幻を想う   作:亮馬

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案内人

 推論1

 これは現実ではない。夢、もしくは俺の見ている幻覚か妄想の類いだ。

 東方好きをこじらせたやつにありがちな、何でも東方を結び付けてしまう病。

 ホームセンターのニトリはカッパが社長だし、タンスの隙間の闇のなかにはたまに目が見えるし、チルド食品というのはチルノのことだ。

 それが行き過ぎてしまって、ついには現実を直視できなくなってしまったのかもしれない。もしそうだとしたら末期の処置無しではあるが。

 

 推論2

 彼女達はなんらかの精神疾患を抱えており、自分達を東方のキャラクターだと信じきっているのだ。

 この施設はそんな彼女達を治療する為の隔離病棟の一種。たまたま近くで倒れていた俺をこれ幸いと治療することで、キャラクターとしての欲求を満たしているのだ。

 もしそうなら早めにここから遠ざかった方がいいだろう。変な人体実験をされかねない。

 

 

 推論3

 ここは、紛れも無く幻想郷。

 全世界何十億もの罪袋たちが行き方を探している夢の場所。

 どういう幸運か偶然かわからないが、俺は本物の幻想郷に迷い込んでしまったのだ。

 ……などと真面目に考えてはみたものの、どうなのだろう。

 

 推論2の確率はかなり低いし、推論1も3も本質から考えると些細な違いでしかない。

 もしこれが幻覚や夢の類いであっても、俺の目に映る彼女たちの姿は何も変わらない。念願のキャラたちと対面出来たことには違いないのだ。

 たとえあの永琳の正体が肉塊であったとしても俺は一向に構わないしむしろ望むところである。別にそういうのが好みというわけでは勿論ないが。

 東方にはまってからというもの、何度幻想郷の住人になりたいと願ったことか分からない。その願いが叶うのならば、多少の誤差など気にしない。夢なら夢で一分一秒でも長くこの世界を楽しむだけだ。

 そうと決まれば明日にでもここを出て探索してみよう。他の場所を見ればこの世界を知る手がかりを得られるかもしれない。本来ならばこの屋敷を散策して見て回りたかったのだが、さすがに俺にも警戒心があるし、看病された手前無遠慮に歩き回るようなことは躊躇われた。

 永琳に今晩だけ泊めてもらうことをお願いすると、快く了承してくれた。それどころか晩御飯まで用意してもらって申し訳がない程だ。メニューは野菜中心の和食で、どれも美味しかった。

 ただ、永琳と優曇華以外誰とも会わなかったのが気にかかる。トイレまでは縁側沿いですぐだし、母屋とは離れていて表の方を伺うことは出来なかったのだが、もしかしたら、この部屋付近には近寄らないよう言われているのかもしれない。

 夜、何をすることもなく布団に横になり暗い天井を見つめる。周囲に電灯も何もないとここまで暗いのか、と最初は驚いたが、目が慣れるとほのかな月明かりだけで十分明るいものだと感心した。

 もしここが永遠亭だったら、てゐや輝夜もいるのだろうか。それを想像すると胸の奥が熱くなってきた。眠気が全く湧いてこない。完全に遠足前夜の小学生だ。

 ここまで心踊ることは久しくなかった。仕事でも、プライベートでも。

 暗鬱になりかけた自分を振り払い、明日が早く来るようにと願いながら俺は祈るように目を閉じた。

 

 朝になると庭や通路の至る所で子兎たちを見かけた。勿論動物ではなく、頭からウサミミが生えている子供たちだ。

(やばい……めっちゃかわいい……!)

 心中とは裏腹に、ニヤけないよう下唇を強く噛んで自制する。幼女を見つめてニヤニヤしている成人男性とか、間違いなく犯罪者だ。

 俺は門まで見送ってくれた永琳と優曇華に頭を下げた。

「すみません、色々と面倒をおかけして」

「いいんですよ。また何か怪我などをしたときは、いつでも来てください。……でもその、本当に行かれるんですか?」

「あ、はい、あんまりここに長居しても申し訳ないですし」

「なら優曇華に里まで送らせますよ」

「い、いやそこまでしてもらわなくても……」

 俺は手を振って断った。せっかくの厚意だったが、いまだ疑わしそうに俺を見つめる優曇華と二人きりになったらどんなことを聞かれるか分からない。軍人式拷問術などをされてはたまったものじゃないし。

「……あ、そうだ治療費を」

 思い出してポケットに手を入れた。日本円が使えるかは分からないが、硬貨ならば価値があるかもしれない。だが、永琳が穏やかな微笑みと共にそれを制止させた。

「お代は結構です。あなたも突然運ばれてきて困惑されてたようですし、困った時はお互い様です」

 俺にはその笑顔が女神に見えた。

 人の優しさというのは何とあたかかく美しいものなのだろうか。キカイダーなどとほざいた自分自身を心中で罵りながら、永遠亭を後にした。

 …………。

 竹林の小道を進みながら、俺は早くも後悔していた。辺りに立ち込めた霧と、空を覆わんばかりに密生している竹のせいでまるで夜のように暗い。

 もしかしてこれが噂の迷いの竹林か?

 首筋を漂って来る冷気に、背筋が震える。

 そうだ。もしここが幻想郷なら、妖怪がいる。人間が取って食われることは、どのくらいあるのだろうか。何度か動画でもそういう話を見たことがある。

 優曇華に送ってもらえばよかった……。引き返そうかとも思ったが、すでに後方に永遠亭は見えない。ここから戻って果たして無事たどり着けるかどうか。

せめて外灯でもあれば、気持ち的に楽になるのに。

 そう思ったとき、前方に明かりが見えた。

「――――!」

 俺は息を呑んだ。火の玉だ。火の玉が竹林のなかで浮かんでいる。常識では考えられない光景に、いつでも駆け出せるように身構える。

 ん? と俺の脳内で何かのピースがはまっていく。迷いの竹林、炎、永遠亭……。

 火の玉がだんだんと近づいてくるにつれて、火の横に人がいるのも見えてきた。

 地面に付きそうなほどの長い白髪。その髪を彩るかのように紅白のリボンがいくつも付けられている。白の襟付きシャツにサスペンダーで留めたもんぺのような赤いズボン。

 ズボンの片方のポケットに手をつっこみ、もう片方の手の上ではどういう仕組みか火の玉が浮いていた。

 見た目は十代の少女だが、その顔付きは少女に似つかわしくないオーラを感じさせる。凛々しく燃えるような赤い瞳が、炎に照らされて揺らめいている。

「も――」

 もこたん、もとい藤原妹紅。

名前を言いそうになって口をつぐんだ。初対面の人に愛称で呼びかけて歓迎されるわけがない。

「えっと……」

 俺が何と声をかけようか迷っていると、すぐ近くまで歩み寄ってきた妹紅が口を開いた。

「もう体は大丈夫なのか」

「え? あ、あぁ、はい」

 何故急に俺の体を気遣ったんだ。わけが分からず困惑していると、妹紅がぶっきらぼうに言った。

「アンタ、この竹林で倒れてたんだよ。私が見つけてあの医者のところに運んでいったんだ」

「あぁ、なるほど……! すみません、ご迷惑をお掛けしてしまって」

「別にいいよ。見つけたものはしょうがないからね。ほっとくのも寝覚めが悪い」

 さばさばとした口調は不思議と冷たさを感じなかった。根は良い子なんだ。どの同人誌でも動画でもだいたい良い子だったんだから間違いない。

「もしかして、道案内してくれるつもりで……」

 俺の問いに妹紅が首筋を掻きながら肯定した。

「まぁそういうことだ。というか、そうしてくれって頼まれたんだ。一応私が拾ったのもあるし、最後まで面倒見ないとね」

「あ、ありがとうございます」

 俺はお礼を口にした。妹紅が来てくれて正直助かった。おそらく永琳が手を回してくれたのだろう。心の中で永琳に向けてもう一度お礼を言った。

「私は藤原妹紅、アンタは――」

 ふと妹紅が顔をしかめた。

「あの、どうかしました?」

「――くさい。風呂入ってないのか?」

 そういえばそうだ。お風呂どころか歯も磨けていないし着替えてもいない。永遠亭ではそんなことまで気が回らなかった。いや、たとえ気が付いてもお風呂を借りる度胸は無かっただろうが。

 妹紅に自分の体臭を指摘されて、ズーンと気持ちが落ち込んだ。誰だってそうだろう。自分の好きなキャラ(の一人)から『くさい』と言われて喜ぶやつなんていないはずだ。特殊な性癖は除く。

 沈み込む俺を他所に妹紅が何気なく言った。

「私んとこで風呂貸してあげるから、入りなよ」

「え!?」

 驚き半分、期待半分で妹紅を見返す。俺の顔がよほど嬉しそうなアホ面だったのだろう。妹紅がプッ、と笑ってから、

「こっちだ」

 と先を進み始めた。

 慌ててはぐれないように後を追いかける。

(初めていく女子の家がもこたん家《ち》で、しかもお風呂とか……俺は世界一の幸せもんだ……)

 さっきまで魔物の巣窟の如く恐ろしく感じられた竹林が、今では文化祭のお化け屋敷以下に思える。たとえどんな妖怪が出てこようとも、笑って出迎えられるだろう。

 結構な距離を歩いた気がする。体感では40分ほどだが、薄暗く見通しの悪い視界では自分の感覚は信用できない。

 歩いている間は特に会話もなかった。そろそろ俺も疲れてきた頃、妹紅が振り返った。

「もう着くぞ」

 彼女の言葉と共に、少し開けた場所に出た。中央の篝火の近くに小屋が見える。あそこが彼女の家なのだろう。こぢんまりとした簡素な平屋。

 家に入ると妹紅がランプに火をつけた。

「ちょっと風呂沸かしてくるから待っててくれ」

 そう言って妹紅が土間を抜けて出て行った。確かに妹紅の能力なら沸かすのも一瞬だろう。俺は手持ち無沙汰に部屋を見回した。土間と和室が一体となったその部屋は飾りっ気がなく質素そのものといった感じだ。家具らしい家具は箪笥と鏡台くらいで、中央の囲炉裏には鉄瓶が置かれてあった。

「こっち来てくれないか」

 妹紅が呼びかけに、はい、と応えて向かう。土間を抜けて扉を開く。

 そこは浴室、と呼ぶにはいささか大胆な造りになっていた。骨組みと板を合わせただけの簡単な脱衣所。壁はトタンで覆っているだけで、屋根は無い。浴槽と脱衣所にしきりはなく、土の上に通路として簀の子が敷いてある。おそらく小屋を建てた後にここを増築したのだろう。

 通路の先の浴槽の手前から妹紅が手招きをした。

「こっちだ」

 俺は靴を脱いでから近寄っていく。浴槽もかなり前衛的だった。平べったいかまどのような石の上に、でーんと楕円形の鉄の容器が乗っかっている。五右衛門風呂をもっとシンプルにしたような構造だ。湯船の横には桶と椅子、石鹸のようなものが置いてある。そしてあれは蛇口だろうか。昔の井戸で見たようなポンプも設置してあった。

「湯加減はこんなもんでいいか?」

 聞かれて、湯船に手を入れて確かめる。最初こそ少し熱いかなと思ったが、このくらいなら入れば丁度良い。

「……このくらいで大丈夫だと思います」

「そうか。もし熱かったらそこのポンプを使ってくれ。水が出る」

「こんなとこまで水道が通ってるんですか」

「いや。裏手に小さな川があってな、そこから私が引っ張ってきただけだ」

 そりゃそうだ。幻想郷に上下水道が完備されているわけではないか。ましてやこんな僻地に。いや、でもトイレネタの作品も何個か見た記憶はあるな。

 俺が考え込んだのを勘違いしたのか、妹紅が笑み交じりに付け足した。

「安心しろ。異物が入らないようにしてあるから、小魚が飛び出してきたりとかはしないよ」

「あ、はい……」

 妹紅が土間の方へ歩いていく。

「手拭い持ってくる」

 それにしても見ず知らずの人間にここまで親切にしてくれるなんて。もこたんは粗野に見えても弱きを助ける劇場版ジャイアンみたいな存在なのだ。俺は知ってる。

 

「ふぅー……」

 久々のお風呂に、自然と口から息が漏れる。切り傷もほぼ塞がっているのかまったく染みたりしない。流石は永琳特製ぬり薬。

 絶景という景観ではないが、霞がかった竹林というのも案外おつなものに感じられる。なによりここが妹紅の家のお風呂というだけで俺にとって日本のどの名湯よりも極楽だ。

 とそこで、はたと気が付いた。

(……このお湯って、残り湯だったりするのか? もしそうなら、もこたんもこのお湯に――いや待て待て待て。これだけ良くしてもらってその考えは人としてどうだ。そもそもこの水は川の水なんだから寄生虫とかだっているかもしれないし、いやいやそれを見越して煮沸消毒くらいやってるんじゃないかだったら一口くらい飲んでも――)

 ガタ、と音がして思わず体育座りで湯船に肩まで浸かった。

「ここに着替え置いとくぞ」

 妹紅が戸口の所から声をかけてきた。

「あ、は、はい、あ、ありがとうございます……!」

 どもりながら返事を返す。さすがに変な事を考えていたとはバレていないだろうが、心臓に悪い。

「ん? ぬるかったか? もしぬるいなら沸かそうか?」

「い、い、い、いいです大丈夫ですちょ、丁度良い感じなんで!」

 ならいいんだが、と妹紅が戸口に消えるのを見てから、ようやく落ち着けた。妹紅はこういう状況に何とも思わないのだろうか。それともからかって楽しんでいるのだろうか。どちらかと言えば前者なような気がする。何百年も生きていれば、物事にいちいち動じないようになるものなのかも。

 そんなことよりも、さっき慌てた拍子にお湯が少し口に入ってしまった。意識が口の中に集中される。感覚を鋭敏に研ぎ澄まし、唾と一緒にゴクリと飲み込んだ。

 ……ただのお湯だった。

 

「ありがとうございました。お陰様で生き返りました」

 お風呂からあがり、俺はお礼を口にした。

囲炉裏の脇でお茶を飲んでいた妹紅が手をひらひらと振った。

「気にしなくていいよ。たかが風呂だ。それより……よく似合ってんじゃないか」

 にやにやと俺の全身を眺め回す。

俺は気恥ずかしくなって、自分の格好を改めて見下ろした。

 見事なまでの紅白。白のYシャツにサスペンダー付きの赤いズボン。目の前の彼女と全く同じ服装の自分が何とも奇天烈に見える。そもそもこんな色合いの服装は生涯したことがない。ちなみにインナーは元着ていたものをそのまま着ているのであしからず。

 妹紅が湯飲みを手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

 一気に飲み干す。常温のお茶ではあったが、汗を流して乾いた喉を十分に潤してくれた。

 少し一服した後、妹紅が立ち上がった。

「さ、そろそろ行こうか。ほい、これアンタの着物な」

 風呂敷に包まれた服を渡してくる。それを受け取ってから、妹紅の家を後にした。

 最初に会ったときよりかは幾分か打ち解けられたような気がする。歩く二人の距離も心なしか縮まっているように思う。

俺は思い切って聞いてみた。

「あの、妹紅さん」

「なんだ?」

「妹紅さんってずっとあそこに一人で住んでるんですか?」

「あぁそうだ」

「それはその……何でなんですか?」

「何で、というのは?」

 妹紅がこちらを振り返った。その目は鋭く俺の顔色を観察しているようだった。

「えっと、いやその……不便じゃないかなぁと思いまして。ほら、日当たりも良くないし買い物にも行きづらいし」

「私が不便だと思ってないからいいんだよ。誰かにあれこれ言われる筋合いは無い」

 その通りだ。俺はそれを聞いてどうするつもりだったのだろう。妹紅が人里から離れてこんな場所で暮らしている理由なんてすでに知っていることだ。

 不老不死の体。輝夜との因縁。

 彼女が出した結論がコレなのだとすれば、他人がどうのと言える問題ではない。

「まぁ、私を心配してくれているんだとすれば、気にしなくていい。幸い私を気遣ってくれる友人もいる。私は十分に満足な生活を送ってるよ」

 俺が黙り込んだのを受けて、フォローするように付け加えた。友人。

となると一人しかいない。

「あぁ、慧音のこと――」

 しまっ――。考えたことが口を出ていた。慌てて閉じたがもう遅い。妹紅が足を止めて俺を見つめている。射貫くようなその瞳は、『怪しいところがあれば消し炭にする』と物語っていた。

「何でアンタが慧音のことを知ってるんだ?」

 嘘はつけない。だが『もこけねは神の国』などと言ったところでぶっとばされるのがオチだ。考えろ。うまい理由。こじつけ。何でもいい。

「えーと、あぁ、ほら、あのですね……」

 慧音の設定、交友関係。

「あ! て、寺小屋でそんな話を聞いたんですよ! 竹林に友人が住んでるんだって」

  これなら不自然じゃないはずだ。というか、二人が仲が良いことはそこまで知られてないことなのか? 俺のなかではカラスが黒いくらい常識だったんだが。

 妹紅はまだ納得していないようだったが、「そうか」とだけ言って再び歩きだした。俺もそれについていく。

 二人無言のまま薄暗い竹林を進む。あれ以降一言も言葉を発していない。はやいとこ迷いの竹林を抜けて里に降りたい。

「なぁ」

 妹紅が前を向いたまま言った。

「は、はい」

 その背中に返事をする。

「アンタ、どこから来たんだ?」

「どこ、とは……?」

「住んでる場所のことだよ。寺小屋あたりか?」

 いかん。これは誤魔化せない。さっき寺小屋の話題を出したから記憶喪失の手も使えないし、ましてや幻想入りしましたってのも今更うさんくさ過ぎる。

「あー……寺小屋とはちょっと離れたところで……」

「どの辺だ? 団子屋とか反物屋とか近いか?」

「えっと、外れの方にあって結構入り組んでて説明しづらいんですよ……はは」

「外れってことは墓の方か?」

「うーん、そっちとも違いまして」

 妹紅が何かを思い出したかのように声を上げた。

「あ、そういや先週里の周囲の塀を増築するっていって何軒か平屋を移築させてたんだけど、あの辺か?」

「いや、そことも違うんですよ……」

 妹紅がスッと振り返って、意味ありげに口端を吊り上げた。

「あぁ、塀を増築したのって先月の話だったし、移築なんてしてなかったわ。ごめんごめん」

 ガシッと俺の肩に腕を回されて引き寄せられる。頬と頬が触れ合いそうなほど近くで妹紅が怪しく笑った。

「――で、それを知らなかったアンタは、どこに住んでる誰さんだって?」

 冷や汗が背中から溢れてくる。俺はまるでチンピラにかつあげされる小学生のように身を縮こまらせた。

(ど、ど、どどうしよう……。いっそ現代日本から来ました、と正直に言ってみるか? でもそういうのはあんまり人に言わない方がいい気がする。特に東方のことを知っているなんて。ていうか顔近い! ヤバイ……恐いのに嬉しい……ヤバイ)

 考えた結果、ある程度伏せた内容を話すことにした。

 遠く離れたところから来たこと。慧音のことは里を通りがかったときにたまたま聞いただけ。嘘を吐いたのは余所者だとバレたら怪しまれると思ったから。

 話を聞いて、妹紅は「ふーん」と興味無さそうに言って、俺を解放した。

「別に幻想郷《ここ》は誰を拒んだりもしないよ。どんな所のどんな生き物だって、分け隔てなく受け入れてくれる。私みたいなやつでもな」

 自嘲気味に妹紅は言い放った。

「だからアンタも気にするな。どこから来てたっていいだろう? 出身や出自なんて瑣末なもんさ。私達はそんなもので形成されてるんじゃない。胸を張れとは言わないが、卑屈にはなるな。それが今まで生きてきて私が学んだことだ」

 俺は小さく頷いて、「はい」とだけ答えた。

 元貴族の娘が語る言葉は、何よりも重く聞こえた。不老不死の薬を飲み、それまでの生き方を捨てなければ生きられなくなった少女は、果たして何を思ってここに来たのだろう。

 自分だったら不老不死を選んだだろうか。ただ、自分が生き続けるということは、永遠に別れを繰り返すということ。そのつらさに果たして耐えられるのか。……もこたんやえーりんが居てくれるなら、不老不死も悪くないかもしれないが。

 妹紅が俺の背中をどん、と叩いた。

「ま、アレだ。アンタは冴えないツラしてるが、悪人には見えない。実際、私の方がよっぽど極悪人だしな。あんまり抱え込まずに、気楽に構えときなよ。その方がうまくいくってもんだ」

 剛毅な励まし方だ。端《はな》から俺をどうこうするつもりは無かったのだろう。とはいえ俺が怪しかったのは間違いない。今後は身の振り方をもっと考えないと。

 叩かれたところがじーんと痛む。だけど心地良い痛みだった。

 それから少しして、ようやく竹林を抜けた。

 妹紅が日の光を浴びながら大きく伸びをする。

「このまま道を進んでいけばじきに里に着く」

「ありがとうございました、妹紅さん」

「別にいいって。竹林で迷う人を導くのは、私のライフワークみたいなもんだ」

 おどけるように妹紅が肩をすくめた。それを見て俺は笑った。妹紅が合わせて笑いを返してくれる。

「この服、洗ったらまた返しに来ますので」

「あぁ。いつでもいいよ」

 妹紅と別れて里へと向かう。

 さて、次は誰と会えるのだろうか。期待に胸を膨らませ、青く澄んだ幻想郷の空を見上げた。

 

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