その4
11時15分――鎮守府港
眼鏡をした金剛型戦艦の艦娘が明朗に敬礼する。
「第二戦隊、帰投いたしました! 損害、中破1、小破3。」
第二戦隊
鎮守府運営初期に重巡洋艦と駆逐艦で構成された艦隊に、途中で参加した戦艦を入れた、三番目に古い艦隊。
旧・第一戦隊
旗艦:霧島
二番艦:天龍
三番艦:最上
四番艦:鈴谷
五番艦:霞
六番艦:朝潮
第二戦隊は昨日から他鎮守府との合同作戦に参加していた。
「ごくろう、よく奮闘したね。中破艦から被害の大きい順に入渠しなさい。無傷や、小破で入渠待ちのものは各自昼食をとりなさい。
霧島、君は四戦隊に引き継ぎを行ってくれ。これ、作戦海域の気象予報。」
「了解しました。」
「うん。では、各自解散。」
全員が敬礼したのち、各々の向かう場所へ向かっていった。
しかし、全員が去っても、一人だけ残っている小柄な少女がいる。
朝潮型駆逐艦:朝潮。
「うん? どうしたのかな。」
上官に尋ねられて、彼女は直立の姿勢を取った。
「は、伝聞によりますが、現在司令官のご息女が来訪していると聞き及びました。」
「ああ……そうだよ?」誰が教えたんだ。
彼女らの帰投前、噂好きの艦娘が無線を私的使用したことが彼の耳に入るのは、少し後のことだ。
「ご息女の姿を一目見たいと思い、ご許可いただきたいとここにとどまった次第です。」
「いいと思うよ。別にそれくらい、許可を取るほどでもないんじゃないかな。」
しかし朝潮は姿勢を崩さない。
「いえ、私はご覧の有様です。司令官の血族に無礼はできません。まずは了承を得えてからと考えました。」
彼女の戦績:駆逐級大破2/重巡級撃沈1/自身の小破
「ま、以後は許可を取らずに行きなさい。少し汚れてる程度だから大丈夫だよ。日向にあずけておいたけど、多分違う誰かが交代してるでしょう。
後ででいいから、誰が見ていたのか報告してくれないかな。」
「了解です、司令。」
その5
12時45分
待機室と札を掲げた部屋で、第四戦隊は装備の点検を行っていた。
第四戦隊
旗艦:日向
二番艦:瑞鶴
三番艦:夕張
四番艦:那智
主に中距離の海域を空からの偵察を行う部隊。
艤装を外した霧島が手にファイルを持って入ると、日向は手を止めた。
「霧島か。昼餉は食べたのかい?」
「これからよ。これ、指令から。」
ファイルを開け/流し読み。ふぅんとのどを鳴らす。
「そうか――――おおい、今日は合羽を着ていくぞ。」
「ええーっ。」
声を上げたのは夕張。「また雨降るんですか、雨季じゃないのに。ここのところ多くありません?」
「いいからさっさと用意しろ。貴様はいつも遅れて出ているだろう。」一瞥もしない那智。
「仕方ないでしょ、文句はお天道様に言いなさいよ。」既にチェックを終えた瑞鶴。
唸る夕張/事実なので反論できない。
夕張は掛けてあった雨具を手にとった。
「それで、日向。」
笑いながら、霧島が尋ねる。
「まだなにかあるのかい。」
「いえ。ほら、くだんの提督のお子さまとやらを拝んでみたくて。」
「なんだ、君もかい。さっき朝潮もきたぞ」
日向=合羽を袖に通しながら/霧島を見やる。
「叢雲と青葉が面倒を見てるはずだ。それと、どうやら提督の種ではないようだ。」
「ええ?」
表情を曇らせる霧島。
「青葉に聞いた話です。あの赤子は、妻が浮気して出来た子だって。」
日向の後ろから夕張が言う。
「それって、まずいんじゃないの? 青葉が。」
青葉の趣味は小説を書く事であった。
彼女はいわゆるパパラッチ気質の艦娘ではない。あくまで執筆のための取材だが、自分の本土から送ってもらった新聞をスクラップをしたり、任務がないときは様々な場所に出入りしている。
そして、何より聞いた情報で答えられることなら、ド正直に/聞いたまま/答えてしまう。悪意は決してないのが提督ら上層部の悩みどころである。
「最悪、解体されるだろうな。まあ、あいつは悪運が強いからな。どうせなんだかんだで助かるだろうさ。」
話の切れ目で全員の武装が整い、四人で手で触り合って確認し合った。
「じゃあ、私たちは出るから。もしよかったら、叢雲と一緒に世話をしてやってくれ。」
「ええ、かまわないわ。皆行ってらっしゃい。」
日向が手を振るだけで応え、外に続く扉に手をかけた。
「よし。ヒトフタゴーマル、第四戦隊、出撃するぞ!」
その6
第二寮棟:巡洋艦と特殊艦の部屋が割り振られている。
通称巡洋艦寮
髪を二つに括った娘が二人、窓から向かいの寮を眺めていた。
「ほれ、龍の字、」利根型重巡洋艦:利根「喜劇の役者が揃うてきたぞ。」
と呼ばれた龍の字とは、軽航空母艦:龍驤「んで? 酒にツマミを広げて、ウチをどうするつもりなん、君ぃ。」
「一人酒では寂しかろう? 安心せい。ビール、ラガー、清酒、焼酎、果実酒、ウイスキー、ブランデーに、リキュール。ワインは赤白に、りんごのワインとやらもあるぞ。」
龍驤は窓のさんに座り/ふてくされたように窓の下を見る。
「カクテルじゃなきゃ飲まへん。」
「仕方あるまい。作ってやろう。」
利根:どこからともなくフルーツジュースを出した。
龍驤:部屋の中の床に座ってじょぼじょぼジュースの中に酒を入れる利根を睨む。
「どうやっても返さへんつもりやな。」
「良いではないか。せっかく蒔かれた話の種じゃ。ともに観て笑い転げようぞ。」
利根は大雑把にグラスをかき混ぜたものを渡す/龍驤は受け取った。
「まあ、明日も暇やし。別にいいんやけど。」一口「何混ぜたん?これ。」
「なんじゃったか、ホワイトリキュールと、これ」レッドグレープフルーツジュース「かのぉ。まあ呑んでも死なんじゃろうて。」
「あのねえ。酒は死ぬ死なないでのまんでしょ。嗜好品やで、君。」
実際にはそこそこ飲める味だった/ひといきに飲んでから、龍驤は白ワインのボトルを手にとった。
「おお、見よ、あの叢雲の様を。稚児に説教をたれとるぞ。」
「ホンマかいな? わ、ホンマや。」
窓から見ると、叢雲が赤子の前で正座し/指を振って何か言っている。
「アホやなあ、あいつ。ホンマ受けるわア。」にまにまする龍驤。
「霧島が震えてもうてるやん。アイツ気づいとらんで。アホや、アホや。」
「朝潮が真面目に聞いとるのも笑えるのう。」
ケラケラと笑う龍驤の横で、利根は自分の酒を注ぎ始めた。
「わざわざ忍び込んで無線を飛ばしたかいがあったものよ。」
「君やったんかい、黒幕は。」
利根は杯を仰いだ。
「吾輩は無線を使って霧の字たちに伝えただけじゃ。黒くはないぞ。」
「ちゅーか、白いわけでもないやろ。」
利根/無言でニヤリ。
「はぁー、君もアホやわ。この鎮守府はアホばっかりやな。」
アホでよかろう:利根。
ようあらへん:龍驤。
「何を言う。踊る阿呆に見る阿呆、というではないか。」
「そんならうちらが損しとるっちゅうことになるやん。」
「ふむ、そうだな。なら…………おーい、叢雲、朝潮、霧の字!」
「んなっ!」
驚いた龍驤は立ち上がり/目の前の女と窓の外を見比べた。
「お主らのおかげで良い酒が飲めるぞー! もっとやや子をあやさんか。」
「ととととっとおねえええええ!」
叫ぶ少女の後ろ/霧島がブッフォと吹き出した。
「何してんねん君!?」
ヘラリと酒を煽る重巡。
「これで我らも踊る阿呆じゃな。」
「うちを巻き込まんでくれへん?!」
龍驤の視界の端/向かいの一室から身を乗り出す白髪の少女が見える。
「あんたたち、ちょっとそこで待ってなさい!」
その後どたどたと廊下を走る音が向こうの棟から響いてきた。
「おーおー、叢雲のやつ、こちらまで足音が響いておるわ。これは相当お冠じゃな。」
「どないすんねん、あんな癇癪持ち相手にしとったら埒があかんで。」
「心配せずとも、あちらとこちらでは馬力が違う。せいぜい怒鳴り散らされるだけじゃろうて。」
龍驤はただ単にとばっちりを受けたくないだけだった。
「ああそうそう。提督によると、叢雲のやつ、酒の匂いを嗅いだだけで酔ってしもうて、コップ1杯で寝てしまうとか。」
「…………………。」
龍驤の無言の目線の先=大量/多種の酒。
ドドドドドン!
けたたましくドアが叩かれる。
「おー、もう来たか。どうする、開けるか?」
ゆらりと龍驤が茶色い瓶を手に取った。
「その前に、牛乳とコップ、出してくれへん?」
「ふむ、よかろう。」
龍驤の顔=悪い笑顔で満載。
「――まあ、うちも怒鳴られんのは勘弁ならんでなあ。堪忍やで?」
その7
「霧島、朝潮、その子頼んだわよ。あの昼行灯どもを懲らしめてやるんだから!」
「ああっ、青葉もついていきます! 個人的に面白……そうではなく、鎮守府の風紀を取り上げるチャンスですから!」
遠ざかっていく足音と同調して横隔膜の痙攣が収まり、霧島は深呼吸を一つした。
「あの、霧島さん。具合が宜しくないのですか?」
横で行儀よく正座する朝潮。
「いえ、ごめんなさい。大丈夫よ。」
改めて叢雲の部屋を見回す。
部屋の装飾等はほとんどない。
備え付けなのであろう文机には、桜色の貝殻、落書きされた紙が転がっていた。
部屋に据えられた洗面台には、金属のコップ1つ/歯ブラシ1本/紅の塗箸1膳/匙1本だけが置かれていた。豪勢にも一人部屋のようである。
おしめは先ほど3人がかりで取り替えたので、次に泣くときはミルクだろう。
霧島は粉ミルク/おむつ/哺乳瓶を抱え立ち上がった。
「食堂に行きましょう。叢雲は電気ポットを使ってないようだから、すぐにお湯を出せる場所に移ったほうがいいわ。」
「はい。あの、私、その。」
いつもハキハキとした彼女/言い淀むのは珍しい。
霧島は足を止めて後ろを振り返った。
「その、赤ちゃんを抱いたことがないので、抱き方を……。」
「あ、ああ、私も見よう見まねなんだけど、」赤子をだくようにポーズ。「頭はしっかりと支えるってことくらいかしら。」
振り向くと、まるでわたあめをすくい上げるかのように慎重な朝潮。
くすりと笑って、霧島は先に廊下に出た。
二人並んで食堂へ歩くと朝潮は顔を覗き込むのに夢中になり、無言。
霧島はそれを邪魔しないように口を噤む。
彼女たちの歩幅にはかなりの差があり、朝潮に合わせている霧島は少しもたついて歩んでいた。
道の途中で、朝潮が顔を上げた。
霧島は横を見つめる/まっすぐな視線が帰ってくる。
「霧島さんは、結婚願望や子供を持ちたいと思ったことはありますか?」
「結婚? そうねー。」上司の所帯絡みのどろどろを今間近で味わっているのだし「――あと3ヶ月くらいは結婚はしたくないわねえ。」
「3ヶ月? ですか。」
何も知らない朝潮/目をパチクリ。
「あなたはどう?」
「私は今すぐにも欲しいです。」
朝潮は目を落とし、胸の中で眠る赤子を見つめる。
「今日、初めて自分より子供と触れ合ってみて、とても平穏な気分になれました。
おむつの交換は大変でしたが、でもこの子の成長を助けることができていると実感できました。
――――いつか結婚した時に、この気持ちがまた味わえると嬉しいです。」
聴き終わった霧島はため息をついて立ち止まった。
「霧島さん?」
不思議そうな朝潮。振り返った先には苦笑いでメガネを直す女性がいた。
「いえね、なんていうか、瞑想を邪魔しようとする魔羅の気分がわかったような気がして、ちょっとね。」
「はぁ……。」
誤魔化すように朝潮の頭を撫で、霧島は先を歩き始めた。
「いいわね、そういうの。朝潮ならきっといい人を見つけられるわよ。」
「はい! 提督のような実直で誠実な方とお付き合いできたら、きっといい結婚生活ができると思ってます。」
ブフゥ!
吹き出した霧島は口を抑え/背中を丸め/小刻みに震えていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ンフフッ、気にしないで。……ちょっと咳き込んだだけだから。」
「は、はい。」
◼︎
ありがとうございます。
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自分なりの青葉の解釈だ。
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次話投稿予告:
9月6日(日)夕方6時ごろ