@@@@@@→中部海域
「ついに…ついにこの日が来たよ皆!深海棲艦を倒せるこの日が!!」
円陣になる艦娘達。そのうち五人は駆逐艦で、一人が阿賀野型軽巡の能代だったが…今回は能代が旗艦ではない。その能代は不満げそうに円陣の外から会議の話を聞いていた。
「ついに平和が訪れるのね!」
「えぇ。深海棲艦を倒すためなら、不知火は旗艦命令に従います。貴方が言うことが本当ならば、大きな進歩とも思えます。」
陽炎型の二人がうれしそうに頷く。五人の駆逐艦は手を中心に集め始め、挙句の果てには能代の手も強引に中心に持っていき、手を大空に突き上げた。
(神通さん…私が未熟でごめんなさい…)
能代は心でそうつぶやき、艦隊の先頭に立つ旗艦を眺めていた。そして、今回の作戦についても明らかに嫌な予感を感じていた。一人浮かれながらも邪気が漏れている駆逐艦、松を見ながら。
@@@@@@→呉鎮守府
それは数時間前、松が鎮守府に帰還したところから始まる。そう、松は遠征を装い呉鎮守府をしばらく離れていた。そしてその間にどこに行ってたと思うと、舞鶴鎮守府である。松は、復帰した初瀬を怪しみ鎮守府に乗り込んだ挙句、本当なら通常海域で轟沈させようと考えていた。が、一つの考えが浮かんだのだ。沈める前にこいつから深海棲艦のアジトを聞き出せばいいのではないかと。だが、どうも近づく動機がつかめない。そこで、初瀬たちが独房にて会話するところを目撃し、情報を奪い逃走。もちろん自分だけでは深海棲艦を倒せないために呉にリークせざるを得なかった。
「その作戦は受諾できません。まだ確証もないですし、確かだと確認したら海軍上層部が連絡するはずよ。それまで許可しません。」
指令室にて能代の怒号。松はその怒りに負けず、能代を睨み返している。心の中で少々舌打ちをする松。だが、次の秘策があった。
「能代さん、中部海域に島風の目撃情報があるんです。舞鶴はこの情報を海外に流出しようとしていました。海外にも協力要請をだし、艦娘の設計図を上層部に秘密で海外に公開するつもりなのです。このような行為をするのは日本海軍からの逸脱です。それでも見逃すのですか…!」
必死の形相の松を見て能代は反応を返せない。能代は松の言うことは確実に嘘だとわかっていた。島風、それだけではなく舞鶴鎮守府のメンバーはそんなことしない。が、偵察ぐらいなら島風の単独出撃は否定できない。だが、艦娘の設計図などというものがそう簡単に手に入るわけもなく、今も上層部の倉庫にて絶賛封印中だろう。が、これ以上中部海域の情報を外に漏らしたくないのは能代も同じだった。そして、仕方なく偵察任務を偽り、島風の迎撃作戦を決行したのだ。能代の心はただ、後悔しかなかった。本当に神通のあとをついでもよかったのだろうか。こんな判断でよかったのか。走ってメンバーをそろえる松を見ながら後悔していた。
@@@@@@→中部海域・グアノ環礁域
そして今、中部海域の奥深くまで艦隊は進出した。能代はあたりを見渡すが敵影どころか、島風すら見つからない。本当に海外へ行ってしまったのか。が、出撃前に連絡した矢矧からも連絡がない。ということは沈没したか、といっても無線は通るが、相手が応答しないだけで島風の生存はあると推測された。艦隊はグアノ環礁域を放浪した。しかし、能代たちの目に見えるのは、澄み切った青空と、無限に続く海原が広がっているだけだった。
そしてその海域に近づく影が一つ。
「…私が止めます。タトエ、私ガ私デナクナッテモ…」
影はそう呟きながら、片目を蒼く発光させ黒い群れと共に松たちに近づいて行った。
@@@@@@@→呉鎮守府・独房
バットで殴られてから一日、今度は何も食事が運ばれてこなくなった。それもあるのだが、ついに島風の隔離場所が牢ではなくガラスケースに閉じ込められる形となった。そして、何をされると思えば、塩水が流され始めたのだ。艦娘装備障壁は銃弾や物理的な衝撃から、艦娘の主となる人間を守ってくれるが、一応艤装と同じ扱いなので、錆びてしまう。そして、それと同時に中の人間の傷口もえぐるために塩水は島風の傷口を沁み、艦娘装備障壁の耐久値を奪っていく。島風は縛られている四肢を動かしもだえるが誰もその姿を見ず、ただ苦しみに苦しむことしかできなかった。何度も叫んだ。痛みに耐え続けた。時間が経つたび、服が島風の体を締め付けさらにダメージを増やす。が、体の露出がでかいため、締め付けによるダメージが意外にも少ない。が、塩水の直接ダメージが大きく、もうどうにかなってしまいそうだった。
どれだけの時間がたったのだろう。いつの間にか寝てしまっていた。もう何もする気力すら湧いてこず、極大な疲労を担ぎながら周りを見渡す。塩水は自分の頭を残し、体全体を浸していた。後これがいつまで続くのだろうか。ふと、何かを思い出そうとしたけど…忘れてしまった。自分はいままで何をしていたのだろうか。意味が分からなくなってきた。そう、この感覚だけは覚えている。海中に落ちていく感覚。体が冷たくなる。どうしてだっけ。すべての記憶が水に流されていきそうだったその時だった。
いきなり背後の壁が爆破され、一気に海水が流れ込んできた。島風は壁ごと吹き飛ばされ、手かせ足かせを付けた状態で海中に放り出された。この爆破で我に返った島風はあたりを見渡すが、再び海水が島風の体を傷つける。あまりの痛みに動くことができず、島風の体はどんどん沈んでいくのだった。何か声が聞こえた気がしたが、水がかき消していった。どんどん、海面か、離れていき、やがて、島風の意識は途絶えていった。
どれぐらいの時間が経ったのだろう。島風がふと気がつくと、地面についていた。水中は暖かく、この水中がとても心地よかった。まるで天国のようだった。水面も低く見え、もう少し浮き上がれば上に行けそうなのでは…島風は無意識に腕を動かしていた。
…動くのではないか?地面に手をつき、自らの体を押し上げ水面の上へと飛び出た。辺りを見渡すと明るい電気に照らされて富士の絵が輝いている。左を見れば窓から海が見え、右を見れば、シャワーと水道が沢山並んでいる。そして真ん前を見れば、小麦色の少女が一緒に風呂につかっていた。
「起きた?ぜかましー」
聞き覚えのある声。そこで島風は我に帰った。そう、目の前にいるのはしおいこと伊401、ここは舞鶴の入渠施設、風呂だ。私は呉鎮守府で囚われ、爆破された後彼女にここまで連れてきてもらったんだろう。島風はこんなことを予想しているが、そんなことも御構い無しに、しおいは島風の体にお湯をかけていく。その度、島風の傷は癒えていく。ただ、島風は考えが追いついていなかった。
「しおい、今そちらにバケツを投入する。待っていてくれ。」
スピーカーから提督の声、風呂場の天井からはアームに吊るされたバケツが近づいてきている。そのバケツからは緑の液体が流し込まれ、浴槽のお湯は緑色に染まっていく。風呂の色が変わると同時に、島風の体から疲労と痛みが消えていった。初めての感覚に少々驚きが隠せない。そこに島風が提督に連絡を仕返す。
「…中部海域はバレた?」
「あぁ、もろバレだ。でも、お前が流出させたわけじゃないんだろう?むしろ止めようとしてくれただろ。」
「まぁ…そうなんだけどさ、次からはセキュリティを強くしたほうがいいよ。まだ、呉の方が凄そうだったし。」
ため息まじりに笑い返す島風。
「バケツ使うってことはさ、出撃しろってことでしょ?」
「まぁ、そうなるな。無断外出をした責任もあるし。」
「少し前の提督とは思えないね。扱いがとっても荒いもんだ…」
島風は風呂から上がり、置いてある服を着て司令室へ向かった。
@@@@@@→中部海域・グアノ環礁域
静まり返る海域。水面の上には艤装の残骸と艦娘達が浮かび、能代が応急手当てを行っていた。その中、お互い立ちながら対峙する艦娘が二人。片方は茶色の制服に後期12.7cm連装砲を持ち、ひたすら相手を睨む丁型駆逐艦の竹。もう片方は5inch連装砲を背中に持ち、何もない顔で相手を見る駆逐棲姫。竹は連装砲を駆逐棲姫に向けるが、トリガーが弾けない。そう、そのトリガーの指が震えている。もう竹には闘争心もなく、辛うじて立ててるのは昔からあった深海棲艦への憎しみと恨みだけだった。
「どうしましたか?こんなものでしょうか?」
震える竹に追い打ちをかけようとする駆逐姫。だが、駆逐姫は攻撃する仕草を見せない。というか、攻撃されているのは駆逐姫であり、攻撃された駆逐姫は報復し返したのである。まるで、あの日を再現するかのように。
死にたくないと、呟く竹。自分の仲間は攻撃された挙句、返り討ちにあい横たわっている。自分もその姿になりたくない、逆らえば死ぬ、その恐怖が竹を包み込んでいた。そして、竹は自覚した。深海棲艦には…勝てないと。
「分かりますか?駆逐艦竹。これが真実、あの日の出来事もこのようにして起こってしまったのです。今と全く逆の立場で。」
駆逐姫は言葉でさらに竹を追い詰める。たが、駆逐姫はこんなことを言いたくはなかった。自分は平和を目指したいのだ。だがこれだとまるで、過激派としていることが同じだ。そして、人類が行ったことと同じだ。こんなことを続けてはならないのに…ただ止めるだけだったのに、無表情の顔の下にはこの逃げ場のない痛みが、悲しみが駆逐姫を揺さぶっていた。
もうどちらも精神が持ちそうになかった。その時、荒波を上げ全速力でこちらに向かってくる艦隊を駆逐姫は確認した。先頭には露出の高い服に、三基の連装砲ちゃんを引き連れている駆逐艦が先導する。その姿を見た途端、駆逐姫はつい、ため息を漏らしてしまった。
「島風さん…やっぱり来ましたか…」
駆逐姫は片目を蒼く光らせ、島風が来るのを待った。これからの未来のために、これからの自分多たちの存続のために。