オラリオで自由気ままに過ごすのはダメだろうか(一時完結)   作:ダーク・シリウス

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冒険譚28

【ロキ・ファミリア】の『遠征』が間近に迫った頃の夜。幹部クラスのメンバーは『豊饒の女主人』に訪れ―――。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

いつぞやの腕相撲を再び行って、今度は特注で鉄製の台の上で一誠とガレスが周囲から応援、声援の声が飛ばされる中、ギリギリでまたもや一誠の勝利と終わった。

 

「ふはははっ!またしても俺の勝ちぃっ!」

 

「おのれ、またしても負けてしもうたわいっ!」

 

良いものが見れたと客達も賑やかになって騒ぎ始める。勝って喜ぶ一誠と「ダンジョンで鍛え直すとしよう」と再挑戦に燃えるガレス。

 

「で、最近顔を出さなかったのに珍しく幹部全員で来たな」

 

「ははは、今度からは顔を出すようにするよ」

 

「そうしてくれ。はい、小豆クリーム味のジャガ丸君」

 

待ってましたとばかり、アイズが金目を輝かせて一心不乱、夢中で食べ始めるその姿に山吹色のポニーテールのエルフは「か、可愛いですアイズさんっ」と参っていた。

 

「まあ、丁度良かったかな」

 

「うん?」

 

「―――フィンとティオネの結婚式場、どこがいいかな?って話を聞こうと思っていたところだったんでね」

 

「・・・・・イッセー、その話を今ここでしないでくれるかな。抑えきれなくなるからさ」

 

アマゾネス(姉)が獲物を狙う蛇の如くフィンを凝視し、「じゅるり」と何時でも襲える準備を支度していた。

 

「嫌か?ティオナじゃダメって言うなら、知り合いの小人族(パルゥム)の少女がいるんだが?」

 

一誠の発言で初めて「本当かい?」と食って掛かったフィン。

 

「ああ、パーティを組んでよく実のなる宝石を、宝石樹がある『大樹の迷宮』に潜って『木竜(グリーンドラゴン)』を倒しているから勇気はあるほうだぞ」

 

「あの木竜(グリーンドラゴン)を?君と一緒にかい?」

 

「俺が弱らせて、おこぼれを与えている感が大きいが、それでももう一人の仲間と一緒に倒している」

 

明らかに酷烈(スパルタ)なことをしている一誠であった。その冒険者達は下級冒険者であろうにとフィンは心の中で苦笑いを浮かべる。

 

「その小人族(パルゥム)の娘の名前はなんて言うのかな?」

 

「リリルカ・アーデ。今後有名になるだろう【ヘスティア・ファミリア】のサポータだ」

 

「―――君、サポータになんて酷烈(スパルタ)なことをしているんだい」

 

もはや、冒険者の中で最弱と言われても過言ではない職業の冒険者とは思わなかったフィン。潜在能力(ポテンシャル)Lv.4のモンスターとサポータを戦わせる冒険者がどこにいようか。いや、目の前にいた。

 

「うわ・・・・・イッセーって悪魔だね」

 

顔を引き攣らせるティオナに「むっ」と心外そうに声を漏らす。

 

「失敬な。それなりの武器や道具(アイテム)を与えているほうなんだぞ」

 

「どんなもの?」

 

「それは秘密だ。道具(アイテム)に関しては【ヘルメス・ファミリア】の店にでも行け。販売しているから」

 

話は終わりだと仕事に戻る一誠を見送り、

 

「団長・・・・・まさかとは思いますが、他の女に会いに行こうなんて考えはしていませんよね?」

 

目に光がない、異様なプレッシャーを放つティオネに対し、フィンは冷や汗を流す。どう応えようか苦笑いを浮かべていれば助け舟とばかり、リヴェリアが問いかけてきた。

 

「フィン、我々はどう行動をする?」

 

「ンー、一気に『深層』へ移動できるならそうさせてもらいたいんだけど、彼は大勢でもそんなことができるかな?」

 

「出来る、と思う」

 

アイズが話に加わり、小さく頷く。同じく転移魔法を体験したティオナやレフィーヤも同意と言葉にしたり肯定と表現する。

 

「そうか。なら、できるならば僕達は50階層に移動しよう。そこで少数精鋭で59階層に行く」

 

「だったらさフィン。イッセーのことだから『竜の壺』に落ちて一気に58階層に行くつもりだったらどうするの?」

 

「リヴェリア達が何時も体験して、無事に行けれているから僕達もそうするつもりだよ」

 

「大胆なことを考えよるのぉフィン」

 

「速く辿りつけれるならそれでいいじゃねーかよ」

 

団長の思いきった発言はアイズ達が少なからず驚く。過去、階層無視の攻撃に遭って58階層まで落下し、体力と道具(アイテム)を含めた装備を失い、58階層で迷宮攻略を断念している。それを再び【ロキ・ファミリア】は行おうとしているのだ今度は一誠を含めて。

 

「そこでレフィーヤ。イッセーに壁を走らされて『並行詠唱』をできるようにされたのよねー」

 

「うん、当然のように酷烈(スパルタ)をやるイッセーに度肝を抜かされたよー。『出来なかったらそこで死ぬぞ』って言われてさ」

 

昔話を語る風にヒリュテ姉妹はレフィーヤを見ながら発した。当の本人は当時のことを思い出したようで若干顔を青ざめて肩を震わす。アイズから「大丈夫?」と心配されている山吹色の髪のエルフを他所に、古参のメンバーが言葉を交わす。

 

「リヴェリア、もしかしなくても彼は色々な意味で凄いんじゃないかい?」

 

「・・・・・ああ、私もたまにそう思う時がある。だが、イッセーが課す試練を乗り越えれば確実に強くなっているのは実感できる」

 

「なるほどのぉ。儂も一度酷烈(スパルタ)の試練を受けてみるか。どれだけ過酷な修行なのか体験してみたくなってきたわい」

 

顎髭に手を添えそう述べるガレス達の会話に狼の耳を傾けつつも興味がない風に装って骨付き肉を噛みつくベート。

 

「小豆クリーム味、おかわり」

 

「ま、まだ食べるんですかっ!?」

 

「へい、お待ち」

 

「準備がいいですね!?」

 

「俺はアイズの給仕担当みたいだからな。いつでもどこでもジャガ丸君を提供できるように気を配っているのさ」

 

一誠に度肝を抜かされ、アイズの給仕担当という言葉にジェラシーを感じるレフィーヤ。それはつまり―――。

 

「はい、アイズ。あーん」

 

「あーん」

 

目の前でアイズに餌付けをしている権利を持っている一誠であると道理なのだ!

 

「美味しいか?」

 

「うん・・・・・美味しいよ」

 

「それは良かった。ほれ、もう一度。あーん」

 

「・・・・・あーん」

 

気恥ずかしそうに。だが、好物の食べ物を目の前に出されては口を開けずにはいられない。瞑目して可愛い口を開けて、でき立てで一口サイズに切ったジャガ丸君をアイズの口の中へ入れた一誠。

 

「・・・・・恥ずかしいよ」

 

「俺としては微笑ましい限りだが?ほら、もう一回」

 

また餌付けされてはもきゅもきゅと咀嚼する、頬を羞恥で朱色が散らばるアイズにニコニコと温かい眼差しを向ける一誠。その光景はまるで・・・・・。

 

「・・・・・お兄さんだ」

 

「お兄さんね」

 

「お兄さんじゃのー」

 

「うん、お兄さんだね」

 

ティオナ、ティオネ、ガレス、フィンが同じ思いを抱いたことを口にした。四人とも、ほのぼのとした表情で見守る。リヴェリアは静かに一誠とアイズを見守り、「調子に乗りやがってっ」と一誠を睨んで唸るベート。そして―――。

 

「~~~~~っ」

 

羨望と嫉妬に焦がれるレフィーヤ。自分もあんな自然にアイズと接したいっ、と憧憬を抱くエルフの少女は一誠に対してライバル心を抱いた。

 

―――○●○―――

 

「それじゃアテネ、皆。【ロキ・ファミリア】の『遠征』に行ってくる。長く掛かると思うけど早めに帰ってくるように善処するよ」

 

早朝。最大派閥の『遠征』に付き合う一誠を送るアテネ達。

 

「イッセー、『同胞』がいたら絶対に保護してくれよ」

 

「けがしないで、帰ってきてね」

 

「さっさと終わらせて帰って来なさい。待っているから」

 

家族に見送られる中、待ち合わせ場所として指定された中央広場(セントラルパーク)へ翼を羽ばたいて向かう―――。

 

八本のメインストリートが集結する都市中央の広大な空間には、多くの冒険者が朝早くから人波を作っていた。武装した少年、少女、偉丈夫達がサポーターを引き連れてダンションへこれから挑んでいく。多くの種族の人間がエルフとドワーフを左右に伴っている小人族(パルゥム)の前に待機していた。空から見下ろしていると、どこからか無遠慮な視線を感じる。視線は真っ直ぐ一誠(じぶん)に向けられていることに察し、魔天楼施設最上階に目を向けた。

 

「やれやれ、面倒くさい女神に目を付けられたな」

 

最上階に向かって手を振って地上へ降下する。

 

「おはよう、フィン」

 

バサッと【ロキ・ファミリア】の真上から降りたって団長である小人族(パルゥム)に話しかけた。

 

「来てくれて感謝するよイッセー。これで全員だ。見たところ武装はしていないようだけど、大丈夫なのかな?」

 

「おいおい、ガレスに二度も腕力で勝った俺だぞ?拳だけでも十分だ」

 

「次こそは負けんわい」

 

『遠征』前に別な意味で燃えるガレス。

 

「まぁ、俺の出番はそうそうないだろうし、フィン達だけでも頑張ってくれ」

 

「あははは、退屈だけはさせないように心掛けるよ。さて―――」

 

フィンは碧眼の瞳を真っ直ぐ自派閥の団員達に視線を向けて口を開いた。

 

「―――総員、これより『遠征』を開始する!」

 

間もなく、舞台の正面でフィンが声を張り上げた。バベルを背後に置く【ファミリア】の首領に、周囲の者達は向き直った。団長の宣言が、この場にいる全ての団員達の耳朶を震わせる。多くの者がそうであるように、誰もがフィンを見つめながら、奥にある白亜の巨塔―――その下にあるモンスターの巣窟を思い馳せた。暗い地中の奥深く、迷宮の深層域に。既にアイズ、リヴェリア、レフィーヤ、ティオナ、ティオネが60階層以上進んでいるが【ロキ・ファミリア】全体では未だ到達階層数は58階層留まりである。

 

「君達は『古代』の英雄にも劣らない勇敢な戦士であり、冒険者だ!大いなる『未知』に挑戦し、富と名声を持ち帰る!!」

 

大通りから、広場の隅から、建物の窓から。住民、冒険者、都市の誰もが【ロキ・ファミリア】の出立ち、その行く末を見守っている。

 

「犠牲の上に成り立つ偽りの栄誉は要らない!!全員、この地上の光に誓ってもらう―――必ず生きて帰ると!!」

 

団員達がぐっと拳を作る中、頭上に広がる蒼穹にしばしの別れを告げるように、フィンは息を吸い込み―――号令を放った。

 

「遠征隊、出発だ!!」

 

上空に鬨の声が響き渡る。団員達の雄叫びに囲まれながら、一誠はアイズと視線がぶつかり、ともに頷いた。

 

―――頑張ろう?

 

―――特にお前らだろうけどな。

 

【ロキ・ファミリア】、遠征開始。

 

「それで、俺はどこまで送ればいい?一気に50階層か?」

 

「いや、僕達は地道に進むことにした。帰りは君の魔法でやってくれ」

 

―――え、マジで?一誠の中で早くアテネ達のもとへ帰る予想が大きく狂い、覆った瞬間だった。

 

「皆が恋しいぜ・・・・・」

 

「すまない。だが、『遠征』とはそういうものだよ?」

 

「くそ・・・・・こうなったらフィンという抱き枕で寝てやる」

 

「止めてくれっ。ティオネが暴走してしまう」

 

「なら、ティオネに抱き枕にさせてやるよ」

 

「君は僕に何の恨みがあるというんだい?」

 

第一部隊と第二部隊と編成が組まれ、一誠はフィンとリヴェリアが率いる第一部隊、アイズ、ベート、ティオナにティオネと、第一級冒険者七名という錚々たる顔ぶれが揃っている部隊に組まれた。彼ら以外にもサポーターなどの団員(メンバー)は額が大きく晒しているツンツン頭の黒髪の青年、ラウルを始めとする第二級冒険者達が多い。第二部隊は残る第一級冒険者であるガレス、さらにレフィーヤといった魔導師達。先鋒隊より多い人員が組み込まれている。

 

「ねえねえ、ティオネ。どうして他の【ファミリア】の人達がパーティに交ざってるの?あの人達、雇ったサポーターって言うわけじゃないんでしょ?」

 

道幅の狭い『上層』での混雑を避けるため二分された部隊が進んでいく中、ティオナが背後を振り返りながら尋ねる。自分達の後を付いてくるとある鍛冶大派閥(ファミリア)鍛冶師(スミス)達の存在に、彼女は今頃になって気付いた。

 

「馬鹿ティオナ。前の遠征の撤退理由、もう忘れたの?」

 

「?」

 

「彼等は鍛冶師(スミス)だ。ティオナ」

 

「あぁ!」

 

呆れ返るティオネと丁寧に説明するリヴェリアの話を聞きティオナは合点がいった表情を見せる。

 

「イッセー」

 

「なんだ?」

 

前を歩いていたアイズが隣に歩く一誠に声を掛けた。

 

安全階層(セーフティポイント)で野営をするのは知っている?」

 

「まー、どこかで休眠しないといけなくなるのは当然だろうな」

 

「うん・・・・・だから私と付き合って欲しいの」

 

付き合うって、何をだ?首を傾げる一誠の気持ちを察して具体的な願いを漏らした。

 

「あの時の、18階層でした模擬戦をしてほしい」

 

「ああ」と合点がいった表情を見せる一誠。そう言えば、あれからアイズと勝負なんてしてなかったなーと思い出した。

 

「いい、かな?」

 

遠慮気味に尋ねるアイズを肯定と首を振った。

 

「いいぞ。特に何もするわけでもないから暇になる」

 

了承をしてくれた一誠に感謝の言葉を述べると、背後から二人の会話に加わってくるティオナが一誠の背中に抱き着いた。

 

「なになに?イッセーと勝負するならあたしも混ぜてー!」

 

「ティオナ・・・・・?」

 

「別に構わないぞ。何人増えようが同じだからな」

 

「よーし!絶対に勝ってやるんだからー!」

 

天真爛漫なアマゾネスの少女を背中で受け止めながら、じゃれ合うように言葉を交わした。何時も自分に抱きついてくるティオナが一誠に抱きついた。異性に抱きつくなんて初めて見たとアイズの感想で、ちょっぴり一誠を取られてしまったような悔しさが胸の中で湧き上がる。だからアイズは行動を起こした。

 

「ん・・・・・」

 

せめての抵抗、一誠の手首を掴んだ。

 

「へぇ・・・・・」

 

アイズの変わり様をフィンは興味津々に見つめていた。リヴェリアも珍しいものを見た、と感心して翡翠の双眸を金髪金目の少女へ視線を送っていた。

 

「彼、アイズを変えてしまうほど仲がいいんだね」

 

「同世代でオッタル並みか、それ以上の実力を持つ冒険者はイッセー以外いないからな。それに気兼ねなく接することができる環境と、あの者の性格と心の広さがアイズを変えてしまったのだろうさ」

 

「友達以上恋人未満・・・・・かな?」

 

かもしれん、と二人の少女に纏われる真紅の髪の少年は確固とした足取りで前を歩み進んでいる。

 

「リヴェリア。彼が僕達と同期の仲間になっていたら、アイズはどうなっていただろうね」

 

「イッセーに夢中になっているかもしれないな。ティオネがお前に夢中になるように」

 

「・・・・・ははは」

 

苦笑いを浮かべるフィンと実際にそうなっている現実を脳裏で思い浮かべて、愉快そうに口元を緩ます。

 

「ロキに頼んで一時期でも【ロキ・ファミリア】の仲間にしてほしいと神アテネにお願いでもして貰おうかな」

 

「了承してもらえば、アイズ達はさぞかし喜ぶだろう」

 

その為にはロキが頑張って貰わないといけなくなる話なのだが、アイズの頼みとあらば苦渋に満ちた表情で頷いてくれるだろう。

 

「ねぇねぇ、イッセー。あたし達の仲間にならないー?改宗(コンバージョン)してさぁ」

 

「無理無理。俺は女神アテネを一筋に生きるつもりなんだ。それ以前にあの女好きで酔っ払い親父な女神に敬うことはできないって」

 

「・・・・・残念」

 

しっかり本人に口で勧誘したが、断われたことで団長と副団長は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「うん、交流を目的に誘おう」

 

「熱心だなフィン」

 

「彼みたいな人柄は見たことがない。僕等を畏怖すら抱かず、同等の立場で接する下級冒険者は面白いじゃないか」

 

フィンも珍しく一誠を求めていた。一誠の背中に刻まれている【ステイタス】のレアスキルの影響か、と思わずにはいられないリヴェリアの翡翠の双眸は、ティオネとベートまでもが一誠とアイズに集い始め、『遠征』であるにも拘らず騒ぎ始める。

 

「てめぇっ、いい加減に調子に乗るんじゃねぇーよ!」

 

「イッセー、この煩い狼の言葉なんて気にしなくても良いよー」

 

「アイズ、おねーちゃん。怖いよー(ロリ狐バージョン一誠)」

 

「出たわね、幼児バージョン」

 

「・・・・・ベートさん、煩いです」

 

冷たく言い放ってガーンッ!とショックを受け固まる獣人の青年を他所に、気にせず小さくなった一誠を胸に抱き絞め、金目を爛々と輝かせるアイズ。

 

「・・・・・まったく緊張感がない連中だ」

 

「気を張り詰める階層でもないけどね」

 

呆れるリヴェリアと微笑ましいと目を細めるフィンは―――そこで鋭く顔を上げた。

 

「・・・・・四人か」

 

「どうやら、僕達の『遠征』を知らない冒険者達がいたらしいね」

 

アイズ達も気付いたようで反応をして、パーティ全員が視線を向ける中、差しかかっている十字路の右手から、四名の冒険者達が取り乱した形相で接近してきた。頻りに後ろを振り返り、あたかも何かから逃げだしているような様相である。

 

「なんだろう、やけに慌てているね」

 

「放っておけ―――なんてティオナがしないわけがないか」

 

実際に「ねえっ、どうしたのー?」とティオナが冒険者達に話掛けていた。驚いた彼等は今さらアイズ達の存在に気付いたのか、慌てて目の前で足を止めた。

 

「な、何だお前っ?って・・・・・げえっ!?ア、【大切断(アマゾン)】!?」

 

「ティオナ・ヒリュテぇっ!?」

 

「ていうか、【ロキ・ファミリア】!?え、遠征!?」

 

こちらの素性を察した冒険者達は途端に尻込みし始める。二つ名を呼ばれ恐怖されるティオナがぶつくさに不満げな表情を浮かべている他所、嘲笑と侮蔑交じりでベートが彼等に何をやっているのだと問うた。フィンとリヴェリアが近づいた時だった。

 

「・・・・・ミノタウロスが、いたんだ」

 

「・・・・・あぁ?」

 

「だからっ、ミノタウロスだよ!あの牛の化け物が、この上層でうろついていやがったんだ!」

 

押し殺した声音から張り裂けそうな叫びを出す冒険者達に、ベートは一瞬動きを止める。呆れながら成り行きを見守っていた他の者達も、『中層』出身のモンスターが『上層』に現れた異常事態(イレギュラー)に、顔色を変えた。

 

「・・・・・申し訳ない。貴方がたが見たものを、僕達に詳しく聞かせてもらえないだろうか?」

 

「あ、ああ・・・・・」

 

部隊を代表して歩み出るフィンに、冒険者達のリーダー格の男は語り始める。

 

「さっきまで何時も通りダンジョンを探索していたら、広間(ルーム)に繋がる一本道の奥で・・・・・ミノタウロスを見つけたんだ」

 

そして彼は、青ざめさせながら、言った。

 

「それで、白髪のガキとサポーターが襲われているのを見て、でも俺等っ、あの化け物の咆哮(ハウル)に当てられて逃げてきちまって・・・・・!」

 

「・・・・・フィン、独断行動をさせてもらうぞ」

 

その時だった。元の大きさに戻った一誠が冒険者の話を聞いた途端に一人、通路の奥へと駆けだした。【ロキ・ファミリア】随一の俊足を誇るベート・ローガよりも迅い足取りで。

 

「はやっ!?って、イッセー!?アイズも!」

 

「アイズ!?何やってんだ、お前ら!」

 

―――遥か後方に置き去りになるティオナとベートの声。部隊を放り出し、『遠征』中であることも忘れ、アイズは必死に一誠の後ろ姿を追った。どこにいるか分からない襲われている白髪の少年の冒険者の居場所を把握しているような移動をする一誠に。

 

「(まさか、ベル坊達がミノタウロスに襲われているとは・・・・・)」

 

胸中で少なくない焦心を抱く。以前もミノタウロスと戦わせた。だが、それは一誠も同伴だったからこそ安全性が高かった。しかし、今回は頼ってくれる自分がいない時に限ってミノタウロスと遭遇(エンカウント)した。対処方法は教えてある。だが、あの時のベルは―――ミノタウロスにトラウマを抱いていることを知ってしまった。

 

「(もうすぐだ。待っていろ―――)」

 

遭遇(エンカウント)するモンスターを無視して走行を一切緩めない。正規ルートを駆け抜け瞬く間に9階層まで踏破する。背後にアイズが着いてきているのを悟り―――遥か彼方から猛牛の遠吠えが響いてきた。

 

「死ぬなよ、ベル坊、リリっ」

 

二人の気を探知して、それを頼りに向かう一誠と追うアイズ。燐光が灯る通路内を走り抜け、いくつもの広間(ルーム)を一過する。そして、目と鼻の先とも言える二人がいるであろう地帯(エリア)直前の最後の広間(ルーム)に突入したところで―――。

 

「止まれ」

 

一声が投じられた。その声は、その声の主を知っている一誠の足は止まっていた。広大な長方形の空間。モンスターも同業者も存在しない場所で、彼は一人、立っていた。防具をする巌のような巨躯。二Mを超える身の丈。鋼鉄と見紛う筋肉で編まれた強靭な四肢。錆色の短髪から生える獣耳は獣人、獰猛と知られる猪人(ボアス)の証であった。髪と同じ錆色の双眸が、現れた一誠の顔を真っ直ぐ見据えている。

 

「・・・・・オッタル」

 

目の色を変え、一誠は視線の先の人物を見つめた。彼の掠れた呟きに呼応するように、男は錆色の双眸を細める。

 

―――【フレイヤ・ファミリア】首領、オッタル。

 

【ロキ・ファミリア】に対敵する第一級冒険者である。

 

「奇遇だな。ここでお前と会うとは。だが、お前と構っている暇はないんだ」

 

本当に構う暇はないと急ぐように駈け出す一誠を―――無造作に横殴りして一誠の足を阻む。

 

「何のつもりだ・・・・・?」

 

片手の平で顔に直撃する拳砲を受け止めた状態で隻眼の瞳で睨んだ。その睨みを受け止めるオッタルは左肩に背負っている巨大な背嚢を壁際まで放り投げ、

 

「あの時の続きを、手合わせ願おう」

 

その発言と同時に拳を突き出した。首だけ動かし、かわして一誠はオッタルから離れ感情がない声音で尋ねた。

 

「どうあっても俺を行かせないのか」

 

「勝負を預けた。ならば、相見えたならば再戦を臨むのに理由では足りんか?」

 

オッタルも冒険者。ここにいるのは不自然ではないが、ここに留まっていたオッタルに疑問が浮かぶ。しかし、邪念を振り払い言った。

 

「これ以上、龍の逆鱗を触れるととんでもないことが起きるぞ」

 

「ならば、俺を倒してでも行けばいいだけだ」

 

「―――ああ、そうかよ」

 

徐に眼帯を外し、濡羽色の右眼を解放した。

 

「アイズ、先に行ってくれ」

 

「うん、分かった」

 

背後から一誠を通り越そうとするアイズにそう言ってオッタルに飛び掛かった。アイズの行く道を阻ませないためにだ。

 

「お前を倒してやる!」

 

闇色に包まれる一誠はニ対四枚の紋様状の翼を生やし、黒い両腕、肌という肌に入れ墨のような紋様が浮かんでいて、黒い長髪と塗り変わっており、腰に黒い尾を生やした出で立ちの姿で最強の冒険者に襲いかかった。

 

「―――なんだ、その姿は」

 

驚愕ごと全てを粉砕せんと拳を突き出した。その正拳突きを―――一誠は体で受け止め、オッタルの腕を抱えた。

 

「肉を切らせて骨で切る・・・・・」

 

「なに・・・・・?―――っ!?」

 

オッタルの顔に動揺と当惑の色が浮かんだ。体から急激に抜ける力。風船に入れた空気が抜けて行くような感覚を覚え、地面に膝を付いた。

 

「何をした・・・・・っ!」

 

「単純な事だ。お前から体力を奪っただけに過ぎない。この状態の俺にな」

 

まるで悪魔を彷彿させる一誠が口の端から血を流しだす。オッタルの拳の一撃はそれほどまで深く重かった証拠だった。

 

「流石の最強の冒険者も体力が無くなれば戦闘不能状態に―――」

 

その言葉を遮るようにオッタルはもう片方の拳を一誠に突き出した。しかし、あっさりと受け止められさらに体力が奪われる。

 

「・・・・・っ」

 

「なるだろう?」

 

そして・・・・・ついに一誠の前で巨躯の体が地面に倒れ、ひれ伏した。こんなあっさりと、主神の女神が夢中になっている下級冒険者の少年に倒された。その現実に突き刺さるオッタルは錆色の目を一誠に視線だけで殺せそうな睨みをする。その睨みに対して完璧に受け流し、

 

「これで勝ったつもりはしない。だが、俺を妨げたり俺の家族に手を出したら・・・・・完膚なきまでに叩きのめしてフレイヤを天界に送還するからな」

 

それだけ言い残して回復薬(ポーション)をオッタルの顔の傍に置いて先に行かせたアイズの後を追う一誠。倒れるオッタルはしばらくそのままの状態で体力の回復を試みている矢先。

 

「・・・・・オッタル?どうして倒れているんだい?」

 

フィン・ディムナが怪訝な目で声を掛けてきた。

 

「・・・・・フィンか」

 

倒れたまままるで旧来の友のように接するフィンを見上げた。他にも絶世の美貌を持つ王族(ハイエルフ)狼人(ウェアウルフ)、二人のアマゾネスが現れる。

 

「見たところ外傷はない・・・・・精神枯渇(マインドゼロ)ってわけでもなさそうだし・・・・・何が遭ったんだい?」

 

猪人(ボアズ)の傍に置かれている回復薬(ポーション)を手にして、オッタルを仰向けにして飲ませれば奪われた体力が回復したことを実感すれば上半身を起こす。

 

「・・・・・あいつは何者だ」

 

「あいつ?」

 

「神アテネの眷族だ」

 

誰のことなのか直ぐに悟り、そして、オッタルをひれ伏した原因はなんなのか理解し、胸の中で驚愕しつつ首を横に振る。

 

「分からない。僕等も知りたい方だよ」

 

「・・・・・そうか」

 

起き上がったオッタルは壁際にある背嚢を掴んで地上へ戻ろうとする。

 

「一言言っておく」

 

「うん?」

 

「奴は危険だ。何か隠している」

 

フィン達にそう告げ、立ち去った。残されたフィン達はオッタルの発した言葉に様々な思いを抱くが異性とアイズを追い掛けることに優先した。そして―――フィン達は見た。満身創痍、血だらけで防具やローブがボロボロになりながらも互いを守り、カバーし合い、見事にミノタウロスを撃破した若い二人の冒険者の冒険を、勇士を。アイズ達は瞼の裏にその光景を焼き付け、二人の名前を忘れないだろう。

 

 

だが―――。地上では一誠にとって最悪な出来事が起きていた。

 

―――○●○―――

 

「おい・・・・・本気でやるのかよ」

 

眼装(ゴーグル)の男に不安げな声が投じられる。空っぽの黒檻に腰を下ろして足を投げ出している眼装(ゴーグル)の男は「当然だ」と返した。鎖のなる音が響く暗闇の中で数人の獣人やアマゾネス、ヒューマンが集っている。

 

「もう居場所を掴んでいるんだ。夜に紛れれば見つかりはしねーよ」

 

「あのガキはどうするんだ。結構強いだろ」

 

「なぁーに。人質を確保すれば手も足も出ねって。それにここ数日見張っていないことを確認しているんだろう?」

 

「ああ・・・どうしてだか知らないが。確かに見掛けない」

 

それが好機とばかり穂先が捻じれた赤い槍を肩にトントンと柄で叩く眼装(ゴーグル)の男は口の端を狂喜に吊り上げた。

 

「前回は失敗したが、今回は成功する。お前らもしくじるなよ。―――最悪、アレをしなくちゃならねぇからな」

 

一誠のいないところで悪意はとどまることを知らない。

 

 

 

『豊饒の女主人』の夜は繁盛していた。しかし、一誠がいなくなって既に三日が経過している。今夜も賑やかでアテネ達は笑顔を客に向けて注文の料理を運び続ける。

 

『今日も女神様は綺麗だなぁー』

 

『なんのっ、狐ッ娘の春姫ちゃんが可愛いだろう!』

 

人魚族(マーメイド)・・・・・なんて麗しいのだろうか』

 

『あのアマゾネス。すげぇそそるぜ・・・・・』

 

『おいおい、それを言ったら新しく働くことになっているカルラの姐さんの方が―――』

 

鼻の下を垂らし、美女達の容姿に魅かれている男性客。ますます『豊饒の女主人』に働く女性店員が今後も増えるかもしれないという期待を胸に膨らませ楽しみにしていることが歴然だった。

 

「とても冒険者とは思えないことをしてますわね」

 

「【アテネ・ファミリア】の冒険者は皆、この酒場に働く決まりみたいなものだよ」

 

「私達はもう慣れたけれどね」

 

客に酒や料理を運び、擦れ違いざまに会話を成立させる。今日も今日とて変わらぬ夜を過ごす―――。

 

「いらっしゃいませニャー!」

 

猫人(キャットピープル)のアーニャが新たな客の応対に向かった。顔を隠すほど深く被ったフード付きのローブの数人の集団だった。素性を明かさないよう肌と顔を隠すことは冒険者でもすること。さも気にせずアーニャは店内へ客達を招き入れる様にリューは怪しさを醸し出す客達に訝しみながらも己の仕事に意識をして一瞥する。

 

『―――よし、やるぞ』

 

『ああ』

 

酒場の外では・・・・・顔に仮面を被っている謎の集団が酒瓶に詰めた布に火を付け―――『豊饒の女主人』の屋根や壁に投げ放った。甲高く割れた酒瓶の中に入っていた液体に火が引火し、瞬く間に燃え広がって包みこもうとする。

 

「・・・・・ん?なんか焦げ臭くねえか?」

 

「あ?そうか?」

 

一人の犬人(シアンスロープ)が訝しく鼻を引く付かせる。同席している仲間のヒューマンはそんな臭いはしないと否定するが、嗅覚が優れている獣人は通り過ぎようとするアテネに問いかけた。

 

「女神様。なんか焦げ臭いんですが」

 

「焦げ臭い?厨房の方かしら」

 

ミアに尋ね、厨房は焦げ臭くないか確認を願ったが。料理の腕が無い料理人はいないと断言して、実際に厨房の方にも確認したが焦げた臭いを発する原因すら窺えない。

 

「ごめんなさい。厨房ではないみたいだわ」

 

「そうですか?でも、なんか・・・・・段々臭いが強くなっているんですけど」

 

「・・・お前、まさかだと思うけど。女神様の匂いを嗅ぎたくて出まかせな事を言ってんじゃねーだろうな」

 

「ばッ!んな罰当たりな事を俺がするかよ!?」

 

仲間にからかわれ「違いますからね!?」と必死に顔を青ざめて弁解する犬人(シアンスロープ)に苦笑いを浮かべた。嘘を言っていないことを悟っているアテネは仕事に戻った。

 

「―――おい、お前らっ!」

 

それからしばらくして。焦燥の色を顔に浮かべ、中年のドワーフが酒場に駆け込んできた。何だ何だ、と顔や目を酒場の出入り口にいるドワーフに目を向け、店員や客達が耳を傾けている様子を見て大声で張り叫んだ。

 

「今すぐここから出ろっ!この店、燃えてんぞ!?」

 

『・・・・・はっ?』

 

酒場が燃えている?店内の中は火災が起きている様子はどこにも見当たらない。しかし、ドワーフの発言は嘘ではないとアテネはミアに視線で頷いた。

 

「お前達。一度店から出な!」

 

女将からの大声での指示に客達やシル達、店員達も行動を開始するその直後。ローブの集団が一斉に立ち上がって、ローブから火炎瓶を構えて天井や床、壁に投げ放って引火を起こした同時にウィルとレリィーに肉薄した。

 

「「っ!?」」

 

燃え盛る酒場。逃げ惑う客と店員達。その混乱の中を便乗して人魚族(マーメイド)の二人を狙うその行いを誰もが目を丸くして驚愕する。

 

「まさか―――!」

 

アイシャは何かを察した。人魚族(マーメイド)を狙った犯行はこれで初めてではない。あの時はダンジョンの中でしてやられたのだ。まさか地上でも二人を誘拐しようとする輩がいようとは。

 

「何者かは知りませんが。彼女達に触れるな」

 

一人だけ、冷静に動いていた店員がいた。疾風の如く、小太刀を袖から取り出して襲撃者達を迎撃、一閃する。

ローブの集団の間に一瞬だけ動揺が走ったが、ローブに隠していた得物を取り出して襲いかかった。

 

「酒場になんてことをしてくれたんだお前らああああああああああっ!!!!!」

 

元第一級冒険者の威厳を惜しまず発してローブの人物の一人の胸倉を掴んで床に叩きつけた。アイシャもカルラも一誠直伝の体術や格闘術を駆使して応戦する。

 

「三人とも、私から離れないで!」

 

非力な春姫と襲われ掛けたウィルとレリィーを庇うアテネはリューに声を掛けてともに外へ出た。

改めて酒場を見た。夜を灯す巨大な焚き火と化している『豊饒の女主人』を。完全に火の勢いは激しく、消火活動をしても終わった頃には全焼しているだろう。

 

「そんな・・・・・」

 

「ミャー達の家が・・・・・」

 

愕然と一誠とアテネが住み込みで働くようになる前から働いていたシル達は目に焼き付ける。働き慣れた酒場を、家も当然だった思い出のある場所が燃える光景を。

 

「アテネ様。イッセー様をお呼びした方がっ・・・・・」

 

「ええ・・・・・緊急事態だわ」

 

春姫の指摘に同意と一誠を呼ぼうとしたアテネの背後から蠢く影が―――。

 

「―――うわっ、モンスターだっ!?」

 

悲鳴と叫びがアテネの耳朶を刺激した。反射的に振り返った灰色と青色の双眸は鈍く光る突起物が迫った。

 

 

「―――っ!?」

 

ベルとリリを魔天楼施設の医療室へ運び終えて『中層』まで行き進んでいた一誠が隻眼の瞳を大きく見張ってバッと上を向いた。その視線は上の階層で塞がれた天井より先―――地上を見据えていた。

 

 

「どうしたのー?」

 

「・・・・・イッセー?」

 

アイズ達が何かに反射的で反応する一誠を不思議そうに声を掛けた。

 

「・・・・・アテネ?」

 

 

―――胸に鈍い衝撃が襲った。何が起きたのか思考が停止し、視線を下に向けると柄の長い槍がいくつも豊かな胸を貫いていて神の血を濡らしていた。槍の柄の先に視線を向ければ。

 

「「「・・・・・っ」」」

 

目に浮かんでいる恐怖、カタカタと体を震わしてアテネを見つめる異形のモンスター達がいた。

 

「ゴ、ゴメ・・・・・ン、ナ・・・・・サイッ」

 

「ひ、ひぐっ」

 

「ウウウ・・・・・」

 

―――喋った。モンスターが喋った。リド達と同じ理知を備えるモンスターに攻撃された。何かに怯えて、何者かに強いられて。アテネはその事実に目を丸くしたまま西のメインストリートの真ん中に倒れた。

 

「アテネ様っ!?」

 

「こいつら、喋った・・・・・!」

 

悲鳴を挙げる春姫達。アテネを攻撃したモンスター達は首に繋がった首輪の鎖を暗闇の向こうから引っ張られて闇に消えた。

 

「アテネ様、しっかりしてください!」

 

「女神様っ!」

 

槍が突き刺さった状態のアテネに必死で声を掛ける。種族問わず、派閥問わず、酒場で美しく働いた女神に叫んだ。

春姫が、ウィルとレリィーが、シルが、アーニャが、クロエが、ルノアが、涙を流して必死に。常連客達も、皆―――。その中で、自嘲気味にアテネが微笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「・・・・・ダメ、ね。このままじゃ、私は死んじゃうわ」

 

「そんなこと、言わないでくださいっ。アテネ様なら、この傷を治せるはずですっ」

 

「・・・・・無理よ。私はそこまで、天界から許されたわけじゃないのよ」

 

一誠でも知らない事実を打ち明ける。神の力(アルカナム)の使用条件の代わりに致命傷を負ったならば即天界送還と天界で決められていたのだった。

 

「アイシャ・・・・・お願いがあるの」

 

「なんだい」

 

「・・・・・ごめんなさい、って、イッセーに謝って・・・・・?」

 

「・・・・・バカだね。そんなこと、自分で言いなよ」

 

それは無理よ、と苦笑いを浮かべる。

 

「皆・・・・・ごめんなさい。後は、自由に生きなさい。どこかの派閥に入るのも良し、故郷に戻るのも良し。自分の意志で・・・・」

 

「そんなっ。それじゃイッセーが悲しむわよ!」

 

レリィーが泣き叫ぶ。そうだ、一番アテネを愛しているのはイッセーなのだ。そんな遺言みたいなことイッセーに言えるはずがない。アテネはニコリと微笑んだ。

 

「そうね・・・・・あの子、泣いちゃうかも。だけど、別れの時が来ることをあの子は知ってる」

 

震える腕を満月に伸ばした。「離れて・・・・・」とアテネの静かな発言に苦渋に満ちた表情、悲哀に満ちた目を、女神に向けながら離れる。これから女神(アテネ)がすることを周囲の者達は察した、悟った。

 

―――一つの魔法円(マジックサークル)がアテネの傍で発現した。それから発する光の中から・・・・・。

 

「・・・・・」

 

感情が宿っていない、仰向けに倒れているアテネに目を向けている一誠が現れた。

 

「・・・・・嫌な予感を感じて、戻ってみれば・・・・・」

 

胸に刺さる数本の槍を胸に生やすアテネを見下ろし、愛おしい女神にこんな目に遭わせた者達に対する怒りと殺意に支配されそうになる一誠は、過去に一度―――大切な者を守れなかった記憶が鮮明に甦った。あの光景とは違うが、状況は同じだった。悔しい念を胸中に抱いて跪き、アテネの頭を抱え出す。夜空へ突き出していた手を握り締めて寂しげに問うた。

 

「アテネ・・・・・死ぬのか・・・・・?」

 

「・・・・・馬鹿ね・・・・・。

 ただ、天界に戻らなくちゃいけなくなるだけよ。・・・・・死なない為に」

 

「なら・・・・・また会えるんだな」

 

泣きそうになりながら笑みを浮かべ、アテネの頬を添える。

 

「・・・・・それは叶わないわ。一度天界に戻った神は二度と下界に降りれない決まりなの。だから、貴方とはもう二度と・・・・・」

 

アテネの声を大声で遮った。

 

「絶対にお前を迎えに行く!」

 

「―――っ!?」

 

「俺を誰だと思っている。【アテネ・ファミリア】の、アテネの眷族だぞ!死なず天界に戻るだけなら、俺はお前がいる天界に行ってお前をこの世界に連れ戻してやる!そしたらまた、お前の眷族にしてくれよアテネ!」

 

これから永遠の別れをするはずなのに、一誠は天界から連れ戻すと宣言した。そんなことできるはずがないのに、とアテネは心中で漏らす。だが・・・・・アテネは嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「ええ・・・・・もしも、天界から連れ戻したら・・・・・貴方を誰よりも先に私だけの眷族にしてあげるわ」

 

小指を突き出すアテネ。

 

「そしたら・・・・・私と結婚してくれる・・・・・?私を貴方のものにしてくれる・・・・・?」

 

彼女の小指を一誠は小指で絡め、優しくつつも固く、強い絆を結んだ。

 

「ああ・・・・・結婚しようアテネ。俺の愛しい女神」

 

「・・・・・嬉しいわ」

 

女神と呼ぶに相応しい綺麗な笑みを浮かべたアテネ。満月の月光がスポットライトのように一誠とアテネを照らし、包む。幻想的な光景に面々は心を奪われ、目を離せない。

 

「何時までも天界で待っているわ」

 

「待っててくれ。必ず、必ずお前を迎えに行く」

 

互いの視線を絡め、約束を交わし、愛が籠った口づけを交わした―――。

 

―――パチンッ。

 

指が弾いた音が小さく西のメインストリートに響いた次の瞬間だった。アテネの周囲に光の球が無数に浮かび上がり―――一誠とアテネを中心にドンッ!!と凄まじい轟音とともに巨大な光の柱が夜空に立ち昇った。逆行する大瀑布のように、天空に突き刺さる光の柱。

 

             愛しているわ イッセー

 

               俺もだ アテネ

 

 

 

 

 

「・・・・・ウラノス、神アテネが天界に送還されたそうだ」

 

「・・・・・アテネの子供達はこれからどうするつもりなのだろうか」

 

後日、【アテネ・ファミリア】の主神アテネの天界送還が瞬く間にオラリオ中に知れ渡った。

 

「わからない。だが、彼は―――イッセーは天界に行くつもりでいるようだ」

 

黒衣の人物、フェルズの発言を、蒼色の双眸を一瞬だけ丸くした。それが事実だとすれば・・・・・。

 

「生きたまま神々の領域に足を踏み入れる術はあるのかい?」

 

「下界の子供達が我々神の世界に行くためには魂の状態でなければならない」

 

死んで魂の状態で天界に行かないといけなくなるのだ。

 

「不可能ということか・・・・・。残酷な事だが、これでオラリオは・・・・・平穏に戻ったと言えるべきかウラノス?」

 

オラリオに降りた神々を、下界に降りったった神々を天界に送還する女神がいなくなったことで下界に永住する神々にとっては安心できる日々を得ることができただろうと。フェルズの問いにウラノスは目を細めた。

 

「アテネを天界に送還した者達の素性を調べねばならない。協力してくれる一柱を失ってしまった」

 

「・・・・・そうだね。その時、武装したモンスターが神アテネを攻撃した目撃者が多数いたことも報告が挙がっている。件のリド達を狙う狩猟(ハンター)かもしれない」

 

「アテネの子供達は・・・・・辛い思いをさせる」

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