オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい――   作:どりあーど

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4話

 

ナザリック地下大墳墓・第六階層、アンフィテアトルム。闘技場を一望することができる貴賓席には、二つの人影が有った。いや、それを人影と言っていいものだろうか。片方はメイド服を纏った女だが、もう一方はと言えば身の丈2m半ばの、人型をしたドラゴンとでも言うべき存在である。

佇む竜の名は魔竜チンチラ。傍らに控える女の名はユリ・アルファ。二人の視線は、コロッセウムの中心――チンチラの友人であるモモンガと、ナザリックの各階層を守護する主要NPCたちへと向けられていた。

 

「まあ、そうなるだろうなぁ」

 

閉ざされた大顎の端を――笑みのつもりなのだろうか――軽く歪めて、チンチラは呟く。

眼下にはモモンガに跪く階層守護者たちの姿が有った。間近に見たモモンガは気付いているだろうか。体格の差があると言うのに、彼らが並んだ位置が綺麗に横並びになっている事を。

先程、プレアデスたちに下にも置かないような扱いを受けたチンチラは、その行いに溢れんばかりの忠誠心が込められていることを直感的に理解することができた。

この分なら何も心配はいらない。モモンガは、問題なくこのナザリック大地下墳墓の全てを掌握するだろう。もしもの時の為に張り詰めさせていた気が緩み、吐息を零す。

そして、ソファへと腰を下ろした。後はこのままのんびりと待っていれば良い。何かあったなら、モモンガは先程も使った<伝言>によって連絡を取ることだろう。

閉じた瞳を開き、再びコロッセウムを見下ろすと、そこには後光やら黒く立ち上るオーラやらを忙しなく放っているモモンガの姿があり――チンチラは思わず、小さく吹き出してしまった。

慌てているなあ、などと思って忍び笑いを漏らす。ついさっき、自分も似た様な状況に陥っただけに気持ちが分かるのだ。

微笑ましげにその光景を眺めていると、新たにセバスの姿が現れ――その暫く後、モモンガの姿が掻き消えた。恐らくは指輪を使って転移したのだろう。

――お疲れ様です、モモンガさん。

内心でそう呟くと、チンチラはアイテムボックスを開いた。黒い靄の中にその腕を突き入れ、取り出したのはこれからもお世話になること請け合いの、<伝言>の魔法が込められたスクロールである。

正直、アイテムの生産に関する事案がはっきりしない内に消耗品を使うのはどうかとも思うのだが、このスクロールは十どころか百個以上のスタックを保有しているものだ。そのうちの一つを使ったとしても問題はないだろう。何より、スクロールの魔法に関してはまだ実験が済んでいない。

そう考えればいい機会でもある。自分に言い訳をしつつ、チンチラは疲労感に打ちひしがれているだろう友人を労うためにスクロールを使用した。

青い炎に包まれ、塵すら残さずにスクロールが燃え尽きると同時に不可思議な感覚が脳内に生じる。先程も覚えがある感覚だ。

スクロールも問題なく作動する。その事実を確認できたことにささやかな満足感を得ながら、チンチラはモモンガが<伝言>に応じるのを待った。

 

『……チンチラさんですか?』

「ええ。――お疲れさまでした、モモンガさん。問題なく終わったように見えましたけど、どうでしたか?」

『いや、どうもなにも……忠誠を誓ってくれていると言うのは分かったんですが、最後はお前らは誰のことを話しているんだって感じでしたよ。端倪すべからざるだとか、絶対なる支配者に相応しきだとか……。俺は単なる一般人なんですけど』

「あー。俺も似たような感じでしたよ。金貨の山から転がり落ちて、気付かないままぼーっとしてたらまるでご主人様がご病気に! みたいな感じで走り寄られて……。それでついつい死にたい、なんて言ったら泣き出すんですもん」

『え、そこまでですか? ……下手な事は言えないと思っていましたけどそのレベルですか。うわあ、どうしよう。すっごいキャラ作って対応しちゃったんですけど……』

「俺は動揺しすぎて素を出しちゃいましたから、まだ気が楽ですけどね。……その経験からすると、辛かったら演技しなくても大丈夫だと思いますよ? 多分」

 

ははは、と乾いた笑いを漏らすモモンガを慮って、チンチラは言った。

絶対の支配者ロールプレイを四六時中続けなければいけないなど、チンチラから見ても罰ゲーム以外の何物でもない。そんな状況ではストレスも溜まるだろう。そう考えての言葉だ。

しかし、モモンガは少しの間を置いてから答えた。

 

『……いえ、期待されてるみたいですし、できるだけ頑張ってみようかと思います。俺たちが――アインズ・ウール・ゴウンの皆が作り上げたNPCにあまり情けないところは見せられませんし。その分、チンチラさんには弱音を吐いたりするかもしれませんが――』

「ええ、どうぞ好きなだけ。……まあ、なんていうか、大変な所を押し付けてる感じになってますし」

『そこはギルドマスターを任されてる俺の責任だと思ってますから、別にいいんですけど』

「それでもです。余り頭の出来はよろしくないですけど、手伝えることがあったらなんでも言ってください」

『じゃあお言葉に甘えて、そのときはお願いします。ところでチンチラさんって、<伝言>使えましたっけ?』

「いえ、これはスクロールを使ってみたんです。たくさんあったので、実験代わりに。問題なく機能しているようですよ」

 

なるほど、と相槌を打った後、モモンガからの言葉が途切れる。

何か考え事をしているのだろうと察したチンチラは、モモンガの言葉を待った。ある程度親しい者であるが故の、気まずさのない沈黙が場を満たす。

 

 

『……消耗品のことなんですが。ポーションに関してはゾルエ溶液にもかなりの余裕が有った筈ですから、問題はないと思います。後でペストーニャに確認するつもりではありますが』

「了解です。と、その言い方だとスクロールには問題があるってことですよね」

『ええ。ドラゴンハイドなんかは数がなかったはずです。低位魔法のスクロールは今直ぐに枯渇するということはないでしょうが、高位の魔法を込めたスクロールははっきり言って余裕が有りません』

「そこも了解。いつ使うことになるか分かりませんし、大事にとっておきますよ。……あ」

『どうしたんですか?』

「ドラゴンハイドってドラゴンの皮ですよね。……俺ってどうなんでしょう?」

 

その言葉を口にした瞬間、<伝言>の向こう側で怒気が膨れ上がる。思わず肩を竦めたチンチラの脳裏に、低く抑えた声が響いた。

 

『やめてください。――仲間の皮を剥いでスクロール作成とか、冗談でも勘弁してほしいです』

「いや、俺もさすがにぞっとしませんし、痛いの嫌ですし! ……でもまあ、必要に迫られたときのために実験くらいは」

『いりませんって。ちゃんと節約すれば暫くは持つはずで――…あ、抑制された』

「はい? 何かしてたんですか?」

 

抑制。会話の流れからすると明らかに不自然な単語に、チンチラは内心で首をかしげた。

明らかに訝しげなその様子に、モモンガが少し慌てた様子で言葉を返す。

 

『いえ、この身体になってから強い感情が抑えられるみたいで。その分弱い感情がじわじわ続くんですけど』

「え、それって大丈夫ですか? ストレスの発散とか――っていうか、モモンガさん骨ってことは食事とかも無理なんじゃ?」

『……食事は無理、ですかね。風呂くらいは入れるでしょうし、その辺りで何とかしますよ』

「ほんと、何かあったら言ってくださいね。……あ、風呂なら大浴場が有りましたよね。暇ができたら一緒に行きますか?」

『ああ、いいですね。ナザリック内の施設がどうなってるかも気になりますし、せっかくですから色々回ってみましょう!』

 

失言のせいか、心なしか不機嫌そうだったモモンガの声が明るくなったことに胸を撫で下ろしながらチンチラは相槌を打った。

その後はまた暫く相談が続く。例えば、ゲームでは存在していた装備制限に関して。例えば、ナザリックの維持費に関して。内向きの事だけでもそれなりに確認するべき事がある、と認識を擦り合わせ、お互いに担当を決めるとどちらからともなく切り出す。

 

「じゃあ、モモンガさん」

『ええ、そろそろ。何かあったら――えーっと…』

「急ぐ用事もないはずですし、適当にメイドを捕まえて言伝しますよ。緊急性の高い案件は指輪で直接行きますから」

『分かりました。それじゃあまた後で』

 

<伝言>を解除すると、チンチラは静かにユリの方へと振り向いた。

 

「アルベドとデミウルゴスに話しておきたいことがある。できれば、他の者には聞かせたくない。良い場所はないか?」

「――でしたら、御方々の私室が宜しいかと。至高の方々の指輪を以ってしても転移不可能な領域です。もしもの事態も、まず有り得ないかと思われます」

「ああ、そうだったっけ……忘れてた。――いや、済まない。それでは私の私室の前で待機を頼む。そう遅くはならないはずだ」

「畏まりました」

「それと、だな」

 

ユリ・アルファ。ナザリックでは珍しいことに、彼女のカルマ値は善に寄っている。

また、チンチラ自身がその目で確かめ、信頼できると判断したNPCでもあった。

例え真実が意に添わぬものであったとしても、その胸に仕舞っておいてくれるだろう。そう信じられる程度には。

他のプレアデスとは交わした言葉が少なすぎる。忠誠心は確かだろうとは思ったが、――しかしそこまで止まりだ。

今、このナザリックでチンチラが心から信頼できるのは、友人であるモモンガ。そして、己の手を取って涙を流したユリの二人のみ。

だからこそ、チンチラはユリを選ぶ。自分たちを絶対の支配者として信じている者たちが、真実を受け止められるかの試金石として。

 

これは必要な事なのだ。チンチラは、己に言い聞かせる。

自分はいい。当に素の対応と言う物を見られているのだから。

しかし、モモンガさんは彼ら、――ナザリックのNPCたちに失望されない様にと、気を張り詰めてロールプレイをするつもりのようだ。

それは間違いなくいばらの道になるだろう。何せ、求められる理想があまりに高すぎる。

デミウルゴスから見て端倪すべからざると言う評価を受ける存在? どんな天才だと言うのだ、それは。少なくとも自分たち二人ではない。絶対に、ないのである。

 

このまま行けば、恐らくモモンガには一瞬の気の緩みも許されなくなる。であれば、彼は一体どこでストレスを発散すればいいのか。

家だろうか。…――しかし、それは、ここだ。このナザリックこそが今の自分たちの住まいになるだろう。そしてその内部にはモモンガを慕ってやまない者が山と居るのである。休んだ気がしないだろう。恐らくは。

 

だからこそ、今動く。

ナザリック最高の智者とされるデミウルゴス、そして――守護者統括として、モモンガの傍らに侍るだろうアルベド。

この二人を抱き込んで自分たちの真実を知らせる。そして彼らがモモンガのフォローに動いたならば、モモンガのストレスも多少は軽減されるだろう。そう思っての行い。

――だが、その二人がどんな反応をするかが分からない。だからこその試金石。

チンチラの目が開き、ユリを見詰める。暫しの沈黙。――緊張から一度喉を慣らすと、チンチラは、静かに口を開いた。

 

「私が<伝言>で話していた様子から薄々察しているかもしれないが、私の口から伝えておこうと思う。――ユリ、私は、……あー、らしいことなど何一つとしてしていないが、ともかく。私とモモンガさんは支配者としての演技をしている。あれは、本当の姿ではないのだ」

 

さあ、どうだ。固唾を呑んでチンチラは答えを待ち――

 

「はい、存じております」

「えっ」

 

微笑みと共に返されたユリの言葉に目をぱちくりと瞬かせた。

 

「至高の御方々とお過ごしになっていた頃のモモンガ様、チンチラ様の姿は私も目にしたことがありますので。――親しく、楽しげにお話をする姿。あの姿こそが至高の方々の素顔であるのだと理解していました」

 

クロスカウンターを予期して警戒していたチンチラだったが、ユリの言葉は完全にその意表をついていた。

言うなれば、正面に居る相手に後頭部を蹴られたかの様な状況である。大顎が外れたかのように口を開け、間抜け面を晒していたチンチラだったが、やがて大きく息を吐き出し――肩を落とす。

口にされた内容からして、彼女らはどうやら過去のナザリックを認識しているらしい。で、あればなるほど、妙な勘違いはしないだろうと納得できた。

そして、こうも思う。そうと分かれば、モモンガさんにも伝えなければ。もしもの時にミスが許されるか、許されないかでは天と地ほども変わってくるのだから。

――そうか、ありがとう。顔を上げて、そう口にする直前、

 

「ですので、ご安心くださいチンチラ様。――このナザリックを統べる絶対支配者であられるモモンガ様と、ナザリック最大の暴威と謳われたチンチラ様への忠誠はどのようなお姿を目にしても揺るぐことはありません。従者である私たちの為に支配者としての器を示してくださっていることはナザリックの者ならば誰もが理解できること。皆がお二人のその心遣いに忠誠と喜び、感謝を捧げることでしょう」

「いや違うそうじゃないから」

 

根本的な部分で過大評価が為されている事を思い知らされたチンチラは、ユリの言葉へと即座にツッコミを入れることとなった。

 

 

 

 




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