銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

62 / 76
きらきら星変奏曲

「おやおや、大分すっきりとした顔になったじゃないか。男っぷりもあがるってもんだな」

 

 父との対話の後で、まずフェリックスが考えたのは、貴重なアドバイザーへのお礼だった。母あての荷物の伝票に、連絡先の通話番号が記載されていたため、これは造作もないことだった。だが、翌日通信をした時には、『トウィンクルスター運送』はすでにフェザーンを出発した後だった。

 

 オリビエ・ポプランはフェザーンを基点として、近隣星系を中心に、最速を売りにした貨物運送を行っている。無論、需要と燃料費の折り合いがつくなら、ハイネセンを始めとする新領土、あるいは帝国本土の旧都オーディーンまで足を伸ばすこともある。

 

 宇宙最速の売りは伊達ではない。フェザーンからハイネセンまでは通常十五日だが、トウィンクルスター運送は平均十二日。双方の惑星の公転位置と、エネルギーにつぎ込める料金次第では、十日間での航行も可能だ。退職金と餞別がわりに、イゼルローン自治政府から貸与された軽巡鑑がベースの『きらきら星号(トウィンクル・スター)』。過剰な武装を外し、貨物スペースを広げ、エンジンを改良したものだ。その後、貸与者はバーラト星系共和自治政府に移行し、半官半民の企業というのが正確なところである。

 

 社長兼機関士長兼主任航法士がオリビエ・ポプラン、ほかに航法士二名、機関士三名、機関士兼任の砲手が二名。事務部門は十名、うち半数は地上勤務である。いずれも元イゼルローン軍の士官と下士官だった。

 

 新銀河帝国と、バーラト星系共和自治政府の国交が成立し、それに伴ってさまざまな折衝を行うようになった。大半は、超光速通信(FTL)による通信で事足りるが、どうしても現物が必要なものがある。それが親書や条約等の締結文書である。バーラト自治領では政府主席の、新銀河帝国では皇太后の直筆の署名と国璽のあるもの。この距離を、政府首脳が行き来をしていたら、国務が停滞してしまう。

 

 百五十年戦争当事よりは跳躍技術も向上し、航路図の整備が進み、主要星系への所要時間は減少した。しかし、ヤン・ウェンリーが戦略戦術上の一大変革になると考えていた一万光年単位のワープは、まだ夢の夢である。こういった書面などのやり取りを命じられたのが、トウィンクルスター運送だった。

 

 なにしろ借財のある弱み、アレックス・キャゼルヌ事務総長にどうして対抗できようか。味方であった時は、補給と兵站のエキスパートとしてこれほど心強い後方主任はいなかった。だが、商売相手になると、こんなに厄介な男もいない。まあ、実際は上司の薫陶よろしき部下たちの仕事だ。

 

 実にしわい(・・・)顧客だったが、軍備をほとんど解体されたバーラト政府にとっても、信頼できる輸送業者は貴重だった。もっと参入業者が増えたら、今の一社随意契約から指名入札による価格の叩き合いになっていくのだろう。なんと恐ろしい。

 

 とはいえ、そういう荷物の輸送は年に数回程度で、それ以外については自ら糊口を凌がねばならない。そこで目をつけたのが、フェザーンと一~二跳躍内の距離にある惑星や要塞への貨物運送だ。こちらは、フェザーンで積み込んでから一両日中の到着を売り物にしており、なかなか繁盛していた。

 

 先日は、久しぶりにハイネセンまで文書を運び、その帰路に弟子と悪友の著作を積み込んだ。これは大変うまみのある仕事で、いつも燃料費とかつかつの長距離輸送の久々の潤いだった。その晩、社員たちと慰労会に繰り出した夜の街で、一番星の息子と、きらきら星の生命体は邂逅を果たしたのである。

 

 以前からのフェザーンの住民にとって、新銀河帝国の首脳部はありがたくない『よそ者』だった。だが、ルビンスキーの火祭りによる被害や、ヤン元帥と皇帝ラインハルトらがテロに遭ったこと。故郷の背後に地球教があったことは、独立独歩を掲げるフェザーン人にとって、末代までの恥であった。

 

 なにより、大多数のフェザーン人にとっては地球教などあずかり知らぬことだが、今後同様のテロが起きたら恥の上塗りではないか。特に、帝国首脳部の妻子を狙ったテロや誘拐など、なんとしても防がねばならない。百害あって一利なしだ。政局にはなんらの好影響はなく、締め付けばかりがきつくなる。末端の兵士にとっては、暴行や報復の口実ともなるのだから。

 

 大公アレクや皇太后ヒルダは皇宮奥深くにいるので、それはそちらに任せる。だが、帝国重鎮の坊ちゃん嬢ちゃんがうろうろしていたら、速やかに保護すべし。細君が買い物をされていたら、それとなく警護すべし。そんな暗黙の了解が出来あがっている。

 

 裏街に迷い込んだフェリックスは、かなり最初のうちからそれとない保護体制が敷かれていた。動員のかかった者のなかで、『子供のお守りが一番うまい』と社員の推薦多数により、社長は宴席から、まだまだ夜寒の裏通りへと追いやられたのだった。フェリックスが知る由もない大人の事情である。

 

 それから五日後、近隣星系を一巡して戻ったポプランに、事務員が少年からの通話を連絡する。当然のビジネスマナーとして、ポプランはフェリックスに返信をする。折よく彼が通信画面に姿を現した。それに対する第一声である。

 

「先日はありがとうございました。父ともっと色々話をすることにしました。それで……」

 

「なるほど、まずは情報の入手に成功か。まあ、気長にやりなよ」

 

「はい、皇太后陛下からも、もっと色々な人からあの人のことを聞いてごらんなさい、

 とも言っていただきました。それで、父に訊いたんです」

 

 フェリックスの端正な眉目に複雑な表情が浮かんだ。養父への質問は、他に実父の友だちから話を聞きたいというごく自然なものだった。あの豪胆な父の表情が一瞬固まり、「俺以外のあいつの友人……?」とつぶやいたきり、閣議でもなかなか見せないような深刻な顔で考え込んでしまった。まだ返答はない。

 

「なんか、聞けば聞くほど人格的に問題がある人だったのかなって。

 僕、すっごく複雑な気持ちになっちゃって……」

 

「ある程度は、戦時中の軍人稼業ってことで割り引いてやんないといかんぜ。

 たいていは学校でできる友達が一番多いもんだが、

 その学校があれだったからな、因果なことに。

 同盟のクーデター前で、士官学校出でも十年で三割は戦死してた。

 俺たち空戦部隊なんか、初戦で三割弱が不帰還の世界だぞ」

 

 平和と一緒に成長してきた少年は、虚をつかれて言葉につまる。鮮やかな緑の目が、その様子を面白そうに見詰める。

 

「まあ、平和がなによりさ。あの頃に生まれた子供が、こんなに大きくなったんだもんな。

 戦争を知らない子供こそ、ヤン提督の望みだったんだから。

 なにもそんな顔をすることはないぜ」

 

「そういえば、ユリアンさんも言っていました」

 

 まだ、自分のことを知らずにいた幼年期の、輝く夏の思い出。亜麻色の髪の青年が語った、黒髪の魔術師の横顔。

 

「おお、そうだ。あの人も同学年の友達は少なかったな、そういえば。

 入学直前に、事故で親も船もなくしてりゃ、無理もないけどな」

 

「無料で歴史を学ぶために、士官学校に入学したって聞いてるけど、

 そのことでしょう? 歴史や戦術分析以外はぎりぎり及第点だったって」

 

「あんまりユリアンの言うことを真に受けるんじゃないぞ」

 

 ポプランは明るい褐色の頭を軽く振って言った。疑問の色を浮かべた生真面目な顔に、片眉を上げて言葉を続ける。

 

「ヤン提督は、自己評価が低いお人だったからな。

 それを弟子は鵜呑みにしちまってたが、手抜きをして及第点取れるっていうのが

 頭のいい証拠だぞ。俺は航法士と機関士の資格を取るために勉強して思い知ったさ。

 士官学校のカリキュラムはな、国家試験に劣るもんじゃないぞ。

 内容を理解してなきゃ、ここが解答できれば六十点取れるという計算も成り立たん。

 おまえさんは真面目で頭も良さそうだから、そんないじましい努力は必要なさそうだがね」

 

  通信画面の中で、ポプランは腕組みをして嘆息した。

 

「というよりも、テストの出題傾向やら配点分布を読んでたんじゃないのか。

 奇蹟(ミラクル)のヤンの能力の無駄遣いだぜ、ありゃあ」

 

「うわ、考えもしなかったけど、それはありそうです」

 

 これも不敗の名将の片鱗と言えるのか。ポプランの見た横顔は、一番弟子のものともまた違うようだ。

 

「ま、話が逸れたが、士官学校の同期生や先輩後輩とかはどうだよ?

 同盟軍でも学年あたり五千人弱いたから、帝国はもうちょっと多いだろ。

 そういう相手に親父さんなら心あたりがあるんじゃないのか」

 

 フェリックスの回答は、はかばかしいものではなかった。

 

「僕もそう思っていたんです。

 ワーレン元帥やビッテンフェルト元帥とは同い年で、

 父さんが一つ下だから、きっと知っているんじゃないかって。

 でも、貴族号を持つ生徒と、平民の生徒は校舎も違うところにあったから、

 噂ぐらいでしか知らなかったみたいです。

 貴族号を持っていた人たちは、かなりリップシュタット戦役で……」

 

「帝国も大変だったんだな。その頃こっちはクーデターで大わらわだったぜ。

 そうそう、あの捕虜交換式の後、ヤン提督にくっついてハイネセンに行ったのさ。

 その時の事件がきっかけだな。俺が航法に興味をもったのは」

 

 そう言って、ポプランはドールトン事件のあらましを語った。妻子ある身で自分を騙した男への復讐で、ヤン・ウェンリーほか二百万人余の船団と共に、恒星に突っ込もうとした女性の話を。

 

「いやはや、女は怖いだろ。だが、彼女もちょっとおかしくなっていたんだろうな。

 『憎いあいつを殺して、私も死ぬ』まではよくある話だ。

 だが、同盟最後の砦と二百万人の人間を道連れにってのは普通じゃない」

 

 恐らく宇宙史上最大級の愛憎劇である。昨日の話を聞いても、これには口の挟みようがない。実父母の話が、普通に思えてきてしまうではないか。

 

「まあ、自分を騙くらかした男とは比べ物にならない英雄が、

 美しき副官や息子のような従卒を連れて、ハイネセンに凱旋しているわけだ。

 ミス・グリーンヒルへの嫉妬もあったんじゃないのかね。

 自分の手に入らないなら、冥土の土産に連れて行くぐらいには。

 おーい、どうした少年。顔が固まってるぞ」

 

「あの、ええと、その何をいったらいいか」

 

「ちょっと重たい話だったな。

 じゃあ、仕事の同僚っていうと、お偉いさんばっかりか。

 上官っていうと、それこそ皇太后陛下になるのかい?」

 

「はい、そうです」

 

「じゃあ、部下は?」

 

「実は」

 

 フェリックスは歯切れ悪く語った。実父の直属の部下のベルゲングリューン大将は上官に心酔していた。彼が生きていれば、きっと多くを語ってくれただろうが、ロイエンタールの死に抗議し、自らの命を絶った。

 

「こりゃあ前途多難だなあ。ぼちぼちやるしかないんだろうがねえ。

 だけどな、生きている相手を通しても亡くなった相手は見えるだろう?

 親父さんの親友のように、ユリアンの師匠のようにさ。

 ヤン提督もお袋さんを子供の時分に亡くして、親父さんを十六歳の時に事故で亡くしてる。

 ヤン提督の生い立ちの話は知っているかい?」

 

「はい、この前学校の授業で」

 

 父はヤン・タイロン。母はカトリーヌ・ルクレール・ヤン。共に再婚同士の夫婦である。タイロンは、金遣いの荒い最初の妻とは離婚し、再婚したのが未亡人の女性だった。評判の美人だったようだが、ヤン・ウェンリーが五歳の時に心臓発作により急逝。タイロンは、妻の親族から一人息子を奪われてはなるものかと自分の船に乗せて、宇宙のあちこちを交易して回った。 

 

「本当に時代が変わったよなあ。これは、あの人の父親の話さ。

 富裕号のヤン船長っていうのは、こっちの業界じゃ結構な有名人でな。

 『金育ての名人』なんて呼ばれてたんだ」

 

「はい、それも聞きました」

 

「おお、すごいな、帝国の学校は。そこまで教えるとは大したもんだ。

 じゃあ、こいつは教えてもらったかい?

 船と乗組員と積荷をまるごと失って、その負債や死者への補償をして、

 借金を出さずに済んだっていうのは、実際はえらいことなんだぜ」

 

 フェリックスはせわしなく瞬きをして、首を傾げて問い掛けた。

 

「保険じゃないんですか?」

 

「保険はあるにせよ、到底足らんぜ。つぎ込んだ資産は相当なもんだっただろうよ。

 ヤン提督は、その債権の整理やら乗組員遺族への補償を、十六歳でやり遂げた。

 その子のことを覚えていた人がいたから、あの時にフェザーン商人から借金ができたのさ」

 

「あの時っていうのは、いつのことですか」

 

「イゼルローンに立て籠っていたおれたちが、君の両方の父さんらとドンパチやった時さ」

 

 緑の瞳が悪童のように煌めき、フェリックスから言葉を奪った。まるで予測がつかなかった人と人とのつながりだった。

 

「さてヤン船長は、女房と死に別れてから、自分が亡くなるまで再婚もせずに、

 男手一つで子育てをしたわけだ。それこそ、引く手あまただったろうにさ。

 子育てを嫁さんに任せきりの男が、急にやもめになって、

 五つの子どもを世話しながらの宇宙旅行だぞ。

 大変なんて言葉じゃ片付けられないさ。しかも、遊びじゃなくて仕事なんだぜ。

 ミスをしたら、社員ともども路頭に迷っちまうんだ」

 

「あ……そうか、そうですよね」

 

「おまけにウェンリー坊やは、そんなに丈夫な子どもじゃなかった。

 最初のうちは、跳躍酔いして吐いたり、熱を出してばかりいたそうだ」

 

 ブリュンヒルトでのはじめての行啓。アレクとフェリックスを、多くの人が面倒を見てくれた。跳躍(ワープ)酔いや、16.5度の室温に、母が口を酸っぱくして注意したものだ。

 

「跳躍酔いって、そんなにひどい人もいるんですか。

 ぼくもアレクもなんともなかったから、考えもしなかった」 

 

「そりゃ、皇帝陛下の総旗艦ならともかく、中古の貨物船じゃな。

 なんともない子どものほうが珍しいんだ。

 それでも、親父さんは面倒がらずに、息子を連れて航海を続けた。

 乗組員も、邪険にせずに船長の息子の面倒を見て可愛がった。

 こいつは幼馴染のボリス・コーネフが言ってたんだがね」

 

 ヤン親子はハイネセン出身で、ヤン・タイロンの所属する会社もそこにあったが、彼の商売相手や仲間はフェザーンに多かったとポプランは語った。

 

「ヤン提督は、人を見る目のあるお人だったよ。

 だから、妻の死を嘆くより、息子を育てるために働く親父を見たのさ。

 そんな父親の姿から母親も見えていたんだろう。

 再婚する気も起きなくなるような、恋女房だったんだとね。

 その息子の自分を、手許から放したくないほど大事に思っていることもさ」

 

 父の姿を見て、大きな背が語る様々なことが、ウェンリー少年を形作った。部下の力量を見抜き、信頼して仕事を委ね、責任を負う。そんな人づかいの巧みさだ。それは部下から信頼されて、惚れこまれる司令官としてのヤンの根幹となった。

 

 彼の人を見る目は、戦場で水晶玉を覗く魔術師のように帝国軍を分析した。戦場の心理学者。圧倒的に優勢な帝国軍なのに、彼の設えた舞台にひとりずつ上げられて、その振りつけのままに踊らされることになった。授業の内容が脳裏に再生され、藍青色を瞠り、微動だにせずにポプランの話に聞き入る。

 

「だから、愛した人たちの死に対しても、自分が受けたような行動を取ったんだな。

 あの人にとって、乗組員はじいさんとおじさんに、兄貴たちだった。

 父親と家族の事故をほとんど一人で後始末して、父親が認めてくれた進路に

 できるだけ近い方法を探したじゃないのかな。

 歴史の勉強は、親父さんの遺言になっちまったようなものだったんだろう」

 

「確かに、ユリアンさんの言い方とは違ってます。

 なんか、ヤン提督はもっと割り切っていたように思えたんですけど」

 

「それが提督のペテンに引っかかってるのさ。努力しても駄目なものは駄目って、

 諦めがいいように見えるだろ」

 

 フェリックスは頷いた。ポプランは人の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「とんでもない間違いだぜ。何事も精神論ありきでやっつけたりしなかったってことさ。

 俺が編みだしたスパルタニアンの三機ユニット戦法、何回駄目出しされたと思う?

 A案が駄目ならB案、それも駄目ならC案。場合によってはZ案かも知れない。

 とにかく、実現可能な最善案を考えなきゃ意味がないってな」

 

「なんだか、ユリアンさんの教えてくれたヤン元帥とは別人みたい……」

 

「いいや、ユリアンの言うことと俺の言うことの差は、ヤン提督の様子からは分かりにくいぞ。

 あの人は、目立たず大人しそうな顔にすごく助けられていたのさ。

 実は結構毒も吐くんだが、周りに凄いのがいたから相対的に目立たなくてな」

 

 己の事を遠くの棚に投げ上げて、かつての上官を評する。

 

「ああ、また話が逸れたな。要するに、意外なつながりから洗ってみたらどうだってことだよ」

 

「でも、ほとんど軍にいて、親戚づきあいもなくなっちゃっていますし」

 

「いやいや、財産のほう」

 

「財産?」

 

「実の親父さん、資産家だったんだろ? で、相続人はおまえさんしかいないんだ」

 

「だって僕、ミッターマイヤー家の養子ですけど」

 

 明るい褐色の髪の下で、緑の眼が面白そうに瞬く。

 

「旧同盟法を取り入れたなら、実父母の財産も相続の権利があるんだよ。

 お貴族様の管財人なら、ずっと同じ家に仕えたりしているんじゃないのか。

 祖父さんから親父さんに代替わりしたときに、きっと世話になっているはずだぜ。

 まあ、聞くだけ聞いてみたらどうだい。こんな風に通話一本ですむだろ。

 親戚がいたなら、きっとそっちの情報も聞けると思うがなぁ」

 

「でも」

 

 逡巡して口を閉ざすフェリックスに、ポプランは続けた。

 

「国務尚書閣下の心配の根っこも、きっとそのあたりにあるんだと思うがな。

 親友の家名と資産が、宙に浮いちまってていいのかっていうことさ。

 あるからといって幸福とは限らないが、ないと確実に不幸なのが金ってやつだからなぁ。

 そのあたりから攻めてみたらどうだい?

 あとな、ハイネセン、いや帝国にももっとスマートな方法があるじゃないか」

 

「え、どんな方法ですか?」

 

「おれの口からは軽々には言えんなあ。

 親父さんなら真っ先に思い浮かびそうなもんだが、こりゃ相当切羽詰まっているんだろうなぁ」

 

 大気圏最上層の空の色に、大きな疑問符が浮かんだ。

 

「だから何なんですか!」

 

「まあ、それは君が考えなさい、フェリックス・ミッターマイヤーくん。

 てんぱっている親父さんと、よく話をしてな」

 

「はぁ、そうですね」

 

 悄然とした美少年に、ポプランは一片の慈悲を与えることにした。

 

「そんなにしょげるなって。ここはおにいさんが、魔法の言葉を教えてあげよう。

 あんまり親父さんがせっつくようなら、こう言ってやるんだ。

 『せっかちになるのって、老化現象なんだってね』ってさ。五十前だったら大抵は効くぞ」

 

「それを過ぎちゃったらどうすればいいんですか!」

 

「それまでにおまえさんが決めればいいことさ。そのころには成人だろ?」

 

「つまり、時間を稼ぐってこと?」

 

「立派な戦術さ。第八次イゼルローン攻略のように、強力な味方が現れるかもわからんぜ」

 

 眉根を寄せて不服そうな顔に、ポプランはにやりと笑いかけた。

 

 

 ――新銀河帝国、初代皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラム。彼の生来の姓はミューゼルである。ローエングラムは、当時の皇帝フリードリヒ四世により、伯爵に叙爵された折に賜った姓だ。

 

 その方法を踏襲すればいい。実父が所持していた貴族号も授与されて、ミッターマイヤー夫妻との養親子関係も変わらないという、魔法のような方法だ。これを、親友であるアレクサンデル・ジークフリードの即位後、フェリックスが建てた功績に対して行えば、ロイエンタール元帥に対する、これ以上ない名誉の回復になるだろう。

 

 本来なら思いつかないはずがないのだが、ミッターマイヤーの動揺と苦悩が分かろうというものだ。刻一刻と親友に生き写しになっていく息子に、急きたてられるような思いを抱いたのだろう。

 

 あの美しき皇太后陛下なら、きっと絶妙のタイミングで双方の味方をしてくれるはずだ。かの金髪の坊やは、色々憎い相手だが、これだけは認めてやらなくてはならない。

 

 女を見る目は確かだったことを。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。