銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

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新帝国暦16年4月 フェリックスの冒険
きらきら星に願いを!


「おお、悩め悩め少年。そいつが若さの特権ってやつだからな」

 

 男は陽気な口調で言うと、緑の瞳の片方を閉じた。鮮やかなウィンクに、フェリックス・ミッターマイヤーは毒気を抜かれてしまった。彼の周りの大人には、こんな表情を浮かべる人物はいなかったから。

 

 街灯の灯りでは少々分かりにくいが、年齢は三十代半ばぐらいか。船員服に包まれた体は引き締まってやや細身、平均身長よりは高いが長身というほどではない。明るい褐色の髪をしていて、かなりの美男子である。片えくぼを浮かべた笑顔が一層の愛嬌と華やかさを添え、こういう人がもてるんだろうなあ、と少年は場違いなことを思った。しかも強いし。

 

「どうして、僕が悩んでるって……」

 

「そりゃあ、暗い顔した坊ちゃんがこんなところに紛れ込んでたらなぁ。

 しかも制服のまんま。さあ、帰った帰った。ここは子供向けの場所じゃないぞ。

 おまえさんみたいな美少年は、悪い大人の食い物にされるか、いけない女に食われちまうぜ」

 

 男の指摘に、フェリックスはぼんやりと路上を見回した。事態の急変に頭がついていかず、随分間抜けな質問をしてしまった。学校からまっすぐ家に帰る気になれず、遠回りをして時間を潰そうと思ったのだ。

 

 普段通らない街区の、人通りのない道を選んで歩いているうちに、なんだか雰囲気の悪い所に迷い込んでしまった。辺りを見回しているうちに、向こうから歩いてきた柄の悪い男の集団に、やれ肩があたったのと因縁をつけられ、呆然としていると胸倉を掴まれた。にやにやした男が、拳を振りかぶるのを見て、咄嗟に腕を上げてガードする。

 

 だが、衝撃は訪れなかった。新たな登場人物が、胸倉を掴んでいた男の連れ二人をいとも速やかに殴り倒し、そいつが背後の音に振り向いた瞬間、一撃で昏倒させたのだ。その無駄のない動きは、明らかに訓練を積んだものだった。元軍人、それも後方勤務者ではない。帝国語には新領土訛りがある。

 

「え、あ……あの、ありがとうございます」

 

「うんうん、礼儀正しくて結構結構。さ、ここは任せて帰るんだ。

 そいつがこの連中の為でもあるからな」

 

「で、でも」

 

「ん?」

 

 男が片方の眉を上げて、続きを促す。表情筋が器用な人だとフェリックスは感心した。いや、そういう場合ではない。大変切実な問題があった。

 

「道がわかりません……」

 

「おいおい、通信端末ぐらい持ってるだろ」

 

「今日は家に忘れてきちゃって」

 

 宇宙から見た大気圏の最上層の瞳が、やや伏せられて告げてくる。忘れたのではなく、置いてきたのだろうと、彼にはすぐ見当がついた。伊達に青春の悩みの見本市を標榜していたわけではない。

 

「仕方がねぇなぁ。ほら、大通りまでなら案内してやるよ。

 フェリックス・ミッターマイヤーくん」

 

 びくりと肩を震わせる少年を見て、男はにやりと笑った。

 

「悪所通いをするんなら、名札の付いた制服はやめるこったな」

 

「あっ……。その、そういうつもりじゃなかったんです。

 たまには違う道で帰ってみたくなっただけで」

 

 彼より頭半分ほど低い、チョコレートブラウンの頭を見下ろして、襟章を見る。この少年は、生後一歳からフェザーン育ちだったはずだ。幼年学校の四年生。まだ夜は冷え込む四月の下旬、あと二ヶ月で最上級生だ。今さら冒険心を起こすような年齢ではないだろうが、健気な言い訳に、彼は追求するのはやめた。

 

「うん、まあそういうことにしておくか。

 おれは名乗るほどの者じゃないが、キャプテン・トウィンクルスターとでも呼んでくれ」

 

「はぁ……。あの、よろしくお願いします」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 そう言って彼は通信端末を取り出すと、誰かと通話を始めた。旧同盟公用語だ。幼年学校で習ってはいるものの、これだけ早口で俗語混じりになるとフェリックスの語学力では全て理解をするのは無理だった。だが、聞き取れる単語には『賞金首』やら『サイオキシン』とか、物騒なものが含まれている。

 

 間もなく、さまざまな服装に、揃いの腕章をはめた体格のいい男達が五人ばかり集まってきた。この街の自警団のようである。自称『トウィンクルスター』と彼らは、早口で遣り取りを始めた。帝国語と旧同盟公用語が混ざり合った、独特のフェザーン訛りだ。切れ切れに聞き取れるのかなりは荒っぽい内容だった。

 

 途中、緑の瞳の伊達男が、さっきフェリックスを殴ろうとした男をブーツの爪先で示す。身じろぎしかけた男のこめかみを、さりげなく蹴りつけて、眠りの神(ヒュプノス)に延長料金を支払ってやった。

 

「で、そっちのガキは……」

 

 自警団の一人が、フェリックスにライトの光を投げかける。光に浮かび上がる秀麗な面ざしに、彼らは息を呑んだ。こんな時、フェリックスはいたたまれなくなる。銀河に居住する二十歳以上の人間なら、少年に酷似していた男性を知っている。右の瞳を黒にして、年齢を倍にすれば、ほぼそのまま実父になるだろう。

 

 せめて、髪の色だけでも実母に似ればよかったのに。義理の兄が一度だけ見掛けたその人は、クリーム色の豊かな髪をしていたという。奇しくも養母と同じ髪の色だ。遺伝の法則を学んだ後も、そう願わずにいられない。

 

「わかるだろ? おれは丁重に送ってさしあげるべきだと思うんだがね。

 で、どうだい?」

 

「確かにな。あんたに任せるよ、きらきら星(トウィンクルスター)

 賞金は明日にでも取りにきてくれ」

 

「わかった。さて、行くとしようか、ミッターマイヤーくん」

 

 長い脚を律動的に運ぶ男の後ろを慌てて追い掛ける。右に折れ、左に折れ、また左に曲がりと、方向転換が十回を越えたあたりで完全に方向が分からなくなる。

 

「本当にこっちでいいんですか?」

 

 いくらフェリックスが上の空でも、こんなに複雑な経路ではなかったはずだ。遅ればせながらフェリックスの胸中に、疑念の雲が沸き起ころうとしていた。恐らくは旧自由惑星同盟の退役軍人、彼らにとって父は元宿敵だ。自分の名字は有名すぎる。

 

「心配すんなって。俺の方向感覚は渡り鳥並なんだぜ」

 

「それにしても、なにもいきなり殴り倒さなくてもよかったのに」

 

「あの連中、札付きだぜ。船乗りにも回状が回ってる手合いさ。

 その綺麗な顔で名札つきの幼年学校の制服姿じゃ、

 カモだとスピーカーで言って回ってるようなもんだ。

 酔っ払いなんかじゃない、おまえさんを標的にしてやがった」

 

「えっ……」

 

「気がつかなかったか? 酒の臭いがしなかっただろ」

 

「じゃあ、あなたはどうなんですか」

 

 フェリックスは、目の前の背中を睨みつけた。男が肩越しに振り返り、面白そうに口の端を上げた。

 

「おお、怖い怖い。心配しなさんな。

 親への遺恨で子どもに報復なんて下らない真似はしないさ。

 金には不自由しているが、真っ当な商売がおれの身上でね」

 

 フェリックスは息を呑み、回転の鈍い頭を働かせようとしたが、相手の足が先に止まった。

 

「ほれ、目的地にご到着ってな」

 

 男が半身をずらすと、路地の先に大通りが延びていた。等間隔に街灯が並び、奥には皇宮『獅子の泉(ルーヴェンブルン)』が大きくそびえ、沢山の窓が光を投げかけている。少年の家、国務尚書ミッターマイヤーの邸宅は、皇宮から程近くにある。ここからなら歩いて十分とかからないだろう。

 

 まるで、魔法のようだった。幼年学校の方向へ戻れればよかったのに。知らず、肩の力が抜ける。それを面白そうに、だが存外優しい目で見ていた『キャプテン・トウィンクルスター』はフェリックスに声をかけた。

 

「お若いミッターマイヤーくんの悩みが何かは知らんが、とりあえず飯食って、

 ベッドの中で悶々と考えろよ。その方が他にもいろいろできるしな」

 

 ひらひらと手を振って、踵を返しかけた男の耳に小さな声が忍び込んできた。

 

「僕、ミッターマイヤーじゃなくなるかもしれません」

 

「……あぁ、そうか」

 

 

 彼の口からこぼれたのは、驚愕よりも納得の響きだった。

 

 彼が思い起こしたのは、蜂蜜色の髪に、灰色の目をした小柄な国務尚書。公明正大や実直という言葉を擬人化すれば、ウォルフガンク・ミッターマイヤーの姿をとるのではないか。彼は迅速果敢な用兵で『疾風』と讃えられた、宇宙でも屈指の名将であった。

 

 政務に転じたのは、地球教のテロで亡くなった、新帝国の初代軍務尚書オーベルシュタインの地位を引き継いだのが出発点である。皇帝ラインハルトの宇宙統一に、多大な貢献を果たしたという業績と、ほとんど非の打ち所のない人格で、皇帝が急逝したのちの帝国軍をまとめあげてきた。戦争が終わって、巨大な軍隊を縮小化するという難題を、領土の拡大に伴う航路警備や流通の安定にすり合わせて乗り切った。

 

 また、社会資本の整備のため、兵役中の一般兵は退役を前倒しし、職業軍人でも技術のあるものには職と地位を斡旋した。後者については、元同盟軍人も対象となった。帝国内でも反対の声は上がったが、ヒルダの説得にすぐ治まった。

 

――人はパンがなければ、奪い取るようになります。

 武器がなくとも、拳や石でも人はたやすく傷つきます。

 ようやく訪れた平和を乱すようなことがあってはなりません。

 そうなった時、天上(ヴァルハラ)の陛下の御霊(みたま)に、なんと申し開きができるでしょう――

 

 この政策は、皇太后ヒルダが中心となって発案したものだが、ミッターマイヤーの人望なくしては実現不可能だっただろう。その後もさまざまな難局を乗り越えて、高齢を理由に引退したマリーンドルフ伯フランツに替わって、国務尚書に就任した。それでもまだ四十代。体操選手のように引き締まった体形は相変わらずで、年齢よりも遥かに若々しい。

 

 その令夫人の名はしっかり覚えていないが、淡い金髪に菫色の瞳をした小柄で華奢な女性だった。皇太后や大公妃のような抜きん出た美貌の主ではないが、快活で優しそうな、万人が好感を抱くような顔立ちである。少女のような透明感があって、国務尚書の五歳下だと知ったときは驚いたものだ。

 

 この若きミッターマイヤーは、夫妻双方に似ていない。いや、一目見れば実の父が誰であるかは明らかである。

 

 オスカー・フォン・ロイエンタール元帥。ローエングラム王朝最大の功臣の一人である。ミッターマイヤーとは公私にわたって親交が深く、非常に高い水準で知勇の均整のとれた名将で、『帝国の双璧』とも並び称された。

 

 そして、ローエングラム王朝最初の叛逆者だった。彼自身、乱世の梟雄めいた野心や性格の持ち主だったことも否定はできない。新領土府総督として、旧同盟領の統治を任されたことが契機だったのかもしれない。

 

 あるいは、最大最強の敵手だったヤン・ウェンリーの死が、引き金となったのかもしれない。ヤン・ウェンリーが生前語ったように、簒奪を恐れた皇帝が最強の臣下を処刑した例も、その逆も歴史上枚挙に暇がないのだから。

 

 かくして、ロイエンタール元帥は潜在的な仮想敵と見なされた。その『仮想』を現実に見せかけるために、せっせと蠢動したのがハイドリッヒ・ラングという男だ。初代軍務尚書オーベルシュタインの暗黙の了解があったとも言われている。

 

 オーベルシュタインには、絶対者である専制君主には第二人者は不要という持論があった。ロイエンタール元帥は、ミッターマイヤーと並ぶ建国の功臣で、しかも独身で帝国騎士とはいえ貴族号を持つ。母方の系図をたどれば、没落した名門の伯爵家に連なる。

 

 過去の例からすると、皇帝の娘や姉妹を降嫁させて血縁を結び、貴族の筆頭に据えるのが妥当だ。功績の大きさと実力から(かんが)みるに、そういう形で報いるのが最良の方程式でもある。単に主君というだけならともかく、義理の父や兄、弟に矛を向けられる人間はそういない。そして、主君から臣下に対しても同様だ。孫や甥姪の父を容易に殺せるものではない。

 

 歴史上の専制君主が、正妻のほかにも複数の側室を持つのも、臣下との血脈すなわち閨閥(けいばつ)を形成するためだ。単に君主の色欲を満たすためのものではないのである。双方に制約と利益を生むのだ。

 

 臣下に対しては名誉にも人質にもなるが、臣下にとって君主と子孫を共有することにもなる。複数の子が生まれれば、息子には分家を与えて、また臣下の娘を妻に迎える。娘は、有力な臣下の息子に降嫁させる。矛を防ぐのに、矛や盾で対するばかりが政略ではない。血脈の網で絡めとり、血の色で相手を塗り替えること。これもまた一つの戦の形なのだ。

 

 皇帝には姉がいる。絶世の美女で、前王朝の皇帝の寵姫だったグリューネワルト大公妃アンネローゼが。本来ならうってつけの相手である。年齢もロイエンタール元帥の四歳下とちょうどいい。皇帝の元寵姫という経歴は、この場合は全く問題にならない。むしろ一種の箔付けになる。

 

 だが、この鬼札(ジョーカー)を切れないところがローエングラム王朝の泣き所であった。皇帝に奪われた姉を取り戻すという少年の願いが、皇帝ラインハルトの出発点である。フリードリヒ四世の死によって彼の元に戻り、己が過ちで半身の命と共に彼女の心も失った。

 

 その最愛の姉に、政略婚などさせられるはずがない。もしも降嫁させるとしたら、喪われた半身である赤毛の親友しかありえなかった。何度目の『ジークフリード・キルヒアイスが生きていたら』であろうか。

 

 と、なるとラインハルトが娘に恵まれて、彼女が婚姻年齢に達するまで、金銀妖瞳の猛禽を籠に閉じ込めておけるか否か。限りなくIFの多い仮定は、否、または否である可能性が大。義眼の軍務尚書は、冷徹にそう判断したのではないか。

 

 前王朝の皇帝に姉を奪われた時から数えたとしても、ラインハルトが新王朝を樹てるまでわずか十三年。まだ正妃もいない若き皇帝。その出発点からして、多くの側室を迎えて閨閥を形成できるのか。こちらは更に否の確率が高い仮定だ。ラインハルトの精神の根幹、何人たりとも変えられぬ金剛石の芯。

 

 ロイエンタール元帥に、謀反の噂が囁かれ始め、それを煽り立てる男は帝都にいる。抗弁すべき自分は、遠くハイネセンに。『距離の暴虐』は主君と功臣の前に、その無慈悲な面を見せつけた。叛逆者と指弾されたロイエンタールは、君側の奸臣に操られる皇帝を救うという名目で挙兵。

 

 この叛旗の名分はラインハルトを激怒されたが、後に出てきた事実から、結果としてロイエンタールが正しかったことが判明する。ロイエンタールの死後、叛逆者の汚名は雪がれ、剥奪された元帥号は返還された。だが、親友同士が皇帝の命によって相撃ったこと、新領土戦役により多くの帝国軍兵士の命が失われたことは変えようがない。

 

 これらの事実は、近年調査が進むにつれて判明してきたことだ。当時、ヤン・ウェンリーがテロに斃れ、イゼルローンの残留者で共和政府を立ち上げて三ヶ月そこそこ。その一員だった男にとっては、何だかわからないうちに起こって終了した帝国の内紛でしかなかった。

 

 なにしろ情報は不十分、謀反の理由は不明瞭。これは相打った双方も同様だったが。イゼルローン共和政府は、ロイエンタールから協力の要請を申し入れられたが、これを静観して不干渉を貫いた。

 

 冷静で賢明な統治者でもあったロイエンタールは、旧同盟領の住民に被害を及ぼさなかった。ただひとり、かつての最高評議長だった男を除いては。ヨブ・トリューニヒトは民主共和制に寄生し、宿主を死なせても何らの処罰を受けなかった男だが、専制君主への不敬な発言で、瀕死の男の逆鱗に触れたのである。言論の自由という民主主義の根幹を汚し続けてきた人間が、専制君主への嘲弄によって裁判もなく銃殺される。

 

 まったく、運命という奴は皮肉に満ちている。しかも、言わば八つ当たりで殺された男から、地球教との汚れた地下水路が判明した。ロイエンタール元帥は、間接的にヤン・ウェンリーの敵まで討ったことになるのだ。

 

 

 でも、そんな歴史の事実など、このチョコレートブラウンの髪に藍青の瞳の少年にとって何ほどのものであろうか。彼が、実の父を喪った事の前に、どれほどの重みだというのか。

 

「幼年学校に入るときに、僕の本当の父の事は教えてもらっていました。

 でも僕、キンダーハイムに入った頃には何となく分かってた。

 僕は父さんにも母さんにも、お祖父ちゃん達にも似てないし、茶色い髪の親戚もいないし」

 

「坊やの両親の一族は生まれついての金髪なのか?」

 

「母さんの両親は亡くなってるからはっきり知らないけど、

 どっちかが黒や茶色の髪だと、クリーム色にはならないよね……」

 

「お国柄だなぁ。旧同盟は混血が進んでるから、

 太陽のように眩い金髪(ブロンド)や、夜空の如き黒髪(ブルネット)なんて天然ものはほとんどいないぜ。

 大抵は染めてて、後になって気がつくのさ」

 

「どうしてですか?」

 

 彼に顔が似ていても、中身は当然違う。幼さを残した丸い目で、きょとんと見上げる顔は純真そのもの。歩く青少年健全育成条例違反でも、よからぬ知恵をつけるのがためらわれようというものだ。音に聞こえた漁色家の実父よりも、おしどり夫婦と名高い養父母に似たのは間違いない。

 

「どうしてって言われてもなぁ……まだ分からなくていいぞ。

 ミッターマイヤーくんは、その道ではおにいさんの好敵手になりそうだが

 ちょいとばかり若すぎる。この話はここまでだ。

 で、君が名字を変える話がどうしたって?」

 

 じつにあっさりと言われて、フェリックスは更に目を丸くした。それを見た男は、たまらず吹き出した。かつての弟子は、少年とその親友がまだ幼い頃に、超光速通信(FTL)で対面したことがある。好奇心いっぱいの色違いの子猫のようだったと評した。幼稚園児は中学生になったが、本質的な部分は変わっていないようだ。

 

「ああ、悪い悪い。ユリアンに言われたことを思い出してな。

 まぁ、そんなに深刻に考えることもないんじゃないのか?

 旧同盟だったらそんなに珍しいことじゃないぜ」

 

「おじさん、ユリアンさんを知ってるの!?」

 

「そっちに反応するのかよ。おにいさんもユリアン・ミンツの師匠だぞ」

 

「……誰ですか」

 

 再び警戒の色を強める深青の瞳。それを面白そうに陽気な緑が見返す。

 

「人に名前を尋ねる時は、まず自分の名前を名乗ってからだと

 お父さんに教わらなかったかい?」

 

 人を食った言い種である。少々むっとしないではなかったが、恩義もあるし正論でもあった。彼は素直に名乗った。最後に一言付け加えずにはいられなかったけれど。 

 

「フェリックス・ミッターマイヤーです。

 よろしくお願いします。おじさん(・・・・)はご存知みたいだけど」

 

 男は、片眉を上げて、面白そうにフェリックスの口上を聞いた。

 

おにいさん(・・・・・)はオリビエ・ポプラン。

 元スパルタニアンのパイロットで、イゼルローン軍の空戦隊隊長だ。

 ハートの撃墜王(エース)と言った方が有名かな」

 

「えっ、オリビエ・ポプランって三機ユニット式空戦隊形を考案した、

 あのオリビエ・ポプラン? う、嘘だ!」

 

 少年の大声に、今度は男の方がきょとんとした。そうするとますます若く見える。彼が知る、オリビエ・ポプランの経歴とは一致しない。

 

「えらくマニアックな知られ方でおにいさんは嬉しいが、嘘とはなんだよ嘘とは」

 

「だって、ポプラン中佐はユリアンさんの先生なんでしょ!? 

 こんなに若いはずないよ!」

 

 おじさんというのは、フェリックスにとって半ば以上嫌味のつもりだったのだが。ユリアンの師匠ことオリビエ・ポプランは、弟子よりも十歳以上年長で四十代前半のはずだ。だが、ほとんどユリアンと同年代にしか見えない。

 

「これはユリアンにも言ったことだが、実はおれはきらきら星の高等生命体なんだ。

 39歳まで年をとったら、18歳まで若返るのを繰り返すのさ」

 

 抜け抜けと言ってウインクをする男の顔に、少年は疑念の篭った視線を向けた。あまりにも馬鹿馬鹿しいが、妙に説得力のある言葉である。

 

 だが、旧同盟軍にはもっと年齢相応に見えない人物がいた。六歳の時に目撃した、イゼルローンの幻影(ファントム)。三十歳の映像でも、軍服を脱げば大学生で通るような大将が。

 

 余談だが、ヤン元主席が見せてくれた結婚式の写真では、新郎は更に若返って見えた。バーミリオン会戦の直後で、激戦でかなり痩せ、士官学校在学中の頃の体型に逆戻りしたからだ。おかげで結婚式の礼服が、まったく似合っていない。花嫁が麗しいぶん、ちょっと悲惨である。礼服や軍服を着こなすには、体に適度な幅と厚みが必要なことがよく分かる一枚だ。

 

「まぁ、かなり話がそれたが、ほんとにもう帰りなよ。

 寒空の下で、ひもじい思いをしながら悶々としてても名案なんて浮かばんぜ」

 

「帰りたくないんです」

 

 ポプランは溜息をついてかぶりを振った。

 

「おまえさんが、あと五、六歳年上で、その顔のまんまの女の子で、

 親が国務尚書じゃないなら喜んでそうしてやるところだが、ほんとに残念だよ。

 人間、誰しも欠点はあるもんだ」

 

 無茶な事を言うものだ。フェリックスは憤然として言い返した。

 

「それ、もう別人じゃないですか!」


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