教授、研究してください!   作:犬山未来

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その1

 目が覚めたら、そこは見知らぬ天井でした。

 ありえない展開に、思わず固まってしまいます。目の前に広がるのは、まるで何かの施設であるかのような、白い白い、丸い電灯がぶら下がっているだけの、シンプルイズザベストとでもいいそうな天井です。そう、まるで病院みたいな。

 思わずため息をついてしまいます。今のところ、私はこのような見知らぬ場所で自分がなぜ眠っていなければならなかったのかを理解できていません。もしかしたら、どこかで車にでもはねられて病院に運び込まれてしまったのでしょうか。でも、それにしては大きな怪我がないというのもおかしな話。病院に放り込まれなければならないようなことをしでかした記憶なんて、ありません。

 では、私はなぜこのようなところで眠ってしまっていたのでしょうか。

 全く思いつきません。

 昨日何をしたか思い出せと言われても、眠るきっかけのあたりのことが思い出せないのですから、思いつくはずもないのですが、ひとつ言えることがあるとすれば、昨日というものが今思い出せた内容なら、私はごくごく普通の生活を送っていただけでしょう。

 朝起きて、顔を洗い、ぼんやりしながらご飯を食べて、着替えたり髪を梳かしたりして身だしなみを整えてから家を出、駅へと向かって、電車に乗って高校へと向かい、着いてからは授業を受けたり友達とお喋りをする。それだけの、他愛もない一日。

 本当に、変わったことといえば、朝から台風の接近で大風洪水注意報が辺り一帯に出ていた事くらいです。そんな他愛もない一日を送ったはずなのです。なぜこんなところにいるのでしょうか。

 ……いえ、本当は思い出したくなかったのかもしれません。ここまで回想したところで、私は思い出してしまいました。やけに風の強い日だったので、私はこの前セールで売っていた、「絶対に骨の折れない!二十四本骨超超強力傘!」という、何やらとても頑丈そうなネーミングに惹かれて買った、少し太い傘を学校に使っていたのです。もう、名前を思い出すだけで恥ずかしいあの傘を。

 見た目はちょっぴり太さのせいもあって無骨そうでしたが、その太さを活かして江戸時代の番傘のような見た目に作られ、鮮やかで落ち着きある色合いの傘は、かわいい可愛くないに目ざとく反応する友達たちにも珍しく好評で、個人的には少し驚いてしまったことまで覚えています。

 そんな傘を片手で持つのは少し重たいのですが、さすが現代の技術、本来の重さを減らし非力な私でも両手でなら平気で持てるようにされたその傘は、その日は随分役に立って、折からの強い風にも折れることなく、しっかりとそこにあってくれたのでした。ときどき、身体が持っていかれそうになりましたが。

 そう、身体が持っていかれてしまうのです。余りにも傘が頑丈すぎて。

 あとは、お話するまでもないかもしれません。それは、私が例のお地蔵様のところで雨宿りする猫に手を出してみて、おとなしく撫でられてくれたのに満足しながら立ち去ろうとした時のことでした。にわかに突風が吹いてきて、思わず目を瞑ったときのことです。私は文字通り吹き飛ばされてしまいました。身体がフワリと一瞬だけ浮き、体勢が崩れます。

 目の前に迫るのは、硬い硬いアスファルトの地面。思わず助けてっ、と叫んでしまいます。

 でも現実は非常で、私はそのまま地面へと叩きつけられてしまいました。口の中を切ってしまったのでしょうか。ほんのり血の味と、土の味がします。まるで体を土と泥が覆っている感覚がして、とても気持ち悪いです。最悪だな、と思ったところで、私の記憶は途切れたのでした。

 

 そして今に至ります。

 事情は至って理解不能です。が、大方そのあと倒れているのを誰かが見つけてくださって、病院に運ばれたのでしょう。そう思うと、とても気が楽になりました。

 今までぼんやりと天井を眺めながらいろいろ考えてきましたが、このぶんなら起き上がることもできるでしょう。

 そう思って、身体に少し力を込めて、ゆっくりと起き上がります。今まで布団の中で暖かく過ごしていたからでしょうか。やたら寒く感じながら、私は部屋を見渡してみることにしました。

 周りには他のベットはありません。どうやら個室に入れてもらえたようです。そういえば、ふつういくつも病床のある病室に入ると、人の話声がしたり、何もなくとももう少し人のいる気配がしたりするものでした。でも、ここには誰もいません。

 ただ、ベットは今時には珍しい木張りで、そばにある丸い机や椅子も棚も木製。さらに見渡せば、床もよくあるリノリウムではなくて木製で、壁にかかっているボンボン時計も、窓枠まで木製で出来ています。木をコンセプトにでもした病院なのでしょうか。金属よりは見た目が優しくて温かいとされる木ですから、きっと、患者さんの気分が落ち込まないように作られたのかもしれません。

 あと、ちょっぴり高級そうな気もします。何しろ、よく磨かれていますから。改めて見ると、なかなか品の良い病室です。

 ですが、高級な病室なんて少しおかしい気がします。我が家は残念ながら、万年課長の父親と専業主婦の母親の二人、それに妹で回っています。そんなに怒り症ではないので、別に台風の日に倒れて病院に運ばれたのなら、心配はしても怒りはしないでしょう。ですが、少なくともわざわざ高級な部屋に泊まらせるほどの余計なお金は家にはありません。

 そう考えると、溢れ出す疑念が止まらなくなりました。例えば、ここが個室だということです。思い出してみれば、病院の個室というのは、集合ベットに比べてお値段がかなり上だった気がします。それなのに、個室。いくらなんでも、そんなにおかしなことがあってたまるでしょうか?

 はっと気がついて周りを見渡すと、よく見たら、椅子には分厚い革張りのクッションがつき、机にはちょっとした装飾が縁に彫ってあります。どれもこれも、布地がぺちゃんこになった椅子と少し引き出しが取り出しづらくなった勉強机で勉強している私には身分不相応なものにしかみえません。もう、訳がわかりません。

 いったい、誰がこんなところに私を連れてきたのでしょう。親ではないことは確定しました。ということは、私の家にまだ連絡は行ってないのでしょうか。そもそも、誰がお金を払ってるんでしょうか。倒れているのを助けてくれた人でしょうか。そしたら、申し訳無さ過ぎます。

 思わず顔を覆って宙を仰ぎながら、どうしようと思います。なにせ、今の私は病室で寝ているだけ。どうしようもありません。いえ、しかしそういえば、病院にはナースコールなんてものがありましたね。とりあえず、今が何時なのか教えてもらいましょう。少なくとも寝込んでから一日はたってそうです。部屋に唯一存在するのは時計だけで、その時間は私が帰宅していた時間よりも前を示しています。そう思ってひっくり返り枕元のほうを見て、

「あれ?」

と私は思わず声を漏らしました。ナースコールはありません。二度も三度と見直しますが、そもそもコードが通ってません。

 ナースコールの設置って義務じゃありませんでしたっけ。病院法とかなんとか、そんな法律があるのかは知りませんが、てっきり今までそうだと思っていた私は、落胆のあまりがっくりベットに突っ込んでしまいました。髪がよじれる感覚がします。せっかく伸ばして丁寧にケアしてたのに、いろいろと台無しです。

 もうどうにでもなれ。そう開き直って、起き上がって手櫛で髪を直したあと、ベット際の壁に背を持たれかけさせました。多少楽になった体勢に、ホッとします。背もたれがない状態でぼんやりするというのは、大した運動もせず筋力のない私には大変辛いことなのです。

 何度目かわからないため息をつきます。もう、今日一日で一ヶ月分のため息をつき尽くした気分です。なんでこんなことになってしまったのでしょう。考えだけがぐるぐる回り続けます。

 しかも、このやたら高級な部屋にはなぜかテレビもありません。木製の製品に埋め尽くされ、きっと患者のプライベートのためにナースコールも無い部屋。とはいえ、テレビすらもないとは。きっと前の入室者がよっぽど電子機器嫌いだったか、ちょっと行き過ぎてるのでしょう。気分転換もできません。仕方なく外の景色でも見ようと思い、首を少し傾けて…、次の瞬間、私は凍りつきました。

 窓の外に見えたのは、見たこともないような家が立ち並ぶ景色と、そして…、幾つかの洋館だったのですから。

 

 




まだまだ未熟ですが、よろしくお願いします。
お気に召しましたら評価などもいただけると、ちょっぴりうれしいです。
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