オラリオで自由気ままに過ごすのはダメだろうか(一時完結)   作:ダーク・シリウス

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冒険譚25

広い大空洞だった。地上から遠のいだダンジョンの奥深く。中層域に位置する階層の最奥。湿った空気と、異臭が漂っていた。モンスター達の体臭でもなければ、血の香りでもない。怪物(ドラゴン)の腹の中に放り込まれたとしてもきっと嗅ぐことはかなわないだろう、肉が腐ったような―――昆虫を引き寄せるような腐臭。

 

死臭にも似た臭いが充満する一帯は、ダンジョンの一角でありながら、冒険者は愚か凶暴なモンスターの雄叫びも届いてこない。まるでダンジョンそのものから切り離されたように、迷宮の騒がしさとは無縁だった。不気味な静寂の中では、人が動きまわる複数の足音と、何かが轟く音、そして低い破鐘の啼き声が断続的に響いている。薄暗い空間は、血の色にも似た赤光によって照らし出されていた。

 

「・・・・・」

 

赤光に焼かれる横顔が、シャリ、と奇怪な色の果実を齧る。地面に伸びる影は、美しい肢体と豊満な双丘を持った女性の体そのものだ。鋭い眼差しを浮かべる瞳は緑色。額に掛かる前髪―――光の色と同じ赤い髪が、揺れ動く。一誠が倒し損ねたら悪運が強かったと言わしめる、赤髪の女に相違なかった。彼女は片膝立てで地面に座り込み、微動だにしない。

 

「―――おいっ、モンスターがダンジョンに溢れて冒険者の間で騒ぎになっている、大丈夫なのか!?」

 

そんな女のもとに駆け寄ってくる者がいた。大型のローブで上半身を隠した男だった。口元まで覆う頭巾の上に額当てを装備し、顔を隠している。声を荒げる相手に対し、女は冷ややかな反応を返した。

 

「うるさい。騒ぐな」

 

ぺッと食べ滓を口から吐き出し、食らっていた果実を握り潰す。弾け飛んだ果肉がまるで潰れた脳髄のように辺りへ飛び散った。

 

食人花(ヴィオラス)を貸してやる。有象無象どもはお前達で何とかしろ」

 

視線も合わせず、突き離すように告げる女の言葉に、相手は舌打ちとともに踵を返す。薄闇の奥へ頭巾の男が消えると、入れ替わるように、今度は別の人影が現れる。赤い光に照らされるのは、全身を白ずくめの衣装で包んだ男性だった。

 

「冒険者達に感づかれるとは、運がないな」

 

頭部にはモンスターの白骨(ドロップアイテム)を利用して作られた鎧兜。相貌をハッキリ見せな出で立ちはいっそ薄気味悪かった。長身の体格は何の武器も装備していない。一瞥を飛ばしてくる赤髪の女に、男は足を止め問いかけた。

 

「放っておいていいのか、レヴィス?」

 

赤髪の女―――レヴィスと呼ばれた彼女は、直ぐに視線を前に戻す。

 

「冒険者にいくら感づかれようが知ったことではない」

 

「連中に押し付ける気か?」

 

頭巾の男の事を差す男に肯定と発する

 

「ああ。私はここを動かん」

 

レヴィスは薄闇の奥で動きを見せる無数の人影を感心なさそうに眺める。彼女の事を傍で見下ろす男は、そこで語気を強めた。

 

「30階層のように、『彼女』を狙う連中が来たらどうする?」

 

ドクンッ、と音を立てて赤い光の源が揺れ動いた。

 

「恐らく、地上では一部の者が我々の動きを察知しているぞ?」

 

精鋭がこの場所を襲撃してくるやもしれない、という男の懸念に対し。レヴィスは端的に告げた。

 

「潰すだけだ」

 

 

 

 

安全階層《セーフティ・ポイント》18階層の中央樹を通じて進出する19階層から24階層の層域は、『大樹の迷宮』だ。木肌でできた壁や天井、床は巨大な木の内部を彷彿させる。燐光の代わりに発光する苔は無秩序に迷宮中で繁茂し、青い光を放っていた。探索する冒険者の進路の先々では、奇妙な形と色をした、大きな茸、銀の雫を垂らす花々など、地上には存在しない様々な植物が姿を見せる。

 

訪れる広間(ルーム)によっては景色が変わり、美しい花畑も存在するほどだ。一方で出現するモンスターは既階層(きかいそう)以上に一癖も二癖もあり、24階層となればLv.2最上位の能力(ステイタス)、そして何よりパーティの密度が求められるようになる。

 

 

「お、白樹の葉(ホワイト・リーフ)。アスフィ、ちょっと採取していかないか?」

 

「止めなさい。取りにいってモンスターに囲まれるのが落ちです。依頼の前に無駄な労力を費やさないでください」

 

「今はどこの道具屋(みせ)でも品不足で高く売れるんだけどなぁ・・・・・もったいない・・・」

 

 

通路から広間(ルーム)の奥に佇む白大樹(ホワイト・ツリー)を発見し、素早く反応するルルネだったが、アスフィに窘められる。名残惜しそうに尻尾を振った。

 

一誠達【アテネ・ファミリア】。アイズ達【ロキ・ファミリア】。そしてフィルヴィス【ディオニュソス・ファミリア】が目指している24階層に【ヘルメス・ファミリア】が先行していた。

 

 

24階層は、冒険者依頼(クエスト)でよく調達を依頼される採取用の原料(アイテム)が多いのもこの階層域の特徴だ。様々な種類の薬草はそのまま食べても即効性の体力回復や解毒効果が確認されており、回復薬等(ポーションとう)を作製する薬師達に重宝されていた。迷宮の光源である輝く苔でさえも、地上に持ち換えればそれなりの学で換金できる。

 

滅多にお目に掛かれない宝石樹―――赤や青の美しい宝石の実を宿すまさに金のなる樹―――を発見した際はアスフィも含めパーティ全体がざわついたが、泣く泣く素通りする。彼の樹を守るのは、宝石樹の根もとに体躯を寝かせている階層最強の木竜(グリーンドラゴン)だ。Lv.4に匹敵する潜在能力(ポテンシャル)を誇る怪物である。51階層の巨竜(カモドス)といい、貴重な採取アイテムのもとには強力な宝財の番人(トレジャー・キーパー)が居座っていることが多い。

 

「・・・・・!」

 

「全員、止まってください」

 

前方の通路に潜む気配に、アスフィを始めとした冒険者達は反応した。ただちに片手を上げて、パーティの進路を留める。進路の先は巨大な十字路だった。発光する苔の光度が僅かに落ちている中、薄闇の中を無数の影が蠢いている。注視する冒険者達はその影の正体が何であるかすぐに悟った。目も当てられないほど、広い通路内を埋め尽くしているモンスターの大群だ。

 

「うげぇ・・・・・」

 

アスフィの隣でルルネが呻いた。うじゃうじゃといる数えきれないモンスターの群れに、【ヘルメス・ファミリア】の団員達も思わず後退するほどである。人の性として受け付けられない醜悪な怪物が、巣穴の如く溢れかえるその様は背筋を寒くさせるのに十分だった。本当に不自然な集まり方をしている、と誰もが観察しながら思う。

これだけ特定の地帯(エリア)に集まり、行列を作っている光景には出会ったことがない。しばらく様子を窺っていると、群れの一部がこちらに気付いた。列を外れてゾロゾロと進路を変え、他の個体も後に続く。

 

「アスフィ、どうする?」

 

「どうせ駆除しなければいいけません。ここで始末します」

 

(ホルスター)から小瓶を取り出して「盾を構えて」と告げる団長にヒューマンや獣人、ドワーフがアスフィの前に盾を置いて防衛の姿勢に成った。

 

「―――本来ならば、ここで使うのは危険ですがね」

 

そう言いつつ小瓶をモンスターの集団へ放り投げた。一拍遅れてパリンと硝子細工が割れたような甲高い音と同時に、激しい爆発音と爆風、爆熱が通路中に広がって、その余波はアスフィ達にも牙を剥く。

 

「うひゃ~!?」

 

盾に爆発の余波を最小限まで抑えているが、衝撃までは殺せなかった。ビリビリッと盾を通して防御の態勢でいる団員達の腕は震え、腰に力を入れていないと今にでも吹っ飛ばされそうになっている。

 

「・・・・・イッセー、これは殲滅に向いていますよ」

 

全てが治まった頃、盾に身を潜んでいたアスフィ達は立ち上がって、一緒に共同作業した真紅の髪の少年に張れる煙を見据えながら呟く。眼前の通路の奥まで爆発が届いたのだろう、ところどころ小さく燃える火が消えていなかった。モンスターをたった一つの小瓶で殲滅したその威力は【ヘルメス・ファミリア】を驚かした。

 

「ア、アスフィ・・・・・とんでもない爆発だったんだけど?」

 

「危険ですが、これぐらいの威力がないとダメでしょう」

 

進みます、と威風堂々と前へ前進するアスフィにルルネ達も足を動かす。

 

 

 

「―――ん?爆発が聞こえたような・・・・・」

 

「えーそう?あたしは聞こえなかったよー?」

 

アスフィ達を追うように一誠達も24階層に辿り付いていた。木肌でできた天井や壁、地面を歩く訳でもなく、空飛ぶ絨毯でのんびりと移動していた。

 

「絨毯が飛ぶなんて驚きだわ」

 

「走った方が速いだろうけど、この方が落ち着いて会話ができるだろう」

 

「会話って・・・・・どんなことをお話しするのですか?」

 

前を向いたまま他派閥との交流を臨もうとしている一誠はレフィーヤに尋ねられた。

 

「色々かなー。自分達の主神のこととか、どんな目標を目指しているとかさ」

 

「主神って・・・・・ロキねぇ・・・・・」

 

「あのアホ女神のことなんざ考えたって無駄だろうが」

 

敬うはずの主神に対する反応がいまいちだった。

 

「フィルヴィス。ディオニュソスってどんな男神なんだ?良ければ教えてくれないか?」

 

「・・・・・」

 

話の矛先は沈黙を貫いているフィルヴィスにまで及ぶが、関わる気はないとばかり明後日の方へ赤緋の瞳の視線を向ける。

 

「―――しょうがないなぁ。レフィーヤ、ゴー」

 

「わ、私ですかぁッ!?」

 

「同じエルフなんだから共通の話題ぐらいあるんじゃないのか?」

 

素っ頓狂な声を挙げる山吹色のポニーテールのエルフの少女の肩を掴んでフィルヴィスに身体ごと向けさせる。

 

「頑張って、レフィーヤ」

 

「あぅ・・・・・アイズさぁん」

 

「頑張ったら、アイズの人形を貢献してやるぞ」

 

密かに作っていた、手の平サイズのアイズの人形を見せびらかす。それをティオナやティオネが感嘆を漏らす。

 

「あら、アイズそっくりじゃない。上手ね」

 

「本当!手先が器用だねー」

 

反応は上々で気を良くした一誠はバックパックから他の人形を取り出した。

 

「【ロキ・ファミリア】幹部全員の人形を作った」

 

「団長の人形だけを頂戴!」

 

「うわー、ベートが人形だと可愛いんだね。本物だと全然可愛くないのに」

 

「ンだとぉっ!?」

 

「・・・・・皆、何だか可愛い」

 

アイズも仲間達の人形を手にして興味を示す。

 

「イッセー、団長の本物みたいに大きな人形とか作れないわけ?」

 

「人形より本物がいるから必要ないんじゃないのか?」

 

「何を言っているのよ。団長の姿をした人形なら・・・・・・ぐへへっ」

 

ジュルリと涎を拭うティオネの姿を見て「こいつ、あぶねー」と引き気味になる。

 

「・・・・・まあ、本人が了承したら作ってやるよ」

 

「約束だからね!」

 

「部屋にフィンの人形があるなんて・・・・・あたし、嫌だよ」

 

姉妹故に同室で暮らしているアマゾネスの妹がげんなりとする。部屋に入ればフィンの人形に話しかけている姉、寝ている隣では「団長~♡」と嬉しそうに声を出し続ける姉、そんな光景を毎日見て、生活を送るとなると鬱陶しいこの上ないだろう。

 

「だったら、フィンの姿を描かれた枕にしてやろうか?抱きしめながら寝る瞬間は至福だろうよ」

 

「枕なら・・・・・まぁ、いいかな?というか。そんな物作れるもんなの?」

 

胸を張って「できるさ」と断言した一誠は虚空から発現する金色の杖を手にして―――創造した。

眩い神々しい輝きから一誠の両腕の中に横長の枕が落ちてくる。見ればフィン・ディムナの姿が写生されていた。

 

「はい、フィン・ディムナの抱き枕~」

 

「団長~!」

 

獲物を狙う獣のごとく物凄い俊敏で一誠から枕を奪い取ってフィンの顔に自分の顔を押し付けて、動きを止めた。

枕でもフィンを抱き絞められる嬉しさが、ピークに達したのかもしれない。呼吸は大丈夫なのかと顔を完全に枕へ埋めているティオネを見ていた一誠に、呆れ顔のアイシャに言われた。

 

「イッセー、なんだか無駄な事に力を使ってない?」

 

「喜んでくれば全て良しだアイシャ。とまぁ、こんな感じで何でも作れるわけだ俺は。食物は無理だけどな」

 

「・・・・・」

 

クイクイ、とレフィーヤが一誠の服を引っ張った。振り返り、「ん?」と返事を待つ姿勢に顔を近づけてきた。

 

「あ、あの・・・・・っ」

 

「ん?・・・・・ふんふん・・・・・うん、問題ないぞ」

 

ゴニョゴニョとエルフの象徴でもある尖った耳まで赤く染めるレフィーヤからの耳打ちを受けた一誠は、要求された要望に肯定と了承した。

 

「で、ではっ。地上に戻ったら、お、お願いします」

 

「あいよー。ベートも、なんか仲間の姿をした物が欲しいなら作ってやるぞー?」

 

「・・・・・いらねぇ」

 

「えー?どうせアイズの人形とか抱き枕とか欲しいんじゃないのー?」

 

ティオナのからかいが含んだ笑みに食って掛かって「いるかっ!」と狼の尻尾まで絨毯に、ばしんっと叩いて否定するベート。

 

「なるほど、アイズのか。ならこの人形で良いだろう」

 

ポイっと弧を描く人形がベートの胡坐を掻く足に乗った。

 

「大事にしてくれよー?」

 

「誰が欲しいと言ったぁー!?」

 

それでも本人の前でダンジョンに捨てるわけにもいかず、「くそったれが!」と毒吐くつつも上掛けのポケットに乱暴に仕舞い込んだ様子に、素直じゃないなーと周りから呆れと苦笑いを浮かべられた。

 

クイクイ。

 

「ん?」

 

また誰かに服を引っ張られ、引っ張った張本人に視線を向けるや否や、

 

「あの、イッセーの姿が描かれた枕が、欲しいです」

 

治療師(ヒーラー)として同行してもらったアミッドが気恥ずかしそうにほんのりと朱を顔中に散らして要求した。

 

―――○●○―――

 

―――天井付近に咲いた。とある青白い花に見下ろされる通路の一角では、激しい戦闘が繰り広げられていた。モンスターの必殺(たいあたり)を前衛の盾が防ぎ、無数に唸る触手(むち)を中衛の戦士達が弾き飛ばす【ヘルメス・ファミリア】にとって見たことがない全貌のモンスターと命の奪い合いをしていた。詠唱を行う後衛の魔導師へ脇目も振らず突っ込むその不規則な動きに悪戦埠頭しながら、モンスターと冒険者達、アスフィ達は一進一退の攻防を続けていた。

 

「ルルネ、相手の『魔石』はどこですか!?」

 

初見の相手に対し団員達が攻めあぐねる中、一早く戦況に順応したのは、アスフィだった。多角度から押し寄せてくる夥しい触手を短剣で全て斬り飛ばし、相手の長躯のもとへ深く、鋭く切り込む。破鐘の悲鳴が連続し―――食人花達の警戒優先度が跳ね上がる中、陽動も兼ねた派手な高速移動で錯乱する。

 

「えっと、確か、口の中!」

 

同じくナイフで触手を斬り払うルルネは件の襲撃の際に得た情報を叫んだ。「口の中ですね」と食人花の顎を睨みつけるアスフィは、鞭の振り下ろしを特製のマントで弾き流し、ベルトの(ホルスター)緋色と極彩色の液体が詰まった小瓶を取り出す。

 

「盾構え!」

 

命令した瞬時に小瓶は食人花の口腔に投げ入れられ―――爆発。

 

『――――ァッ!?』

 

口内で炸裂した爆撃に悲鳴は最後まで続かず、『魔石』を破壊された食人花は灰となるどころか、灰すら焼失した。魔道具作製者(アイテムメーカー)謹製の手投げ弾、一誠が手に入れた爆発する粉でさらに威力を底上げした爆炸薬改(ボンバー・オイル)だ。以前の爆炸薬(バースト・オイル)は都市外の資源―――大陸北部の火口付近に発芽する火山花(オビアフレア)を原料にアスフィが手を加えて生成した液状の爆薬。彼女しか作製できない爆液は小瓶の一つ分で中層出身のモンスターを絶命させる威力を備える。―――それが改良されたことで通路中に爆発の余波が広がる。自身専用かつ高威力の道具(アイテム)を駆使し、アスフィは味方に声を掛けた後に手投げ弾を放って撃破を重ねていく。

 

「アスフィ~。それ、危なっかしいよ」

 

「これ一つで奥にいるモンスターにも撃破できるのですから目を瞑ってください」

 

「分かっているけれど、盾が保てなくなるって」

 

金属製の盾が煤だらけになっているのをルルネは指摘する。

 

「それに罠道具(トラップアイテム)もあるんだし、それも使おうぜ」

 

「相手が不規則な動きをするので使用は極力避けたいです。それに外して隙を作ってしまうのが目に見えています」

 

後方の初見のモンスターにですら爆発の影響で長躯が吹き飛ばされている。前後左右、上に盾を亀のように構えて籠って衝撃を備えることでアスフィ達にはダメージは殆ど無い。

 

「それ、数に限りがあるんじゃなかったっけ」

 

「ええ、そうなんですが・・・・・意外とスッキリする自分がいるんですよ」

 

「・・・・・ストレス解消の目的で投げてないよな?」

 

なんのことでしょうか、とはぐらかして武装及び道具(アイテム)の点検を素早く済ませ、パーティは進行を再開させた。

 

「あの新種のモンスターはなんでしょうか」

 

「固くて、速くて・・・・・しかも数が多い。やになるよなー」

 

警戒を怠らないパーティは前進する。先の戦闘で少しだけ分かったのは打撃は効きにくく、代わりに斬撃の耐性は低いこと。そして『魔力』に過敏に反応し、『魔法』の発生源に押し寄せること。

 

「こんなことなら、イッセーも連れてきた方が良かったんじゃないか?あっさり倒してくれそうだし」

 

「・・・・・誰のせいで私達はここにいると思っているのですか?」

 

頭の後ろに両手を組み楽ができそうな感想を発したら、冷ややかな視線がルルネに注がれ、「ご、ごめんってばぁ・・・・・」と委縮する犬人(シアンスロープ)

 

「私だって、彼に手伝って欲しいと思っていますよ。ですが、誘う理由が、そう簡単に他派閥に協力要請ができるはずがないでしょう」

 

頼りになる冒険者でもあり、人型モンスター。モンスターであるのに不思議と自然に接せられる自分に驚くが、一誠といる瞬間と時間がとても心地良い為か、受け入れてしまったのだろうか。

 

「また分かれ道か・・・・・」

 

再び岐路に差し掛かり、パーティの歩みが止まる。広く左右に開けた二つの道を前に、、ルルネがアスフィの指示を仰ぐ。

 

「アスフィ、今度はどっちに―――」

 

その時だった。

 

ルルネの声を遮り、ズルズルと体躯を引きずる音を響かせながら、左右に道からモンスターの毒々しい花頭が現れる。

 

「両方からかよ・・・・・」

 

「後ろからも来たぞ!」

 

「げっ」

 

呻くルルネに追い打ちを掛けるように、獣人の注意が飛ぶ。左右後方、三方向から挟み撃ちだ。天井と地面を張って出現する多くの食人花に、【ヘルメス・ファミリア】の他団員も顔を顰める。退路が完璧に絶たれた。

 

「この状況・・・・・アスフィ?」

 

「するしかありませんでしょう」

 

腰の(ホルスター)から小瓶を一つ手にした。残りのストックを見て一瞬眉間に皺を寄せたが、この状況こそ使う瞬間であることを悟って―――。彼女の心情を露知らず、ドドドドドドドドドドドドドッ!と地面から数多の刀剣類が出現してアスフィ達の後方の食人花がソレに体躯や大顎、魔石すら貫かれて一網打尽にされた。

 

「な、なんだっ!?地面から、武器が飛び出したぞ!」

 

【ヘルメス・ファミリア】の誰もがダンジョンに生えた武器を前にして驚き、食人花から意識を逸らしてしまった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

左右の岐路から食人花がアスフィ達に襲いかかる。

 

「―――見知った気を辿ってみてくれば、何だこの状況?」

 

後方の通路から意志を持った大火炎の大蛇が二匹飛び出してきて食人花達を襲いかかり、焼失。一拍遅れて空飛ぶ絨毯に乗った―――一誠達が現れた。

 

「アスフィとルルネ、久し振りー」

 

「「イ、イッセー!?」」

 

【アテネ・ファミリア】に【剣姫】、【ロキ・ファミリア】もいんぞっ!と驚きの声も上がる。朗らかに登場した予想もしない援軍に放心状態になるが、我に返ってアスフィは尋ねた。左右の通路からモンスターが現れなくなった機会を逃さず。

 

「イッセー、貴方・・・・・どうしてここに?」

 

「働いている酒場でこの階層のモンスターの大量発生がしてるって主神様が聞いたらしくてさ。気に成ったし、興味もあったから原因を確かめようと、色々と他の派閥を巻き込んでここまで来たんだ」

 

目的と理由を同時に【ヘルメス・ファミリア】へ告げる。今度は自分の番だと尋ねる。

 

「アスフィ達はどうしてここに?」

 

「・・・・・この駄犬の所為であることもそうなのですが、殆どイッセーと同じ理由です」

 

「ルルネの所為?」

 

あぅ~、と情けない声を発するルルネに首を傾げる。そして、自分達と目的が一緒なのだと分かった途端。

 

「んじゃ、一緒に行くか」

 

「いいのですか?」

 

「ああ」と他派閥同士との協力要請をあっさりと提案し、雰囲気的に助かったーと【ヘルメス・ファミリア】から感じるようになる。

 

「どうやら、モンスターだけじゃないみたいだしな」

 

「それはどういうことなのですか?」

 

「さあ、モンスター以外、誰かがいるってことぐらいしか分からないんでな。直接確かめて聞かないと何とも言えん」

 

『何か』を把握している模様の一誠。しかし、詳細は不明と曖昧で気になる発言をした為、今回の騒動はただのモンスター大量発生ではないことを疑念を、強者ばかり連れてきた一誠に感謝の念を抱く。

 

「指揮はアスフィに委ねるけど、状況に応じて自由に動かせてもらうから」

 

「分かりました。―――ありがとう」

 

公私混合の感謝の言葉を告げた後に【ヘルメス・ファミリア】【アテネ・ファミリア】は前衛と中衛、【ロキ・ファミリア】は後衛、アミッドとフィルヴィスは中衛の態勢で行動を再開する、

 

「ここまでくれば食糧庫(パントリー)は近い。食人花が食糧庫(パントリー)の付近から現れたのは気になる。もしかして食糧庫(パントリー)に向かっていた?」

 

「そうなんだよ―――と、前から滅茶苦茶来るぞ!?」

 

様々な派閥が手を組んで駈け出す一行の前方から押し寄せる食人花に、またかよ!とルルネが叫ぶ。一誠は姿をかき消す程に速度を増して躊躇もせずに敵の体躯と体躯の隙間を潜って手から伸びる魔力で具現化した刃で微塵切りにしてみせた。

 

「よっぽど我々をこの先に行かせたくないようですね・・・・・!」

 

鋭く前方を見据え、アスフィは唇の笑みの形に歪める。モンスター達の激しさを増す迎撃に、この先に『何か』があると彼女は確信した。アスフィと一誠が先行し、一際巨体を誇る食人花を駆逐した。

 

「・・・・・あれは」

 

何度目とも知らないモンスターの強襲を跳ね返した時。長く続いている通路の先から、しおれた花の弱々しい燐光とは違う、血の色のような赤い光が漏れ出しているのを一誠とフィルヴィス、団員達は視認した。

 

「もしかして、石英(クオーツ)の光?食糧庫(パントリー)が近いのか?」

 

周りの仲間と同じように、ルルネが瞳を眇める。食糧庫(パントリー)と呼ばれるダンジョン最奥の大空洞には特大の石英(クオーツ)が立つ。モンスターの栄養源となる液体を生むその水晶の大主柱が、神秘的な光を放ち大空洞を常に照らしているのだ。24階層の大主柱は赤水晶―――通路の先の赤光を目視し、誰もが終着点までもう僅かであることを悟った。

 

「アスフィ」

 

「・・・・・このまま突っ込みます」

 

団長の言葉に、パーティは従った。最後の食人花を打ち破り、緑壁の迷宮を駆け抜ける。腐臭が濃くなっていく中を突き進み、赤い光が滲む通路の出口へ飛びこんだ。食糧庫(パントリー)の大空洞へ、足を踏み入れる。

 

「―――――」

 

視界が一気に開けた直後、アスフィ達は言葉を失った。彼女達を待ち受けたのは、ここまでの道のりと同じように緑の肉壁に浸食された広大な空間だ。差異を挙げるとすれば、大きさが異なった無数の蕾が緑壁の至る場所から垂れ下がっていることである。そして、そんな大空洞の中でもアスフィ達の視線と意識を奪ったのは

食糧庫(パントリー)の大主柱に絡みついている計三体、食人花と酷似したモンスターが、

高さ三〇Mはある赤水晶の大主柱に絡みついている。毒々しい極彩色の花頭を三輪咲かせた超大型は、全長も、体躯の太さも、食人花の十倍はくだらない。大長躯から派生した蔦に似た触手を大主柱の表面にくまなく行き届かせている。赤く発光する石英(クオーツ)のせいもあって、その光景は幾筋もの血管のように見えた。

 

「まさか・・・・・大主柱から出る養分を、吸っている?」

 

ドクンッ、という間隔の長い鼓動音の度に、何かを吸い上げるかのような奇音が続く。アスフィ達の揺れる視線の先で、巨大花のモンスターは水晶から滲み出す液体を片っ端から吸収していた。モンスターの触手や根は大主柱の表面だけにとどまらず、そのまま大空洞の壁や天井、地面に伸びて緑色の肉壁を作り上げていた。

 

24階層の食糧庫(パントリー)一帯が変異した元凶は、間違いなくあの巨大花のモンスターだ。まさしく、宿り木と言っていい。ダンジョンから無限に溢れ出る養分を無限に吸収し、体の組成を爆発的に拡大させるモンスター達が、この異様な緑壁の迷宮を形成するに至っているのだ。

 

「あ、あれはっ・・・・・」

 

植物の肉壁に覆われた大空洞内には、アスフィ達の他にも謎の集団がいた。上半身を隠す大型のローブに、口元まで覆う頭巾、額当て。顔と素性を隠した所属不明の者達は突如現れた四つの派閥の冒険者に騒然となっていたかと思うと、こちらを指差して大声で警戒を呼びかけ合う。剣呑かつ殺気立った中で、ルルネの目だけは、彼等を飛び越え赤色の石英(クオーツ)に縫い付けられたままだった。茫然とする彼女の視線が向かう場所、三体の巨大花が巻きついた大主柱(はしら)の根もとには。()の胎児を内包した緑色の球体が、取りついていた。

 

「あの時の、『宝玉』・・・・・!?」

 

 

 

「・・・・・イッセーの言う通り、本当にいましたね」

 

「信じていなかったのか?」

 

「疑問を抱いていただけです」

 

眼鏡の縁を弄って目の前にいる謎の集団を見据えるアスフィ。

 

「イッセー、あの者達を捕縛します」

 

「どこの主神の派閥なのか調べる為か?あいつらにそんな主神がいるとは思えないんだけど」

 

「それでも、こちらとしても彼等がここで何をしているのか、聞き出さなくてはいけません」

 

了解、と一誠は軽く答えると―――。

 

「侵入者どもを生きて帰すなァッ!!」

 

怒号が飛び始めた。周囲とは色違いのローブを纏った男―――指揮を預かる頭目らしきヒューマンの一声に大空洞にいるローブの者達は呼応した。得物を掲げ、アスフィ達のもとに押し寄せる。

 

「おい、なんかあいつ等やる気満々だぞ!」

 

殺意を漲らせる敵の姿にルルネが叫んだ。大空洞の通路口前にいる【ヘルメス・ファミリア】を怨敵のように見据え、謎の集団は勢いよく突っ込んでくる。

 

「アスフィ、何人捕まえて欲しい?」

 

「一人でも多く」

 

敵方のどこか異様な雰囲気を肌で感じ取りながら、アスフィは周囲へ視線を走らせた。アスフィ達が侵入してきた道以外にも、大空洞には無数の通路口があった。そしてその出入り口付近には大型の黒檻がいくつも置かれている。中身は、とぐろを巻いた食人花のモンスターだ。更に大空洞の肉壁からはモンスターが間欠的に産まれていた。今も壁から垂れ下がった蕾が極彩色の花を咲かせ、そのままズルリと落ち、生後数秒の食人花が地面に横たわる。

 

どうやら巨大花に呑みこまれたこの食糧庫(パントリー)はダンジョンと同じ、特定のモンスターを産み出す機能を有しているらしい。この巨大花からなる緑壁の迷宮は人為的に造られたものなのか、ひいては新種のモンスター―――食人花はこのような状況下から生み出されているのか。考察が憶測を呼び震慄に近い感情を覚えながら、いい予感はしない、と。アスフィは変わり果てた食糧庫(パントリー)を見渡して思った。この大空洞の正体は勿論、あの食人花を入れた黒檻をどこへ運ぶつもりなのか、問いたださなくてはならない。

 

「殺せ!」

 

「異世界でもテロリストみたいな連中がいるんだなっと」

 

ただ一人、謎の集団に向かって悠然と歩く一誠に【ヘルメス・ファミリア】の団員達も加勢に入ろうとしたが

 

「一人残らず捕まえよう。そう言う要望だからな。お前ら全員、生け捕りだ」

 

「死ねェッ!」

 

大空洞内の空間が歪みだし、数多の鎖が飛び出してきては謎の集団の両手両足、胴体に意志を持っているかのように絡んで拘束した。その光景は敵も味方も関係なく同様に動揺、驚かせた。

 

「アスフィ?終わったぞ」

 

得物を振り下ろしてきた相手の顔面を鷲掴みに、アイアンクローで意識を狩った。一誠はアスフィに振り返って何とでもなさそうに話しかけた。

 

「え、ええ・・・・・ありがとうございます」

 

謎の集団を一箇所に集められる、一誠の行動を見て残りの敵を見据える。

 

「・・・・・どんな手品を使っているのだ」

 

白骨(ドロップアイテム)の鎧兜を被る白ずくめの謎の人物の声音には警戒の色が含まれていた。

片腕を伸ばす。あっさりと謎の集団を捕縛した一誠に向かって鎧兜の奥から覗く両眼を細める。

 

食人花(ヴィオラス)

 

男が口を開いた瞬間、大空洞中のモンスターが一斉に首をもたげた。まるで一つの意志のもと統率されたように、沈黙を破って凄まじい勢いで行動を開始する。閉じ込められていた黒檻を破壊し、周辺から蛇行して、

アスフィ達より危険だと判断した男は一誠のもとに殺到させた。

 

「んー、モンスターって従わせることもできるのか」

 

突然後退した一誠と入れ代るようにアイズ達【ロキ・ファミリア】が前以て作戦を考えていたかのような動きで食人花のモンスターへ肉薄し、長躯の胴体、大顎など斬り裂いて一蹴。

 

「な・・・・・に?」

 

「相手が悪過ぎだ」

 

第一級冒険者達の圧倒的な実力を前に絶命されていく食人花達を見て、敵も味方も一誠やアイズ達と同じ派閥のレフィーヤ以外圧巻させられる。その中で一誠が真っ直ぐ赤髪緑眼の女性へ目を向けている。

 

「あの時の調教者(テイマー)もいるな。―――前より強く成ったか?」

 

そう言った一誠は男と赤髪の女の背後から声を掛けていた。相手にとってはあまりにも自然で、移動した気配も覚えさせない移動方法で心臓を鷲掴みにされた気分を味わわされた。

 

「やれっ・・・・・!」

 

刹那だった。地面より夥しい緑槍が撃ち出される。下方から急迫する槍衾に、一誠は気にも留めずに歩み寄って・・・・・白ずくめの男を

 

「・・・・・は?」

 

軽く撫でるようにして天井付近にまで放り投げた。気付いた時には自分が緑の天井を見つめていたと現実と錯覚が混同していた思考に視界の端が赤い何かを捉えた。

 

次の瞬間、

 

腹に凄まじい衝撃が襲い、赤い髪の女へ決河の勢いで向かうが味方の女に避けられそのまま地面にぶつかった感触が全身で巨大鎚で叩きつけられたような衝撃とともに伝わり、白ずくめの男は目を見開いたまま吐血する。

 

「っ!?」

 

直ぐ傍に敵がいることを察知し、まだ痛みが抜けていない全身で横に転がりつつ体勢を立て直した場所がアスフィ達【ヘルメス・ファミリア】と大朴刀と弓を構えている【アテネ・ファミリア】に挟まれた状態。一誠は赤髪の女と戦闘を繰り広げていた。

 

「チェックメイトです。これ以上の戦闘行為は無意味ですから抵抗せずに捕まってくれると助かりますがね」

 

「無意味・・・・・だと」

 

白骨(ドロップアイテム)の鎧兜の一部が破壊され、くすんだ色の長い白髪が流れ出ている。

 

「『彼女』に愛された体を持つこの俺が、訳の分からない奴に負ける・・・・・だと」

 

―――有り得んッ!と獣のように咆哮を挙げた。白髪の男は真っ直ぐアスフィに飛び掛かった。

 

「俺は『彼女』に愛された!『彼女』に二つ目の命を与えてくれたっ!『彼女』の願いを叶える為に『彼女』の敵である邪魔な貴様ら冒険者を『彼女』の礎にしてくれるわっ!」

 

槍のごとく腕を突き出す。それを軽く純白のローブでいなせば白髪の男のサマーソルトが横やり入るアイシャの蹴りに阻まれ狙いを外されたところで三本の魔力の矢が放たれた。飛び道具に察知した白髪の男は地面に逆立ちしたまま両足を大きく広げて駒のように下半身を振り回し、その矢を打ち破った。

 

「「嘘ッ?」」

 

「魔力の矢を、打ち破ったのですか・・・・・?」

 

並の、普通の冒険者ではまずできない芸道をして見せは相手に矢を射った三人は愕然と目を張る。

 

「『彼女』とやらはこのダンジョンにいるのか?『彼女』の為にこの大空洞を変え、食人花を生むモンスターをこの中層の食糧庫(パントリー)まで引っ張り出してオラリオを滅ぼすつもりか?」

 

食人花(ヴィオラス)!」

 

遥か頭上、緑肉の天井に無数に存在する蕾が複数開花した。醜悪な牙と口腔を真下に晒す食人花のモンスターは、男の叫びに応じるように次々と落下する迫りくる長躯の影を。

 

「また産まれたよー!?」

 

「さっさと倒せばいいだけだろうがっ!」

 

「あの蕾を潰した方が良さそうだわねっ」

 

「うん・・・・・」

 

アイズ達が対応して、

 

「総員、彼の邪魔になる蕾を破壊、あの石英(クオーツ)に寄生しているモンスターらしき物体も攻撃目標です!」

 

【ヘルメス・ファミリア】達も各々と自分の得物を掲げ、行動を開始した。アスフィ達の行動を、白髪の男は食人花達を喚ぶようにしてアスフィ達を迎撃させる。

 

「私と協力してあの白髪の男を捕まえませんか」

 

「殺すつもりで戦った方がいいと思うけどねぇ?」

 

アイシャと肩を並び、春姫とウィル、レリィーを背にして立つ二人と白髪の男と対峙する。

 

「あなたのLv.は3であることは把握していますが、あの男相手に対応できますか?」

 

「さぁね・・・。私とほぼ互角と感じっぽいけど、何とかなる。春姫」

 

声を掛けられた春姫は頷き、超越魔法(レアマジック)の詠唱を唱え始める。

 

「【―――大きくなれ】」

 

目をつぶり呪文を唱える春姫の姿に、白髪の男はさせんと春姫に襲いかかる。しかし、アスフィとアイシャ、そしてフィルヴィスが邪魔をさせないと動き、

 

「【其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

何かを差し出すように両手を胸の前に突き出し、狐人(ルナール)の少女は玉音を奏でていく。春姫の歌声が響く中、人魚族(ウィルとレリィー)達も歌を奏でる。呪文ではない、純粋で心まで響くような歌の魔法である。

 

「【―――大きくなれ】」

 

天井の蕾を駆逐、潰し終えたアイズ達が三つの不協和の歌を耳にする。

 

「【神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を】」

 

紡がれる呪文は同胞(ファミリア)に送られていく。アイシャは経験したことのあるこの感覚に小さく口の端を吊り上げる。

 

「これが元、前派閥(イシュタル・ファミリア)の切り札だ」

 

「え?」

 

そして詠唱が完成に近づき、伴なって薄い霧状の『魔力』、光雲が生まれた。アスフィとフィルヴィスに一時任せ離脱して佇んで―――己も魔法を唱え出すアイシャの頭上に、魔法円(マジックサークル)と見紛う紋様の渦が出現する。彼女が仰ぐと、形作られるのは光の柱―――いや、柄のない光の槌だ。降り注ぐ暖かな光。アイシャの背後にいる少女は、翠の瞳に強い光を籠っていた。

 

「【―――おおきくなぁれ】」

 

「邪魔だぁっ!」

 

白髪の男が強引にアスフィとフィルヴィスを弾いて春姫の前にいるアイシャへと飛び掛かるが、次の瞬間。少女の唇から魔法名が紡がれる。

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

燦然と輝く光鎚が落ち、アイシャの全身を包みこんだ。光の奔流が彼女にもたらすものは、体と心を奮い立たせる活力、そして純粋な『力』。閃光(スパーク)が走り抜け、アイシャに夥しい光粒が付加

 

サンジョウノ・春姫の魔法【ウチデノコヅチ】

 

その効果は対象人物の【ランクアップ】。

 

制限時間内に限りLv.を一段階上昇させ諸能力を激上させる。アイシャと春姫の元女神(イシュタル)が情報を伏せ続けた最大派閥(フレイヤ・ファミリア)に対する切り札―――『階位昇華(レベル・ブースト)』。

 

「・・・・・器が昇華した?」

 

金目がゆっくりと丸く開いた。それは驚きの意味が大きかった。しかし、それだけで終わらなかった。ウィルとレリィーの歌声が終わりを迎えようとしていた。それぞれ違う歌を歌っていた。力強く、大地のように『力』と『耐久』が激上するように。そして―――歌の魔法は完成した。春姫のように可視化して効果が解るものではなく、対象(アイシャ)の全身が赤と緑の光に覆われる形で魔法の効果の恩恵を受けるのだった。

 

三つの魔法(マジック)によって階位と能力がアイシャの【ステイタス】を激上した。

 

そして―――。

 

「【ヘル・カイオス】!!」

 

アイシャ自身の魔法の詠唱も完成し、大朴刀を地面に叩き付け、放った斬撃波。Lv.4と諸能力も昇華したアイシャの魔法の一撃は水面を切る鮫の背びれ如く、紅色に染まった斬撃の衝撃波が地面と驀進する。この広間(ルーム)を紅く染まるほどに。

 

「うわー・・・・・今のLv.3が放つ魔法じゃないよね?」

 

「三つの魔法であそこまで彼女の能力を向上させた・・・・・?まさか、超越魔法(レアマジック?)

 

同種の放った魔法、そして【アテネ・ファミリア】の下級冒険者三人による魔法の詠唱。それによって本来の魔法の威力とはけた違いな威力を発揮させて目の前に起きている土煙を見る面々の向こうから粉砕した鎧兜に意を介さないまま立ち上がり、全身に重傷の裂傷を負った男が悠然とした態度で出てきた。

 

「ただの冒険者なら、これで戦闘不能にするほどの攻撃だったんだけどねぇ」

 

「・・・・・惜しかったな。そしてその考えを改める必要があるぞ」

 

血の気のない男の唇が動く。俯いて目元を隠す前髪の下で、彼は、薄気味悪く笑った。

 

「『彼女』に愛された体が、この程度で朽ちるわけがない」

 

唇が裂けんばかりに吊り上がった、その時だった。男の身体に変化が訪れる。アイシャの一撃を被った全身の裂傷がゆっくりと、傷口が塞がっていく。回復魔法が発動しているわけでもないにもかかわらず、有り得ない自己治癒能力。一誠の視線の先で男の損傷がなかったことになっていく。身体中から蒸気のようにうっすらと立ち上っているのは、『魔力』の残滓と思しき極小の粒子だろうか。その最中で男が徐に顔を上げる。

 

「なっ・・・・・」

 

アスフィは病的なまでに白い男の相貌を見て、衝撃を受けたかのように開いた口が目を丸くした碧眼のように閉じなかった。

 

「・・・・・どうして」と同じく愕然と立ち尽くす黒髪赤緋の瞳のエルフ、フィルヴィスは震えている唇を開く。

 

「オリヴァス・アクト・・・・・」

 

白ずくめの男に向けられたその名を聞いた瞬間、食人花と戦っていた周囲の者達は目の色を変えた。彼らの混乱がざわめきへと変わって心を揺らす。

 

「オリヴァス・アクトって・・・・・【白髪鬼(ヴェンデッタ)】か!?嘘だろう!?」

 

悲鳴に近い声を放ち、ルルネは男の顔を何度も見た。自分の記憶を否定するように、のどから動揺した音声を絞り出す。

 

「だって、だって【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は・・・・・!?」

 

茫然自失だったアスフィが―――耐え切れないように喚呼した。

 

 

「馬鹿な、何故死者がここにいる!?」

 

 

張り裂けるような声が響き渡る。紅髪の女と戦っていた一誠は頭上に「?」と浮かべるほど理解できていない。鬼気迫るアスフィの表情に、フィルヴィスの表情に、そしてルルネ達の様子に、不思議そうにキョトンとした顔で最後に味方の方まで後退して白ずくめの男―――オリヴァスに視線を戻した。

 

「お前、死んで化け物として甦ったクチ?―――ああ、『彼女』とやらに甦られたって言ってたな」

 

で、実際は誰なんだ?と言いた気に視線でそう訴える一誠はアスフィに向け時、アスフィが己の動揺を振り払うように、男の情報を声に出して連ねる。

 

「オリヴァス・アクト・・・・・推定Lv.3、【白髪鬼(ヴェンデッタ)】の二つ名を付けられた賞金首。既に主神は天界に送還され、所属【ファミリア】も消滅しています」

 

アスフィは男を見据えながら身構える。既に食人花はアイズ達や同派閥の団員達に屠られていて、蕾から新たな食人花が出てくる気配がないことにルルネを含める団員達は意識をオリヴァスに変えていた。

 

「悪名高きあの闇派閥(イルヴィス)の使徒・・・・・そして『27階層の悪夢』の首謀者。彼自身、あの事件の中でギルド傘下の【ファミリア】に追い詰められ、最後はモンスターの餌食に・・・・・食い千切られた無残な下半身だけが残り、死亡が確認されていた筈」

 

悲惨な末路を迎えたと語るアスフィは、目の前に存在する男の姿をまじまじと見つめる。まさに悪夢を前にしたような表情で、彼女はオリヴァスに問うた。

 

「生きていたのですか・・・・・いえ、彼との会話で拾った言葉から察するに何者かによって甦ったのですか」

 

「ああ、その通りだ【万能者(ペルセウス)】」

 

アスフィの問いに、オリヴァスは誇らしげに答えた。身体を大きく傷付けられたことが―――自分を生かそうとする体の治癒能力の発動が、契機だったかのように、今の彼は喜びとも恍惚とも知れない表情を浮かべている。己の長身の体をさらに下から上に、手でゆっくりと撫でていった。体を撫で上げる男の仕草を追って、一誠はあることに気付いて眼を細める。下半身、ボロボロになった服の中。

 

二本の足はまるで食人花の体皮と似た黄緑色に染まっている。そして上半身、今も治癒が進んでいる、皮膚と血肉が赤黒く焼失して抉れた胸部。極彩色に輝く結晶が、中心に埋め込まれていた。周囲の者達もそれに気付き、顔を蒼白にさせた。凶笑とともに目を見開くオリヴァスは、平静を失うアスフィ達へ示威するように、、胸に埋まった結晶―――極彩色の『魔石』を見せ付けた。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ!他ならない『彼女』に!!」

 

背後の赤光に照らし出され禍々しく歪む男の影。光の源、石英(クオーツ)の大主柱に寄生する(おんな)の胎児が、ドクンッ、と大きく胎動した。

 

―――○●○―――

 

黄緑の瞳を聞きと歪めるオリヴァスを、アスフィ達は震える思いで見つめていた。毒々しく輝く極彩色の『魔石』。瞳の色と同じ黄緑色に染まった下半身も含め、それは人ならざるものの証だ。

 

「一体、何の冗談ですか・・・・・」

 

アスフィが呻くように零し、【ヘルメス・ファミリア】の者達もうろたえる。敵は人なのか。それとも人を象った怪物、モンスターなのか。

 

「―――オリヴァス・アクト!」

 

「・・・・・?」

 

そこへ、怒りの声が投げ掛けられる。オリヴァスの視線の先には、濡羽色の長髪に純白の戦闘衣(バトル・クロス)を纏ったエルフの少女がいた。

 

「あれだけの惨劇を引き起こしていながら、今日までのうのうと生きていたのか、貴様は!?」

 

美しい相貌を歪めるフィルヴィスは、射殺さんばかりの視線をもってオリヴァスと相対する。

 

「お前のせいで、仲間はっ・・・・・私は!!」

 

「・・・・・ああ、お前もあの計画の生き残りか」

 

「よくも、よくも!?」

 

仇のように見据えてくるフィルヴィスの目にオリヴァスは彼女が『27階層の悪夢』の生還者だと察したようだった。白髪の男は顎を引いて顔を斜めに構えながら、冷笑を窺わせる。

 

「私はあの計画を画策したのと同時に、被害者でもある。一度に果てたのだからな。ようやく神の悪い夢から目が醒めた・・・・・痛み分けといこうじゃないか」

 

「ふざけるなッ!!」

 

オリヴァスの戯言に、フィルヴィスは大渇する。彼女の手足は震えていた。怒りの奔流がその細身の体から吹きこぼれ、心さえ千々に乱れる。理性の暴走に歯止めが掛からない。短剣を持った右手は怒りを表すように震え、左手は短杖(ワンド)をあらん限りに握りしめる。仇の男を目の前にして、目の当たりにしてフィルヴィスは憎悪に満ちた。

 

「お前だけは・・・・・!」

 

瞋恚の炎をその赤緋の瞳に宿し、フィルヴィスは短剣と短杖(ワンド)を構える。―――一誠はそんな二人に興味津々に、口の端を吊り上げながら問うた。

 

「お前は、何なんだ?」

 

オリヴァスは唇に笑みをしたたらせながら、その白髪を揺らした。

 

「人と、モンスターの力を兼ね備えた至上の存在だ!」

 

白ずくめの男は一誠達を見下しながら高言を吐いた。あたかもその言葉を実証するように、こうしている今も裂傷の傷が徐々に癒えていき、『魔石』が埋まっている胸部も塞がっていく。

 

「神々の『恩恵』に縋るのみの貴様等が・・・・・どうしてこの私に勝てる?」

 

オリヴァスはせせら笑ってみせた。対する一誠は、

 

「・・・・・ああっ」

 

隻眼の金色の瞳を爛々と子供のように輝かせた。

 

「俺はお前に出会えて嬉しいぞオリヴァス。人とモンスターの混合種としてこの世界に存在するお前と出会えて俺は楽しくなってきた。それともしかしなくてもそこにいる赤髪の女も同じなのか?それならば納得のいく強さだ」

 

両腕を広げて、オリヴァスを迎えるように歓喜する一誠。

 

「人ならざる存在・・・・・はははっ!異世界は、不思議で満ち溢れている!」

 

「・・・・・貴様、狂っているのか?」

 

「違う。俺は喜んでいるんだ。人間や亜人がただダンジョンを攻略するだけの日々、それを見るのはつまらなくないが・・・・・やはり、人を逸脱した存在と出会うのが最高の瞬間だ」

 

あからさまに恭しく紳士のような立ち振る舞い、お辞儀をし出す一誠。

 

「そんなお前に俺も応えなくちゃいけないだろう」

 

そう言った次の瞬間。空気が静寂に包まれた。その中でポツリと一誠が呟きだす。

 

「神の『恩恵』に縋る冒険者か。言っておくが俺はLv.1だぞ?まあ、俺自身が元々強いからLv.なんて関係ない」

 

これが証拠だと言わんばかり一誠が強烈なオーラを解き放ち始めた。一誠の全身から、かつてないほどのプレッシャーとオーラが解放され、この大空洞一体が大きく震動をし始める。

 

「な、なにをしようとしている・・・・・!?」

 

狼狽するオリヴァスを余所に、身体に変化が訪れる一誠は笑みを浮かべるだけだ。深紅のオーラを全身から放ちながら「―――フィルヴィス!」と突然叫ぶ一誠。

 

「あの男を自分の手で殺せる力が欲しいか?―――だったら手を貸してやるぞ」

 

どうだ、訊いてくる一誠に懐かしさを感じさせる復讐心と憎悪に満ちた赤緋の瞳、それ等を表すような濡羽色の長髪のエルフの少女は訝しいと口を開く。

 

「・・・・・お前にそれができるのか」

 

「できるさ。今のお前の心情はこの場にいる誰よりも俺が一番理解できる。大切な者を失った悲しみと奪った相手に対する憎悪、をな」

 

フィルヴィスと対峙する為に動き、一誠は近寄り手を伸ばした。

 

「今のお前じゃアイツを倒すことはできない。だが、お前が俺に協力を欲するならばそれ相応の力を与えることができる。―――目の前にいる仇を、お前を残して、お前を逃がして死んでしまった仲間達の仇打ちができる」

 

「・・・・・っ!?」

 

まるで『あの時』、『あの場所』に立ち会っていたかのような口ぶりをする一誠。短剣と短杖を見下ろし、自分は今どうしたいのかどうすればいいのか己への問いかけとともに心の奥に刻みつけられている情景が浮かび上がる。耳の裏で、失われた先達(なかま)の叫び声が鮮明に甦った。

 

―――逃げろっ、フィルヴィス!

 

―――言って、早く行って!?

 

―――ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・。

 

―――そうだ、いけ・・・・・フィルヴィス。

 

―――フィル、ヴィス・・・・・。

 

―――たすけてくれ。

 

『悪夢』に呑みこまれた仲間の声が絡みついてくる。今日まで心を蝕み続けてきた『悪夢』の光景が、フィルヴィスの視界を赤く染め上げる。悲壮の声が、血まみれの悲鳴が、哀切(さいご)の呟きが、フィルヴィスの心臓を掴んだ。

 

(私は―――)

 

目の前で一誠に警戒している仇の男がいる。そして仇の男に戦う意思があるなら力を貸すと言う一時的な仲間に問われた。フィルヴィスは、ギュッと得物の柄を握りしめ、思考の海に飛び込んでしばらく思案顔に瞑目していたフィルヴィスは、目を開けて赤緋の双眸を一誠に向けた。

 

「お前の力・・・・・貸してくれ」

 

「それでこそ仲間だ」

 

嬉しそうに笑みを浮かべた一誠。

 

「三分だ。それ以上、お前の身が持たない。いいな」

 

「わかった」

 

「では、受け取れ。ドラゴンの力を―――!」

 

フィルヴィスが差し伸ばしている一誠の手を掴んだ次の瞬間、二人が真紅の光に包まれ奔流と化となった。

【ヘルメス・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】、【アテネ・ファミリア】の団員達はその閃光から逃れるように腕で目を覆って、光を遮らす。しばらくして光が止んだ頃に全員の視線は一誠とフィルヴィスに向けてそこにいたのは―――。

 

清楚なフィルヴィスの戦闘衣(バトル・クロス)は怒りを露わしているかのような真紅に染まっていた。体の各部分に真紅の鎧が装着していて、艶のある濡羽長髪を覆う龍を模した真紅の兜を装着しているフィルヴィスがそこにいた。

 

「彼は・・・・・?」

 

一誠の手を取った直後フィルヴィスは光に包みこんだ。それ以来、どこにも姿を見なくなった一誠はどうしたのだろうかとこの場にいる一同は目を丸くする。そんな一同を他所に瞑目したフィルヴィスは息を静かに吸っては吐いた。

 

『いけ』

 

「ああ」

 

短剣と短杖を構えたフィルヴィスは、今のLv.を遥かに超えた速度で真紅の軌跡を残す程オリヴァスに突貫した。

 

「なっ―――!?」

 

驚くオリヴァス。一瞬で懐に飛び込んできたエルフを前に黄緑の瞳が極限までに開いた。

相手の意表を突いたエルフは全力防御態勢に入って後方に飛び下がる仇の神がかかった反応を前にしても、

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

呪文を奏でる。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

長短文詠唱型の魔法が発動する。何時もなら鋭い稲光とともに駆け抜ける一条の雷なのだが、ドラゴンの力を得たフィルヴィスの雷は、

 

ビガッ!ドガガガガガガガガガガガガァァァアアアアアアアアアアッ!

 

回避不可能。オリヴァスだけじゃなくフィルヴィスの前方全てに(あか)い一条の雷が放たれたのだった。

 

「ぐおおおおおおおおおおおあああああああああああああああっ!?」

 

雷に包まれるオリヴァス。しかし、まだ意識はあり、オリヴァスは黄緑の双眸に敵意と殺意を込めてフィルヴィスを睨み、

 

「なめるなぁっ!食人花(ヴィオラス)!」

 

地面から出てくる食人花の群れや触手。それをただ引っ掻くように手で薙ぎ払っただけで食人花達が一掃、蹂躙された。

 

「くっ・・・・!?巨大花(ヴィスクム)!」

 

ダンジョンのモンスターとは異なるモンスターに焦心に駆られて背後の石英(クオーツ)から発せられる赤光が揺らめいた。大主柱に寄生していた三体のモンスターの内、一輪の巨花が蠢き、震え、毒々しい花弁を眼下の小人(アスフィ)達に向ける。咆哮の代わりに鳴り響くのは、大主柱と緑壁に一体化した体をベリベリと引き剥がす、耳を塞ぎたくなるような裂音だった。極彩の花から放たれる強烈な腐臭―――凄まじい死臭。時を止めるアスフィ達の頭上から、巨大な影が、巨大な長躯が、重力に従って落下する。

 

「―――――」

 

短刀の切っ先が、いや、刀身が魔力光に包まれたかと思えば柄の先から刀身が巨大化した。全てをぶった切れるような大剣と化した得物を片手で持ち高速移動で落下してくる巨大花(ヴィスクム)の真下に移動したフィルヴィスは。

 

「はぁああああああああああっ!」

 

気合一閃。猛々しい声を発して上段から大剣と化した短剣を振り下ろした。巨大モンスターの花弁から長躯の先までフィルヴィスの剣が通って、真っ二つにした。その長躯は絶命されたことによって大きな肉の塊と化して地面に落ちる前に大量の灰と化となって消えた。

 

「ひ、一人で・・・・・倒しちゃったよ・・・・・?」

 

「何が、どうなっているのですか・・・・・」

 

復讐に燃えるフィルヴィスを見ている面々は視線を一点に集中する。一撃。一撃で、仕留めた。Lv.3の冒険者が未知の新種のモンスターを一人で、剣の一振りで打破した。周りの反応、表情、心情など今のフィルヴィスにとって気にせず『仇』だけ赤緋の瞳の視界に入れる。その瞳に孕む憎悪と復讐心はオリヴァスから余裕を奪わせるのに十分だった。

 

「なっ、なぁっ・・・・・!?」

 

一歩、二歩と、オリヴァスはその場から後退り、肌白い顔を一層白くさせる。絶えず有していた余裕は脆くも崩れ落ち、巨大花を一瞬で失った動揺が全身という全身を焦がしているかのようだった。業火の炎が燃えるような彷彿をさせる赤い姿の小さきエルフの少女に、

 

「っ!」

 

オリヴァスは咄嗟に手を振り上げ、悲鳴を上げるように叫んだ。

 

「お、押し潰してやる!巨大花(ヴィスクム)ッ!」

 

背後にある大主柱(はしら)に向かって、叫んだ。石英(クオーツ)に取り付いていた二体のモンスターは巨躯を揺すり、体皮を引き剥がしながら倒壊する塔の如く地面に倒れ込んだ。周囲一帯の地面を砕きながら、ぞるっと大長躯を―――。ズンッ!と花頭に巨大化した短剣の刀身を突き刺したフィルヴィス。まるでそこが弱点であるかのように巨大モンスターの動きを起こさせる前に灰と化させたのだった。そしてもう一体は―――。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

アイズが風の魔法で愛剣に纏わせ、真一文字で巨大モンスターの首を一撃で仕留めた。

 

『――――――――――――――――――――――――――――ァァァッ!』

 

大主柱(はしら)に寄生する宝玉の胎児が絶叫する。巻き起こった風の力に反応するように、付着した石英(クオーツ)の表面でもがき始めた。

 

「呼応している・・・・・・?【剣姫】の風に・・・・・・?」

 

石英(クオーツ)の傍にいる赤髪の女が緑色の双眸を愕然と見開いていた。オリヴァスもフィルヴィス達も突然の胎児の絶叫に目を丸くする。

 

「今の風・・・・・そうか」

 

レヴィスは真っ直ぐ金髪金目の少女に目を向け。

 

「お前が『アリア』か」

 

その呟かれた名前(たんご)に―――アイズは金の双眸を大きく見張る。ドクンッ、と胸を揺らす一際高い鼓動の音。声も発せぬほどの衝撃が全身を襲い、何故、という言葉が頭の中を埋め尽くした。アイズの細い喉が、動揺に振るえる。

 

「【剣姫】が『アリア』・・・・・?信じられんっ」

 

「だが、反応している。間違いない。―――探し物がこんな形で見つかるとはな」

 

何を言っているのかは分からない、と赤緋の瞳がオリヴァスとレヴィスを見据える。だが、やることは変わりないと駈け出した。その最中、短杖(ワンド)を顔の前に立てるように構え、呪文のような詠唱を唱え、完成した直後にフィルヴィスの姿がブレたかと思ったら十人にフィルヴィスが増えた。

 

「なんだ、この魔法は・・・・・!?こんな魔法は知らないぞ!」

 

増えたフィルヴィス達を見回し、混乱するオリヴァスに数多の短剣が、フィルヴィス達が擦れ違う度に裂傷を負わされる。止むことのない嵐のように。抵抗として反撃するが隙を作るだけで無意味に終わってしまう。まるで非力な草食動物をじわじわと痛めつける狩りを楽しむかのような肉食動物である捕食者のようなものだった。治癒がされてもそれ以上に負われる傷とその数では治癒の力など効果がなくなる。

 

「はぁっ・・・・・はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・!?」

 

全身で息をし、囲まれている状況下に立たされているオリヴァス。

 

「レ、レヴィス!?え、援護をしてくれ!」

 

仲間に助けを求めるその必死と懇願に石英(クオーツ)の傍にいたレヴィスの次の行動が移される直前、

 

    「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)!―――ディオ・テュルソス】!!!」

 

短杖(ワンド)から放出された一条の雷が九の強大な雷となってオリヴァスの全身と言う全身を襲う。

悲鳴も絶叫も苦痛も上げれないオリヴァスは見た。雷の牢獄と化したこの場に遥か頭上から赤緋の瞳のエルフが短剣を構えて落下してくる姿を。

 

「仲間の仇―――!」

 

「や、やめ―――!」

 

オリヴァスに無数の斬閃が刻まれる。体の各部位が繋がっているのが不思議なほど、全身から血飛沫を散らせた。黄緑色の下半身も、そして人の上半身もズタズタにさせながら、オリヴァスは傷口から入り込む雷に臓器が焼かれ、天を仰ぐように顔を上に向け、口から煙を立ち上らせる男はその後倒れ込む。

 

「嘘だ・・・・・種を超越した私が、『彼女』に選ばれたこの私がぁ・・・・・!?」

 

打ち破られたオリヴァスから、呻き声が漏れる。恐怖にわななく瞳の中に、眼前で見下ろしてくる濡羽髪赤緋の双眸の『エルフ』の姿が揺らいでいた。

 

「お前はこの世に存在してはならない」

 

無情にオリヴァスに向けて発したフィルヴィスは、オリヴァスに向けて鈍く光る短剣を振り下ろした。

 

「・・・・・」

 

跪いた姿勢を立て直して、額に突き刺さったオリヴァスから視線を逸らして赤緋の瞳を天井に向けた。頬を濡らす涙は何なのかフィルヴィスの鎧として力を貸した一誠しか彼女の心を感じられない。

 

「―――――飛んだ茶番だな」

 

「!」

 

絶命した男へ突風のような速度でレヴィスが横からオリヴァスの体を無造作に掴み、そのまま距離が離れた場所まで退避する。石英(クオーツ)大主柱付近で止まったレヴィスは、同胞とは思えない無遠慮にオリヴァスの体を地面へ放った。大空洞からモンスターの姿は消え、レヴィスの敵は集結する。

 

「分が悪いな」

 

それだけ漏らしたレヴィスは敵を眼前にしながらも、手刀を、オリヴァスの胸部に突き刺し、極彩色の魔石を勢いよく引き抜いた。血に濡れた極彩色の『魔石』を見据え、核を引き抜かれたオリヴァスは、モンスターの末路と同じく、呆気なく灰となって人の原型を崩した。

 

「撤退せざるを得ない、か」

 

オリヴァスから摘出した『魔石』を口の中に含み、噛み砕く。ぺろり、と紅い舌が唇を舐めた。

 

『・・・・・時間切れだ』

 

すると、フィルヴィスの全身から真紅の閃光が迸ったと思えば、何時の間にか一誠が彼女の隣に立っていて、

疲労困憊と窺わせる全身で息をするフィルヴィス。

 

「俺達がいるのに逃げる気か?」

 

「化け物のお前と対等に戦えるのはまだまだ足りない」

 

魔石(オリヴァス)』を食らっても一誠に未だに力が劣ると述べる彼女には、味方も、モンスターも残っていないにもかかわらず、謎の冷静と余裕があった。レヴィスは背後の石英(クオーツ)を見上げる。

 

「この大主柱は食糧庫(パントリー)の中枢だ。これが壊れるとどうなるか・・・・・知っているか?」

 

―――まさかっ!?

 

「―――嫌な事をしてくれるなお前!?」

 

石英(クオーツ)の表面を撫でるレヴィスは一誠が叫ぶほどのことを仕出かす。拳を握られ、腰を捻り、横殴りの一撃を大主柱に叩きこまれる。儚い赤光を帯びていた石英(クオーツ)の柱にたちまち竜の爪痕のような巨大な亀裂が生じ、罅が天辺まで上がったかと思うと、次には甲高い破砕音が轟かせた。磨耗していた大主柱はとうとう倒壊してしまう。そして、連動するかのように食糧庫(パントリー)の天井が崩れ始めた。

その中でレヴィスは(おんな)の胎児を無理矢理強引に石英(クオーツ)から引き剥がしていた。

 

「この中に入れ!」

 

虚空に巨大な景色が見える穴を出現させる一誠にアスフィ達は、理解をするより早く言われた通り拘束された謎の集団を引きずりながら穴の中へ飛び込むように入っていく。

 

「『アリア』、五九階層へ行け」

 

アイズに対してレヴィスは話しかけた。

 

「丁度面白いことになっている。お前の知りたいものが分かるぞ」

 

「・・・・・どういうこと、『アリア』―――その名前をどこで!?」

 

「さぁな。だが、薄々感づいているだろう?体に流れる血が教えているはずだ」

 

「っ・・・・・!?」

 

はぐらかさないで、答えてっ!と張り叫ぶアイズが崩壊する中で跳びかかろうとしたが一誠の翼で胴体に巻きつかれてしまって身動きが取れなくなった。

 

「お前自ら行けば、手間が省ける」

 

一誠に緑色の瞳が向けられる。一誠に傍をいられると強引に連れていくのは一苦労、と意味を含ませるレヴィス。彼女はアイズを見つめ、目を細めた。

 

「地上の連中は私達を利用しようとしている・・・・・・精々こちらも利用してやるさ」

 

最後は独白のように言ったきり、レヴィスは口を開かず、その場に佇むのみだった。

 

「アイズ!?」

 

「早く来なさい!」

 

ティオネとアスフィに催促の呼び掛けをされ、緑色の瞳とかわしていた視線を切る。一誠の足が地上に繋がる穴へ向ける最中アイズは空間の最奥から動かない赤髪の女。降りしきる岩の奥に姿を消すまで、アイズは彼女と視線を絡ませ続けた。やがて、一誠とともに穴の向こうへと潜る。

 

 

この日、24階層の食糧庫(パントリー)は崩落した。冒険者の一行は、何とか脱出することに成功したのだった。

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