第8巻スタートです! 7巻? 知らない子ですね。
「俺は世界を……救わない」
慧の紡いだ言葉に少し離れた位置に座っていたバトラも他のメンバー同様に眉を潜める。
赤いモンゴルの西日が覆うエプロンの中でグリペンが長い睫毛を伏せながら嘆息をする。
「貴方がそれを言うのは7回目」
グリペンの乾き切った声を聞いてバトラの脳内が混乱する。少なくとも此処までの付き合いで世界を救うとは聞いても世界を救わないなんて意味の言葉もバトラは聞いていないのだ。
グリペンには言っているとも思えたがそんな筈は無いとバトラが頭の中で否定するとグリペンに口が動く。
「ドーターを占拠して『〈球殻〉に行けないよう破壊する』と言い出したのが2回、部屋に籠城してサボタージュを宣言したのが3回、私ごと第3国に亡命して戦線を離脱しかけたのが1回」
バトラの脳内がいよいよわからなくなってくる。
少なくとも慧がグリペンの言った様な事をすれば騒ぎになるがそんな事をしていないのは確かだ。つまり、バトラの脳が理解出来ているのは、今の2人は周りを置いてけぼりに出来る次元で会話をしていると言う事だ。
そして、グリペンが慧にだけ聞こえる声で何かを告げたのは口の動きでバトラが察すると慧がストレッチャーに手を突く。そして直ぐに立ち上がろうとするが生まれたての馬の様に途中からドサリと倒れるがにじりよってグリペンに必死の形相を向けている。
そして慧は何かに縋る様に幾つも何かをグリペンに投げるがグリペンは無表情のまま、台本を読み上げる大根役者の様に何かを告げると慧は突然にやめろと叫びながら走り去って行く。
「慧さん!」「おい、鳴谷君!」「慧さん!」
慧を呼ぶ声に本人は無視して去って行くとバトラが無言で追うとするファントムを制して1人で走り始める。
慧は採掘場の筋交いに指を這わせて地面にプレハブの壁をつたう様に崩れ落ちる所だった。
「やっぱりか……」
バトラの影が慧の頭に被さる。
慧は緩慢とした動作で顔を上に上げると手を伸ばしただけで焼き尽くし、消し炭に変えそうな程にグロテスクな赤で真っ赤に焼けただれた南モンゴルの空に浮かび上がる様にバトラの白髪と白い肌に青い目が浮かぶ。
その顔にはやはりと言わんばかりに呆れた表情だ。
「何もかもを焼き尽くしそうな空だが、実際には熱を奪う空だ」
バトラが斜めを上を見上げながら告げる。
バトラの言う通り禍々しい程に焼けた空だが、気温は夕陽が吸い取っているのでは無いかと時計の針が動く度に気温は下がり、世界を凍てつかせる様だった。
「静かな場所だよな。何があった?」
今日の作業は何も無いのか静まり返った採掘場と飛行場が静寂を生み出し、砂埃だけが寂しげに舞っている。
それが慧には粘性のうねりを帯び、精神を襲い、身体が重く、頭は怠く感じていると耳に優しく問い掛けるバトラの声が聞こえる。
「しゃべるのも辛いか? 実際にお前は息が止まっていた。知っているか? 息が止まるって事はそれだけで生命の危機に瀕する。そんな状態の後で全力ダッシュ。そりゃそうなって当たり前だ。担いでやるから戻って診断を……」
受けろと言う前に慧の自暴自棄に陥った者や狂気に飲まれた人間がする様な笑い声を上げる。
「(まずい!?)」
ヴァラヒヤ事変でこうなった仲間は何回か見た経験からバトラの脳内で警笛が鳴らされる。
こうなったパイロットは盛大に足を引っ張るか直ぐに死ぬ。
「どっちだ!? こいつはどっちだ!?)」
自暴自棄や狂気に陥った奴では対処は変わる。バトラは無意識に摺り足で後ろに下がると腰に下げた銃に指を掛ける。
目の前の奴に無条件に襲い掛かる時があった経験から初弾を外して脅す覚悟をしるバトラの前で顔を地面に向けた慧の口が動く。
「なぁ、知ってるか? 俺たちがやって来た事は結局共食いなんだぜ?」
何を話しているとバトラの中で警戒心が増して行く。
「千年先に滅亡するか今滅亡するかの違いだけで必死にもがいてる。もの凄い量の資源と命を消費して、何の救いにもならない戦いを繰り返しているんだ」
慧の顔がゆっくりと上に上がる。その顔は狂気にも自暴自棄にも陥っていない。強いて言えば、絶望と無気力に埋め尽くされ、翡翠の様な目は苔が増え過ぎた水の様な緑色をしている。
「そんな濁った目をしていたか? 俺の知るお前の目は空に憧れて、必死に戦う者が持つ澄んで強い目だった。今のお前は……無様だ」
怒りが孕んだ声に慧は乾いた笑みを漏らすだけだ。
「バトラは……戦うのか?」
「当然だ」
「全部……何もかも無駄なんだよ」
「何?」
「何もかも無駄なんだよ!」
バトラを心の闇で塗りたくるかの様に告げるとバトラは見下す様な目を向ける。
「言っている意味がわからん」
「ザイを倒しても倒さなくても結果は同じ。だったらスパって終わらせた方がいい」
「何を考えている……それは……」
敗北主義者のそれだ。そんな言葉を吐き出そうとする前に慧はこのまま世界が滅ぶに任されば良いと告げる。
「言葉通りだよ。無意味な抵抗は止めて、ザイに全面降伏しようって言ってるんだ!」
「ッ!! 貴様! 世界の全てを知ったつもりか!!」
バトラが慧の襟を掴んで立たせると鬼の形相で叫ぶ。
「ふざけるな! 貴様程度の人間にそんな事を言う権利も資格も無い! そんなお前が! 今までの犠牲は! 戦いは全て無駄だと言うつもりかぁぁぁぁ!!」
「何も守れちゃいないんだよ。そして守るべき価値も無い」
弱々しい語る言葉にバトラの腕の筋肉がきつく稼働する。
「あいつが、グリペンが苦しみ続ける続けるだけの世界はなくなっちまえばいい」
それを聞いた瞬間にバトラが反射的に動く。
「ふざけるんのも大概にしろよ!」
慧の襟を掴む腕に力を込めて力任せに地面に引き倒す。
「守る為に飛ぶと決めたお前が、今更に守る価値も無いなんて言う資格は無いんだよ!」
バトラが落ち着かせる様に大きく息を吐くと鬼の形相はなくなり、今度はゴミを見る様な目を慧に向ける。
「お前ならあの領域まで一緒に行けると思っていた……俺の買い被り過ぎだった様だ……ただのガキに……いや、ガキに失礼だ。貴様に空を飛ぶ資格も権利も無くなった。敗北主義者が空を飛ぶな。空が穢れてしまう」
そうとだけ告げるとバトラは慧を放って何処かに歩き去る。
バトラは上を見上げながら思い出す。初めて傭兵として空を飛び始める時に無理だと前席のパイロットに呟いた時に前席のパイロットは笑っている様な口調で話した。
『無理だって? 空の戦士が戦う前から諦めるなあらゆる手段は試したのか? 敗北主義者は空を飛べないし飛ぶ資格は無い』
「(そうですよね。貴方のその言葉があるから今もその資格がある……)」
バトラが慧の言葉を思い出す。
『あいつが、グリペンが苦しみ続ける続けるだけの世界はなくなっちまえばいい』
「(違うだろう? その状況を脱する為に立ち止まったら何も変わらない。未来を変えられるのは人間だけだ。何も行動しなければ、何も変わらない)」
何か変えたい物が有るのなら考えて行動を起こすべきだが慧はそれを無意味・無駄と言って思考停止・行動停止をしてしまっている。そんな奴が空を飛ぶなどバトラには許せなかった。
バトラは慧が戦力外だと言う印象をバーフォードだけに伝えた。八代通に報告しなかったのはバトラの言う権利は資格と言うのは飛ぶ者にしかわからない独善的とも言える者だからだ。
「それは八代通を理解するだろうが、一応、私からも話しておこう」
お互いに話は終わりだと言わんばかりに頷くと受話器がなる。しかも、本社からの緊急電がある時に指揮官クラスにだけ伝える事がある時にだけ鳴る青い受話器、通称名で青電だ。
バーフォードが素早く取り出すと顔を仰天に変えてバトラに目線だけを向けながら何かを話す。バトラにはわからないがアラビア語だ。話せる人間が少ない言葉であるが故に万が一聞かれても何とでも言い訳が効きやすい。
青い受話器を戻したバーフォードがバトラに顔を向ける。
「お前はベンベキュラと言う基地を知っているか?」
「英国空軍の基地がある島だったな。確かAJZ戦闘機の配備とドーターがトライアルしてる基地だっけか?」
「そうだ。そこが今日の未明。甚大な被害を受けた」
ベンベキュラ基地は慌ただしかった。と言うのは些か語弊がある。こう書くと全ての基地が慌しく見えるだろうが実際に慌ただしいのは英国唯一のAJZ戦闘機部隊。グローリアス・ハリアーズの機体と人員だけだった。
「リリウムさん! 本当に出るんですか!」
正規の命令がありませんよと発進の準備をしながら叫ぶとリリウムと呼ばれたブロンドの髪に美しい水色の瞳を持った美少女と美女の間程の人物はヘルメットを被りながら叫ぶ。
「タイフーンがザイだって言うのよ! レーダーにも肉眼でも映らない相手だけど空に出ればこっちのものよ!」
整備兵は叫ぶ姿に珍しいと思いながらも発進の準備を終えて、格納庫から出ると一足以上も早く発進の準備を終えた他のハリアーⅢが既に機体の全てを格納庫から出していた。
<<遅いわよ!>>
隊長機と思しき機体が叫ぶとリリウムは通信機ですみませんと答えながら滑走路に進入すると4機は揃って離陸を開始する。
武装は対空ミサイルに対空用にチューンされた20mmガンポッドだ。
4機は独断先行とも言える様子で離陸すると管制塔から降りて来る様に命令をするが4機は揃って無視をして基地上空で旋回飛行を続けるとリリウムが空から落下するドラム缶の様な物を見つけるとペガサスエンジンを稼働させてその場で機首上げを敢行し、対空ミサイルを発射後ロックオンで放つ。
ミサイルは自由落下するだけのドラム缶に命中すると空中にラフレシアの如く巨大な炎と黒煙の花を咲かせると爆風と爆炎が基地と上空にいたハリアー達を襲う。
リリウムも爆炎と爆風に煽られて機体の制御が出来ずにコクピット内で叫ぶだけだったが途端に何かが折れてもげる様な音が聞こえる。
そして、今度はドラム缶に詰められて回されている様な感覚を受けてから身体に静止感が戻る。
「早く出ないと!」
取れたキャノピーから機体の外に出ると急いで機体から離れる。燃料や弾薬の引火で爆発で死にたくは無い。だが、機体は運が良いのか火を出しておらず爆発する様子は無かったが戻る気になれなったリリウムが基地の方に首を向ける。
「何なのこれは……」
そこには地獄のキノコと言いたくなる様な黒いキノコが基地上空に生えていた。
イギリスが部隊になったと言う訳でイギリスの彼女が登場しました。