オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい――   作:どりあーど

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2話

「――と、言うことです。……正直、突飛な話だとは思っています」

 

モモンガの説明その物は五分とかからなかっただろう。何せ、まだ分かっていることの方が少ない。

突如意志を持って動き出したNPC。表面上は設定どおりに忠誠を示している彼らのそれが不変である保証がないこと。また、それ以外の部分での人となりが分からず、最悪、反逆の可能性があること。

スキル・魔法は基本的に使えるものの、なにか効果に変化が有ったならば思わぬ形で足を掬われると言う事も有り得る。

故に、もしもの時の備えとして第八階層・宝物殿への籠城準備を整えていることなどをモモンガは語った。

語られるにつれて、半ば放心状態だったチンチラの意識も現世に舞い戻って来たのだろう。モモンガの言葉が締めを迎えると、どうやら頷いたような雰囲気が<伝言>ごしに返された。

 

『コンソール、ログアウト……こっちでも出来ませんね。なるほど、分かりました』

「……本当に分かってます? 正直不安なんですけど、本当に分かってますか?」

『わ、わわわ分かってますよ!』

「ならいいんですけど」

 

とは言え、どうにも心もとない。何をどうしたら金貨の山で、――いや、その現場に居らず、全く状況の分からないモモンガが言えた事ではない。

追及したいと言う気持ちをぐっと堪えたモモンガは、思考を切り替える。

 

「それで、これからどうするかなんです。……後三十分程で守護者が第六階層に集まることになってます。もしナザリックから出るのなら、その間に第一階層まで転移してしまえれば簡単なんですが」

『転移機能が生きてるかと、外がどんな状況かまだ分からないってことですね。後はナザリックに留まるのなら、どこかで……いえ、出来るだけ早く階層守護者たちの忠誠心を確かめておかないといけませんし』

「その通りです。だから俺はこの後第六階層に行って、その確認をしようと思います」

 

危険かも知れない。だが、それは状況が全く分かっていない外に行っても同じだろう。

どちらも危険だと言うのなら――そして、仲間たちと築き上げたナザリック大地下墳墓を想うのならば今ここはやるべきだ。そう、そのはずだ。

いや、しかし、もしかしたら自分は仲間たちの作り上げたNPCを疑いたくないと思っているからこんなことをしようとしているのか。だとすれば自分がしようとしていることは友人を危険にさらす我儘か――。

懊悩するモモンガの脳裏にチンチラの能天気な声が響いた。

 

『ええ。でもまあ、心配しなくても大丈夫ですよモモンガさん。俺が見た限りですけど、少なくともプレアデスたちは信頼できそうですし、守護者だってきっと――…』

「……チンチラさん?」

 

それが途中で途切れる。

今度は何だ。微かな不安に苛まれたモモンガが名を呼ぶと、返ってきたのはやっべ、と言う小さな呟きだった。

 

『……プレアデス、放っといたままでした。すみませんちょっと顔を見せてきますね。あ、それで俺はどうすればいいでしょうか。一緒に行けば、もしもの時の盾くらいにはなれると思いますけど』

「いやほんと、何してるんですかチンチラさん……。とりあえず了解です。チンチラさんは……時間になったら貴賓席で待機してもらってもいいですか? もしもの時には横合いから殴り付けて隙を作ってください」

『分かりました。得意分野ですからね、任せてくださいよ。隙を作ったら宝物殿に転移で?』

「ええ。もしナザリック内に問題がないようでしたら、外への対応とかを考えましょう」

『はい。それじゃあモモンガさん、また後で!』

「ええ、また後で――」

 

挨拶の後、<伝言>を解除する。

どこか適当な場所に腰でも下ろしたかったが、そこをぐっと堪えるとモモンガは天を仰いだ。

 

「なんか、変わらないって言うか……少し気が楽になったな」

 

どこか抜けている友人と言葉を交わしたせいか、どうとでもなるような気がしてきた。

チンチラが言うにはプレアデスは信頼できるとのこと。ならば仲間たちが作り上げた守護者たちに関しても何をいわんやだろう。

警戒をし過ぎる必要はないのかも知れない。もちろん、それは気を緩めると言う意味ではないのだが――。

中空に視線を彷徨わせる事十数秒。よし、と呟いて気を入れ直したモモンガは実験を兼ねて指輪を起動し、第六階層へと転移していった。

 

 

 

 

――さて、若干時間は巻き戻る。

 

モモンガからの<伝言>――ひいては直々の命令を受け取ったユリは、魔法が解除された後、深く息を吐いた。

それは緊張の緩みからくるものであり、また、至上の人物から命を下された従者としての昂ぶりからくるものでもある。

それを目敏く見て取ったのは彼女に付従っていたメイド――姉妹の内の一人だった。

 

「ユリ姉、なんか嬉しそうっすけど――…今受け取ってた<伝言>って、まさかっすか?」

「そう、そのまさかだよ。……モモンガ様からの勅命です。これよりチンチラ様の自室へと赴きます」

 

心からの喜びを示す様に、ユリは素のままに微笑み――そして、表情を真剣な物に変える。

ことは自らの、いや、このナザリックに在る総ての者たちの絶対支配者たる、至高の四十一人に関わること。

喜ぶのはいい。彼らに仕えることは、ありとあらゆる者にとっての至上の喜びであるのだから。

しかし、だからといって気を緩めてはならない。万一にも過ちが起こらないよう、気を引き締めて臨むべきなのだ。

彼女の姉妹たちもそれを察したのだろう、一様にその表情を硬くした。一列に並び、歩き出す――。

 

磨き抜かれた大理石の床の上、真紅に金糸の刺繍を施された豪奢な絨毯と廊下の左右に、嫌味にならない程度に飾られた調度品。

完璧な調和は――モモンガの命である第九階層の警備の強化の為に配置されたシモベたちによって多少損なわれてはいるものの、それでも神話の宮殿の如き荘厳さは失われていない。

正に至高の存在が時を過ごすのに相応しい階層であり、だからこそ足音を立てる事すら憚られる。しずしずと、しかし可能な限り迅速に。

プレアデスはそれぞれが何らかの前衛職、ないし、気配や音を殺す事に長けたクラスを身に付けている。そのクラスが齎す恩恵を可能な限り発揮していた彼女らだったが、目的地であるチンチラの部屋が存在する一角に差し掛かると、その硬質な気配が揺らぎを帯びた。

調度品に代わり、廊下の左右へと等間隔に並ぶのは絶対者たる至高の四十一人の私室へとつながる扉である。それを目にする度、プレアデスたちの胸中に言い様のない感情が渦巻くのだ。

扉の紋章に、今や大半が去ってしまった至高の御方を想わされて。絡み付くその寂寥感を振り切るように、ユリは緩く首を振り――職務にのみ、その意識を向けんと努めた。

 

目的地まではもう近い。廊下の端の端、扉の向こうに殊更に広い空間があるのだろうという一角。

そこへと辿り着くとユリは足を止め、追従してきていた姉妹たちに向けて振り向いた。

 

「シズ、チンチラ様はご在室ですか」

「――いる」

 

敵手の存在を感知し、把握する事が重要であるガンナーのクラスを持っている妹に確認を取ると端的な答えが返ってきた。

方々に関しての事なのだから、もう少し丁寧に話す様に後で注意をしておこう。

小さな溜息と共にユリはその思考を切り替え、扉へとノックをした。三度、快い音が静寂に満ちた廊下に響き渡る。

 

「チンチラ様。ユリ・アルファです。モモンガ様より、チンチラ様を玉座の間までお呼びするようにと申しつけられております。……チンチラ様――」

 

先ずは一度。少し間を置いて、二度。

返事はなく――暫し迷った末に、ユリはドアノブへと手を掛けた。

先程の、友人を案じているモモンガの声を思い出したためだ。何かが起こっているのなら、無礼を承知で踏み入らなければならない。

その不躾な行為への忌避感を一度歯を噛み締めることで振り払うと、ノブを捻った。

 

「――入室、させていただきます」

 

ゆっくりと扉を開けると同時、目に入ったのは無数の金貨の煌めき。そして詰み上げられた黄金の山の中腹から転がり落ちてくるチンチラの姿。

麓にまで落ちると僅かばかり、俯せに金貨の上を滑り――そのまま、動かなくなった主の姿に、ユリは思わず漏れそうになった悲鳴を押し殺した。

まだ、その姿を見ているのは自分だけだ。冷静に、冷静になれ。もっとも的確な行動を――、そう、まずは介抱。そうだ介抱をしなければならない!

地を蹴ってユリは駆けだした。その姿でただ事ではないと察したのだろう、後を追ってくる妹たちの気配。後ろから何か言われているのかも知れないが、良く聞こえない。今は、とにかく――!

 

「チンチラ様―――!」

「ああ、もうほんと最高だよこれ。なんだかわからないけどすっごく楽しいし、幸せだし……。……はふぅ。――金貨が落ちる音まで気持ちいいとかなんなんだもう! 俺ってこんな守銭奴だったっけ、かな、ぁ……あ、あ?」

 

悲鳴の様にユリが呼びかけるのとほぼ同時に、むくりとチンチラが身を起こした。

名を呼ぶ声に反射的に顔を上げれば、チンチラの目に入ったのは鬼気迫る形相で駆け寄ってくる――若干名、フライの魔法で飛んでいる者も居たが――メイドたち。

状況がまるで理解できず、目を白黒させていたチンチラの目の前でメイドたちの顏から焦りの色が抜け落ちて、代わりに満たされていくのは安堵のそれだった。

すっかり気が抜けてしまったのだろう。覚束ない足取りで歩み寄ってきたユリの膝が、不意に崩れる。

それを支えようと反射的に伸ばされた竜の剛腕を、たおやかな両手が包み込んだ。目を丸くするチンチラの前で、泣き出す寸前の体で跪いたユリが言う。

 

「ご、御無事で――御無事ですか、チンチラ様……! 動く様子がありませんでしたので、何かあったのかと……ああ、本当に……!」

 

良かった、という言葉を形に出来ず泣くメイド。そして、その後ろから集まって来たのもまたメイド。多かれ少なかれ表情を――約一名、仮面をかぶったような無表情だが、仕様だ――歪めながら、口々に繰り返されるのは心からの心配と安堵を示す言葉。

チンチラからすれば自慰後の賢者タイムを見られたかの様なこの現状、数秒動かなかったからと言って涙を流して心配されてしまっては、罪悪感と羞恥心に心を抉られずにはいられない。

だから、言ってしまった。呟いてしまったのだ。素のままの言葉を。ユグドラシルで、ギルドメンバーと騒いでいた時のような軽い気持ちで。

 

「……なにこの状況。死にたい……」

 

その言葉を耳にしたメイドたちの目が見開かれる。漂白されたかのように安堵の感情が抜け落ち、整ったその顔立ちを彩ったのは純然たる哀しみ、そして、恐怖。

またたびにじゃれつく猫のような幸福感から急転直下理解不能な状況に突き落とされ、更に今、見覚えのあるようにも思えるメイドたちの突然の変化に混迷の渦へと囚われたチンチラは、彼女たちと顔を見合わせたまま完全に固まっていた。




チンチラ「不思議と見覚えのあるような美人メイドに賢者タイム見られた死にたい」

プレアデス「ご無事を確認して安心していたら死にたいって言われた……私たちのせいなのでしょうか……」

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