カーテンによって遮られ中に誰がいるか分からなかったが、シルエットで大人だとわかった。この際大人でも構わないからと窓をコンコンと叩く。
この時の私はなんて間抜けだったのだろう。一つだけこれみよがしに明かりがついて、それにどんな思惑があるのかも考えもせずドキドキワクワクしながら窓を叩いていた。
叩いた窓に反応しないシルエット。中の様子を伺おうと窓に張り付くと音もなく窓は開く。悪いと思ったが一応ノックはしたのだからと中に入っていく。
中にいた大人の人は椅子に座りこちらに背を向けた状態で動かない。そんな姿へ向けて私は勇気を出して話しかける、大丈夫私ならできる。そんな呑気な考えを持ったまま。
「あっあの!私っ…」
言葉が言い切らないうちに何処からともなく声が上がる。
「今だ! やれっ!!」
突如大きくバタンと音を立てて閉まる窓。次いで形を崩す大人の人の背中。それは急速に掌サイズの札へとバラけていき、それ一枚一枚が丸まり針のように尖らせた。
「えっ?」
それは全て私に向かい、間抜けに目を見開く私の手足や体を貫いて壁へと縫い付ける。
「痛っ!」
如何に不死性を誇る吸血鬼と言えど痛いものは痛い。幸か不幸か今まで碌に怪我をおってこなかった私は今まで感じたことのない激痛に動けなくなる。
すぐに治るはずの傷口は治らない。東洋で言う所の破魔の矢の様な効力を持っていたのだと後になってからわかった。
そのまま磔にされる私。直ぐにその家が有り得ない勢いで燃え上がる。
ここに至ってやっとわかった。私は攻撃されている。それは私が初めて向けられる人からの悪意だった。焼かれる体も痛むがその理不尽さに心が痛む。やはり私は駄目だったのか。友達ができるできない云々の話ではない。私は滅されようとしている。
もういいか。長年我慢し、ついに飛び出した世界で受けた不条理は私には辛すぎた。痛む体を動かす気力も私にはなく、体が焼けていくのを黙って感じていた。あぁ紅魔館の皆に悪いことをしたな。そんなふうに思い静かに目を閉じた。
目を覚ますと見知ったベッドの上。私は焼かれ朽ちていった筈だとキョロキョロと周りを見ると、ベッドの横に美鈴とお姉さまが眠っていた。お姉さまは微かに目が赤く腫れていた。
「どうして…?」
不意に部屋の扉が開く。
「あら、起きたのね」
「パチュリー…」
「後でその二人にお礼言っときなさいよ。貴女を助けたのはそこの二人。あぁ謝っといた方がいいかも知れないわ。レミィ怒ってたわよ。どうして勝手に出ていったりしたんだって」
「パチュリーが治してくれたんでしょ?」
「あなた吸血鬼だから勝手に治っていくから私の出る幕はほぼなかったわ。もう完治してる筈だけど、一応安静にしときなさい」
「―――私が出ていった理由は聞かないの?」
「それはその二人にちゃんと話してあげなさい。私よりもよっぽど心配してたんだから」
「…分かった」
「じゃあ、私は戻るから。何かあれば妖精に言いなさい。出来ることならするわ」
そのまま戻ろうとするパチュリーを止める。
「ねぇパチュリー?」
「なに?」
「私って何か悪いことしたのかな? 私はただ友達が欲しかっただけで、襲うつもりなんてなかったのに…。どぼじで...」
語る内に涙がこぼれる。そうだ、私は何も悪いことなどしていない。何故、何故私が攻撃され殺されなければならないのか。
「理由…ね。強いて挙げるとするならフランが吸血鬼で彼等が人間であることかしらね。私達異形が人間と馴れ合うことは有り得ない。それは本能的な話であって頭で理解するものではないわ」
パチュリーの言葉が冷たく胸を刻んだ。間違ったことを言っているわけじゃないのだろう。だが、当時の私は理解したくなかったし出来なかった。
「本能的な…? 何それ…。何よそれっ! 私はっ! 私はただっ…」
「フラン?」
お姉さまを起こしてしまったようだ。幼子の様に喚き散らす私をのぞき込む赤い瞳。その時のお姉さまは私と五つしか違わない筈なのに凄く大人に見えた。
「フラン?」
「ねぇ…お姉さま」
「何?」
「私は一人なのかな…?いつまで自己紹介の練習ばかりを続けなきゃいけないの?いつになれば…」
その先は言わなくてもわかってる。そんな事を伝えたいのかふわりとお姉さまは私を優しく包んだ。
「大丈夫。フランには私達がついてるわ。友達だっていつか必ず作らせてあげる。だから後少しだけ待って頂戴…」
いつかとは何時なのだろう。それをお姉さまに聞くことは出来なかった。
そこから100年程時が経つ。新しい家族は出来たが依然として私の友達は人形だ。この無意味な自己紹介の練習も辞めてしまおうかと考えていた時のこと。お姉さまが紅魔館の場所を移すといった話をした。
何でもこれから移る場所は人間と妖怪が半共生状態にあるらしい。その時は私も心が踊った。環境さえ変われば妖怪でも人間でも友達ができるかもしれない。引越しの日をウキウキと待っていた私だった。
ところが、引越し直前になってお姉さまから紅魔館に発せられたのは幻想郷侵攻の令。耳を疑った。侵攻なんてしては出来る友達も出来ない。理由はなんとなくわかる。どうせお姉さまが幻想郷の偉い人に乗せられたか煽られたかしたのだろう。
期待なんてするんじゃなかった。このまま引っ越した所で紅魔館の周りにくるのは今までと何ら変わらない連中だ。私はいよいよ諦めた。元より無理だったのだ。すべてに無気力になった私はお姉さまに言われるがまま、この地下でずっと大人しくしておくことにした。
移動自体はスムーズに終わったようだ。私が眠ったまま気付かないくらいには。夜目が覚めても私はベッドから出なかった。ずっと布団を頭から被り中で目を瞑る。一人でいる時間が辛い。寝てしまいたい。そんな思いからの行動だった。だが、先程目を覚ましたばかりで一向に睡魔は働いてくれない。無駄を悟り布団から出た。その時のことだった。
扉の向こう、通路から声が聞こえた。それは私に話しかけたわけではないようだ。
「どどどど、どうしよう!」
正直怖かった。向こうが何者かわからない。人間ならば...言葉を交わしたくない。否定されるのは目に見えている。だが、もしかしたら。結局私は諦めきれていなかったんだ。今回は私から行ったわけではなく、向こうから入ってきている。そんな理由をつけるが友達の可能性を捨てきれなかっただけだ。
意を決して扉をほんの少し音を立てずに開く。向こうに消えて行ってしまいそうな小さな背中があった。私にどうするか迷う時間は与えられないらしい。急いで声を掛けた。
「だぁれ?」
少し緊張して間延びした声になってしまった。そんな私の声に振り向いたのは私と同じくらいに見える少女。少女はおびえていた。まるで化け物でも見るかの様に私に怯えていた。終いには少女は泣き出してしまう。
(あぁ…ダメか)
ふと頭によぎるそんな考え。取り敢えず泣き止んだあとの反応をみて決めよう。私を化け物と言って避けるのならば殺してしまおう。なんて考えていた。
根気よく慰め落ち着いた様子の少女。もう立てる筈なのに逃げようとしない。私を警戒してる素振りは見せるが突然襲いかかってきたり、否定したりしない。
(い、いけそうかな?)
今まで何万回と練習してきた言葉を言う。それだけできっと変わる。念願が叶う。
「私フランドールっていうのっ! フランって呼んで!」
私はやっと一歩目を踏み出した。
不安だった二言目以降の会話は実にスムーズだった。名を畔という彼女は初めこそやはり緊張していたが、次第にそれも解れてきたようだ。ずーっとお話して私達はすっかり打ち解けていた…と思う。なにもかもが初めてなもんであまり自信が無い。
まだまだお話したいことがあるというのに段々睡魔がその首を擡げてくる。何故寝たい時には働かないくせにこんな時にと思ったが眠いものは仕方がない。きっと私も緊張やら興奮やらで疲れているのだろう。当分は帰れないだろう畔ちゃんを誘って眠ろうとしたのだが、荷物の整理があるからと断られてしまった。
少し残念だったが、大丈夫。これからは今までの様に何百年も我慢しなくてもいいのだ。友達なのだからいつでも一緒に遊べる。いつでも一緒に寝れる。畔ちゃんは私の初めての友達、宝物だ。これから来るであろう畔ちゃんとの楽しい生活を思い浮かべて私は眠りについた。
眠っていた私は通路からの爆音で身を起こす。何故だか畔ちゃんの姿が見当たらない。私が寝てからそんなに時間がたっていないのだろうか。まだ整理をしているのだろうか。寝起きの動かない頭はそんなことばかり考えている。
しかし、我に返る。今聞こえた爆音は何なんだ。間違いなく通路から聞こえた。そして通路には整理している畔ちゃんが居るはずだ。私は直ぐにベットから滑り降りて扉を蹴破る様にして開ける。
「畔ちゃん!!」
私に見えたのは鮮やかに光る七色の柱だった。
直ぐに飛び出し煙を中へ。そこで見つける畔ちゃんの無惨な姿。
やっと見つけた私の宝物。私の手からするりと落ちていき、もはやどこにあるのかわからない。一度幸せを感じた私の心に其処から踏ん張る程のパワーはなかった。
その躙り寄る狂気は睡魔等とはそのレベルが違う。狂気としか表現出来ない、黒くて凶暴な意思に私は身を預けた。