開幕の1
時刻は午前7時ちょうど。
提督執務室に呼び出された白髪の女=特型駆逐艦=叢雲は不機嫌を表すため、ノックをせずに扉をあけた。
「やあ、叢雲。」
若い男と童が遊ぶ声。キャッキャ。
若い男は叢雲の司令官だ。/先日マラリアに罹った彼の顔を見るのは、久方ぶりである。
「あんた。」
最近板に付いた、こめかみに手を当てるポーズを取る叢雲。
と、横からハリのある手が伸び、男の膝上のものを取り上げる。
「ふふふん。どうだ、ビックセブンの『高い高い』だぞ?」長門型戦艦一番艦
「長門、あんたまで。」こめかみに手=中指で皮膚をグリグリ。
軍服を着た細目の男=にかと笑う。
「君の次の言葉を当てよう、叢雲。さしずめ――――『なんだってそんな赤子が鎮守府にいるのよ』だ。どうだい、二の句が告げまい?」
図星である。
「……ええ、そうね、ご明察ですわ南西諸島方面群タウイタウイ島泊地第31艦隊司令官閣下! では、知恵遅れな私のためにご説明願いましょうか!」
「この子は僕の子らしいんだ。少しだけ預かることになったから、よろしく。」
1拍。
「は?」
両手で幼子を抱えた長門が男の顔を覗き込む。
「なあ、司令。この子の名はなんという? 名がまだきまっていないのなら、この長門から字をとってもいいぞ?」
数拍。
「ハアアァァーアアアアア!?」
開幕の2
「お、奥様と、間男の子?」
ここは、午前11時を過ぎた鎮守府談話室である。
「そう! 情報によると、奥方様は近所の商家の某と不貞を行い、今までずうっと隠しておりましたそうです。出生の十月十日前の前後はご自宅に戻ってはいないともおっしゃってました。」
その中には5人の少女が各々の気性に任せ椅子に座っている。
反応は乏しい。
後ろで髪をくくった少女=重巡洋艦青葉は心外そうに頬杖をついた。
「おや、青葉の取材は確かなものです! しっかりと司令官本人から聞いてきましたよ?」
少し唸って、青葉の前に座っていた少女=夕張型軽巡洋艦夕張/半笑いで聞く。
「いやァ、それも二つの意味で酷いとして、なんだって提督が血の繋がっていない、泥棒鼠の子なんか引き取るわけ?」
「そこはノーコメント、と言われてしまいましたので、ナントモ。」
バツが悪そうに、青葉。
「酔狂なやつだな……。そういえば、やつのマラリアはだいじょう――――こ、こら、鞘をしゃぶるな。」
今くだんの赤子抱き上げたのは航空戦艦=日向である。
「ああ、それでしたら完治して大分経っておりますので、安心だそうですよ。」
口をへの字に曲げるサイド・アップテール=瑞鶴が唸る。
「それにしたって、非番とはいえ、私たちに赤子を任せるのもわからないわ。提督さん、私たちのことを快く思っていないと思ってたのに。」
「まあ、いいんじゃないか?」という女=横から腕を伸ばし、水が入った切子を取る。「やつも動揺しているはずだ。」
と、吊った目つきの女=那智。
「それに、彼奴は別に我々を悪く思っているわけではなかろう。ただ兵士をとして扱っていると、私は感じるな。」
武人気質の強い那智/満足げに腕を組む/瑞鶴は気に食わない。
「でも、私は女として扱って欲しいな、勤務時間外だけでもいいのに、あの石頭ったら。」
「四六時中鼻の下を伸ばされるのも問題ものだろ?」
「それは、」むむと呻く。「じゃあ、じゃあ、日向さんはいいの?」
日向はンーと顔を左右非対称に歪める。
「まあ、いいんじゃないか? 聞けば、同胞を兵器をして扱う鎮守府もあるというし、逆に情婦として手慰みにする輩もいるそうな。そんなものよりは弁えているさ。」
脈略もなく日向が立った。
夕張/どこ行くんですか? と聞いた。
「第2戦隊が帰ってくる。その前にこの子を非番の隊にあずけてくるさ。」
一旦立ち止まり/顔だけ彼女たちに向ける。
「君たちも、そろそろ食堂に行きたまえよ。午後は我々の出番だろう?」
「あ、待ってください、青葉もお供します!」
青葉が去り/那智――――――瑞鶴=夕張の順に立ち上がった。
命を受けていた夕張が「だそうよ、北上ちゃん。」
「ありゃ、ばれてた?」
脇の戸棚が揺れ/下から重雷装巡洋艦=北上が顔を出した。
「バレるもなにも、目の前で隠れただろう。気付かなかったのは日向くらいだ。」
伸びをしながら、那智。
「雑な隠遁を完璧と思うくらい慌てるほど、貴様の子供嫌いは筋金入りか。」
「ジョーダンだよぅ、もう。」ずっと狭いところに隠れていたので体が痛い。「そんなに赤ちゃんにご執心してた?」
お手上げのポーズ/瑞鶴が芝居くさく。
「のようだったわ。子供好きって感じじゃないと思ってたけど、提督さんは見抜いてたのかしら?」
一同の足取りは遅い。
「かも、ですね」
空気や顔が、先頭を歩く女=那智以外締まっていなかった。
「うえー、気が合うと思ってたんだけどなあ。嫌いになりそうだよー。」
「こんなことで?」
瑞鶴+夕張/声を合わせて言う。
ついでに顔も同じ形。
北上はあっけにとられて歩みを止める/すぐに間延びした口調でヘラヘラと笑った。
「ジョーダン、ジョーダン。今のうちは。」
別働隊である北上は歩みを止めたまま、手を振って三人を見送った。
その3
鎮守府内第一棟/通称庶務棟
赤子をゆらゆら/日向。
「さて、どこに行こうか。」
「一水戦などいかがでしょうか?」
第一水雷戦隊/通称:一水戦。
史実と同じ配置ではなく、番号はこの鎮守府に創設された順にふられたもの。
旧・第二戦隊が元となっている。
後ろにつく青葉をちらと見る。
「……自分のところで引き取る、とは言わないんだな。」
ブンブン/青葉が首を強く振る。
「いえいえいえ、二遊隊も私の姉も、ああ見えて武人気質でしてー」
ふーん。と日向。
「あまり子供慣れしてないっ、と、断るはずです。」
あっそ。と日向。
「まあ、一水戦のやつらもそう断ったらしいな。」
一水戦・艦隊構成
旗艦:球磨
二番艦:長月
三番艦:時雨
四番艦:島風
五番艦:夕立
六番艦:不知火
「あらら? 情報では、球磨さんはかなりの子供好きだと聞き及んでいましたが……」
「しらんよ。私は、長門がどこも断られて困っていたらしいところに、たまたま会っただけだから。」
「では、大淀さんはいかがですか?」
大淀型軽巡洋艦:大淀は専ら鎮守府の受付に配置されている。しかし、離島のこの鎮守府に来客があることはまずもってない。
「いや、どこかで聞いたが、やつは提督のことは嫌いなんだろ。嫌に思うやつの親類を預けるほど私も馬鹿じゃないし、大淀の心労がかさむのも、なあ?」
「そうですかぁ。ああ、そうだっ。」
青葉はポケットからペンと手帳を取り出す。
「そういえば、日向さんは子供好きとは知りませんでしたっ。青葉にはない情報です!」
そうか。と日向。
「好きというか、慣れているというか。まあ、嫌いじゃないな。いや、」赤子から目を切り/左上を見上げる。「好きだと思う。おそらくな。」
「へえー、どういった経歴でお好きになったのでしょうか?」
歩みを止める。
日向=体を半身にして/顔を左半分歪める。
「どうって、自分でもさっき気づくくらいだぞ、私は。」
「推測でいいので! なにか思い当たりませんかっ?」
歩き始める。
第一寮棟/通称:駆逐艦寮に向かう渡り廊下に差し掛かってから:日向。
「まあ、妻、というものに憧れを持っているんじゃあないのか、私は。」
「妻ですかっ? 結婚願望がおありで?!」
「いや、なってみたいんじゃない。単なる憧れさ。」
金剛に新たなる恋の刺客?/青葉の手帳に刻まれる文字。
「外出した時に、市をぶらつくと、よく赤子をあやしながら店を開いていた女性がいたんだがな、」赤子に目を落とす。「世間話をしたとき、よく抱いてくれ、ついでに店を空けるから見ていてくれ、なんて言われたんだ。その時は面倒だったんだが、ナア。それじゃないか?」
へー。と青葉。メモに書き込む/途中で手を止める。
「日向さん、『開いていた』『言われた』、って、どうして過去形なんですか?」
日向、振り返らず。
「……抱いてくれと頼まれなくなったからだよ。」
「――――それって。」
日向/浅く鼻から息を抜く。
「ああ。赤子は大きくなって、あと数年したら小学校に通うそうだ。」
寮の戸口の段差に青葉は足を引っ掛けた。
どうした、青葉。/日向:不思議そうに足を止める。
「な、なぁんだ。青葉、早とちりしちゃいました。」
そうか。と日向。青葉が立ち上がり/埃をはたいてからまた歩き始める。
「にしても、皆さん薄情すぎませんか? こんなに可愛い子を捨て置くなんてっ。」
はは。棒読みの笑い声。
「だが、子供が苦手な奴に頼んでも誰も得しないし。みんな、どう扱っていいのわからないんだろうさ。」
赤子を掲げる。「たかいたかーい」棒読みである。
「子供、なんて言っても、鎮守府だけで生活していれば、駆逐艦以下の子供なんて、そうは会えないからな。――オヤ、」
日向/重心を低く置く/獲物を見つけた獣のように。
目の前には銀色の髪に短いワンピ/不機嫌そうな柳眉。
年頃は10±2歳ほど。腕を抱いて/目を暇そうに窓の外へ送り/静かに歩く。
あと距離5メートルほどで日向に気づいた。不機嫌そうに眉を釣り/足を肩幅に開いて、腰に手を当てた。
「なに? 言っとくけど、そいつのお守りなんてゴメンだから」
スタスタ。
「そうか、きみ、今日は非番だったろう。この子を頼めるか。」
さっと差し出され/つい受け取ってしまう。
「ありがとう、これ、提督からの粉ミルクとおむつ。」
ぽかーん。
擬音が宙に浮かぶ。
「ちち、ちょっと、アンタ、人の話聞いてたの!?」
「青葉、叢雲と一緒にお守りをお願いできるかな。」
「もっちろんです! 話の種あるところに青葉あり、です!」
「よろしく頼むよ。」
日向:脇目も振らずに走る。
長いストライドで一気に加速。
「ま、待ちなさいって! あたしはこんなガキンチョ嫌いだっていいたいの!」
地団駄を踏み/肩をいからせて叫ぶ。
ウアッ……
「えっ、ちょっと……」
アアアーン
胸の赤子は大泣きした。
慌てる叢雲。
「ああもう…………ほ、ホオラ、おねえさんは怖くないわよオ」
必死のあやしに、赤子沈静化。
「叢雲さん、顔が引きつってますよ。」
「るっさいわね!」
首だけねじり/肩をいからせて叫ぶ。
……ウッウッ
「あ」
胸の赤子が大泣きした。
慌てる叢雲。
「あ、あああ。よーしよし、いい子だからー」
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久しぶりに素の文体で書けて楽しかったです。
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私信ですがツイッター始めました。あまりつぶやきません。多国語の練習もします。
@l_liro31
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次話投稿予告:
9月5日(土)夕方6時ごろ