銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

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So What Again.前編

イゼルローン要塞からハイネセンへ。巨星を相手に、民主共和制の種火を守ろうとした者たちが、少しずつ降り立ち始めた。第一陣は、イゼルローン自治政府の主席であった、フレデリカ・グリーンヒル・ヤンを代表とする面々。

 

 第二陣は、ダスティー・アッテンボローを中心とする、イゼルローン軍の中心者たちだった。彼らは、先帝ラインハルトとの約定に基づく、バーラト星系の自治政府の選挙に出馬する予定である。

 

 後片付けはこっちでやるから、さっさとあちらで準備を始めろ。そう言って、キャゼルヌ中将は、超光速通信(FTL)で後輩のアッテンボロー中将を追い立てた。だが、鉄灰色の髪と青灰色の目にそばかすを持つ若き提督は、先輩のお達しには頷かなかった。当初は、彼はフェザーンから直行する予定だったのだが、合流したリンツ大佐の乗ってきた船で、イゼルローンに折り返すことにしたのだ。帝国軍の面々と直接に会話をし、オーベルシュタイン元帥の死によって、これはまずいと直感したのだ。

 

「軍司令官はユリアンですが、実質的な責任者は俺ですよ。

 あいつがフェザーンからこっちに戻ってくるまでに、日数を費やすのは勿体ない。

 こちらの軍の解体するのに、端緒をつけるぐらいはして行きますよ」

 

 もっともな言い分だが、薄茶色の髪と目をした事務と補給の達人は、じろりと彼の若々しい顔を睨んだ。

 

「たしかに一理あるが、おまえには前科があるからな。

 帝国が、おまえを交渉相手と認めるかどうかが問題だ」

 

 ヤンの謀殺を阻止し、ハイネセンを炎上させてまで逃亡に及んだ前科である。人質にされた高等弁務官のレンネンカンプ上級大将は自殺。それが引き金となって、皇帝ラインハルトが大親征に及んだ。あくまでも抗戦した同盟軍宇宙艦隊司令官のビュコック元帥、参謀長チュン・ウー・チェン大将らは、マル・アデッタ星域の会戦で死亡。麾下艦隊もほぼ壊滅した。そして、当時の最高評議会議長、ジョアン・レベロは、ロックウェル大将に暗殺された。その首を手土産に、皇帝に命乞いをしたロックウェルは、売国の卑劣漢として処刑され、同盟軍と同盟政府は実質的に滅亡した。

 

 ヤンと共に宇宙に逃れた者たちは、途中で『動くシャーウッドの森』と合流し、35歳以下お断りのビュコックの厳命で、マル・アデッタの会戦に参加しなかった旧同盟軍の残留艦隊を吸収。独立を表明したエル・ファシル独立政府の軍として、ラインハルト率いる新帝国軍と交戦した。

 

 負けないことを座右の銘にしていた、ヤン・ウェンリーが初めて勝つために挑んだ回廊決戦。魔術師とその右腕、エドウィン・フィッシャー中将による、巧緻にして苛烈きわまりない艦隊戦で、帝国軍はシュタインメッツ、ファーレンハイトの両元帥を失う。彼らと共に天上に赴いた将兵は二百万。

 

 わずか1.5個艦隊が、二倍以上の相手に対して与えた打撃である。少数が多数を撃破した、常識外れの数値であった。

 

 その後、講和の会談の途上で地球教徒の襲撃に遭い、エル・ファシルの政府代表者らと共にヤンは凶弾に斃れた。

 

 しかし、それでもイゼルローンの面々は膝を屈しなかった。彼の夫人であったフレデリカ、被保護者であったユリアン・ミンツを政、軍の代表として自治政府を設立。

 

 先日のシヴァ星域の会戦で、皇帝ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトに突入、軍司令官自らが血の河を越えて、皇帝との対面を果たし、もぎとった講和であった。

 

 そのイゼルローン革命軍設立の自称黒幕が、ダスティ・アッテンボロー中将だった。次の誕生日を迎えれば32歳。頬に散るそばかすと悪童のような表情で、実年齢よりも若く見える。だが、若くとも歴戦の提督だった。アムリッツァの激戦で、壊滅状態であった第10艦隊を指揮して離脱に成功。その残存戦力と共に、イゼルローン要塞駐留艦隊、通称『ヤン艦隊』の分艦隊司令官に就任する。

 

 この時の年齢は27歳、階級は少将。同盟軍史上最年少の提督の誕生でもあった。アムリッツァの敗戦による人材の払底という事情はあるにせよ、この年齢までの昇進はヤン・ウェンリーをも凌ぐ。士官学校の先輩の昇進があまりに華々しいため、陰に隠れてしまっているが、これも平凡なものではない。同盟が存続していれば、史上三人目となる三十代の元帥が誕生したであろう。それも、ヤンよりも智勇のバランスを備えた元帥が。

 

 つまり、ヤン・ウェンリーの腹心にして左腕とも呼べる存在である。アッテンボローが士官学校に入学した16歳の頃から、ヤンやキャゼルヌとは友人関係にあった。ヤンの死後、まだ18歳だったユリアン・ミンツを旗印としたが、実質的な艦隊司令官は確かに彼だ。抗戦派の最右翼とみなされて、警戒されるのが当然だった。まったくもってそのとおりなのだから。

 

「しかしですね、他にできる奴もいないでしょう。

 ラオやスールの能力は充分だが、帝国軍連中には押しが足りません。

 メルカッツ提督も、あの不良中年もヤン先輩のところに行っちまった。

 それにキャゼルヌ先輩、俺がいたほうがいいと思いますよ」

 

「ふん、理由を言ってみろ」

 

「あいつら、骨の髄、頭の芯まで軍人ですよ。というよりも軍人バカ。

 帝都にいる間に思い知りました。国の仕組み上いたしかたないんですがね。

 戦略面は、皇帝ラインハルトが一手にやっていた。

 そっちの右腕の帝国印の剃刀もテロで亡くなった。

 で、残りの面々、書類仕事ができそうに思えます?」

 

「おまえに言われちゃおしまいだが、俺も同意見だ。

 あの皇太后陛下、たしかに頭はいい。

 だが頭になれるかというなら、現時点では疑問だね。

 皇帝の遺言だから拒否はできんのだろうが、元帥を七人か」

 

 キャゼルヌは肩を竦め、後輩相手に問題点を列挙してみせた。

 

「主たる問題は二つ、役職と人件費だ」

 

 国家公務員で、遥かに給与の低い旧同盟でも、同時期に現役の元帥が三人以上いた例はない。それは役職の問題だ。同盟の場合は統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官のツートップ。

 

 帝国軍ならば、軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官の帝国軍三高官。このあたりまでが、元帥にふさわしい役職というものである。

 

 七人の残り四人、その階級に見合う役職はあるのか。全員がまだ三十代から四十代の初め、定年までの莫大な人件費や福利厚生費、諸雑費をどう工面するのか。定年後も、平均寿命から計算するなら二十年は高額な年金を支給しなくてはならない。

 

 戦闘が続発していたこの五年間はいざ知らず、平時の軍事は金食い虫である。人件費など、真っ先に切り詰めなくてはならない部分だ。

 

「ヤンは元帥だったが、削減された退役年金の愚痴を随分こぼしたもんさ。

 あいつの場合は、積立期間が少ないから仕方がないんだがな」

 

「ええ、俺もね、あんな死ぬ思いをして、こんなもんかと思いましたよ」

 

「おまえだって積立期間が短いのは同じさ。それにおまえは独身だからな。

 ごっそり天引きされるのは当たり前だ。いやなら、さっさと結婚することだったな」

 

「俺の主義はほっといてくださいよ」

 

「じゃあ、ここまでにしてやろう。おまえさんも大分損しているからな。

 採算割れはヤンと同様、しかも扶養家族がいる時期もなかったしなあ」

 

「なんだか切ない話だなあ」

 

「金の話ってのは必然的に世知辛いもんだ。

 帝国元帥の給与も莫大だが、元帥には元帥府を開く特権があるそうだ。

 こいつは人事的にも問題でな。子飼いの連中で長いこと固まると組織は腐る。

 いままでみたいに、戦死による人事の流動化もなくなるんだからな」

 

 えげつないことを言うキャゼルヌだった。その戦死者の大半は、ヤン・ウェンリーが率いた艦隊によって天界(ヴァルハラ)の門を潜ったのだ。

 

「たしかに言えてますよ。あっちは二十代の少将、中将がごろごろしてる。

 勝ち戦続きの論功行賞で、階級の大盤振る舞いをしすぎたってのは俺にもわかります。

 そんなに高官がいるのに、皇帝の付き添いで偉い連中がフェザーンに急行したせいで、

 第一陣の輸送計画はこっちの案を丸呑みしたでしょう。

 次は、元帥の誰かが戻ってくるわけですよ。先輩にも愚痴る相手が必要でしょ」

 

「確かにな。誰が来るのかは知らんがね」

 

「どうします、黒猪がやってきたら」

 

「安心しろ。先例を引いて通告済みだ。こちらはこれから武装解除になる。

 負けた遺恨を暴発させる恐れのある将兵は、起用を避けていただきたい。

 こちらとしても、フィッシャー、メルカッツ両人の仇である相手に、

 全ての者が恨みを暴発させないとは保証ができないとな」

 

 さらりと告げられた言葉は、かぎりなく辛辣な意味を含んでいた。その先例とは、ヤンに二度の敗北を喫し、彼の謀殺を後押しした挙句に自ら死を選ぶことになった、レンネンカンプ高等弁務官であった。イゼルローン軍首脳部の軍事行動の発端となった人物だ。

 

 八歳上の先輩の舌鋒の容赦のなさに、アッテンボローは口の端を引き()らせた。後方本部長代理の座を、「ふん」の一言で蹴っ飛ばしてきた男だけのことはある。

 

「お見それしました、さすがはキャゼルヌ先輩」

 

「もっと褒め称えていいぞ。

 ついでに、きちんと意思疎通ができる相手にしろとも言っておいたからな。

 こちらの発言に対する反応ではなく、そちらの意志を発言してくれと。

 さすがに(ヤー)(ナイン)で折衝ができると思わんだろう」

 

 アッテンボローは思わず拍手してしまった。いや、実にお見事だ。キャゼルヌは、にやりと笑った。

 

「そうすると、あちらさんも案外と人がいなくなる。

 流石に首席のミッターマイヤー元帥は出せないし、ケスラー元帥は地球教のテロの始末で、

 フェザーンからは離れられんだろう。で、例の二人を除外すると残りは三人。

 幕僚総監のメックリンガー元帥は、この人事の調整をしなくてはならんな。

 残る二人だが、大体において外回りをやらされるのは若い方だ。

 どうせイゼルローンに船を出すなら、ユリアンらも同行させるだろうからな」

 

「うわあ……」

 

 今度は変な震えが背中を走る。二人を除外しただけで、帝国軍の中の親イゼルローン派を実質的に指名してしまった。他人事ながら帝国軍のことが心配になる。あの軍事ロマンティストの脳筋連中、この権謀術数の達人と渡り合っていけるのか。首座にいるのは乳飲み子を抱えた未亡人だ。ああ、お気の毒に。

 

「たしかミュラー元帥は、おまえと同い年だろう。

 普通なら少佐か中佐の年齢だな。鉄は熱いうちに打てというじゃないか。

 俺が旧同盟の流儀をご教示しようというわけだ。

 彼には、ハイネセンと帝国の架け橋になってもらいたいからな」

 

「キャゼルヌ先輩、念のためにうかがいますが、

 それ橋の形になるまで叩いて鍛えるっていうことですよね」

 

「当然だ。無論、ワーレン元帥でも一向に構わん。あっちはヤンと同い年だったな。

 ユリアンとも縁がある。ユリアンが好感を持つような為人だということはだ、

 味方にするとメリットが高い。功績が同等なら、年功序列と人格が人事評価の対象になる。

 つまりは、非常に近い将来の帝国軍三高官のどれか、まあ俺なら宇宙艦隊司令長官にする」

 

 笑みを浮かべる先輩が怖い。ものすごく邪悪だ。そして、帝国軍の人事が丸見えでいらっしゃるんですね。アッテンボローの心の声まで敬語になってしまった。

 

「そっちも叩いて鍛えるんですか?」

 

「それがどうした。何か問題でもあるか」

 

「いえ、ございませんです、ハイ」

 

 決め台詞を奪われて、言葉遣いが怪しくなった後輩に、キャゼルヌは苦笑いした。こいつが念願のジャーナリストになるには、かなりの修行が必要だ。

 

「実際に焦眉の急だぞ、これは。

 帝国の膨大な軍事費は、約五百年分の貴族資産を放出させて賄った。

 その資産の素は、現在国有化しているな。

 旧帝国内の衣食住を賄うだけなら結構だが、旧同盟、フェザーンと貿易を開始してみろ。

 瞬く間にこっちの資本に食い荒らされるぞ。連中は統制経済に慣れきっている。

 パン一個、菓子一個のシェアを数十社で奪い合う自由経済は未知のものだ。

 旧領土にそれが流入すれば、経済難民が何十億と出るだろう。

 コストを重視すると、国営企業は解体され、働き場所がなくなる。

 第一、フェザーンからオーディーンとハイネセン、どっちが近い?」

 

「ハイネセンですね。半分の距離だ」

 

「そして、フェザーンよりの旧同盟の星系は、

 そちらむけの商品や工業品を作っている企業が山ほどある。

 例えば、皇宮の新築のために、帝国と旧同盟の数社で入札を行う。

 材料費、工事費、人件費に輸送費も含めてな。さて、勝つのはどっちだ」

 

「そっちも同盟でしょうね」

 

「あるいは、旧同盟を孫請けにしたフェザーン企業だ。

 こういった問題は山ほどあるが、経済通になれとまでは言わん。 

 その危険性にも気がつくようにしたいのさ。俺たちとの折衝が第一関門になる。

 これすらもクリアできなければ、ローエングラム王朝は二代で潰えるぞ」

 

 補給と事務の達人、旧同盟軍屈指の軍官僚の言葉には、不吉な重みがあった。彼は、軍需物資の比類なき買い物名人でもあったからだ。彼が行った物資購入事業の落札者は、小数点以下二桁の差の単価勝負を勝ち抜いている。これと同じ真似が、帝国企業にできるだろうか。


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