プロローグ 四半世紀後の螺旋迷宮
宇宙暦813年9月1日は、旧自由惑星同盟軍の宇宙暦788年度B級重要事項の公開開始日である。銀河帝国軍の軍務省は、規定どおりの公開請求に対して、規定どおりに資料を公開した。旧同盟軍の機密事項は、銀河帝国に宇宙が統一された後もそのまま保管されていたのだった。
亡国の軍の機密は、勝者にとって価値は高いものではなく、さりとて廃棄するにしても量は膨大で費用も嵩む。結局、当時の同盟軍の重要事項区分をそのまま準用し、年次的に定型処理をするにとどまった。それが一番、金も人手もかからない方法だったからだ。自由惑星同盟が滅亡した後に、こういった資料の公開を求められるケースは稀であったのだ。
請求者の予想よりも、ずっと呆気なく資料は届いた。鉄灰色の髪にそばかすの頬をしたジャーナリストは、そのファイルを受け取ると、悪童の笑みを浮かべて歩きだした。今にもスキップに変わりそうな弾む足取りで、旧同盟軍士官学校校歌の一節を口ずさみながら。
街角のコーヒースタンドの一角に陣取ると、彼は通信端末で二十年来の友人に連絡をとった。
「よう、ユリアン。先輩の力作は手に入ったぜ。宿題はできているか?
答え合わせをしようじゃないか」
その六か月と二十四日後、一冊の本が出版された。『エコニア・ファイル――ヤン少佐の事件簿――』がその題名である。題名からしてセンセーショナルなものだが、著者はダスティ・アッテンボローとユリアン・ミンツ。
ヤン少佐こと、ヤン・ウェンリー元帥。宇宙暦767年4月4日生、800年6月1日没(推定)。
軍人生活の中で少佐であったのが、三年十か月で最長。最短は大尉の六時間。士官学校卒業後、少尉から元帥までの十一の階級を、十二年で駆けあがった同盟軍史上最高の智将。本人が聞いたら、心にジンマシンができるといやぁな顔をしただろうが、紛れもない事実である。
同盟滅亡後、彼が率いたヤン
ヤンの後輩と被保護者は、その立役者としての名声の方が、いまだに現業よりも大きかった。しかし、駆け出しのジャーナリストと歴史学者のコンビは、一冊の本によってそれを引っくり返したのだった。
ハイネセン記念大学大学院の歴史学科で、講師として教鞭をとっているユリアン・ミンツのところに、政界からジャーナリストに転身したダスティー・アッテンボローが、その企画を持ち込んだのは一年半前のことだ。ユリアンの三十歳の誕生日のホームパーティーのあと、男同士もう少し強い酒を飲もうと座を変えた時である。
ブルース・アッシュビーと730年マフィア
ジークマイスター提督の亡命
ミヒャールゼン提督の暗殺
まるで『落語』の三題噺のような単語の羅列に、青年学者の亜麻色の頭の中を疑問符が走り回った。