オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい―― 作:どりあーど
……お気に入り数が10倍になっている上、ランキング五位とかこれいかに。
書きたい時に書きたいように書いてるだけのものですが、楽しんでくださっているようでしたら自分としても幸いです。
どうか、まったりのんびり適当にお楽しみください。
べつにほのぼのナザリックにするつもりなかったのになんでこうなったんだろう…
(なんだこれなんだこれなんだこれ)
チンチラの脳内は混乱の坩堝にあった。何故ならば、目の前の状況が理解できなかったからだ。
終わる筈のユグドラシルは終わらず、目の前にあった宝の山はその輝きを増し、それに大興奮していたら――何故かメイドたちが現れて百面相の披露会だ。
二転、三転とする状況に置いて行かれ、それでも何とか追い縋らんと足掻くチンチラは、まずは今目の前にある状況を一つ一つ、噛み砕いていくことにした。
先ずはメイドたちを見る。人数は五人。一人目は艶のある黒髪を夜会巻にした眼鏡の女だ。身に纏っているのは軽装鎧にも似たメイド服。チンチラの腕を取っている手には、棘の生えた厳ついガントレットが装着されている辺り、ユグドラシルに措いてはモンクのクラスを修めていたのではないかと推測された。
次に、ストロベリーブロンドの眼帯の少女だ。全体的に小柄なのだが、目を引くのは迷彩のマフラーと腰に提げられた銃。そういえば、純ガンナーと言うのはユグドラシルではあまり見なかったな、とチンチラは場違いな思いを抱いた。
更にポニーテイルの黒髪と、褐色肌の赤毛のメイド。前者は他の者と比べて殊更に鎧染みたデザインのメイド服に、後者はその背に負った巨大な聖印に目を惹かれる。装備からして、共に魔法職――ウォー・ウィザードとバトル・クレリックだろうか。
そして、最後。これがチンチラには最も異質な存在に感じられた。他の四人はその表情を歪めていると言うのに、この一人のみがまるで無表情なのだ。格好は、一言で言うならば和装メイドだろうか。しかし、良く良く観察してみれば髪に見えるのは蟲の脚。そう言えば、ムシツカイのクラスに仮面状の蟲を召喚して変装するとか言うスキルが有ったような気がする――。
「―――ん?」
薄々と何かを感じていたチンチラが、明確に思い当たる物を感じたのはその時だ。
その顔立ちに、そうだ。見覚えがあるのだ。確か、ナザリック第十階層、大広間の守りを任せたNPCであるセバスの配下にある、メイドたちの内の一人。
「もしかして、エントマか?」
「――はっ、はいぃ!」
視線を合わせてその名を呟くと、一拍遅れて上擦った声が上がった。涙声にも似た声色だ。
なぜその様な反応になったかと言えば、直前のチンチラの発言によるものであり、――メイド服を汚すことすら創造主への不敬と信じる程に忠誠心の篤い彼女は、後々それを心から恥じる事となるのだが今は置いておこう。
して、なぜチンチラがまずエントマに気が付いたかと言えば、その原因は彼女らの顔にある。
ユグドラシルに措いては常に無表情だったかつてのプレアデスたちと、感情のままに表情を変える彼女らの顏がチンチラの中で結び付かなかったのだ。
装備よりなにより、自身を案じる表情、その直後の悲しみに満ちた顔の方に気を取られただけに一人無表情のエントマは目立った。そして、彼女だけが表面上はかつてと変わりない有様だった。
だからこそ、チンチラは気付く。そして、一人目の正体に気が付いたのならば残りのメンバーの名前も自然と出てくる。チンチラも細かい部分はともかく、NPCの大まかな設定と名前くらいは覚えていた。
ユリ、シズ、ナーベラル、ルプスレギナ。そこでチンチラは首をかしげた。彼女らがプレアデスだと言うのであれば、一人足りないのである。
「……ソリュシャンはどうしたんだ?」
「ソリュシャンはモモンガ様の命に従い、セバス様とナザリック外の調査を、しています――」
「――は?」
どうしてそうなった。ユリの答えにチンチラは目を瞬かせる。
ギルドホーム付きになったNPCがギルド外に出るなどと、これまでのユグドラシルでは有り得なかった事だ。……いや、――待て。
そもそもがなぜ自分は会話をしているのだ。サービス終了と同時にユグドラシルがアップデートされたとして――たかがフレーバーでしかない設定テキストに全く忠実なAIでNPCが会話をし、行動する様に設定するなどと、そんな手間を運営が掛ける物だろうか。現実的に、技術的に考えても有り得ない。
じわじわと背筋を這い上がってくるような違和感にチンチラが片手で地を探る。何か縋る物を探して握り締めたのは地面に敷き詰められた金貨であり、そしてそれは――チンチラの手の中で容易く拉げ、握り潰された。チンチラにはそのことが感覚で理解できた。余りにも生々しい感触に、とある思考が脳裏を過る。
――もしかすると、今在るこれは自分にとっての現実になっているのではないか?
そんな馬鹿なことが、と否定しようとしたチンチラが次に気付いたのは自身の肉体に関してだ。
翼に感覚がある。確かめる様に幾度か羽ばたかせてみても、完全に自由になるのだ。今まで存在していなかった器官だと言うのに。
ユグドラシルでは、翼と言うのは半分オートで動く物だった。飛ぼうと感じたならば羽ばたき、翼による殴打を行おうとすればそのように動く。徹頭徹尾自分の意志で動かすような、そんな融通の利くものではない。
なんなのだこれは。モモンガと同様に精神作用無効のスキルがあれば、あるチンチラでも冷静な思考を保てただろう。しかし、チンチラが修めてきたクラスにはそんな便利なスキルはなかった。
即座に現実を受け入れきることができず、途方に暮れたチンチラを現世に引き戻したのは、その手を取っていたユリ・アルファである。
「――チンチラ、様」
おずおずと、まるで叱り付けられた子供が謝ろうとするその時のような調子で言葉が紡ぎ出される。
それだけに気を惹かれた。それだけに無碍には出来なかった。現実から目を逸らす為、無意識に閉ざしていた眼を開いて視線を向けるとチンチラは無言のままに先を促した。
構わない。言ってみると良い。責めはしない、と。何を言われるのかと思うと少々不安でもあったが、聞くべきだと思ったのだ。
「どうか――どうか、お願いいたします」
それに応じたユリの声は震えていた。畏れではなく、恐れ故に。
彼女からすれば至高の四十一人、ナザリックに在る者らの絶対支配者に対して我儘を口にするなどと許される事ではない。
それでも言わなければならない。いや、言いたいのだ。いかな言葉を向けられようとも、いかな沙汰を下されようとも、これだけは伝えたい。
唇を震わせながら、ユリは続けた。
「どうか死をお望みになどならないでください、チンチラ様。私は、お隠れになった御方々ならばいつか――いつか、必ずお戻りになってくださると信じています。……ですが」
真っ直ぐに向けられるユリの視線に、チンチラは僅かにたじろいだ。
余りにも真摯な瞳だ。湛えられた潤みは涙によるものだろう。軽い気持ちで口にした単なる冗談がこれほどまでに相手を動揺させるのか。
自分は――自分たちが、一体どういう存在なのかを直感的に理解したチンチラが無意識に居住まいを正すと、それを待っていたかのように続きの言葉が紡がれた。
「卑小な私たちには、チンチラ様が望む永久の別れは余りにも耐え難いのです。至高の御方を一人死出の旅路に送り出すなど。仕えるべき方を永遠に失うなど。
……どうか、お願いいたします、チンチラ様。その様な事はおっしゃらないでください。それが叶わないのならば――どうか、その旅立ちに私たちの内から共をお連れください」
自ら望んでの死出の旅路、至高の御方は蘇生に応じまい。であれば、それは永遠の別れ。
であれば、せめて、一人だけでも良い。その途に付従う者を。あなた方が望むのならば私たちは喜んで殉じます。だから、だから、どうか。
――ただ遺されるなんて、そんな事には耐えられないから。どうか、消えてしまわないで。いなくならないでください、お願いします。
哀願にも近い、いや、そのものである訴えを耳にしたチンチラはいよいよ罪悪感に耐え切れなくなり、表情を歪めた。
所詮虚構だと笑い飛ばすことなど出来ない。彼女らは、確かに自我を持って存在しているのだと認めざるを得なかった。それだけ、彼女の言葉は胸に響いたのだ。
プレイヤーへの殉死を望むNPCなど、いようはずもない。
「――ユリ」
目の前の相手から、一人一人の顔を、存在を確かめる様に順に見詰めては名を呼んでいく。
「シズ、ナーベラル、ルプスレギナ、エントマ。……それと、この場には居ないがソリュシャンにも伝えておいてくれ。俺――いや、うん。私は何処にもいかないぞ。
皆、鏡を見てみろ。迷子になった子供の様な、今にも泣き出しそうな顔をしている。そんなお前たちを放って何処かに行けるはずもない。自らの信奉者を無碍にするほど情のないドラゴンではないんだ、私は」
「チンチラ様――」
出来るだけそれっぽくと言葉を選ぼうとしたもののどうにもしまらない事に情けなさを感じるチンチラだったが、途端に感激の面持ちになる彼女らを見てこれでよかったのだと一応の納得を得る事ができた。とはいえ、こんなにチョロくて大丈夫なんだろうかとも思ったがそこはそれ、莫大な忠誠を向けられているようだから仕方がないと呑み込んでおく。
だが言うべきことは言った。この肉体が滅びない限りは彼女らの――いや、もしかするとナザリック全体のかもしれないが――忠誠を受け続ける事になるのかと思うと胃が痛むが、しかし、今はそれ以上に心が痛い。状況が落ち付き始めたせいか色々とぶり返してきたのである。
今のチンチラの気分を例えるならば、リストラされて弱音を吐いていた所を子供に目撃された父親が、子供に支えられてようやく立ち直ってきたところで全てを思い出したその瞬間、とでも言った所だろうか。
気分を落ち着けようにも、物理的に視線その他を遮断できるであろう逃避先はと言えばチンチラには唯一つしか思い付かなかった。
「だが、まあ。あんな姿を見られるとな? やっぱり、こう、心がな? 痛いと言うか、情けなくなってくると言うか……少し待っていてくれ、落ち付いてくるから」
「――はい、……あ、いえ、チンチラ様っ! お待ちください!」
「いや、うん。後にしてくれ、後に。五分で終わるから。な? 五分だけだから……」
目の前の彼女らから逃れるために、取られていた腕をそっともぎ離すとチンチラはプレアデスたちに背を向けた。腕を振るって金貨の山を掘り進み、黄金の輝きに埋もれていく。
その背に掛けられた言葉を疲労感たっぷりの――流石にここまでくると耐え切れなかった――声で軽く流しながら完全にその姿を隠したチンチラ。疲れ果てた背中にそれ以上声を掛ける事ができず、見送ることしかできないメイドたち。
敬うべき主の姿が黄金の中に消えてから十秒ほど後、何かが金貨の中に頽れる音が響いた。そして、誰かが駆け寄る音も。
「……ぁぁぁあああ。モモンガ様、申し訳ありません……! 私は、私は――…」
「い、いやいやユリ姉あれは仕方ないっすよ! 私たちだってそうなるに決まってるっす!」
「ルプ、――スレギナ。口調をどうにかしなさい、仕事中ですよ。ユリ姉さんも」
「ナーベラルも、相当……動揺してる」
「あのねぇ、皆ぁ。方々のお部屋なんだから、私、騒ぐのってよくないと思うなぁ」
メイドたちが立ち直ったのは5分の後。
そして、埋もれたままでモモンガのメッセージを受け取ったチンチラが金貨の山から抜け出てくるまでには、更に10分ほどを要したと言う。