その15
午後6時前/鎮守府内渡り廊下
並んで歩く3人の影がある。
妙高型重巡洋艦:足柄
川内型軽巡洋艦:神通
特殊軽巡洋艦:大淀
十分程前に帰投した二人と駆逐艦4人で編成した遠征部隊は、出迎えが秘書官/司令官ではなく大淀であったことを、訝しがりながらも陸に上がった。
また彼は病気にかかったのかと心配したが、司令官は長門・叢雲に相談事をしていると聞いて、二人は大淀を連れ立って執務室を目指していた。
「提督の嫁の子供って、さぞ金剛は荒れてたでしょうね。」
「ええ、朝から大荒れでしたよ。」
今日一日の様子と今回の騒動を聞いた神通は複雑そうな/足柄は祭りに出遅れて悔しそうな顔をしていた。
大淀は、日がな一日鎮守府玄関の受付で頬杖をついていたので、顛末を知らない。なので、話題を変えることにした。
「おふたりは、提督が本土所属である頃からの付き合いなんですよね。」
神通がにこり/品のいい笑みだ。
「はい。奥方様にもお会いしたことがあります。本土にいた頃は、5人や奥様と6人で、よくご飯を食べに行ったんですよ。」
「へぇ、あの提督がですか?」
それは驚きだ。特に何かない限り、あの男は我々と食を共にすることはないのに。
大淀はもともとは別の鎮守府の所属だったが、二度目の鎮守府/というか、5人の移動の時に指揮下に加わった。
彼女は艦娘差別とはいかないまでも、自分たちから距離を置く彼を少なからず嫌っていた。
「何かあったんですか? いまの提督は我々を避けているものですし。」
避けてるわけじゃないと思うわよ、と、足柄が前置きして続ける。
「確か、こっちに移ってからよ、上官云々なんて言い始めたのは。女ばかりの職場なんだし、奥さんを気遣ってじゃないかしら?」
頰に手を当てながら言う足柄/それに神通が首を前に倒した。
「提督は奥様にベタ惚れですから。普段の調子なら、鎮守府に赤ん坊なんて入らせないでしょうし。」
なるほど、それなら些細な報告でも重要だと騒ぎ立て、自分に指揮を押し付けて本土に向かうのも理解できる。馬鹿で愚直なだけの男だと思っていたが、考えを改めなければならない。
「でも、そう。……あの子が浮気ねえ。」
「本当、信じられません。」
提督婦人を知らない大淀は、下手に相槌を打たずにそのまま聞いていることにした。
「そんなに夜が下手なのかしら?」
「あ、足柄さん……。」
嗜める神通/顔が赤い。
「だって、大淀を怒らせてまで何度も本土に行ってるのに不倫されちゃったんでしょ。理由と言ったらそれしかないじゃない。」
お、怒ってないですよ/反論するが、よく思っているわけでもない。
ただ、ノータリンな上官を持ったなあとは思っていた。
足柄がニヤリと笑みを浮かべる。
「みんな、アナタが指揮を執るときはアナタが不機嫌になるって言ってるわよ。だから、提督が外出するときはみんな嫌な顔してるの。」
知らなかった。できるだけ角を立たせずにやっていたつもりだったが、そんなふうに思われているとは。
顔に出てしまっていたのか、神通が大淀にフォローする。
「大淀さん、いつもニコニコしていますから。みなさんそれが好きな分、不機嫌な大淀さんを痛ましく思っているんです。」
「あ、ええ、ありがとうございます。」
「ああ、そうそう。」
酷く凹んで見えたのか、足柄は話を唐突に切った。
「もしこれで揉め事が私たち4人に飛び火したら、間違いなく私たちは提督じゃなくあっち側につくわ。」
それも、意外と言えば意外である。何を考えているかわからない長門はともかく、従順な神通/普段は反抗的だが結局したがっている叢雲/平素から軍人体質な足柄は提督につくように思える。
「私たち、新年の宴会に呼ばれた時に、奥様に初めてお会いしたんです。そこで、5人で女子同盟を組んだんですよ。」
楽しそうにふたりが笑った。
「せっかく会ったんだから、どうせなら同盟を組みましょう、と言う事でして。――――ふたりが喧嘩して、たとえ提督が正しくても粗を探して味方に付く。と、お約束したんです。」
「傾城傾国が4人揃えば天下の帝国軍人様だって叶わないー、とかいったりしてね。」
なんてことを聞いているうちに、執務室の扉が見えてきた。
不思議なことに、執務室の扉は開けっ放しになっている。
「提督たち、相談事なのにドアを開けたまんまにしてるのかしら。」
「何かあったんでしょうか?」
足を止めて空いた扉を眺めている3人だったが、中から出てくる四つの影が見え/こちらに向かってくる。
四つの影の先頭を行くのは、さっき話に上がっていた金剛で、追随するのは妹の3人であった。
「ハァイ! アシガラ、ジンツー、オーヨド、お疲れ様ネー!」
上機嫌な金剛は、テディベアを抱き/ステップを踏んで通り過ぎていった。
それに比叡、榛名と続き、末尾には疲れた表情の霧島がいた。
「三人とも、お疲れ様。」
「今度どうしたのよ、あの金剛は。」
はははと乾いた声を出す霧島。疲労の滲んだ目元が痛々しい。
「いつものことでお姉様を慰めてたんだけど、焚きつけてしまったようで、止められずに提督のところへ突撃……。でも、珍しく提督が贈り物を用意してて、何とかなったのよ。お昼は提督に奢ってもらったし、今日は提督がおかしな日だったわ。」
腑に落ちない様子で眼鏡を直しながら、霧島は姉妹達を追っていった。
三人は顔を見合わせたあと、再び開け放されたままの執務室に足を進めた。
「――――本当に、あれイギリス製なの?」
「ヨーロッパ圏内の国で作られたのは確かなはず。」
「それ、ほぼ違うって言ってるもんじゃない。」
部屋に入ると、叢雲と提督が話しているところだった。
見ると、提督は詰襟をぬぎシャツの第一ボタンを開けた姿で、叢雲たちとソファに並んで座っている/病衣以外で大淀が始めて見る、提督のラフな格好だった。
「ご苦労様、まあ、まずはそこに座ってくつろいで。」
「では、私は失礼します。」
大淀が去ろうとすると、提督に止められた。
「君にも話があるんだ。相談事じゃないほうでね。とにかく座ってよ。」
「はあ、では、お言葉に甘えて。」
勧められるがまま彼らと対面のソファに座ると、成り行きで大淀は提督の正面に座ってしまった。
なんとなくだが、少し気まずい。
ぼやっとテーブルの上を眺めていると、足柄が成果報告を始めていた。
特にすることもなく言う事もないので、大淀は艦娘と距離の近い提督を物珍しげに眺めていた。
「――そうか、お疲れ様。ところで、大淀、何か言いたいことでもあるのかな。」
「え? いえ、何も。」
すっかり気を抜いていた時に話を振られて、大淀はどきりと跳ね上がった。
「珍しいんでしょ。あんた、いつもはこんなに近くに艦娘を座らせないじゃない。」
図星/大淀は更に焦った。
「そうか、そうか。フフフ。」
何が面白いのか、男は陰気に笑ってみせる/横に座る銀の髪の女にキモいと罵られた。
「いや、さっき金剛が来るまで、本島のレストランに食べに行く算段をしていたんだ。僕と、そっちの4人とね。君も誘おうかと思ってさ。」
えぇっと大淀は悲鳴を上げた。
あの、ついこの間まで自分が同室の明石へ不満を愚痴っていた、あの提督が私を食事に誘っている!
「ほら、君には私が不在時には艦隊指揮を代行して貰っているし。マラリアにかかった時には、かなりの間、世話になったからね。」
手と首を千切らんばかりに振って、大淀は恐縮する。
「そんな、私は結構ですよ、せっかくの古い馴染みの席に水を差すわけにも行きません。提督たちで楽しんできてください。」
ドギマギと答えると、ずっと黙っていた長門が口を開いた。
「そうは言うが、大淀? お前だってこの鎮守府で言えば、5番目の付き合いなんだぞ。」
しまった。ずっと距離が離れていて気にしていなかったが、自分は艦隊に5番目に参加した艦娘であり、この島に鎮守府が移設されてから、初めてやってきた者なのだった。
せわしく宙を舞う大淀の手/隣に座る足柄が手を握った。
「そういえば、ずっとあなたとは接点がなかったわね。いいわ、行きましょうよ。」
「で、でも……」
大淀は困り果てた顔で握られた手を見つめている。
「安心してくれ、休みならもうすぐ鎮守府全体で来る。」
逃げ場がなくなった大淀はしどろもどろにあうあうと呻き、しばらくするとうなだれてソファにもたれかかった。
「わかりました。お約束します……。」
頬をほころばせる神通「うふふ、大淀さん、可愛いですね。」
いたたまれなくなって大淀が下を向いていると、前に座っていた男が立ち上がった。
「さて、僕は食堂に行くよ。足柄たちの報告を聞くことが今日の最後の仕事でね。」
続いて、赤子を抱いた女が立ち上がる。
「賛成する。夕飯はまだなんだ。」
「私たちもよ、港から直帰したの。」
「大淀さん、今日の献立は、なんでしょうか。」
「ええと――たしか、鯖の味噌煮だったと。」
廊下に出て、皆が提督に追随する中で、叢雲だけが逆の方向に向かった。
「あー。私はいいわ、まだ頭が痛いもの。」
そのままスタスタと寮の方へ歩いていく。その背中を見送る大淀/ぽんと足柄に肩を軽く叩かれた。
「気にしないで、昔からああなの。ドライに生きてる子よ。」
続いて提督が言う。
「自分の領域を知っているんだよ、叢雲は。僕と同じ立場だったら、僕より早く高い階級になるだろうね。」
「そうなんですか。」
この提督、一時期は軍の出世コースを走っていた男である。それだけ評価する者に、大淀は少しだけ興味が沸いた。
「まあ、今は飯だ、飯。」
長門が先陣を切って進むと、ほかの者も後に続いた。
終幕の1
叢雲が自室に戻って電気をつけると、馴染んだ殺風景な部屋が出迎えた。
コップに水を汲んで飲み干し/さっさと布団をひき始める。
手早くひき終わった叢雲は、押し入れの衣装箪笥から寝巻きを引っ張り出して制服を脱いだ。
寝る準備万全となった叢雲/今日の最後にトイレに行くために、サンダルをつっかけて廊下に出た。
少し冷えた廊下の道すがら、お腹がすいて夜中に起きたらどうしようとも考えたが、押入れの中に、もうすぐ期限が切れる乾パンがあるのを思い出した。
「あ、叢雲ちゃん。」
後ろから呼び止められた/振り返ると、陽炎型駆逐艦:朝潮がいる/制服姿だった。
「もう寝るの? ご飯は食べた?」
「あーいいわ、今日食べる気しないし。」
それを聞いて、朝潮は不安そうな声寝になった。
「大丈夫? 悩みとかなら、私が聞くよ?」
「ああ、そういうんじゃあないわよ、ちょっと気分が悪いだけ。気にしないで。」
手をひらひらと降って、隣に並んだ黒髪の少女に答える。
それでも、朝潮は心配そうに顔を覗き込む。
「ほんとに平気? 叢雲ちゃん、みんなといることがあっても、気が付いたらひとりでいるから、みんなに言えないような悩みを抱えてそうで、少し心配。」
「……ええとね。」
叢雲はこの素直な眼を抑えられる言い訳を考え始めた。元来、叢雲は良い人という人種が苦手である。
苦手=嫌いなのではない。彼女としては悩みがあれば自分なりに信頼している仲間たちに相談するし、具合が悪ければ自分で申告する。
だが、自分の許容範囲を超えない程度に自身のネガティブな要素を汲み取られ/心配されることは、ありがたいが少し面倒なことだと思っていた。
意地っ張りなのは自覚している/たまにその『良い人』に助けられてもいるから、歯がゆいところである。
「あのね、朝潮、私がひとりでいる時って、皆といることに飽きている時なの。」
「飽きる?」
「そ。いつも誰かとずっといるなんて、疲れちゃうじゃない。だから、みんなといる時間を楽しむために私はひとりでいるのよ。」
「そうなんだ。でも、わたしはずっとみんなと居たほうが楽しいなって思うけど。」
さて、純真なこの子を傷つけないためにどう言ったらいいか/知恵を絞る叢雲。
「人それぞれよ。カレーは美味しいけど、ずっとそれだけ食べるわけにも行かないわよ。チキンカレーが好きな人でも海鮮カレーが食べたい時だってあるじゃない。」
それを聞いて、朝潮はし合点かいったようだった。
「よかった。でも、さみしくなったらいつでもゆってね! ほかの子を集めて、一緒にお話しましょう!」
「ええ、ありがとう。」
元気に揺れるロングヘアが遠ざかっていくと、叢雲はひとつ息を鼻から抜いた。
彼女はしばらく朝潮は去った方を見つめていたが、夜の冷えに身震いすると、また廊下を歩き始めた。
終幕の2
大淀が盆を受け取り、混み合う食堂で5人が席につける場所を探そうとしたが、そばにいたはずの影がいつの間にかいないことに気づいた。
「あら……。」
見回すと、長門は妹艦と/神通は姉と赤子を抱きながら/足柄は今日の護衛で一緒だった駆逐艦たちと食べている/提督はひとりで食べていた。
うまいものだ/大淀は感心した。
いままであの5人が仲のいいところを見たことがなかったが、私的な付き合いをできるだけ避ける将校の意図を汲み取って、彼女たちなりに配慮していたのだろう。
しかし、そんな司令官に、大淀はすこし意地悪をしたくなった。彼には、これまでの積年の恨みもあるのだ。
大淀は音を立てずに近づき/いつもなら金剛姉妹が座っている提督の隣にするりとトレーを置いた。
「お隣、失礼します。」
シャツ姿の男は魚の身をほぐすのに御執心でこちらを見ない。
「どうした? 悩み相談なら長門か、隼鷹に吐くといいぞ。」
そうじゃありません/断ってから、大淀は箸を手にとった。
「そういう気分です。いいじゃありませんか、たまには。」
「そうか。」男は味噌汁をすすった。
周りがにわかにざわついている。気にせず大淀は新香を口に含んだ。
「僕は、いただきますを言う人間のほうがいいと思う。」
と、トーンを低く/男が言った。
真面目なふうに提督が言うので、大淀は可笑しくて口元がにやけた。
「そうですね。では、いただきます。」
ちらりと配膳の列をみると、金剛姉妹の姿が見受けられた。
普段は傍観者の視点にいるが、たまには舞台に上がるのも悪くはない――――大淀はほくそ笑む。
「Oh My God! オオヨドー!」
これまで、ずっと退役したあとの貯金の使い道を考えていたが、それまでの暇つぶしが見つけられた。
ああ、これは、なかなかに楽しそうだ。
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ありがとうございました。
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二度の投稿ミス、申し訳ありません。