時雨の代わりに如月を合流させ、遠征に送り出した俺は入渠ドッグへと向かった。
入渠ドッグは提督・・・というか男子禁制なので俺は入り口前にあるソファーに座って待つこととした。
まぁ、この鎮守府に男は俺しかいないんだけど。
なぜ入渠ドッグが男子禁制なのかというのは、入渠が入浴という形態をとっているからである。
なぜ入浴という形なのかは俺にもわからない。
艦娘は兵器という考え方が軍の中では一般的だが、それは艦娘と近くで接していないからだ。
まぁ、艦娘と接することが許されている将校自体が数少ないから仕方がないことではあるのだが・・・。
彼女たちの見た目は年端もいかない少女だ。
戦艦や空母クラスになると俺よりも少し若いといったところだが、駆逐艦のような比較的小規模の艦娘となると型によっては本当に戦闘をするのかという疑問を持たざるを得ないくらい、か弱い印象を受ける。
俺はもう彼女たちを『兵器』としての『モノ』と見ることは出来なくなっていた。
そこにいるのは俺たち人間と姿形、何も変わらない。
艤装を外せば、どこにでもいる女の子そのものなのだから。
「て、提督・・・?」
目を瞑って考え事をしていると、俺を呼ぶ声がした。
「ん、時雨。もう修復は済んだのか」
「うん、おかげ様で」
ニコッと俺に笑ってみせる時雨。その表情に俺は。
「そうか。お前の失敗によって穴の開いた遠征部隊には如月を当てがっておいた。帰ったら礼を言っておけ」
「は、はい。申し訳ありませんでした」
そう言ってそそくさとドッグを後にする時雨。
「全く。相変わらずですね、提督」
そう言って現れたのは、航空戦艦『扶桑』。
「相変わらずとはなんだ。少しは喋れただろう」
ハァ、とため息をつく扶桑。
「あんな声のかけ方では、むしろ落ち込ませてしまうでしょう。声をかけない方がよっぽどマジと思えるくらいに」
そこまでひどいか・・・。
俺は時雨と喋ると、こう、なんというか。
他の艦娘と喋るように上手く話すことが出来ない。
なぜなのか。その理由は、正直言ってわかっている。
彼女は・・・
「提督!私の話、ちゃんと聞いているんですか?」
「ん、スマン。で、なんだっけ?」
「だから、時雨との関係をこれからどうするかです。私は百山元帥が着任している頃からの古い艦娘ですから、あなたと彼を比較することが出来ますが、あなたはとても私たちの事を思ってくれています。だから私達、艦娘という謎に満ちた存在の全貌を解き明かしたいと思っている。そのために軍上層部へと近づくことに躍起になっている、焦っているということもわかります。なにせ、私は全艦娘の中でも一番あなたの近くにいることが許された、秘書艦なのですから」
そう言って彼女は、少し頬を赤らめ、照れたように、伏目がちにポリポリと頬をかいた。
「たとえ、提督のその野心が、愛情が、時雨のことを思うことのついでに私達他の艦娘にもたらされるものだとしても。私の秘書艦という役職が、時雨の代わりに与えられたものだとしても。それでも私達はあなたの為を思ってここに存在し、あなたの為に深海棲艦と戦っています。みんな、あなたの力になりたいのよ。あなたに認めてもらいたいのよ。まぁ、あなたが時雨のことを好いているというのは、私しか知らないことだけど」
そう。俺は彼女に弱みを握られている・・・。
「でも、摩耶とか曙にはよく『クソ!クソ提督!』とか言われるんだけど・・・」
「それこそ、あなたが時雨にしている事と同じじゃないかしら?あなたならわかってあげられるはずよ」
っ、なるほど。
「では『クソ提督』さん?執務室で待ってるわね。ちゃんと仕事はしなきゃダメよ?もし来なかったら
そう言って彼女も入渠ドッグから姿を消し、俺は一人でソファーに座り直す。
扶桑。彼女はなかなかに策略的な女だ。
艦娘としてこの世に生をなしていなかったら、良き女将校として軍を率いていただろう。
俺が彼女を秘書艦としている一つの理由がこれだ。
提督業は、提督一人ですべての業務をこなすにはなかなか大変なものだ。
そこで、仕事の出来る艦娘を見繕って俺のそばに置き、一緒に仕事をしてもらっている。
出撃する機会は確かに他の艦娘と比べて少なくなるが、それでも出撃しないわけでは無い。
だからより負担をかけてしまうことにはなるが、そこは本人たちの了承を得て担当してもらっている。
前任の百山元帥の時代は、所属している艦娘が少なかったというのもあるが、なにせ元帥は仕事が出来る人だったので秘書艦という制度はなく、俺が着任してから出来た比較的新しいシステムだ。
この秘書艦というシステム、俺が助かっているのはもちろんだが、艦娘たちも秘書艦の席を欲しがる者が多いようで、俺からしてみればみんなが切磋琢磨し、お互いがお互いを高めあってくれているので士気も上がりとてもいい風を呼び込んでくれていると思っている。
ただ、今は扶桑に俺の弱みを握られているのでこの問題を片付けるか、扶桑自身が諦めてくれるか、何か外さざるをえない状況にならない限り秘書艦が変わることはないだろう・・・。
「ん?」
入渠ドッグから執務室に向かう途中の廊下でよく知った声を聴いた。
角を曲がるとそこにいたのは
「やっぱりお前たちか」
そう。白露型の面々だ。
「ん!この匂いは提督さんっぽい!?」
「え、匂うかな、俺・・・?てか鼻で嗅ぎ分けるな。髪の毛のクセも相まってホントに犬みたいだぞ」
「そういうことでは無いっぽい!いい匂いっぽいよ~」
そう言ってぎゅっっと抱き付いてくる。駆逐艦はみんなよく抱き付いてくるな。
「あぁ~!白露がいっちばーんなのに~!」
後から白露も抱き付いてくる。お前はいっちばーんお姉ちゃんなんだから多少自重しろよ。
「ん。村雨はいいのか?」
そう言って手を広げて見せると
「いえ、実は今時雨ちゃんのことについて話してて・・・」
あれ、少しタイミング悪かったな。
「あ、そうだよ!提督さんまた時雨のこといじめたっぽい!?嫌いなの?」
「いや・・・嫌いというわけじゃないぞ。もちろん。みんなと同じように大好きさ」
「だったらなんで・・・」
ん、これ以上はボロが出そうだな。早めに退散するとしよう。
「すまん、俺も忙しくてつい強く当たってしまったんだ。ちゃんと謝っておくよ」
「それなら、まぁ・・・」
「俺は執務室に戻るから、お前たちはいつでも出撃出来るように体調を整えておけよ」
ふぅ、なんとか切り抜けられたな。
さて、じゃあ本当に部屋に戻るとしよう。
何か、いやな予感がするけどもな。