銀河英雄伝説 仮定未来クロニクル   作:白詰草

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賢者の問い、愚者の問い

 ワーレンは、軍務省と学芸省に上申書を提出した。オーディーンの治安維持と、同盟と帝国の教育格差についての二点である。剛毅で公正な彼は、その着想がイゼルローン革命軍司令官からのものであることを明記した。

 

 まだ十九歳の青年がこれほど広い視野を備えているとは、帝国軍首脳部にとって驚きだった。師父の薫陶(くんとう)もあろうが、彼自身の努力でもある。その下支えになっているのが同盟の教育なのだ。

 

 何から手を着けるべきなのか、重大な問題が山積していた。特にオーディーンは、新帝国の首都が(うつ)ったとはいえ、約五百年間帝国の中心だった惑星だ。有人宇宙で今もなお最大の人口を有し、多くの富や文化的資産もそのままであった。

 

 もしも総督を置くとすれば、ロイエンタール元帥と同等以上の才能が必要である。そして、その権力は皇太后や大公をも凌ぐものとなってしまう。どれほど忠誠心に優れ、高い能力を持つ者にも与えることのできない地位だ。新たな難問に、帝国の首脳部は苦吟した。

 

「どうするべきなのかしら。陛下ならばどうするのでしょう」

 

 ヒルダは自問した。ヤン・ウェンリーの後継者らが自身に問いかけたように。

 

「現在の尚書や七元帥を動かすのは無理だわ。

 位人臣を極めるのではなく、皇族をも凌いでしまう。

 かといって、今さら再遷都するわけにはいかないもの」

 

 父フランツに相談しても、これはという答えが出ない。現在、オーディーンに残る貴族には、ペクニッツ公爵を除いて高位の者はいない。そのペクニッツ公爵は、カザリンの父であるからその位を賜り、譲位によって支払われることになった娘の年金をあてにしている男だ。野心もないが、求心力や指導力もなかった。

 

 そこまで考えて、ヒルダは手で口を覆った。さもなくば、悲鳴を漏らしてしまいそうで。娘を金で権力に差し出せと命じた、フリードリヒ四世と何ら変わらないではないか。その仕打ちを憎み、玉座を奪うために、憎んだ相手と同じようなことをしている。なんという皮肉か。亡き夫に禅譲したとはいえ、彼女が前王朝の女帝だったということは消せはしない。アンネローゼのように過去に縛られて、自由な人生を歩むことはできないのではないか。

 

 では、その他の貴族はというと、ほとんどがマリーンドルフ家の係累である。いずれもそれほど高位の家門ではない。門閥貴族の多くが貴族連盟に与し、ラインハルトの才能を見抜いたヒルダの進言で、マリーンドルフ伯はリヒテンラーデ・ローエングラム陣営に属した。親類縁者にも同陣営に属するように勧めはしたが、それは強いものではなかった。そんな判断もできぬならば、滅んでも是非なしと彼女は思ったものだ。

 

 その後、大逆罪でリヒテンラーデ候とその一門を処断し、さらに貴族は少なくなった。つまり、支配者として大人口を統治するノウハウを持つ高位貴族がいない。ラインハルトが旧弊として切り捨て、憎みさえした貴族が果たしていた役割は、広大な領土を皇帝の支配下に置くためのシステムであった。うち捨てた門閥貴族制からの復讐。

 

 朽ちた大樹を切り倒し、遥か星の彼方を見つめ、黄金の翼で飛翔した。だが、倒れた樹は多くの人々の住処であり寄る辺だった。有翼獅子(グリフォン)に率いられた海鷲(ゼーアドラー)たちの、還る大地が劫火に包まれてしまうかもしれない。

 

 ラインハルトならばどうしただろうという問いは、ヒルダに答えを返さない。宇宙統一という偉業は彼だからできたことだ。その戦略の天才たる頭脳、巨星に等しい輝きと求心力。それは天与の才能であり、限りなく希少であるがゆえに彼は歴史に変革を(もたら)した。

 

 だからこそ、ヤン・ウェンリーはバーミリオンの会戦で、ラインハルトのみを標的にした。彼が急死した場合に起こる混乱を、黒い瞳は予見したのだ。あの時、ヒルダはラインハルトを救うべく行動したのだが、もしも間に合わなかったらこれほどの混乱となっていたはずだ。

 

 かの魔術師に改めて戦慄する。夫を始めとする帝国軍の将帥が、あれほど畏敬の念を払った理由をようやく知った。当時のヒルダには、そこまでのビジョンなど見えてはいなかった。ただただ、彼を(うしな)いたくなかった。

 

 そう、あれからわずか二年余りで、彼を喪うことになるだなんて。それも星の海ではなく、大地の上の病床で。

 

そして、ラインハルトの雄大な構想を、奏者たちに的確に分配した、冷厳な舞台監督もいなくなってしまった。

 

 だが、オーベルシュタインは、自分にもしものことがあった場合の指示書を遺してあった。次官のフェルナーが、それを元に部下らに業務の洗い出しと再検討をさせている。そして、軍務省からの新たな人事案が提出された。

 

 軍務尚書にウォルフガンク・ミッターマイヤー、統帥本部総長にエルネスト・メックリンガーというものである。宇宙艦隊司令長官は、当面ミッターマイヤーが兼任し、イゼルローン政府の退去を完了後にワーレンを就任させる。憲兵総監たるウルリッヒ・ケスラー元帥は、地球教テロの捜査を続行する。将来的には警察機構を統括する省庁を開設し、その尚書になるのが望ましい。憲兵らも警察官へと転属させたい。まずは妥当で、七元帥らも納得するに足る案だった。

 

 しかし、役職があと三つも足りない。将来的な案として、フェザーン回廊に建設中の二つの人口惑星要塞、『影の城』『三元帥の城』の司令官、返還されたイゼルローン要塞の司令官が候補に挙げられている。だが、いずれも何年か先の話だ。その間、無役とするわけにはいかないだろう。

 

 父が、ミッターマイヤーに国務尚書への就任を打診したということだったが、そちらの方も今すぐというわけにはいかない。

 

 そして、オーディーンについては考慮外であった。

 

 距離の暴虐。いざ事あって艦隊が出動しても、オーディーンへの到着は一月以上先になってしまう。しかも、オーディーンには帝国本土の人口の約四分の一が集中し、他の皇帝直轄領も所管することになる。オーディーンにも行政府はあり、その長はラインハルトだった。彼のカリスマで従っていた者たちも、今後はどうなることか。そして、ヒルダを悩ませる権力のバランスの問題。

 

 この問題の前には、イゼルローン要塞の明け渡しなど些細なこととさえ思えた。それにしても、本当に運命は皮肉に満ちている。テロで落命したヤンには実子がなく、病死したラインハルトは長男を設けた。

 

 だがユリアンは、ヤンの思想と思考と受け継ぎ、彼の記憶を持っている。アレクは、その一つとして持ってはいない。

 

 しかし、自らを憐れんだりしたら、きっとヤン夫人に八つ裂きにされる。

 

 なぜラインハルトの度々の発熱に、きちんと検査を受けさせなかったのだろう。早期に発見して治療をしていたら、今も存命していたかもしれないという。悔やまれてならなかった。

 

 絶対の権力を持つ皇帝。その皇帝に枷をはめるのが、憲法を作り、議会を開く立憲民主政治だという。それだったら、ラインハルトに検査を受けさせられたのかしら。ヒルダは疲れた笑みを浮かべた。古い古い政治形態だ。千七百年以上は昔のもので、着想したのは黒髪黒目の歴史愛好家だという。

 

 ヒルダはブルーグリーンの瞳を見開いた。イゼルローン政府の面々は、『彼ならどうしただろう』という問いを既に繰り返した人たちだ。ヒルダを新たに悩ませる問題の提起者こそが、もっとも真摯に自問を重ねただろう。

 

 賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという。今のヒルダは、未経験の出来事に右往左往する愚者なのだ。切り捨ててきた旧いものに解決策が隠されていないか。ヒルダはシュトライトを呼び出した。ユリアン・ミンツとの会談を行うために。それはもう一つの、遺児と未亡人の会合であった。

 

 皇宮に滞在していたイゼルローンの面々は、皇太后からの会談の申し入れに緊張した。ユリアンへの指名に対して、難色を示したのは彼の空戦と白兵戦の師の双方だった。

 

 キャゼルヌの手回しで、ボリス・コーネフらにとっつかまったオリビエ・ポプランと、ブリュンヒルト突入時の傷の手当ての後、入院もそこそこに済ませて、アッテンボローの交代要員としてやって来たカスパー・リンツである。

 

 先日のポプランの帰還に兄弟子は喜んだが、妹弟子は青紫の視線の(きり)を突き刺した。

 

「そういう、やりっぱなしの男ってサイテーだと思います」

 

 明るい褐色の髪に緑の瞳の伊達男は、決まり悪げな顔になった。

 

「そうだぞ、クロイツェル伍長。もっと言ってやるといい」

 

 褪せた麦藁色の髪に青緑の瞳の薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊長は、満身創痍の身であった。左肩を脱臼し、右腕はひびが入っている。肋骨の骨折と全身の打撲もあったが、寝ているほどではないと、ユリアンらに合流した。さすがにトマホークは握れないが、銃撃や格闘戦ならば充分だということだった。

 

「今の俺は手加減ができんから、文句だけで済ませてやる。

 いい大人が、未青年に尻拭いさせるんじゃない。

 おまえのいかがわしいロッカーぐらい片付けて出ていけ」

 

「手加減って、あんた……」

 

「ああ、正確には脚加減か。俺は、貴官の首なんぞ蹴りの一発でへし折れるが」

 

「皆様、小官の浅慮により、多大なるご迷惑をおかけし、誠に遺憾の念に堪えません。

 心よりお詫びを申し上げます。……すみませんでした」

 

「誠意が全然足りない!」

 

 澄んだソプラノと腹に響くバリトンが、異口同音の二重唱で責め立てた。苦笑いを含んだテノールが、しばらく経ってから仲裁するまで、ポプランは米つきバッタと化した。それでも、彼が戻ってくれたのは心強かった。

 

 女好きのお調子者だが、数々の激戦で撃墜数を重ねてきた撃墜王だ。そして、新兵らにスパルタニアンの三機ユニットによる集団戦を叩きこみ、その生還率の向上を成し遂げた、優れた前線指揮官でもあった。判断力や分析力は無論のこと、情報の収集能力も高かった。日常においては、後者は女性に限定されるが。

 

 薔薇の騎士連隊長のカスパー・リンツ大佐も、ポプランに劣らぬ能力の持ち主である。ただし、性格面は除く。負傷していて、白兵戦能力は十全のものではないが、それでも彼と互角に戦えるものは宇宙でも少ない。なによりも帝国語が流暢である。彼の亡き上官のように、貴族階級の話法ではないが、ユリアンよりも遥かに堪能だ。

 

 だから、彼の反応が一番早かった。シュトライトの説明を受けて、リンツは間髪いれずに答えた。

 

「ミンツ司令官が皇太后陛下と会談をするのはいいが、単独でというのは賛成できない。

 この中では、小官が最上位者だ。ミンツ司令官の護衛として同席を要求する」

 

 ユリアンが回答する暇もない。リンツは皇太后と同じ色あいの視線を鋭くした。それは、この要求を容れないなら、会談には応じさせないということだ。罠だという懸念もあるが、若い男女が密談などしたらどんな悪評が立つことだろうか。

 

 それを陽気に、だがずばりと指摘したのはポプランだった。

 

「そのとおり。あのお美しい皇太后陛下との会話の機会を、

 ミンツ軍司令官が独占するのも、いかがなものかと思いますね、小官は」

 

 ラインハルトとヒルダの会話のありかたを、そのまま踏襲はできない。シュトライトは今さらながらに気が付いた。心の奥底で、マリーンドルフ伯爵令嬢(フロイライン・マリーンドルフ)を皇帝のお相手として見ていたようだ。彼は咄嗟に判断し、説明を付けくわえた。皇太后陛下には事後承諾していただこう。

 

「こちらの説明不足で誤解を招いたのをお詫びします。

 小官が書記として、キスリング准将が護衛官として同席する予定です。

 イゼルローン側からもそのように出席を願います」

 

「わかりました。小官のほかに、こちらのリンツ大佐、ポプラン中佐が出席します。

 この二名は、イゼルローン政府の皇宮滞在者で、もっとも階級の高い者でもありますから」

 

「ありがとうございます。それでは、日程の調整が済み次第、改めてご連絡します。

 明日午後となる見込みですので、予めご了承ください」

 

「了解しました」

 

 シュトライトが退出してから、イゼルローンの一行は顔を見合わせた。

 

「一体、僕にどんな話があるんでしょう。ワーレン元帥になにかまずいことを言ったかな」

 

「おい、何を言ったんだよ」

 

「だいたいはキャゼルヌ中将のことです。

 デスクワークと補給の達人で、ヤン提督の旧くからの友人で、よき家庭人ということを。

 ヤン艦隊時代から、ずっとお世話になった有能な方だと」

 

「じゃあ……」

 

雷神の槌(トールハンマー)を凌ぐ毒舌の砲火については伏せてあります、当然」

 

「よし、よくやった。おまえは正しい」

 

 そのデスクワークの達人の落とし穴に捕まったポプランとしては、帝国軍も同じ目に遭ってみるべきだと思う。敵ながら天晴れな連中だったが、すぐには友達になんてなれない。もっと苦労しろよなというのが本音であった。

 

「他には何を話したんだ、ユリアン」

 

 リンツの問いに、彼は思いつくままに会話の内容を列挙した。

 

「後は、僕がヤン提督にお世話になったきっかけのトラバース法のことかな。

 それから、通信教育について少し訊かれましたけど。帝国にはまだないみたいです。

 だから、オーディーンにいる息子さんを、なかなか呼ぶことができないとおっしゃっていました。

 後は、地球教徒の残党がいないか、オーディーンもテロに警戒をと伝えたぐらいですが」

 

 色鮮やかな瞳の持ち主たちは、一斉に大地の色の瞳の青年に視線を向けた。

 

「それだ!」

 

「そうよ、きっとそう」

 

「やっぱり、おまえはヤン提督の弟子なんだよな。俺やポプランも師匠だったが」

 

 両腕が負傷しているため、腕組みができないリンツは、代わりに顎をさすった。敬愛した亡き上官の癖を真似するかのように。

 

「皇帝が亡くなって、フェザーンでてんやわんやしていて、本国のお留守に気が付いたってとこか。

 俺もフェザーンを通って亡命してきたが、オーディーンまでは遠いぞ。

 ハイネセンまでの倍ぐらいかかった。それに、あっちの方が地球には近いしな」

 

「そうですね、ワーレン元帥は地球教本部を制圧したんです。

 でも残党が大勢の人を殺しました。より責任と危機感を感じると思います。

 僕がそうでしたから」

 

「それを言われると俺も同罪だよ」

 

 ポプランは、背の伸びた教え子の肩に手を置いた。

 

「まあ、これ以上は皇太后陛下に話を聞いてから考えようぜ。

 いまから悩んだって始まらないさ。これから三回は飯を食うんだ、

 明日の茶菓子を考える必要もない。それにしても、メニューが乏しいけどよ」

 

「たしかにそうですね。僕はコーヒーは嫌いじゃありませんが、

 そろそろ紅茶が欲しくなってきましたよ」

 

「俺は肉とパンと芋じゃないものが食いたい」

 

「それには私も同感です。隊長」

 

「それから、おまえさんじゃない女の子の顔が見たい。

 帝国軍って、本当に女性兵がいないんだな」

 

 タンザナイトの瞳がまた険しくなったが、カリンは口元に手をやって考え込んだ。

 

「それ、食事のメニューが乏しい原因かも。野菜や果物が少ないですよね。

 こんな食生活を十代から続けていて、戦争と激務をやってたんじゃ、

 それは膠原病も発症するはずよ。皇帝のお姉さんは大丈夫なのかしら」

 

 美少女の言葉に、男どもは唖然とした。

 

「おい、カリン、そりゃどういうことだ」

 

「膠原病は遺伝的な要因があるらしいんですって。

 体質的なものといってもいいけど、そういうのは親兄弟で似るでしょ。

 発症には食習慣とか生活環境が密接に関連するので、一概にも言えないらしいけど。

 それに、もともと二十代から三十代の女性に多い病気です。

 皇帝病の正式名称を聞いて、男なのに珍しいって思ったもの」

 

「どうして、君がそんなことを知っているの」

 

「母の入院先でね、隣のベッドの人がそうだったの。

 お子さんにも検査を受けさせるっていってたわ。

 彼女は症状が安定して退院しました。

 でも、悪化しないように治療と抗体値検査が欠かせないそうです」

 

 皇太后との会談の出席者達は、顔を見合わせた。

 

「リンツ大佐、今の情報もお伝えすべきでしょうか」

 

 リンツは、難しい顔で腕組みをした。

 

「ああ。体質っていうことは、大公アレクとグリューネワルト大公妃、

 二人しかいない皇帝の血族が爆弾を抱えているかも知れないということだな」

 

「なあ、カリン。その奥さんは、症状が安定したっていったな。

 つまり、完治はしないってことか」

 

「はい。自己免疫疾患ですから、一生の付き合いだって。

 でも、そういう体質でも発症するとは限らないし、

 きちんと治療すれば、それで亡くなることはほとんどないって言ったわ。

 健康的な食習慣、ストレスや紫外線、宇宙線を避け、体を大事にすればいいと。

 でもそれ、普通の生活ですよね? 特に子どもや女の人なら」

 

 しかし、皇帝ラインハルトの生活は、すべてその逆を実践していたといっても過言ではない。ポプランは、ぴしゃりと顔を叩いた。

 

「どういう風に言うか、言いようが問題だなあ。

 知らぬこととはいえ、旦那の激務を止めなかったって、絶対に気に病むと思うぞ。

 それに息子や義姉さんまでそうかもしれない、なんてものすごいショックだぜ」

 

 夫を亡くし、彼の築いた帝国を受け継いだ皇太后ヒルダに、これ以上の衝撃を与えていいものだろうか。ユリアンもそう懸念する。

 

「でも、皇帝を診た医師が気が付かないものでしょうか。

 もう、皇太后陛下はご存じかもしれませんよ」

 

「俺はそうは思えない。聞いてたらもっと浮足立ってて、俺たちと会談どころじゃない。

 劣悪遺伝子排除法のせいで帝国の医学は後退してる。そのうえ不敬罪覚悟で言えるもんか。

 皇帝病が体質的なものかもしれんし、ポプランの言う未来が起こるかもしれないとはな。

 ただでさえ、皇帝を救命できなかった医師となったんだぜ。昔なら死罪だ」

 

 元帝国人のリンツは、この二つの法律の重さを知っている。及び腰になった男性陣を、カリンは一喝した。

 

「私は言うべきだと思います。

 知らずにいて、子どもやお義姉さんが同じ病気に罹ったら、

 それこそ自分が許せなくて、生きていけないわ。

 それに、皇太后陛下ばっかりが不幸じゃないもの。

 戦争で同じような目に遭っている人は、どっちの国にも沢山いるんだから、

それを思い知るべきよ。

 みんな、皇太后みたいに裕福でもないし、心配して支えてくれる人はずっと少ない。

 でも必死で生きてるし、生きてきたわよ。

 泣き言いったら、私なら平手打ち(スパンク)をくれてやるわ」

 

 人は総じて同性には厳しい。しかし、カリンの言うとおり、ヒルダの不幸も宇宙全体でみればありふれたものだ。その不幸を生んだ、一方の責任者は皇帝ラインハルト。彼の功績も負債も、遺族は相続しなくてはならない。それはまた、ヤン・ウェンリーの死から、彼らが再起をしてきた道程でもあった。

 

「一発でいいのかい」

 

 ポプランは茶化した。

 

「ええ、ほかの未亡人と子どもたちに残しておいてあげないとね。

 実現したら、彼女ミンチボールになっちゃうと思うけど」

 

「……おお、怖い怖い」

 

 ポプランはうそ寒い表情になった。

 

「そうだね、カリン。君の言葉を伝えるよ。

 病気のことも、戦争で家族を喪った人が大勢いることも」

 

「お願いします、ミンツ中尉。でも、これからそういう人が増えることがないよう、

 この道を選んでくれた皇帝陛下には、とても感謝しているとも伝えてください。

 父達が、最後の戦死者であることを心から願っていると」

 

 少女の言葉に、彼らは悄然となった。黒髪の魔術師が時を止めた一年後、同日同時刻に天上に去った、シェーンコップ中将。彼とその部下の多くが、血路を拓いたから今がある。

 

「うん、必ず伝える。僕たちも大勢の人を殺してきた。

 帝国と一緒に責任を果たさないといけないよね。

 平和を作り、次の世代に渡せるように、ヤン提督が望んだように」

 

 ユリアンの言葉に、皆が静かに頷いた。


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