幻を想う   作:亮馬

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聞き込み

 小野塚小町の能力は『距離を操る程度の能力』。どんなに離れていようが、その距離を自在に縮めることができる。百の距離をゼロに。ゼロの距離を無限に。概念こそ違うが、どこか輝夜の能力に通じるものがある気がする。

 俺と霊夢と小町、そして当然のようについてきた文の四人は、寺小屋の庭からほんの一瞬で守矢神社へと移動した。

 小町の能力を実際に体験出来るとあって胸が高鳴ったが、終わってみればあっという間だった。自分の立っている感覚は変わらないのに、まわりの景色だけがまるで絵の具のように交ざりあいながら次々と変化していく。ただそれがあまりにも早すぎて、認識がまったく追いつかなかった。気付くと見知らぬ境内に立っていたのだ。

「大丈夫か?」

 小町が俺を気遣ってか声を掛けてくれる。

「あ、大丈夫です。全然、はい」

 霊夢が先導して境内を進み始めた。こうして見ると、同じ神社でも博霊神社とはかなり趣が異なっている。

 まず広さが違う。境内はもとより神社全体の広さは博霊神社の倍はあるだろうか。妖怪の山の中腹に建てられているせいもあってか、背景にそびえる山が荘厳な雰囲気をかもしだしている。

 博霊神社と違い、手水舎の横に社務所が建てられており、窓口の前には様々なお守りやお札、絵馬が置かれている。ここで販売しているのだろうが、無人なのは防犯上どうなのだろうとも思ったが、それだけ平和だという証しなのかもしれない。近くに掛けられた絵馬の量を見るに、なかなかの人が参拝に訪れているようだ。

 点々と灯籠が続く参道の先には立派な拝殿があり、その左右にも別の社殿らしき建物が向かい合って建てられている。左側の建物の奥に湖らしきものが見えた。あれが守矢神社と共にこの幻想郷に移動してきた湖だろうか。出来れば詳しく見て回りたいが、今はそれどころではない。

「早苗ー! いるー?」

 拝殿の前から霊夢が大きな声で呼びかけると、拝殿の裏手から「はーい!」という返事が聞こえてきた。やがて一人の高校生くらいの女の子が姿を見せた。

「霊夢さん、何か御用で――あれ?」

 こちらのメンツを見てきょとんと目を丸くさせたこの女の子こそ、守矢神社の風祝こと現人神・東風谷早苗。

 背中にかかるほどの長い緑の髪。髪の左側を一房、髪どめでまとめて垂らしている。まだどこかあどけなさの残る顔立ちは、少女のような純真さを感じさせる。白地に青の縁取りがされた襟付きの服に、水玉やお祓い棒を形象化したような模様の描かれた青いスカート。同じ巫女服でも霊夢のものよりもかなりシンプルにまとめられている。ただし、袖部分は霊夢と同様、上着と離れており腋が剥き出しになっている。

 髪の房の所には白蛇、上の所には蛙の髪飾りがつけられているが、これらはこの守矢の神様たちを象ったものだ。その神様たちはここにはいないようだが。

「何だか珍しい組み合わせですね。どうかしたんですか?」

 霊夢があらましを説明する。里の子供二人の行方がわからない。山で何か変わったことはないか。尋ねられると、早苗は特に驚いた様子もなく平然と答えた。

「あー、そのことですか。残念ですがこの辺りは変わりないですね」

「ん? そのことって早苗、何か知ってるの?」

「知ってるっていうか、参拝にこられた方から聞いたんですけど、同じ話ですよね?」

「いやそれは私が知りたいんだけど……」

 文が手帳を構えて二人の間に割って入った。

「まずは順番に聞いていきましょう。お聞きしますが早苗さん、その話は誰から聞いたんですか?」

「里のご婦人からですけど」

「それはどういった内容で?」

「えっと、近所の子供が二人いなくなって、寺子屋の先生が探してるっていう話でしたよ」

 すかさず霊夢が聞く。

「その子供の名前って分かる?」

「いえ、そこまでは……」

 霊夢と文が顔を突き合わせた。

「どう思う?」

「私は同じ事件だと思いますが」

 俺の方にも霊夢が視線を向けてきたので頷いておく。ここまで状況が酷似していて別件ということもないだろう。

「他には何か聞いた? 今私たちはその子らを探してるとこなんだけど」

「手掛かりになるようなことは何も……。ただその方が言ってたのは、その子供がいなくなった家からはよく怒鳴り声や子供の泣き声が聞こえてたらしいから、もしかして親にどこかに閉じ込められたか、最悪――殺されちゃったんじゃないかって」

 早苗がつらそうに顔を歪める。その状況を想像して胸を痛めたのだろう。

 だがその推理はひとつだけ間違っている。子供たちは死んでいない。だから早苗が悲痛がる必要なんてない。

「安心しなさい、早苗。その子たちはまだ死んでないわ」

「え?」

「慧音が映姫の所まで行って聞いてきてくれたの。だから大丈夫よ」

 優しく霊夢が声を掛ける後ろで、小町が半眼のままぼそりと呟いた。

「最初に証言したの私なんだけど……」

 結局早苗から聞けたのはそれくらいで、子供の居場所について有益な情報は得られなかった。

『必ず見つける』と早苗と約束してから、俺達は守矢神社を後にすることにした。

 間もなく日が落ちようとしている。山の上だからか冷たい風が吹き抜け、木々をざわめかせる。赤から紫に変わろうとしている空を見上げ、霊夢が息を吐いた。

「急がないと、日が暮れるわね」

「はいよ、どんな場所でも一瞬でお運びします小町飛脚ですよ。お次は? 紅魔館? 白玉楼?」

「そうね……」

 霊夢がしばし考えたのち、行き先を口にした。

 

 小さな丘の上に立って、俺はその風景にただ見惚れていた。

 起伏の少ない平原。その見渡す限りを埋め尽くしていたのは雄々しく咲き誇った向日葵の群生だった。

 太陽の花《サンフラワー》とは良く言ったものだ。円を描くように咲いた花弁から放たれる生命の輝きは、まさしく太陽のそれとなんら変わらない。花畑全体に茜が射した今も、より力強く遠くの空に向かって全身を広げている。

 空と雲と風と花。それだけがこの空間を支配している全てだった。

 これまでに見たどんな景色よりも、美しいと思った。全身に電流が走ったかのように、体は指一本さえ動かせない。俺は立ち尽くしたまま、一面の太陽の畑を眺めていた。

 携帯があれば写真を撮ったのだが、生憎今は持っていない。いや、この景色を電子媒体なんかに入れることは冒涜ではないか。俺の脳にさえ刻み込まれていればそれでいい。

「あの、そろそろ行きますよ」

 後ろから声がかかり、体の硬直が解かれた。俺は振り返って頭を軽く下げる。

「す、すみません」

 霊夢がおかしそうにくすりと笑う。

「いえ、謝ることじゃないですよ。あ、もしここにいたいんでしたら、私たちだけで行ってきますけど」

 霊夢が視線を移す。その先にはこぢんまりとした一軒家が建っていた。

「あ、その……」

 景色に見惚れていたことがバレていたようだ。大の男が花畑に夢中になるなんて変だろうか。気恥ずかしくなって顔を下に向ける。横から文がずいと顔を出す。

「ここは通称『太陽の畑』っていう場所なんですけど、本当その名に恥じない景色ですよね。私もよく写真を撮りに来るんです」

「写真……」

 撮らなくていい、なんて自分に言い訳したが、そう聞かされると写真を撮りたくなる。ましてや文が撮ったものならかなりいいものになっているはずだ。

 俺の顔を見て、文が快活に言った。

「なんでしたら今度お渡ししましょうか?」

「ぜ、是非お願いします!」

 我ながら現金すぎるとは思うが、写真を貰えるのなら貰っておきたい。いつでもこの景色を思い出せるように。

「それにしても、すごく見入ってましたねぇ。あなたの居たところにはこういった場所はなかったんですか?」

「俺のいたところ、ですか?」

 CMやニュースでチューリップ園や花畑を見たことはあっても実際に自分の目で見たことは無かった。もしかしたら向日葵畑もあったのかもしれない。あっちにいた時はそんなこと気にも留めなかった。

「……ある、とは思いますけど、こうやって間近で見たのは初めてで」

「ふむふむ、住んでいた場所は自然が身近には無かった、と」

 文が手帳にペンを走らせる。そのプロ根性は天晴れと言わざるを得ない。

「で、他にはどんな特徴がありますか? 文明は? 住人は?」

「えーと……」

 さすがにこれ以上は答えたくない。俺が言い淀んでいると、背後から落ち着いた女性の声がした。

「何か御用かしら?」

 その声に皆が振り向いた。

 淡いピンク色の日傘を差した女性。肩にかかった緑色の髪はゆるくウェーブしており、小顔をより小さく見せている。つんと澄ましたような顔立ちに浮かぶルビーのような赤い瞳は、夕日を受けて一層真紅の光彩を放ち、ミステリアスな印象を与えている。

 白いカッターシャツに赤いチェックのベスト。ベストとお揃いのチェックで合わせたロングスカートにはレースがあしらわれている。胸元で結んだ黄色いリボンがまるで服に咲いた花のように可憐に彼女を彩っている。

 四季のフラワーマスター、風見幽香。この太陽の畑を守る主が、今目の前に立っていた。

「用って程のもんじゃないわ。ただ聞きたいことがあるってだけ」

「ふーん」

 幽香が俺たちをじろじろと眺める。

「巫女に文屋に死神、それに普通の人間が揃って何の質問かしら」

 求聞史紀によれば風見幽香の危険度は極高、友好度は最悪。時折USC《アルティメットサディスティッククリーチャー》などと呼ばれるほどのドSとして描かれることも多い。だがその本質は弱者に対しての慈愛に満ち溢れているとも言われているが、実際がどうなのかは分からない。

 幽香と目が合った。どんな鋭い眼光で貫かれるものかと覚悟したが、予想に反して幽香の目は穏やかで優しい色を纏っていた。

「用件は単純よ。里で二人の子供が行方不明になってるの。居場所に心当たりない?」

 霊夢の口調は質問というよりは詰問に近かった。何故そんな態度なのかはすぐに明らかになった。

「まるで私が誘拐したとでも言いたげね」

 つまらなさそうに眺めていた小町が「幽香が誘拐……」と呟いたが誰も拾わなかった。

「前にも似たような事件があったとき、その子供はここに居たらしいじゃない。同じことが起きないとも限らないでしょ」

 刺すような視線を幽香は軽々と受け流す。

「さぁ? 私はただ花を見に来てくれた子供を家に招待しただけよ。それはいつだって変わらない。花を愛してくれる人をもてなすのは当然のことよ」

 そう言って俺に目を向ける。

「あなたも、いつでもここに来て構わないわ。花は全てに平等に咲き誇ってくれる。妖怪でも鬼でも人間でも」

 ゆうかりん……。心の中で愛称で呼ぶ。俺が花畑に見惚れていたのを見ていたのだろうか。だからこそ、俺のことを少なからず歓迎の意を示してくれている。

 素直に嬉しかった。俺のことを認めてくれたようで。

「はぐらかさないで。家の中あらためさせてもらうわよ。文、ついてきなさい」

「え? 私がですか? ……はい、行きますよ」

 嫌々そうに答えた文を視線で黙らせて、霊夢は幽香の家に歩いていった。それを幽香は止めようともしない。幽香が俺たちに向いた。

「あなたたちは行かなくていいの?」

「私はただの駕籠屋なもんで」

 小町が飄々と答える。次いで幽香の視線が俺を捉えた。

「あ、その……なんとなく、ですけど、ここには子供はいないんじゃないかって。あくまでなんとなくなんですけど」

 明確に何か確証があるわけではなく、幽香の態度や口振りからそう感じた。幽香にとって子供を攫うことも匿うことも、同じくらい瑣末なことなのだと。

 幽香の目が少し見開かれた。驚いたのかそれとも俺の言葉を疑ったのか。次第に幽香の顔が微笑みに変わっていく。

「あなた面白いわね、名前は?」

「え、あ……」

 突然聞かれて、どもりながらも名前を伝える。自分の名前で緊張するなんて就活の面接以来だ。

 幽香の薄桃色の唇が揺れ、澄んだ優しい響きを奏でる。

「私は風見幽香。花を愛するだけのただの妖怪よ」

 緑色の髪、赤を基調とした服装。可愛らしいピンクの日傘。こうして顔を合わせてみると、まるで幽香自身が一輪の花であるかのように錯覚する。ありとあらゆる花々を愛でる、花の妖怪。その有り様こそが花のように美しいのではないだろうか。

「……綺麗な花には刺があるもんだ」

 ぼそりと余計な一言を付け加えた小町を、幽香が冷酷な微笑で見やる。

「何か言ったかしら、死神さん?」

「いんや別に~」

 挑発ともとれる態度で小町が肩を竦める。幽香の視線が鋭さを増した。こんなところで始められると俺の命に関わりそうなので全力で遠慮して欲しいのだが。

「まぁ」

 剣呑な雰囲気もまったく気にしていない小町が花畑に目をやった。

「うちの川べりにゃ無い美しさだ。生命の輝きってやつか」

「あら、私はあなたの所の花も好きよ。最後の別れにあの花に見送られるなんて、気が利いてると思わない?」

「さてね。諦観を勧めといて再会を誓うってのは、詐欺っぽい気がするんだが」

「いいじゃない。人はあの炎のような花を見て、最後に想いを馳せるのよ。それこそが、彼岸の花の役目でしょう?」

 駄目だ。何を話しているのかさっぱり分からない。彼岸の花というのは彼岸花のことだろうか。

 ここで霊夢たちが戻ってきた。時間的にも表情的にも子供はいなかったようだ。

「ご苦労様。捜し物は見つかった?」

 幽香も分かっているだろうに、皮肉交じりに霊夢に尋ねる。霊夢は幽香を一瞥だけして、俺と小町を見やった。

「とりあえず一旦寺子屋に戻りましょ。慧音や魔理沙が何か掴んでるかもしれないし」

 へーい、と小町が気のない返事をする。鎌を担ぎ直して、能力を発動させる。

 辺りの景色が交じり始めるその一瞬前に、幽香が俺に向かって何かを放り投げてきた。

「あげるわ。頑張って捜すことね」

 手の中のものをまじまじと見つめる。花、だろうか。棒状の茎に昆布のように波打った葉。開花はしておらず、蕾が頭《こうべ》を垂らしたように垂れ下がっている。蕾に鼻を近づけるとかすかに甘い匂いがした。全体の長さは30cmほどで意外に茎が重たい。

 何の花なのかさっぱり分からない。だがそれを幽香に聞く前に移動が完了してしまった。

 数時間前と同じ寺子屋の庭。茜色の地面に松の木が長い影を伸ばしている。

「まだ戻ってないようね。あがって待ちましょ」

 霊夢が教室へ進んで行く。俺は手元の花に視線を落とした。茎の所で切り取ってはいるものの、葉は瑞々しく蕾もまったく萎れている気配がない。幽香が渡してくれたのだから、それも当然のことか。花の妖怪ならばそういうことも出来るのだろう。

 文が俺の手元を覗き込んできた。

「それ何の花なんですか?」

「いや、俺にはまったく……」

「小町さんは?」

「私が花なんか知るわけないだろ」

「そうですよね。霊夢さんは――いいや」

「ちょっと聞こえてるわよ! 私だって花を愛でる心くらいあるんだから」

「それは初耳ですね。食用花にしか興味がないかと」

「うるさい!」

「じゃあこの花知ってます?」

「…………知らないけど」

 文が大仰に溜息をついた。霊夢は何か言いたげに肩を震わせていたが、言い返せないと悟ったのかくるりと前に向き直って縁側を上っていった。

 やれやれ、と文が首を振って後に続いていく。それに倣って俺と小町も歩きだした。

 じきに日が落ち、辺りは暗闇に包まれるだろう。そうなっては捜索もまともに行えなくなる。今夜も文秋君たちはどこかで夜を過ごすことになるのだろうか。

 願わくば、そこが安全な場所であることを。

 

 

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