オラリオで自由気ままに過ごすのはダメだろうか(一時完結)   作:ダーク・シリウス

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冒険譚17

17階層から侵入できる南端の洞窟から抜け出て森を越えて北上すると、まず現れるのは

水晶が散在する大草原だ。階層の中央地底に広がる青々しい野原は、晴れ渡る地下の蒼穹と

相まって壮観と言っていい。草原の中心には中央樹と呼ばれる巨大樹がそびえており、

樹の根元に空いた樹洞から一誠達が20階層に行く為に通過する19階層へ向かうことができる。

 

北には雄大な湿地帯、南から東にかけて広がるのは緑の森林、そして西には紺碧色の湖畔と

そこに浮かぶ大島。都市(オラリオ)の半分が収まりそうなほど圧倒的に広大な階層内には、

幻想的な水晶と神秘的な空に包まれる大自然が息づいていた。

 

この風光明媚な景色―――地上では巡り合うことができない地下の楽園を一目見たいが為に、とある富豪は冒険者に護衛(クエスト)を依頼しわざわざ観光に訪れたほどだ。円形状の階層は岩の絶壁に囲まれており、ともすれば巨大な箱庭のようにも感じられる。

 

18階層はモンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)、Lv.2の冒険者が

初めて訪れる階層でもあり、とりわけこの階層は、別名『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』とも呼ばれるほどの美しい地形が広がっていて階層の天井には、

無数の水晶が隙間なくびっしりと生え渡っていた。中心には太陽のように輝くいくつもの白水晶の塊。

 

そしてその周囲には優しく発光する青水晶の群れ。咲いた菊の大輪を連想させる水晶が

それぞれ光を放つことで、18階層には地下でありながら『空』が存在している。

多くの冒険者達の目を奪ってきた、ダンジョンの神秘だ。形作られたこの地下の『空』は

時の経過によって水晶の光量が落ちていき『朝』『昼』『夜』の時間帯を作り上げる。

 

また時間帯の変化は一定ではなく、地上とは少しずつずれが生じ、時差は多くなったり小さくなったりと変動していた。発光する美しい水晶は18階層の名物と過言ではないし、天井だけではなくこの階層の至るところに生えており、森や冒険者達の手によって創られた(リヴィラ)にもあった。

 

 

が、『リヴィラの街』は封鎖状態に陥っていた。街の中は、何時にないざわめきと同様が伝播していた。騒ぎは一向に収まらない中、力自慢のドワーフ達によってアーチ門前に鎮座していた大岩が押し出され、二つの出入り口である北門と南門が塞がれる。白と青の水晶の街は、今や冷たい牢獄と化していた。

 

 

「集まるのが早かったね」

 

「呼び掛けに応じねえ奴は、街の要注意人物一覧(ブラックリスト)に載せるとも脅かしたからな。そうなりゃどこの店でも即叩き出しだ。この要所を今後も利用してえ奴等は、嫌々でも従うってもんよ」

 

「それに、一人でいるのは恐ろしい、か」

 

ああ、と黄金色に碧眼の小人族(パルゥム)の【ロキ・ファミリア】の団長フィン・ディムナの呟きに筋骨隆々、いかにもならず者であるとそんな雰囲気を醸し出す左目に眼帯を着けているボールスは頷く。彼らの視線の先で揺れ動いている人集りは、程度の違いはあれその顔に不安と恐怖を抱えていた。場所は水晶広場。街の中心地であり、見通しの良い開けた空間は街中でも最も広い。広場中央には大きな白水晶と青水晶の柱が双子のように寄り添っており、その傍には血塗れの全身型鎧(フルプレート)を始めとした殺された冒険者の私物も運び込まれている。周囲には水晶や出店が立ち並ぶこの広場で、冒険者一同は集結していた。

 

「お前ら以外の第一級冒険者が見つかりゃあ、わかりやすかったんだがな・・・・・」

 

「最初から騒動を起こすつもりでいたんだろう。変装をしているか、あるいは公式のLv.を偽っているか・・・・・安易に疑われない対策の一つや二つは取っているはずだよ」

 

「相手も馬鹿じゃねえか」

 

殺された冒険者の事件は瞬く間に知れ渡り、犯人を探す為、大きな白水晶と青水晶の柱が双子のように寄り添って生えている場所に、五百人は届く冒険者や住人達が集められている。『リヴィラの街』の平均的な総人数と比較すると、少なくもなければ多くもない数だ

 

「うはー、この人数を調べるの、大変そうだね・・・・・」

 

「うん、でも・・・・・ここからもっと、数を絞れるから」

 

フィン達の傍で集まった冒険者達に圧倒されていたティオナは、アイズの返答に「はえ?」と目を丸くさせる。

 

「ハシャーナさんを襲った人は、女の人の筈だから・・・・・」

 

「あ、そっか!女の冒険者だけ調べればいいんだ!」

 

「それくらい気付きなさいよ、あんた・・・・・」

 

「付く加えるなら、男の欲情をそそるような体の持ち主、という点だな」

 

アイズの答えに合点が行ったとばかりに笑う実妹に、ティオネは呆れ、その横からリヴェリアが補足する。「それなら楽勝じゃん!」とも続けるティオナに、

 

「いやー、そう簡単にうまくいくとは限らないぞ?」

 

「えー、そう?」

 

「ああ、そうだ」

 

 

・・・・・えっ?

 

 

ティオナと話しているのは誰であろうか?アイズ達はとっても聞き覚えのある男性の声に、ティオナの真後ろにいる第三者に視線をばっと向けた途端、表情を一変させた。

 

「イ、イッセー?」

 

「よー、アイズ達。ようやく気付いたか」

 

「・・・・・いつから、そこにいた」

 

「『うはー、この人数を調べるの、大変そうだね』の辺り」

 

「ぜ、全然気付かなかったわ」

 

「それはお前、修行不足だな。俺は普通にティオナの後ろで立っていたぞ」

 

朗らかに笑う真紅の髪に隻眼の少年、一誠はポンポンとティオナの頭に触れ「俺が敵だったら、お前ら全員死んでいたな」と付け加えて言うのであった。

 

「イッセー、お前、ここへなにをしに来た」

 

「おいおい、俺は冒険者だぞ?ダンジョンに潜るのは当然でこの街に寄り道するのも当然だぞ」

 

リヴェリアの質問に応え、手の中にある物を弄ぶ。アイズ達の意識や視線はソレに向けるようになる。

 

「・・・・・それは?」

 

「拾った」

 

緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と―――不気味な胎児だ。丸まった小さな体に不釣り合いなほど大きな眼球が、一誠の手によって何度も跳ねるように上へ小さく飛ばされては一誠の手に収まるのを繰り返させられるのだった。姿はまるで雌であることを象徴するかのように髪が生えており、頭部の位置から曲線を描く背筋の先端まで伸びていた。謎の幼体は身動きせず沈黙を守っているものの、ドクンッ、ドクンッ、という微かな鼓動を打っている。それをアイズが見た途端、体に突如の異変と共に地面に膝を付き、大きく呼吸を乱す。

 

「アイズさん!?」

 

「アイズ!?」

 

 

 

「(見つけた)」

 

その人物は、赤髪隻眼の少年の手の中に収まっている緑色の宝玉を見て胸中で呟いた。金髪金目のヒューマンが山吹色のエルフに支えられながら息を乱し始めたのを視界外に、目的の物を思いもしない形で見つかり、溜息を口の中に留めている。

 

―――強いな。

 

瞳が細まる。あれは手間がかかりそうだ。完全に意識を仲間に向けている赤髪隻眼だが、アレは誘っているのだと確信していた。完全に油断している風に見せかけて実際はそれすらエサにして怪しい人物に自分は油断していると道化のような言動を見せているのだ。目の前のガタイのいい男の冒険者の背に隠れる形で懐に伸ばされた手が取り出したのは、草笛だった。

 

「―――出ろ」

 

唇と草の間から生まれる高い笛の音。周囲の街の住人、冒険者が訝しい視線を向けられる中で鳴らされた呼び笛が、街の上空を渡った。

 

 

「草笛・・・・・?」

 

急に鳴り響くこの雰囲気と状況に相応しくない笛の音が意識を向けれずにいられない。どうして急に、まるで何かの合図かのように高い笛の音―――。

 

「アイズ、大丈夫?」

 

「うん・・・・・大丈夫」

 

「びっくりしました。急に崩れるのですから・・・・・」

 

アイズを心配するティオナ達。リヴェリアはアイズを一瞥し、宝玉の中にいる雌の胎児を警戒が孕んだ翡翠の双眸で見つめる。

 

「イッセー、それをどこで拾った?」

 

「ん、それは―――」

 

説明しようと口を開いた次の瞬間。広場だけでなく(リヴィラ)全体に激しい轟音と揺れが生じた。誰もが動揺、驚き、狼狽する中でことの全容が明らかとなった。醜悪な口角を覆う大顎、長躯は大蛇のようで無数の触手を持つ食人花達が街の至るところから地面を突き破って破鐘の咆哮を上げる。食人花というモンスターの出現にフィン達も目を張って、いち早く気を引き締めたフィンが疾呼する。

 

「アイズ、ティオナ、ティオネ!彼等を守りつつ駆逐、レフィーヤとリヴェリアは魔法の詠唱を!―――イッセー、君は―――」

 

「悪いけど、俺の相手がいる」

 

食人花達の出現と同時に黒い全身型鎧(フルプレート)を身に包んでいる男の冒険者が騒然と化する広場に悠然と佇んで近づいてくる。

 

「どうやら、犯人が紛れ込んでいたらしいな」

 

亜空間から金色の刀身の剣を抜き取って犯人に自らも近づくイッセーをフィンは任せようと判断し、食人花の駆逐に駈け出す。

 

「これを奪還したいか?なら、俺を倒す他ないぞ」

 

当然だとばかり、黒い全身型鎧(フルプレート)の男は腰に佩いていた得物を抜き放ち、一瞬で一誠の懐に肉薄し、斬りかかった。

 

 

(リヴィラ)から離れた草原でからでもモンスター襲撃の騒動が、湖の近くで一誠を待っているアイシャ達も確認できていた。

 

「何、あのモンスターは?」

 

「どうやら、犯人が事を起こしたそうだな。彼に渡した物を見て奪いに掛かったらしい」

 

フェルズの予想は正しく、水面を突き破って断崖によじ登る無数の食人花達の群れを見据える面々。

 

「さ、流石にイッセー一人相手じゃあんな数・・・・・っ。レリィー!」

 

「水がある所なら大歓迎よ!」

 

人魚族(マーメイド)の適した環境に飛び込む。湖の中に泳ぐ二人の下半身がみるみる内に魚の体と化し、空に飛ぶ鳥のように泳ぎ、ピラミッドを彷彿させ、断崖絶壁に囲まれている街へ向かおうとする食人花達を発見して顔を険しくするが、

 

「【海よ―――水よ―――代行者の名のもとにおいて命じる。水の加護を与えられし我は水精霊(ウンディーネ)の水の化身―――人魚族(マーメイド)】」

 

「【海よ―――水よ―――全ての命の母よ。私の言葉に耳を傾け、応じよ―――。水の加護を与えられし我は水精霊(ウンディーネ)の水の化身―――人魚族(マーメイド)】」

 

水の中に棲息できるモンスターの魔法が、ウィルとレリィーの真下で魔法円(マジックサークル)が展開する。水中に感じる魔力に大半の食人花達が長躯を反転し、人魚族(マーメイド)達の姿を捉えれば蛇行をしながら大顎を開けて近づいてきた。

 

「【怒れ荒れろ唸れ渦巻け全てを呑みこみ打ち砕け牙を剥く者に深淵の底に引きずり込め、代行者として汝の力で愚かな者に海の水の怒りを与えん―――我が名は人魚族(マーメイド)レリィー】!」

 

「【敬愛し全ての命の母の尊さを心から想う我れに許したまえ牙のない我に爪のない我の代わりに―――全てを呑みこみ薙ぎ払いたまえ。我が名は人魚族(マーメイド)ウィル】!」

 

頭の中に浮かぶ凶悪な牙と覗かせ、鋭い爪を持つ最強の生物―――。それと同等かそれ以上の強大な力を放ちたいという二人の想いに応え―――。

 

 

「私達も行くよ春姫」

 

「で、でも、イッセー様がここにいろと・・・・・」

 

「ここに足を運んだ目的を忘れたのかい?大丈夫だ。私がイッセーに説明する」

 

「私もお供させてもらいます。街には怪我人がいるでしょうから」

 

脇で春姫を抱えるアイシャにアミッドも「わかったよ」と脇で抱えられ、フェルズを一人残し大木をかけ渡し作られた湖畔の橋を突き進み、島には行ったアイシャ達は、高所から階層の景観を眺めなら目的地を目指した。大陸の片隅を切り取ったかのような高く巨大な島の頂上付近に置かれた巨大な岩をも軽々と飛び越え、屋根の上に乗った。

 

「新種のモンスターがどうして安全階層(セーフティポイント)に現れたのか疑問だけどこの際無視だ。春姫、魔法の詠唱をしろ」

 

「魔法・・・・・」

 

魔導書(グリモア)で得た新たな魔法をアイシャは放てと言った。一誠が子供のようにはしゃぎ、喜んでくれた春姫の魔法を。

 

「イッセーもどこかで戦っているはずだ。なら、イッセーを手伝う気持ちで魔法を放てた、きっと感謝されるよ」

 

アイシャの言葉に偽りはないとゆっくり首を縦に振って、魔法を放つ姿勢に入る。両手を前に出して、翠の瞳は意を決したような強い光が宿る。

 

「【火よ、来たれ―――】」

 

呪文(うた)が春姫の口から奏でられる。宙に燃え盛るような赤く広大な魔法円(マジック・サークル)を八つも展開した。頭の中に思い浮かぶのは巨大な真紅のドラゴン。赤より鮮やかな壮大と雄大を兼ね揃える赤いドラゴンを超えるような存在を―――。

 

「【猛よ猛よ猛よ、八つの炎の渦よ。業火の咆哮を上げ天空を焦がし大地の全てを焦土し、海をも山をも極火の炎で包みこまん汝火精霊(サラマンダー)の代行者として燃え尽きることのない紅蓮の劫火の海を我は解き放たん―――】!」

 

湖と陸上に展開する三つの魔法が―――。

 

「【ポセイドン】!」

 

「【セイリュウ】!」

 

「【ヤマタノオロチ】!」

 

今、解き放たれた―――!

 

―――○●○―――

 

宝玉を片手にしたまま片手で持つ剣で黒い全身型鎧(フルプレート)の冒険者と戦う一誠。

激しい剣戟と時折交ざる拳の砲撃と足の打撃すら片手で対応する。

 

「(ん・・・・・ちょっとアイズより上の方か)」

 

相手の力量と技量に強さを認知し、中々強いと口元を薄く笑ます。阿鼻叫喚が起こっている広場の中央で高度の戦闘が繰り広げられている。

 

「その宝玉(たね)を渡せ」

 

「俺を倒してからにして貰おうか」

 

敵同士が交わす会話も気持ちも相反。不意に、一誠が口を膨らます行動に相手は怪訝に目を細めた途端―――。

 

ゴオォッ!

 

まるで、ドラゴンのように口内から業火の炎を放ったことで黒い全身型鎧(フルプレート)は炎に包まれ、敵は双子水晶のへ吹っ飛んだ。

 

「ああ、悪いな。俺はヒューマンじゃないんだよ」

 

二つの水晶と直撃、崩壊して水晶の下敷きとなった敵に向かって言葉を投げた。刀身を肩にトントンと叩きながら相手の出方を窺えば、ガラリッと瓦礫と化した水晶から鎧が炎の熱によって溶けかかっていた敵が出てきた。

 

「・・・・・化け物め」

 

そう悪態をつく敵は身に付けている鎧を脱装し始めた。胸甲(ブレスプレート)を掴み、砕く。あっさりと破壊して取り外すと、剥がれた鎧の内からインナーに包まれた豊満な胸がまろび出る。襟巻や他の鎧の一部も強引に剥がし、白い首筋やそのしなやかな肢体をあらわにした。男の顔の印象を根本的に覆す姿を晒す敵にただ見つめる一誠。

 

「化け物ね。まあ、言われてもしょうがないか」

 

と、苦笑いを浮かべていると巨大な炎の八つの蛇が(リヴィラ)の北門から姿を現した。食人花達はその蛇から感じる魔力に反応して長躯を蛇行しながら迫って行く様子を窺え、炎の蛇達が鎌首を動かし、口内から灼熱の炎を吐きだしては街の建物ごと食人花達を消失していく。

 

「・・・・・あいつら、あそこで待っていろって言ったのに」

 

街中を進む炎の蛇の正体を理解した一誠は息を一つ零す。さらに西の方からも水で具現化したドラゴンが姿を現し、炎の蛇同様に食人花を襲っては口内の中にある魔石を砕いて倒していく。

 

「まあ、しょうがないか」

 

呪文のような言葉を呟き始める一誠の姿がブレ出したと思えば十人の一誠が左右に広がり、肩を並べて増え出した。

 

「こっちもそろっとケリを付けよう。何時までもここに留まっている場合じゃないからな」

 

鎧を全て剥ぎ取った―――赤髪に極彩色の双眸の女に九人の一誠が赤髪の女に肉薄した。

 

 

フィン・ディムナは改めて一誠という冒険者に不思議と疑問を抱く。殺された冒険者の犯人と思しき赤髪の女を九人の一誠が寄って集って打撃の嵐をお見舞いして、トドメは魔法による無詠唱の雷撃で倒した。そしてあろうことか犯人を肩に担いでどこかに行こうとするので問いだたす。

 

「その女性をどうする気だい」

 

「うん?当然ギルドに引き渡すんだ。何か間違ってるか?」

 

間違ってはいない。いないのだが・・・・・。頭の中で何かが引っ掛かってしょうがない。

 

「俺の方が早く地上に戻れるからな。それじゃ、またどこかで会おう」

 

頭の中で考えをしているフィンを余所に一誠はさっさと広場から立ち去ってしまった。食人花達もあらかた倒されていて混乱も徐々に収まりつつある。しかし街の被害は甚大。だが、(リヴィラ)の冒険者達が意地汚さと図太い神経であっという間に復興するだろう。

 

「リヴェリア、彼は一体、本当に何者なのかな?」

 

「私が知りたいほうだ。毎度毎度、驚かされる身にもなってくれ」

 

「あんな何人も自分を増やせる魔法は私は知らない」と溜息を吐く仲間に苦笑いで相槌を打つ。

 

「今度、僕も彼のところに行ってみようかな」

 

 

 

「まったく、待っていろって言ったのに」

 

「そう言うな。ダンジョンに来た理由は春姫達に戦いを慣らさせる為だったし、あの状況を乗ってそれぞれ戦わせたのは私だ。だから―――」

 

「―――文句を言うなら自分に言えって言いたいんだろ。分かってる。お前らのおかげで救われた冒険者もいるんだからな」

 

中央樹、19階層へ進める入り口の手前で【アテネ・ファミリア】は集結している。赤髪の女は檻の中に収監されていて、フェルズが見張っている。

 

「で、あの女を連れて来てその後はどうするつもりなんだい」

 

「食人花と関係ありそうだから一応、連れてきたんだけどものの見事に気絶しちゃってるからなー」

 

「アミッドに治療してもらったけど」と全身に包帯が巻かれ治療された後が痛々しい檻の冷たい床に体を横にして寝ている赤髪の女を横目で見て今後どうしようかと悩む。

 

「この人を、人気のない場所に隠して行くのはどうでございますか?」

 

「んー、その手でいくとするか?」

 

幸い、18階層は自然豊かで隠す場所を作ればその気になって探す冒険者でもなければ見つからないかもしれない。

 

「フェルズ、そう言うことで良いか?」

 

「・・・・・そうだな。これから案内する場所に連れていくわけにも行かない」

 

間が空いても提案を呑んで、中央樹のさらに奥深い場所に檻を周囲の景色と溶け込ませることができる隠蔽布(カムフラージュ)を被せて隠し、改めて19階層へ突き進む一誠達。19階層以降、24階層の層域までの階層は『大樹の迷宮』と冒険者達の間ではそう呼ばれている。木肌でできた壁や天井、床は巨大な樹の内部を彷彿させる。燐光の代わりに発光する苔は無秩序に迷宮中で繁茂し、青い光を放っていた。探索する冒険者の進路の先々では、奇妙な形と色をした、大きな茸、銀の雫を垂らす花々など、地上には存在しない様々な植物が姿を見せる。訪れる広間(ホーム)によっては景色が変わり、美しい花畑も存在するほどだ。一方で出現するモンスターは既階層(きかいそう)以上に一癖も二癖もあり、24階層となればLv.2最上位の能力(ステイタス)、そして何よりパーティの密度が求められるようになる。

アミッドが所属している医療系【ファミリア】や他に商業系の【ファミリア】が冒険者依頼(クエスト)を発注してでも採取して欲しい道具(アイテム)もこの階層にある。いざ、一誠達が19階層に侵入を試みれば―――。

 

「なに、この『炎鳥(ファイアーバード)』の大群はっ!?」

 

一難去ってまた一難―――という言葉が合っているだろう。19階層から出現する希少種(レアモンスター)の一種で、名の通り火炎攻撃を行う鳥型のモンスターが迷宮中に飛んでいたのを遭遇(エンカウント)してしまった。

 

「大量発生しているようだね・・・・・どうする?放っておいても良いだろうけど18階層に進出させると街に被害が出るよ」

 

「というか、襲ってくる時点で倒さないといけないんだが」

 

春姫や水がない迷宮の中では本領発揮ができないウィルとレリィーは弓を構えて炎鳥(ファイアーバード)を撃退していく一方、一誠もアイシャも紅の大鳥を倒して魔石やドロップアイテムを残して灰と化させていくのだった。

 

「拾わなくて良いんですか?」

 

「その余裕は少しないかなー。こうも多いと回収する時間もない」

 

アミッドの質問に答えながら無詠唱で放つ雷槍は怪鳥を纏めて魔石ごと貫く一誠。実際、フェルズとアミッド以外の【アテネ・ファミリア】の一誠達は駆逐に精を出していて、拾おうとはしない。このままでは矛の冒険者達に甘い蜜を吸わせる意味で何も苦労せず魔石やドロップアイテムを回収されてしまう。と考えたアミッドはモンスターを倒しながら進む一誠達が残す魔石やドロップアイテムなどをせっせと拾ってはバックパックの中に仕舞いこんでいく。せめて戦えない自分ができることを一誠達の苦労を無にしない為にもと―――。

 

「うん?なんだ・・・・・お前?」

 

 

 

 

 

乱れた呼吸の音が響いていた。天井や壁面、地面が木皮で作られた階層域。

通路中に繁茂する苔が青や緑に発光し、見る者に秘境を彷彿させる光景を生み出している。

轟いてくるモンスターの雄叫びに身を揺らすのは様々な形をした葉や、銀の雫を垂らす

神秘的な花々だった。上層域とは様変わりした大樹の迷宮の中で、一つの影がひた走っている。

 

影はしなやかで、華奢な、少女と見紛う四肢を持っていた。苔の光を浴びて煌めくのは

青銀の髪だ。そして美しく滑らかな長髪だけでなく、その肌も青白い。

肩や腰に生えた無数の鱗、妖精(エルフ)のものより歪で尖った耳、何より目を引くのが

額に埋まる輝かしい紅の宝石。青白い全身や紅石を始めとした人ならざる器官は、

紛れもない『怪物』の証である。枝のように細い両腕を胸に抱き絞めるモンスターは、

ただただ迷宮を走っていた。

 

「(どうして?)」

 

モンスターは血を流していた。爪や牙、剣で斬り裂かれたかのような裂傷を幾つも負い、紅血を地面に滴り落としていく。鱗ごと破けた肩の青白い肌は真っ赤に染まっている。

 

「(どうしてっ?)」

 

瞳の中には恐怖があった。戸惑いがあった。悲しみがあった。赤い血と共に幾つもの水滴が地面へと落下する。美しい琥珀色の双眸から透明な滴を零すモンスターは、そのか細い喉を震わせた。

 

「どうしてっ・・・・・?」

 

小振りな唇から漏れ出すのは、怪物の汚い鳴き声ではない、掠れた嘆きの言葉だ。

幼子のように嗚咽交じりの声。あたかもその言葉の羅列を忌むかのように、錯綜する迷路から

複数の怪物の吠え声が押し寄せる。青銀の長髪と薄い方が怯えるように震えた。

怪物にはそぐわない、人が息を呑むほど整った相貌を、涙で歪める。

 

モンスターは―――『彼女』は、泣いていた。

 

「(どうしてっ、みんな・・・・・!)」

 

『彼女』は一人だった。迷宮から生まれたばかりの『彼女』は、

あらゆる存在から排他されていた。壁面を破り、産まれ落ちた直後、右も左も分からないまま

薄暗い迷宮を彷徨った。ここはどこなのかという不安を感じていると、

自分と同じ存在の匂いを嗅ぎ分け、『彼女』は本能に従ってそちらに向かった。

やがて迷宮の一角で出くわした、自分より大きな熊獣に『彼女』は尋ねた。ここはどこ?と。

 

返ってきたのは凶悪な咆哮だった。

 

熊獣は雄叫びを上げ、鋭い爪を振り下ろしてきた。

肌を切り裂かれた『彼女』はわけがわからないまま逃げた。混乱が全身を支配する中、

滲み出る赤い血と、生まれて初めて味わう痛みが彼女を恐怖へと駆り立てた。『彼女』は

そこから何度も襲われた。姿も形も違うあらゆる同族達に命を脅かされる。

 

例外は無い。傷を増やしていく『彼女』は瞳から溢れ出そうになる何かを必死に堪えた。

迷宮の奥深くから逃げ出し、疲労する『彼女』が次に出会ったのは、自分達とは違う

異種の存在だった。剣と弓を纏う人間達。妖精のごとき容姿を持つ耳長の雄と雌、

寄り添って互いを守る番の二人。気付かぬ内に己の瞳に羨望を浮かべた『彼女』は、

彼等に近寄った。驚かさないようにそっと。五指から伸びる鋭い爪を隠しながら、

唇を開いた。

 

たすけて、と。

 

瞬間、『彼女』は剣で斬り付けられた。彼等は自分以上の動揺と混乱、

何よりも恐怖をもって『彼女』を拒絶した。向けられる敵意に再び逃げ出した。

男は取りみだしながらも剣を振り回し、顔を青ざめさせる女はくぐもった悲鳴と共に弓を構える。

 

背後から何度も射られながら、『彼女』はとうとう涙を溢れさせた。痛い。苦しい。

悲しい。矢尻を弾く鱗が衝撃と共に罅割れる、切り裂かれ、破かれた肩が焼けるように熱い。

己を取り巻く世界から排他され、疎外され、拒絶され、異端の烙印を刻みつけられる。

どうして、どうして、と自問を何度も重ねる。こわい、こわいよ、と嗚咽を漏らす。

 

『彼女』は、泣き続けた。

 

「(わたしは、なに・・・・・!?)」

 

問いかけを発しても、自分を産み落とした迷宮は何も答えない。やがて逃げ回る内に、

『彼女』を追う人間達が現れた。彼等は『彼女』の美しい容姿に驚愕し、目の色を変え

『待て!』と荒々しい声を放ってきた。嗜虐的な眼差しと舌舐めずりをする彼等に足を止める道理はなかった。血眼になって追跡してくるその形相は同族であるモンスターより

遥かに醜い。もはやあらゆるものに恐怖を覚える『彼女』は二本の細い脚で逃げ惑う。

怪物と呼ばれる所以である潜在能力をもって追手を振り切り、襲いかかってくるモンスターを躱して、一人で大樹の道を走り続けた。たったったっ、という孤独な足音をどこまでも

続く永遠の迷宮に響かせる。琥珀の瞳から、再び透明な涙が零れ落ちた。

 

「あうっ!?」

 

下り坂。

 

子供のように足を踏み外し、木の根に覆われた坂を勢いよく落ちていった。坂の真下、

地面に倒れ伏した『彼女』は足を痛めたことに気付く。立ち上がれない。聞こえてくる

怪物の吠声と人間の足音にびくっと体を揺らし、顔を左右に振り、動かない足を引きずる。

既に凝固した血液が『彼女』のこれ以上の足跡を途切れさせる中、迷宮の一角、立木と無数の葉々が茂る物影に隠れた。へたり込み、壁に背を付けながら息を殺す。

傷付きぼろぼろとなった体を両腕でかき抱きながら、果てしない恐怖に耐えた。そこへ、

モンスターの悲鳴と轟く激しい音と共に何かが近づく気配。

 

息を呑む。

 

刻一刻とこちらへ接近してくる無数の足音―――人間の靴の音に、剣で切り付けられた痛みが熱を放つ様に蘇り、身が竦んだ。がたがた震える体。頬が乾かない内に新たな涙滴が瞳から伝っていく。追ってくる人影を見上げながら、体を抱き絞める両腕にぎゅうと力を込めた。

 

そして。

 

涙を流す『彼女』の目の前に、気配の主が現れる。

 

 

「うん?なんだ・・・・・お前?」

 

真紅の長髪に隻眼の金色の瞳。

 

薄暗い迷宮の片隅で、『彼女』は一人の少年と一緒にいる少女や女性達と出会った。

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