幻を想う   作:亮馬

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寺子屋

 里の中心部に近い所に建てられた簡素な木造の平屋。平家の周囲は塀でぐるりと囲まれており、小さいながらも庭が拵えてあった。庭には古い松の木が一本と、生徒たちが世話をしていると思しき花壇まで作られてあった。今そこでは、チルノ、大ちゃん、リグル、ルーミアが走り回って遊んでいる。

 突然来訪した俺達を、上白沢慧音は快く寺子屋の教室に迎え入れられてくれた。障子を開け放った教室は風通しがよく、畳みのい草の香りが童心を思い出させる。そういえば子供の頃にこういう部屋で硬筆を習っていたな……。

「――で、慧音。私もついさっき聞いたんだけど、子供が行方不明になってるらしいじゃない。それについて詳しく教えて欲しいんだけど」

 霊夢が長机にほお杖をついたまま切り出した。

「あぁ、そのことか。もう少し進展があってから相談しようと思っていたんだが」

 慧音が俺の方を軽く見た。恐縮して頭を下げると、慧音は微笑を浮かべ首を少し横に振った。

「いいんですよ。別に隠すようなことでもありませんので」

「ということは、その事件は実際に起こっているってことですね?」

 文が手帳と鉛筆を持ったまま尋ねた。慧音がそれに頷く。

「そうだな」

「の割には別に里の雰囲気も深刻じゃないし、あいつらも普通にここに出入りしてるみたいだが」

 魔理沙が縁側に腰掛けたまま言った。あいつらとは庭のチルノたちのことだ。妖怪のリグルやルーミアが寺子屋に顔を出せているということは、妖怪の仕業ではないのでは、と言いたいのだろう。

「まぁ実際どういう事件なのか私にも判断がついていないのが現状なんだ」

 慧音が困ったように肩を竦めた。

「あらましを教えてもらえる?」

「わかった」

 居住まいを正し、慧音が話し始めた。

「最初にいなくなったのはこの寺子屋にも通っていた八歳の男の子でな、文秋《ふみあき》君というんだが。その子が三日前の晩に姿を消したんだ。一日経っても帰って来ず、翌日の晩――今度は幸《さち》ちゃんという女の子がいなくなった。この子も寺子屋に来ていた子で文秋君と同い年だな。消えたのは今のところこの二人だけだが、まだ見つかっていない」

 教室内に沈黙が流れる。里の子供が二日連続でいなくなった。それが現在も発見されていないのなら大事件だろう。これが現代の高校生とかなら話は別なんだろうが。

「慧音の考えはどうなの?」

 霊夢の問いに慧音はしばし黙考した後、呟いた。

「……わからない」

「わからない? 事故なのか事件なのか、ただの子供の家出なのか誘拐なのか。それすらも?」

 慧音が力無く頷く。

「なにせ手掛かりが皆無なんだ。いなくなってるのは夜中で間違いないんだが、誰もその瞬間を見たわけじゃない。しかもその後の目撃証言すら皆無だ。本当に消えたのかと疑うレベルだよ」

「ちょっと待ってください」

 文が鉛筆の先を上げた。

「家出にしろ誘拐にしろ、最初にいなくなってから二日は経ってるんですよね? それでも何の手掛かりすらもないんですか?」

「残念ながら今のところは……。たとえば家出だとして、住む場所や食料をどうするかという問題がある。誰にも異常を察知されずに子供二人が隠れ住むことは無理な話だ。実際私は彼らの行きそうな友人宅をあたってみたが、まったくそれらしい痕跡はなかった。おそらくだが、里には二人はいないような気がする」

「つまり、里外だと」

「あぁ。だがそうなるともう探しようがない。命蓮寺や香霖堂にもいってみたが、心当たりはないそうだ。魔理沙は何か気付いたことはなかったか?」

 魔理沙は頭の後ろで手を組んで体を後ろに反らした。

「いーや、なんにも。って言っても私も森全部を見回ってるわけじゃないから何とも言えないんだけど」

「そうか……」

 期待して聞いたわけではないだろうが、慧音の声には落胆の色が交じっていた。

 教室の空気が重さを増していくなか、俺が何を言うべきか困っていると。

「どうかしたのかー?」

 急に背中に何かが乗っかってきた。視界の端に黒いスカートの裾が見えた。声と口調から推察するにルーミアだろう。ルーミアは俺の頭の上に頭を乗せたまま足をぱたぱたさせているようえ、腰付近に心地よい振動が伝わってくる。

 いつの間に、というか何で俺の所に……。いや正直嬉しさで心臓がばくばくいってるのだが。

 ふとお香のような匂いがした。ルーミアからだろうか。

「文秋君と幸ちゃんのことだよ」

 慧音が答えるとルーミアは、ふーん、とだけ返した。だが俺の上から降りるつもりはないらしい。このままでまったく問題ないです。

 霊夢が俺の方、ではなくルーミアを一瞥してから素っ気なく言った。

「となると、妖怪の類いに連れていかれた可能性も考えないといけないわね」

「だが、今の幻想郷に人間を襲うような妖怪は――」

「可能性の話よ。とち狂った妖怪だっているかもしれないし、外からだってやってくる。その可能性はゼロじゃない」

「…………」

 受け入れたくないというように慧音が目を伏せた。霊夢が続ける。

「痕跡がないのだって、妖怪によっちゃいくらでも隠せるし、一瞬のうちに子供だけを移動させたりだって出来る。そうなれば後は……」

 食べられて、とまで言わなかったのは霊夢の気遣いだろうか。どのみちあまり意味のないことだが。過程はどうあれ結果はひとつになってしまう。子供たちはもういない。

 どんどんと室内の空気が重くなっていく。庭で騒ぐチルノたちの声がなければお通夜か何かと勘違いしてしまいそうだ。

 皆のつらそうな表情が見たくなくて、俺は気付くと口を開いていた。

「で、でもまだ本当にそうだと決まったわけじゃ」

 それが気休めだと誰もがわかっていた。だから誰も返事をしなかった。せめて。せめて生きているという証明さえ出来れば……。

「――あ」

 天啓、というほどのものではないが閃くものがあった。声をあげた俺を皆が不思議そうに注目している。俺は言葉を選びながらそれを口にした。

「えっとその、聞いたことがあるんですけど、ここには死者の魂を運んでいる人がいるって……」

 それを聞いた途端、皆の目の色が変わった。霊夢が「慧音」と呼びかける。

「あぁ、まだあそこには行ってない。探す方ばかりに専心していたせいで失念していた。すぐに行って聞いてくる!」

 言い終わる前に慧音は教室を飛び出し、そのままものすごい早さで遠くへ消えていった。チルノたちが何事かといった様子でぽかんと慧音の消えた空を見上げている。

「教室では走るな、っていつも言ってるのになー」

 ぼそりと呟いたルーミアの言葉が、吹き抜けた風にさらわれて霧散していった。

 

「それにしても、よくご存知でしたねぇ」

 慧音が帰ってくるのを待つ間、文が話しかけてきた。

「え、えぇまぁ。たまたまですけど」

 怪しまれない程度に言葉を濁す。実際思いついたのはたまたまだが。

「じゃああとは慧音さんの報告待ちですし、そろそろ私の取材に付き合っていただけます?」

 好奇心に目を輝かせながら文が手帳を構える。俺は頷くことも出来ずに愛想笑いを返した。この調子だと今日一日はずっと聞かれそうだ。

「そういえばルーミアさんがあなたに懐いているようですけど、何かあったんですか?」

 文が俺の背中に張り付いているルーミアを指した。何かあったのかと聞きたいのはこっちの方だ。

「心当たりはないんですけど……」

 ルーミアにも会話は聞こえているはずだが知らず存ぜぬで何も答えない。

「ルーミア、あんまりへばりついてたら迷惑でしょ。そろそろ離れなさいよ」

 まってください霊夢さん。俺は何も迷惑してないしむしろずっとこのままでもいいくらいです。などと言おうものならロリコンの烙印を押されかねない。

「俺は別に大丈夫ですよ。子供には慣れてますし」

 本当は逆だ。子供なんか騒ぐし煩いし関わりたくもない。けれど幻想郷《ここ》では話は別だ。出来れば仲良くしておきたい。

「ルーミアー!」

 縁側から声をあげながらバタバタとチルノたちがやってきた。そのまま俺の周りを取り囲む。

 なんだなんだ。どうした。戸惑いながら見回す。大ちゃんが控えめに会釈をしながら俺の顔を伺う。

「急にすみません。ルーミアちゃんがいつまで経っても帰って来ないから様子を見に来たんです」

「ルーミアなにしてるの? この人知り合い?」

 リグルの問いかけにルーミアが首を横に振る。まだ俺の背中から離れない。

「そんな弱そうな人間なんかより、あたいたちと遊ぼうよー」

 チルノが不満そうに言った。遊び友達を俺にとられたのが嫌なようだ。俺は申し訳なく思って、ルーミアに声をかけた。

「ああ言ってるけどいいの?」

 うーん、と唸ったあとルーミアが、

「私が近くにいるのは嫌なのか?」

 と俺に聞き返してきた。

 嫌なわけがあるか! ルーミアにだったら食べられても本望だ! などとは勿論言えず。

今度は俺が返答に窮して唸っていると。

「わかった!」

 チルノが突然大きな声を出した。そして俺の顔をびしっと指さす。

「ルーミアをかけてあたいと勝負しろっ!」

「……え?」

 意味が分からず呆然とする。

「なるほど。面白い案だな」

 得心したようにルーミアが頷いた。どこがどう面白いのか。戸惑いながらもチルノに聞き返した。

「その、勝負って何の勝負なのかな?」

「弾幕勝負に決まってるでしょ!」

 耳を疑うとはまさにこのことだ。チルノの言葉を理解するのに数秒を要した。

(弾幕? 弾幕って何だ? アレか? 自機から高速で発射される弾的なやつか? いやいやいや、ちょっと待てよ。どこをどう頑張ってもそんなもん出るか! なんだ? 幻想郷の人達は皆弾を出せるのか? こっちはかめはめ破の練習をしたことはあっても、実際に出たことなんか一度もないってのに。いやそういうことじゃなくて!)

 助けを求めるように霊夢を見たが、『頑張ってくださいね☆』という微笑みが返ってきた。関わるのはめんどくさいと思ったのかもしれない。ここぞというときに助けてくれない薄情な巫女さんである。魔理沙は縁側で寝そべったまま起き上がらない。文は……。

「子供の相手はお任せします」

 にこやかにきっぱりと告げられた。子供に慣れていると言った自分がうらめしい。

こうなれば勝負を断るしかない。チルノたちに向き直ってそれを伝えようとしたが。

(なんで皆そんなに目を輝かせてるんだよ……!)

 チルノは元よりリグルや大ちゃんまで期待に満ちた眼差しで俺を見つめてくる。その瞬間、俺は諦観にも似た心境で悟った。どういう理由であれ、彼女たちを失望させたくない。どうせ被害を被るのは自分だ。だったらとことん付き合おう。

「わかった。勝負しよう」

 歓声をあげるチルノたちを見て、これでいいんだ、と納得した。前向きに捉えよう。こんな機会は一生に一度あるかないかなんだから。

 庭に出て、チルノと相対する。風がさわさわと両者の間を駆け抜ける。さながら荒野の決闘といったところか。中央にリグルが立ち、審判をつとめてくれた。

「ではこれより、スペルカードルールに則り、弾幕勝負を行います! 始める前に各自使用するスペカを出してください!」

「……え?」

 思わず聞き返した俺にリグルが答える。

「スペルカードですよ。自分の得意な弾幕を記したものです。ほら、ああいうやつなんですけど」

 両手にカードを広げたチルノを示されて、ああそうか、と俺は後ればせながら思い出した。本来は危険な決闘を安全にし、美しさをも競わせるようになったスペルカードという概念《ルール》。このお陰で人と妖怪が対等に戦えるようになった。

 勿論、俺はそんなものは持っていない。

「もし無ければ口で説明してくれればいいんですけど」

 リグルが親切にも付け加えてくれた。いっそ無効試合にでもしてくれた方がありがたかったが。

 だが口で言おうにも技なんか何も会得していない。せいぜい中学の柔道で習った大外刈りくらいだろうか。ゲームの必殺技ならいくらでも言えるんだが。

 せめて何かそれっぽいカードでもあれば――と考えたとき、閃いた。

 俺はズボンのポケットから財布を取り出し、中を開いた。使い古された馴染みの財布。お金の他にも色々なものが入っている。俺は財布のなかに挿されているそれらを全て引き抜いた。

「おお!」

 チルノたちが嬉々とした声をあげる。

 俺は両手の指の間にカードというカードを挟み込み、無意味に両腕をクロスさせポーズをとった。

「すごい……こんなスペカ初めて見た」

 リグルが俺のカードをまじまじと観察しながら言った。

当たり前だ。銀行のキャッシュカード給料用、家賃光熱費用一枚ずつ。一枚は某はちみつ好きの熊が描かれている。一緒に作ったクレジットカードにゆうちょ、PASMO、免許証、保険証、家電のポイントカード、レンタルビデオの会員証、クリーニングのメンバーズカード、歯と耳鼻科の診察券、果てはいつ買ったかすら覚えていない洋菓子屋のスタンプカードまで。

 おおよそ幻想郷でお目にかかることはないだろうカードの数々をこれみよがしにチルノに見せつける。見せつけたからといって弾が出るわけではないが、こういうのはブラフが大切だ。せめて少しは格好くらいつけたいという俺の小さな見栄とも言える。

「や、やめとくなら今のうちだよ」

 最後通牒よろしく提案する。お願いだから止めると言ってくれ。だが勿論、あのチルノがこの程度のもので勝負を放棄するわけがなかった。

チルノは尚更目を輝かせ、

「はやくやろー!」

 と勢い込んだ。

 俺は深々と溜息をついて頷いた。

 …………。

「試合開始っ!」

 高らかにリグルが右手を空に振り上げた。同時にチルノが動く。両手を突き出して「おりゃー!」と叫んだ。

 瞬間、こっちに向かって何かが勢いよく放たれた。躱す、というよりも膝から崩れ落ちるようにしてなんとかそれを回避する。

 ドドドンッ!

 背後の音に振り向くと、地面に拳大の氷塊が三つ突き刺さっていた。背筋が急に寒くなる。弾幕勝負というのは安全な試合ではなかったのか。こんなものを食らったらひとたまりもない。

 チルノが今のは小手調べだと言わんばかりに不敵に笑った。両手を高々と天にかかげる。

「ちょ、ちょっとま――」

「必殺ぅ――パーフェクトフリーズ!!」

 突然空に出現した無数の氷片。花のように広がったその形はどこか幾何学的な模様を連想させた。太陽の光が結晶に反射し、キラキラと輝きを放っている。

 綺麗だ――そう思ったと同時に、これは死んだな、と悟った。

 浮かんだ氷片が弧を描きながら猛スピードで俺に向かってくる。頭だけ手でガードして、来るべき衝撃に備えて目を瞑る。そして一秒もしないうちに氷が俺の全身を打ちつけ――なかった。

「あいたたたたたーーーッ!」

 誰かの悲痛な声に、恐る恐る目をあけると。

「なんだなんだ、歓迎にしちゃ随分な仕打ちじゃないか」

 俺とチルノの中間地点、砂煙が立ち込めるなか頭を掻きながらぼやく女性。俺の目は彼女に釘付けになった。

 毛先がゆるくウェーブのかかった赤い髪はツインテールにしている。瞳は赤く、整った顔立ちはどこか冷酷な鋭さを帯びているがその感情豊かな表情からは親しみやすさが感じられる。白と青の布を重ねた着物のような衣服で、胴の所には茶色の腰巻を巻いている。スカートは足首近くまで長さがあり、裾から白い靴下に包まれた足が見えている。靴は厚底の下駄だった。

 背は俺と同じくらいか少し高いかもしれない。手には背丈を越える長さの大鎌を持っている。鎌の刃は歪に波打っており、とても実用に足るとは思えない。

 三途の水先案内人――小野塚小町はほこりを落とすように全身をぱんぱんと払いながら後方へ首を回した。

「人に向かっていきなりスペカぶっ放していいって教えてるのかい、先生さんよー」

 小町の後ろから慧音が現れる。

「すまない。指導は後でしておく」

 へいへい、と肩を竦める小町。

「こらー! 勝負の邪魔をするなー!」

 チルノが肩をいからせて小町に詰め寄る。その頭を片手で押さえ込みながら小町は「悪かった悪かった」と言葉だけで謝罪する。

 霊夢たちが庭に降りて駆け寄ってきた。

「わざわざ小町が来てくれるなんてね。どういう風の吹き回し?」

「そこの先生に脅されたんだよ。里まで送れって」

 慧音が心外だと言わんばかりに顔をしかめた。

「探すのに手間取った分、送るのは当然の義務だろう」

「はいはいそーですね」

 まったくそう思ってない口調で小町が言った。それを見て魔理沙が控えめに笑い、霊夢は呆れたように肩を竦めた。ようするに、サボっていたのを無理矢理連れ出されたということだろう。小町らしい。

「で、どうだったの?」

 霊夢が尋ねると、それまでの和やかな空気が一変、引き締まった。慧音が険しい顔で答える。

「結論から言うと、文秋君たちは死んでいない」

「それは確かなの?」

 自然と小町に視線が集まる。小町がしかと頷いた。

「間違いないよ。私はその子たちを運んでない」

 魔理沙がその言葉に疑いの目を向ける。

「ほんとかぁ~? サボってる間に見逃してたとかないだろうな?」

「見逃さないよ。賭けたっていい」

「そこは大丈夫だ。念のため四季様のところまで行って聞いてきた。文秋君たちを見た記憶はないそうだ」

 慧音の言葉を聞いて皆が納得をした。それが気に入らないのか小町は口を尖らせて「はいはい映姫様の方が信用ありますよー」とそっぽを向いた。

 小町が自分の仕事に誇りを持って取り組んでいることを知っている俺としてはフォローしてあげたかったが、変なことを言ってまた疑われても困るので仕方なく黙ったままでいることにする。

 子供たちが生きていることが判明しても場の空気は緊張したままだった。

結局は『まだ死んでいない』ことが分かっただけ。どこにいるかも分からないし、ましてや五体満足でいるとも限らない。全員がそれを分かっているからこそ、誰も何も言わなかった。ただ、事情をあまりよく分かっていないチルノたちだけが不思議そうに首を傾げている。

 やがて霊夢が呟くように言った。

「……私たちは外で聞き込んでくるわ。慧音は?」

「念のため里をもう一度見回ってくる。あとは親御さんに心当たりがないかを再度尋ねて、寺子屋の他の子たちにも聞くくらいか」

「わかったわ。……さっきから黙ったまんまだけど、文は何かこういうのに詳しいツテとかないの?」

「え? そうですね、椛がいれば千里眼で探せそうですけど、その文秋君の顔を知らないんじゃ意味ないですし……ほら、私は足で稼ぐ記者ですから」

「つまりお手上げってことね」

 はぁ、と霊夢が溜息をついて魔理沙に向き直った。

「取り敢えず、魔理沙は森でアリスとかに聞き込みしてきて。私は他を当たるから」

「他って、どこに行くんだ?」

「別にアテがあるわけじゃないわよ。人の出入りがある所に行くだけ。――ってことで、小町」

 突然名前を呼ばれて小町が身構える。

「な、なんだ?」

「行き帰りよろしく」

「はぁ? なんで私がそんな面倒臭いことを――」

 霊夢がずいと小町に顔を近づける。

「子供探しを手伝ったってことにすればサボってたのバレないでしょ? それとも何? 子供見捨ててサボりに帰るの? 映姫がそれを知ったらどうなるかしらねぇ」

「脅しかい……はいはい、手伝います手伝わせていただきますー! ったく、ここの奴らはヤクザか何かじゃないだろうね……」

 ぶつぶつと文句を言う小町を置いて、霊夢が俺の方に振り返った。

「これから捜索に行きますので、あとは私たちに任せてください。今日はわざわざ神社まで来て頂きありがとうございました」

 丁寧にお辞儀する霊夢を見つめて、俺の心は大きく波打った。霊夢としては一般人である俺をこれ以上巻き込みたくないのだろうが、ここで別れてしまっては何の為に神社まで行ったのか。

 俺は拳をぎゅっと握り、「あの!」と声をあげる。

「お、俺も、探すお手伝いをしたいんですが……!」

 拒否されたらどうしよう。困った顔で『お気持ちは嬉しいんですが』と返されたらどうしよう。不安ばかりが募り、まともに霊夢の顔を見られない。

「え、いいんですか?」

 その音色《おんしょく》は、想像していたどの色とも違っていた。喜びや申し訳なさがこもった温かい響き。

 顔を上げると、嬉しそうに微笑む霊夢の姿があった。

「小町のこともそうですけど、私なんかより機転がきいてるし、一緒に来てくれたら助かるなぁって思ってたんです」

 心の中に花が咲いていくような感覚が広がる。もし周りに誰もいなかったら歓喜のあまり大声で叫んでいただろう。俺は嬉しさと気恥ずかしさを噛み締めながら、

「いやそんな……」

 とだけ返事をした。

 頑張ろう。俺の持つ知識をフルに使って、可能な限り役に立とう。そう決心を固めた。

「そーいやさ」

 小町が世間話でもするように会話の間に入ってきた。

「この私とは縁のなさそうな格好をした方はどこのどなたなんだい?」

 鎌を担いだまま、じろじろと俺の全身を見回す。そうやって改めて見られると自分の格好の恥ずかしさがぶり返してくるので止めて欲しかったが。

 霊夢が軽く俺の紹介をしてくれる。最近やってきた人で、博霊神社の参拝者。どうも、と俺が頭を下げると小町が気っ風のいい笑顔を浮かべた。

「私は小野塚小町。三途の川の渡し守をやってる。よろしく」

「あ、はい、よろしくお願いします」

 再度頭を下げる。そのとき小町の目付きが変わった。鋭さを増した眼のなかの真紅の瞳がいっそう輝きを増した気がする。それまでの親しげな表情から一変、険しい顔で俺を真っすぐ見つめてくる。

「あんた……。いや、まぁいいか」

 言いかけて小町がやめた。何か俺が失礼なことでもしたのだろうか。気にはなるがどうしたのか聞くに聞けない。

 と、目の前にチルノがやってきた。拗ねたような表情で下から見上げている。

「勝負は?」

 そういえばそうだった。俺としては無効になって問題ないのだが、チルノにとっては遊び相手を奪われたも同然だ。つまらないと思うのも無理はない。

「ごめんね。次はちゃんと勝負するから」

 反射的に言って後悔した。さっきは小町が壁になったからいいものの、いざあの弾幕を食らって無事ですむとは到底思えない。きっぱりと断るべきだ。だが――。

「ホント!?」

 やっぱりこの子たちの期待は裏切れない。いつから俺はこんな滅私奉公するようになったのか。きっと幻想郷《ここ》に来てからだ。

「あぁ、ホントだよ。約束する」

「うん! 約束だからな! それまでルーミアはあたいのものだ!」

「いつから私はチルノのものになったのか?」

 呆れたようにルーミアがぼやいた。チルノには聞こえていないようだったが。もしくは聞こえていても気にしていないのか。

「チルノたちにも捜索を手伝ってもらう。里は私たちに任せてくれ」

 慧音の言葉に霊夢たちが頷いた。

「それじゃあ、行くわよ」

 それを合図に魔理沙が箒を取り出すと、空へ勢いよく飛翔していった。霊夢が小町に呼びかける。

「小町」

「へいへい、何処をご所望でございますか?」

「まずは――妖怪の山、守矢神社」

 

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