小松基地の隊員食堂。そこは今日を戦い、明日を生きる自衛官達の腹を満たす糧食班の班員達の戦場。そこには自衛官の制服に混じって、何処か海軍を思わせる青い制服に身を包んだ女性が3人居た。
「お兄様、遅くないですか?」
そう零すのは青い制服に身を包んだ女性の内の1人、片宮詩鞍だ。
「今日はお休みですが……」
にしても遅いと腕時計で時間を確認するのは同じ制服を着る片宮詩苑だ。その言葉に漸く慣れて来たが未だに不恰好に持っていた箸を置いて口の中の食べ物を飲み込んだのは同じ制服を着たベルクトだった。
「バトラさんは昨日は大変でしたから」
時刻は昼飯時、それでも今日一日中で姿を一度も表していない仲間の1人、バトラを心配する。
件の人物だが、前線となっている小松基地に新人教育の一環でMS社所有の訓練機の一機が老朽化が原因か高G機動で尾翼が捥げる現象が発生、沿岸部だった事もあって、まずは訓練生を射出座席にて射出、教官席だったバトラは機体を何とか海まで持って行った後に脱出したのだが、真冬の日本海をバタフライで泳いで基地に帰って来る事故があった。
そんな真冬の日本海バタフライ事件の当事者はと言うと……
「お昼になって姿を見せないと思ったら……」
このご時世ではあり得ないが、このバトラという男、休日返上で働こうとする。労働環境に煩いアメリカ企業のMS社では目の上のたん瘤とでもいう存在だった。
そんな人間が昼まで惰眠をむさぼる筈が無いと白シャツにカメオを付けた白のスカーフ、暗く濃い紫のコルセットスカートを付けた何処かのお嬢様を思わせる少女、ファントムはバトラの部屋を訪れていた。
「39.1度……解熱剤は飲みますか?」
ベットに横たわるバトラにファントムは優しめの声で声を掛けるが、その奥には呆れと怒りが孕んでいた。が、当の本人は熱による倦怠感もあってか声を出さずに首を横に数回降るだけだったが、それを見たファントムは青筋を立てつつも、何も言わずに迷う事なく勝手に薬箱を取り出して解熱剤を探し始める。
「(熱による倦怠感。特に呼吸は熱で荒いだけ、鼻詰まりはありませんが、喉の腫れは凄いですね。唾を飲むのも辛そうですし、首を動かすのもゆっくりで小刻み、関節痛も凄いみたいですね……今の所は完璧な風邪の症状。解熱剤を飲ませて自己診断を聞き出しましょう……)」
ファントムはバトラの行動や表情、その他の情報から純粋な風邪だと判断するが風邪に近い別の病気も疑い、取り敢えずは解熱剤を飲ませて自己診断をさせる事にする。
が、部屋の主に何も言わずに道具を探し出したファントムに対して、バトラに元気が有れば何も言わずに迷う事無く、薬箱を取り出した事に突っ込むのだろうがそんな事に気付けない位に熱でグッタリとしている。
「全く、パイロットはただでさえも過酷な環境に置かれるんですよ。あんな事があったなら予防で薬を飲むとかですね」
解熱剤を取り出すとコップに水道水を入れてお盆に乗せるとベット脇に戻りながらお小言を零す。
それが追撃になったのかバトラは更にベットに身を鎮めるが、ファントムは御構い無しにお小言を漏らしながらバトラの上半身を起こす。
お小言を漏らしながらもそのお小言は普段は違って柔らかい物であり、看護をしてくれる事には変わりない様でベットで寝返りをする事すら億劫だったバトラは黙って抵抗する事なく為すがままに上半身を起こされる。
ファントムは器用に右手でバトラが倒れない様にしつつ、左手でお盆から解熱剤を取り出してバトラの口に入れると水を含ませる。
解熱剤は風邪の治りが遅くなるが故に飲まないバトラだが、ファントムの負担になるから早く出て行けと言う意味もあったのだが、ファントムにはお見通しだったらしく、看護をされる事となる。
「軽くお粥でも作って来ますから、寝ていて下さい」
解熱剤は直ぐには作用しない。その時間を利用してファントムは風邪で食べ易く、尚且つ栄養価に優れた料理を作るべく部屋を出て行こうとする。
「ふぁんとむ……」
「はい?」
扉のノブに手を置いた瞬間に消え入りそうな程に小さなバトラの声を聞いたファントムが壁から顔を覗かせるとバトラはベットに倒れたままの姿勢で暫く待っても次の言葉が出ない故に寝言だろうと視線を外すと今度こそドアを開けた瞬間。
「ありがと……」
ファントムはその言葉が寝言だとわかっていても気恥ずかしくなり、顔を赤くしながら後ろ手に扉を閉めると早歩きで廊下を去って行った。
「「あ」」
ファントムがバトラの部屋を出て1時間か2時間ほど経った頃。
バトラの部屋へと目指すファントムと流石に遅過ぎると様子を見に来たベルクトが廊下が鉢合わせをする。
「それは?」
耐熱性のタッパーに入れられた白い物体を見たベルクトが小首を傾げる。
ファントムはこれ幸いとベルクトにその先の看護を任せると言って、耐熱性のタッパーに入れたお粥を押し付ける様に渡すと足早に去って行く。
彼女はさも自然な流れでお粥を作ったは良いが完成してタッパーに詰めたタイミングでこれを自分がバトラに食べさせないといけない事に気付くと気恥ずかしさから頬を朱に染めたまま戻らない状況に陥っており、任せられるなら誰かに押し付けたいが自分から頼むはプライドとバトラを狙うライバル達に弱みを見せる事になると思うと頼めないでいた。が、ベルクトが様子を見に行くと言うならば丁度良いとお粥を押し付けて消える事にする。
押し付けられたベルクトだが、タッパーの中がお粥だと分かるとファントムが既に見舞いに行き、食事が取れるないしは取れる状態にまでして部屋を出て行ったのだと判断するとベルクトは。
「(ファントムさんも律儀と言うか公平と言うか)」
内心でファントムが看病を譲ってくれたと完結して意気揚々とバトラの部屋に向かうが移動中にお粥は冷めてしまったいたので入室すると同時に首を振って電子レンジを見つけるとバトラが寝ているであろうベットに視線を向ける。
「ん? ベルクトか。ファントムはどうした?」
解熱剤で熱が下がったからか、意識レベルの回復が見られたバトラは壁の向こう側から顔を覗かせる白い髪を見てベルクトだと判断すると手招きをしながら呼び寄せる。
自分が来たのに他の女性の名前を出されるのは同じ恋する乙女としては面白くないベルクトだが、先にファントムが来ていた事、電子レンジの操作音などを考えると不思議に思うのも仕方ないと納得し、脇に座るベルクトだが……
「すまん、すまんって(サーシャもこんな事あったな)」
顔は如何にも拗ねてますと言う風に唇を尖らせてそっぽを向くベルクトにバトラは失礼だと思いつつも今は亡きウィングマン、サーシャに前隊長の未来奈の事を話す時にこんな顔をしてなと、辛い中での何気無い風景を思い出して懐かしさを感じずにはおられなかった。だが、懐かしさに浸る余裕はバトラには無い。どうしようかと思っているとレンジのベルが鳴り、温めが終わった事を知らされる。
「まー、なんだ……頼めるか?」
気恥ずかしそうに話すバトラにベルクトは内容を察したのか、不機嫌な顔から一転、直ぐに頼られた事が嬉しいと言う風な笑みを浮かべると足取り軽やかにレンジに入れたタッパーと食器を取りに行く。
こんな事で機嫌を良くしたり悪くする女性と言う生き物に対してバトラは純粋に『わからない』『大変そう』『扱い易い』『取扱注意』の言葉が脳裏に浮かぶが、ベルクトの影が見えた瞬間にはそれを心の奥底にまで撃墜する。
「さぁ、どうぞ。
ベルクトはそんなバトラの脳裏に気付かず、ベットに斜めに腰掛けるとお碗に移したお粥をスプーンで掬い上げて、さも当然の様に自身の息を吹きかける事で冷ましてから突き出す。
「熱いので気を付けて下さい」
自分で食べようと腕を突き出そうとした瞬間の自然な動作を見ていたバトラは顔を赤くしながらも自分で食べると言った際の面倒ごとを考えると言い出せず、黙って口を開けて、食べさせて貰う。
「ファントムさんもシャイですよね〜。お粥を作ったのに、来ないだなんて」
ほんわかとした笑みを浮かべるベルクトだが、肝心のバトラはお粥は日本のそれではなく、少しすり潰した米を使う中華粥だった事でその食べ易さに驚くが、直ぐにその驚きは無くなり、名状し難き味に脳内が占領される。
「あ、うん。そうだね」
ベルクトが首を傾げたのを見て反応を示すバトラにベルクトは何食わぬ顔で次を勧める。
バトラは味の事を取り敢えず感じない様に雛鳥の様にお粥を体内へと流し込んで行く。もしもこのお粥が中華粥でなければ出来ない芸当で有るが故にその辺りはファントムに感謝するバトラだが、完治して病み上がりで無くなったら必ず制裁を下すと心に誓いながら、全て食べ終えたバトラはベルクトにそれらしい言い訳をして直ぐに横になる。
死んだ様に倒れたバトラだが、ベルクトも解熱剤で下げる前は高熱だったのだろうと判断すると直ぐに自分が居ては休まらないだろうと直ぐに部屋を出た。
治ったバトラはファントムを相手にコマツ・チェイスとも言うべき逃走劇・追走劇を展開した後にファントムは八代通の元へコブラツイストを掛けられた後に連行、検査が行われた結果……
「間抜けが見つかったか」
その結果は味覚に関する部分にエラーが確認された。
ファントムみたいな子に看病されて、ベルクトみたいな子にアーンしてもらいたい人生でした。