教授、研究してください! 作:犬山未来
しばらくの間、私達の間には沈黙が降りました。
理由は簡単。私が一言も喋らなかったからです。というか、喋れませんでした。だって、理解不能なのですから。
聞いたこともないような土地、トーキトーヴ。
まるで、テーマパークか何かのような名前です。
だんだんと、私には自信がなくなってきていました。なぜかはよくわかりませんが、真顔で見知らぬ土地の名前を言い続けるナースさんに、窓の外では見知らぬ雰囲気の光景。さすがにいくらなんでもここがいつもの家の周辺とは言えませんし、そうするとやはり外国に運ばれてきたのかもしれません。
でも、それでも理解ができないことがいくつもあります。
まず、第一に、ナースさんの言葉です。
ナースさんは言葉をほめた時に日本語という言葉を知らずトーキトーヴ語といいました。この混乱した状態でナースさんを信じるというのは少し難しいことなのですが、かといってあの表情で言われてはどうにも嘘のような気がしません。もし本当だとすればここの公用語は日本語ということになります。ですが、日本語が公用語として通用するところは、日本とパラオ以外に存在しないと確か前に調べた時にネット百科事典にはのっていました。それに、見知らぬトーキトーヴ固有のような言い方。混乱に拍車がかかります。
次に、今日の日付です。
ナースさんは今、今日は私が運び込まれて一日で二月十日だと言いました。ですがそれはおかしいことなのです。なぜなら私が倒れたあの日は、そもそも吹き飛ばされて倒れた理由からして台風が接近していたのですから当然九月もまだ半ばでした。
なのにナースさんは今日が二月十日と言います。それはつまり明らかな嘘のはずです。ですが気味の悪いことにこの部屋はとても冷え込んでいます。ナースコールすら置いていないこの病室に当然クーラーなんてついていません。では、なぜ冷え込んでいるのでしょうか。もしかして家中をクーラーで冷やしている余波が来ているのでしょうか。でも、わざわざ私にドッキリでも仕掛けようとしたりしてそこまでお金がかかることを普通できるでしょうか。
いくらなんでも、そう、テレビ局でもそんなことしないでしょう。
極めつけはこのナースさん自身です。
よく考えてみれば、こんなことあり得るでしょうか。だってこんなに日本語が上手に話せるのにその程度の嘘に騙されるなんて。というか普通日本語を学ぶ時点で日本語として学ぶはず。なのにそんなことありえないでしょう。
だいたい、今の日本でこんな可愛らしい格好のコスプレじみたナースがどこにいるというのでしょうか。ナースさんは基本的に機能的な服装を身につけるものです。なのにこの服はどうにも機能的には見えません。まるで、女性はスカートと規定されてるような雰囲気でまさしく昔の人のような服装です。
なので私はもっといろいろ聞いてみることにしました。
「すみません…、理解ができないのですが。今は西暦何年で、ここはどの国ですか?」
「せいれき…、聖教暦の略ですか?
ごめんなさい、少し違うかもしれませんが…、もしそうでしたら今は聖教暦660年で、ここはリューリアです。もしかして、他国のご出身なんですか?」
は、セイキョウ暦?
もう訳がわかるどころの話ではありません。何言ってんだこの人。
「ここはテーマパークか何かなんですか、東京ディズニーランドみたいな。」
「トウキョウデズニーランド…?
よくわかりませんが、えっと、ここは、病院です…。」
そういうとナースさんは申し訳なさそうに縮まりこんでしまいました。そこまで責めたつもりはなかったのですが、少し語気が荒くなってしまっていたみたいです。なんとなく可哀想です。
仕方がないので話題を変えることにしてしまいます。今が冬かどうか確かめるためと外の風景が本物かどうか確かめるために、窓を開けてもらうのがよりもそうですね。
「そうですか…。宜しければ窓を開けていただけますか?」
「はい。ですが、外はとても冷え込みますよ?」
「構いません、少しボウっとしてしまっているみたいですから。」
少し強引に窓を開けてもらいます。映る光景はあまり変わりません。ただ、さっきまではなんとなくぼんやりと見えた光景が今はよりはっきり見える気がします。なんだか、まるでガラスがフィルターの役目でもしてたかのように。
風が流れ込んできます。とても身を切るような寒さの風です。これはどう考えても冬です。それこそ、東京ドームみたいなのの中に建物を建てて冷房をさんざんに効かせればできるのかもしれませんが、いくらなんでもありえません。
涼しさに頭の回転が一層冴え渡ります。
「今、体調の方は大丈夫ですよね?」
私が少し落ち着いたように見えたのでしょうか。ナースさんはゆっくりと話しかけてきてくれました。
「ええ、もう大丈夫だと思いますが…。」
念のために、少しぼかしながら答えます。何かあるとおもうわけでありませんが、なんとなくです。
「でしたら、念のために先生の方におかしなところがないか見てもらうということでよろしいでしょうか。」
「ええ、構いません。わざわざお気遣いありがとうございます。」
どうやらここは本当にただの病院のようです。ですが訳がわからないことが多すぎて、とりあえず今どうすればいいかはわかりません。
でしたら、ここでもう少し考えがまとまるまでその先生とやらに診察して貰ったほうが良いかもしれません。もしかしたら、その先生とやらが、より詳しい事情を知っているかもしれません。狂人認定を受けかねない気もしますが。
とりあえず気持ちも決まったところで、改めてナースさんのほうを向くと、ナースさんは微笑みながら、
「でしたら、先生にすぐ連絡してきますね。」
と言って、外へ出ていこうとします。これはつたないです。
思わずとっさに決めたのは、とりあえず名前を聞いておこうということでした。
「あの、待ってください。」
「はい、なんでしょうか。」
すぐにナースさんは振り返ってくれます。先ほどまですぐそこでうろたえていた人のようには思えません。
「まだお名前の方をうかがってません。」
しっかりと噛まないように注意しながらいいます。すると、ナースさんは、ゆっくりと、
「ナーシャです。ナーシャ・ケルウタム。」
と言いながら、今までで一番の笑みを見せてくれたのでした。