オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい――   作:どりあーど

6 / 7
5話

自分たちへの過大評価が非常に根深い部分から始まっていることを思い知らされたチンチラは奮起した。

必ずやこのどうしようもない勘違いを正してモモンガと自分のストレス要因を減らさねばならぬと決意した。

かと言って一体全体どうすれば良いのかが分からない。

え、違うんですか? とでも言いたげに真面目な表情に疑問の色を浮かべているユリが立ち直る前にどうにかしなければならないのだが――。

斜め上方向へと突っ走った流れによって段取りを完全に外されたチンチラは、ない考えを振り絞って考えた末に――現実世界を上位世界としての例え話をする事にした。

 

曰く、自分たちは前の世界――ユグドラシルだ――に自らの化身を送り込むことで冒険をしていた。その化身こそがこの肉体である。

本来ならばこの化身の身体は仮の物であり、元の世界へと戻る事は自在に可能だった。

しかし今現在、自分たちはあるべき場所に戻る事が出来なくなっている。恐らく、新たに化身を送り込む事も出来ないだろう。

理由は不明だが今ここに在る自分たち、つまりモモンガとチンチラの二人は化身の肉体に囚われてしまっているのだ――。

 

と、――後々モモンガさんと口裏を合わせないとなぁ、なんて暢気な事を考えていたチンチラだったが、要らない部分にまで話を盛ってしまっている事に気が付いた。

何やら、ユリの表情が悲痛なものに変わっているのである。

考えてみれば当然の事だ。この言が真実として受け取られたならば至高の御方と敬ってやまない存在が一部なれども自由を奪われていると言う事であり、なおかつ他の四一人との再会は限りなく難しいと言う事にもなる。そして、困った事にチンチラがでっち上げたこの話、主観的に見て大体合っているのである。これ以上適当に付け足せる部分がない。

何かを口にしようとしたユリの眼前に、チンチラは広げた掌を突き付けた。落ち付け、と言外に示す仕草だが――何の事はない、落ち付きたいのは自分であり、時間を手に入れる為の行動だ。

息を吐き、思考を整える。――よし、よし、まだいける。心折れそうになる自身を励ます言葉を心中で呟いた後、チンチラは再び口を開いた。

 

「だがそんな事は今はどうでも良いのだ。重要な事ではない。――私やモモンガさんはその世界に措いて、お前達の様に傅く者がいた訳ではないんだ。

 自ら動く事が当然だった。命を下して世話をしてもらうだとか、支配者の如く振る舞うだとか、少なくとも私はそんなことは一切やった覚えがない。このナザリックに措いてもそうだ。恐らく、モモンガさんもそうだろう。

 では何故、今、無理をしてまでその様に振る舞っているのかと思うかも知れないが、まあ、それはだな。正直言って、おまえたちに失望されたくないからだ」

 

強引な話題転換によって軌道修正を試みる。それはどうやら功を奏したらしい。

そんな事は有り得ません――そう叫びかけたユリの唇へと、チンチラは開いたままの掌を僅かに近付けた。

もう少ししゃべらせてくれ。言外に示されたその意志に抗う術を、理由を、忠実なメイドであるユリ・アルファは持っていない。

内心を押し殺す様な一瞬の瞑目の後、ユリは静かに唇を引き結ぶ。それを確認してから、チンチラは言葉を続けた。

 

「今現在、モモンガさんと私はナザリックに異常事態が起こっていると認識している。そんな時におまえたちに見限られたのならば、身一つになった私たちは何を頼れば良い?

 だからこそモモンガさんは付け焼刃で支配者として振る舞ったのさ。そうすることで、守護者たちの忠誠を確かめる為にだ」

 

一拍の間を置いて、チンチラの口からため息が漏れる。 

 

「結果、皆の忠誠が変わらず確かであると言う事が確認できた。ああ、これで安心したと思う所なんだろうが、ところがだ。

 今度は皆から寄せられる期待度が凄まじすぎたんだ。モモンガさんは<伝言>の中で言っていたぞ? 余りに高評価過ぎて一体誰の事を言っているのか分からないと。――だが、それでも支配者として振る舞うとのことだ。

 ……モモンガさんは確かにギルドマスターだった。私たちの頂点に坐していた。だが、モモンガさんは一度としてその権力を振るわなかった。したことはと言えば、その殆どが調整役としての仕事だ。それだって凄い事だがな。あの癖の強いメンバーを纏めていたんだから。

 だが、それでも守護者たちの期待するような、完全無欠の絶対支配者になる事は不可能だ」

 

言葉を一度切ったチンチラは、反応を伺う様にユリを見詰める。

言いたい事があるのだろう。握られた拳に力が入っている事が分かった。

しかし、それでもチンチラの言葉が終わるまではと耐える姿に――若干以上の申し訳なさを感じて、チンチラは視線を逸らす。

若干の沈黙が場を満たした。まごついていては気まずくなるばかりだと分かっていると言うのに、再び口を開く事に忌避感があった。

だがそれでも、此処まで口にしたのならば言い切ってしまわなければならないのだ。半端に終わらせて、良い事などあろう筈もない。

 

「ところで、ユリ。――俺はなんでこの話をしたと思う?」

「――私たちの愚かな勘違いを正す為、でしょうか」

 

チンチラの一人称が唐突に変化したことでユリが抱いたのは、ここからが核心であるのだろうと言う予感だ。

だからこそ、話の腰を折らない様にと即答を心がけた。思い当たる事をそのままに口走る。――他に思い浮かばない、と言う事もあったが。

 

「いや、愚かとは思わな、……まあそれも置いておこうか。ユリが言った様に勘違いをされたままだと俺もモモンガさんもマズい事になるだろうと言うのはあるな。確かに。

 だがそれは主目的じゃない。俺は楽になる為の逃げ場を作りたかったんだよ。俺の逃げ場と、モモンガさんの逃げ場だ」

 

チンチラとモモンガはお互いに気心の知れた友人だ。しかし頼り切り、甘え切りではお互いに負担になるだろう。だからこそ、チンチラは二つ目を求める。

いや、正直に言えば出来る限り広めてしまいたい。ゆくゆくは、このナザリックで実家の様な安心感を得られるのならば言う事なしだなぁ、などと思ってもいる。それは自分だけではなく、同じ状況にある友人にもだ。

ヘロヘロのように、とまでは言わずともただただ社会の歯車と化していた身だ。その上、父母は既になく、兄弟姉妹もいないときた。

モモンガの方は詳しくは分からないが、似た様な物だろう。社会人ギルドであるアインズ・ウール・ゴウンではリアルの愚痴の一つや二つは日常茶飯事であり、そんなことを聞いた覚えがあった。

 

自身の集めた宝物の上で寛ぐ喜びを知ってしまったチンチラの胸中には、あんな生活からは脱却してそれなりにゆったりごろごろと過ごせるのならそれが一番良いのではないかと言う堕落思考もまた芽生えている。

それがドラゴンと化した事で生まれた宝への執着から来るものなのか、遺された人間性が間近に迫った自堕落生活を見送る事を拒んでいるだけなのかは分からないが、既にして元の世界に戻る必要性を感じられなくなっているのだ。

それもあって友人であるモモンガのためにも、そして他ならぬ自分のためにも、出来るだけストレスなく過ごせる環境を作りたかったと言うのが真相だったのだが――些細な言葉も真面目に受け取るユリを見ているとそんな自分が情けなくもあり、申し訳なくもなるというもの。気付けばチンチラは深々と頭を下げていた。

 

「……本当にすまん」

 

尽くしてくれている相手に、自分の都合を押し付けている。そう感じて。

しかし、それを向けられたユリからすれば謝られる理由など全くない。

自身は至高の御方々の手によって作り上げられた被造物。その望みを叶える事こそがこの身に与えられた使命であり、喜びである。

自らをそう定義した従者は、しかし、直ぐには言葉を口に出来なかった。いと高き所に在る御方が、今この瞬間は――何故だろうか。

 

……叱られるのを待つ、子供の様だ。

 

ユリの整った顔立ちに戸惑いが滲んだ。

 

「どうか頭をお上げください、チンチラ様。至高の方々に尽くすことこそが私たちの存在意義です。頭を下げられることなど……」

「だとしても、自分が楽をしたいからとおまえたちの理想を崩そうとしてるんだぞ?」

「お仕えすべき方々に負担を強かなければ描けない理想など不要です!」

「そう言ってくれるのは正直有難いけどな。それじゃあ俺の気が――」

 

済まないんだ、と口にしようとしたチンチラの言葉が途切れたのは、自身を見つめるユリの視線があったからだ。

その目には信仰の陶酔はなく、情けない支配者への落胆や軽蔑もなかった。ただ、――仕方のない方なんですから、とでも言いたげな微笑みがあった。

 

「でしたら代わりに、一つだけ質問をさせていただけませんか」

「おまえがそれで良いのなら」

 

そう口にしたユリに、チンチラは一も二もなく頷き、応じて、ユリが再び口を開いた。

何を聞かれるのだろうと固唾をのんでその瞬間を待ち受けていたチンチラだったが、その言葉を認識すると――面食らって目を瞬かせる。

 

「え、そんなんでいいの? もっとこう、これだけは聞いておきたい事が! とかじゃないのか?」

「はい。私が聞きたいことはこれだけです」

「えー……。いや、いいんだったらいいんだけど……」

「でしたら、どうかお願いいたします」

「あ、はい……」

 

一つ咳払いをしてチンチラはユリに向き直る。改まって求められたことなのだから、それなりの格好で答えなければならないだろうと考えて。

対して、ユリもまた姿勢を正した。理由はどうあれ、至高の存在に何かを求める等とはあまりにも恐れ多い行為だ。だと言うのに、応じて下さった御方に礼を示す為に。

沈黙、一秒。チンチラの大顎からゆっくりと開かれる。

 

「なぜ他の姉妹ではなくユリを選んだのかと言われれば、それはおまえを特別信頼していたからだ」

 

――間。

 

ユリは表情が緩まない様、必死に自制をしていた。

アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの内、チンチラだけは固有のNPCを生み出していない。いや、正確に言えば自身の部屋に固有のギミックを導入する事でその代用としているが、それはプレアデスや守護者とは根本から異なる物である。カテゴリで言うならばナザリック第四層の守護者であるガルガンチュアの様な防衛装置だ。

仕える者を生み出さず、ただ同格である至高の存在と、自身の収集した宝物のみがあれば良いと示した存在。――それこそが、ナザリック大地下墳墓の支配者、至高の四一人の一人である魔竜チンチラだ、とNPCたちは認識していた。

そんな冷徹なはずの上司がおまえは特別だなどと口にしたのである。先の――チンチラの自室でのあれそれだ――振る舞いによって多少その認識に揺らぎは生まれていたものの、それでもその一言が生み出すインパクトは計り知れない。創造主が去ってしまった事への寂寥感を埋められ、ユリの忠誠と歓喜がゲージの上限を振り切って上昇していく。

対してチンチラはと言えば、非常に居た堪れない。ユリは必死に表情の変化を押し殺そうとしている様だが、殺し切れていないのだ。表情も、気配も。

なんでそんなに嬉しそうなんだと聞いてみたいが、聞いたが最後、立て板に水とばかりに礼賛されそうな雰囲気がある。向けられる忠誠の深さを多少は理解したつもりになっていたチンチラだったが、どうやらその見積もりは大幅に狂っていたらしい。

全員が全員これなら下手に警戒しないでも全部ぶっちゃけてれば良かったんじゃなかろうか、と投げやりに思考を巡らせつつ、チンチラはユリの復帰を待つ。

闘技場へと視線を向ければ、守護者たちが何やら真面目な話をしている様子が目に入り――それを今は少し、羨ましく思った。

 

 

その後、暫く。

美しい礼とはこういうものなのだろう。頭を下げて去っていくユリを見送ると、チンチラは守護者たちを見遣る。

先程までは未だ話し合いが続いていた様だが、話も終わる頃の様だ。そろそろ良いだろう。

貴賓室から観客席へと出ると、チンチラは翼を羽ばたかせた。風が渦巻き、その巨体を虚空へと押し上げる。

 

 

さて。

闘技場の中心にて集まっていた守護者たちの中で先ずチンチラの接近に気付いたのはダークエルフの双子、その姉の方――アウラだった。

レンジャーのクラスによって研ぎ澄まされた五感が、風を切る音色を聞き留めたのである。

 

「ん? 何――…ち、チンチラ様ぁ!?」

 

何事かと身構えながら見上げてみれば、そこには飛び来る支配者の姿。不意討ちも良い所だ。

アウラが挙げた素っ頓狂な声に反応し、空を仰いだ他の守護者たちは一切の遅滞なく跪いた。――が、当人は立ち直るのが遅れた結果、取り残される。

アウラが慌てて皆に続いたその時である。速度を殺す為、一際大きく羽ばたいたチンチラの翼が砂塵を巻き起こした。そして、着地の衝撃が砂煙を巻き上げる。

そして、それらは――見事なまでに階層守護者たちを呑み込んだ。

これに慌てたのはやらかしてしまった当人だ。まさかまさか、守護者たちに砂をひっ被せることになるとは思いもしなかったのである。ユグドラシルでは荒く着地した所で煙も立たず、風によって砂が巻き上がるようなこともなかった。ついついゲームと同じ感覚で動いてしまったのだが、まさかこうなるとは。

 

「……す、すまなかった。皆、大丈夫か? 目にゴミが入ったりしていないか……?」

「はっ。問題ありません、チンチラ様。そのように慮っていただけたという事を喜びこそすれ、怒るものなどこのナザリックには存在しません。そうだろう、皆?」

「そうか。……そうか。いや、うん。感謝する、デミウルゴス。感謝するぞ、皆。本当に済まなかった」

 

平常心をあっさりと失い、拭いたり砂を叩いて落としたりしてやるべきか、いやしかし誰からやったものだろうと右往左往するチンチラだったが、それを落ち着かせたのは知的で深みのある男の声だった。

――その声の主こそがデミウルゴス。ナザリック地下大墳墓・第七階層守護者。チンチラが会わなければならなかった男である。

その邪悪な気配と雰囲気、理知に満ちた振る舞い。元一般人にして現ドラゴンであるチンチラは、そんな相手に傅かれていると言う事実に違和感しか覚えなかった。

モモンガさんはよくもまあやり通したものだ。彼のナザリック愛はペロロンチーノさんのエロゲ愛にも劣らないのは間違いない。

そんなクソ下らないことを考えてどうにか思考をリセットし直すと、深く、深く息を吐き出す。他の守護者も口々に追従している様だし、ここは甘えておこう。

気の抜けた身体にしっかりと意識して芯を通す。

 

尚その間、明らかに狼狽えたチンチラの姿を目にした守護者たちがそれほどまでに我々の事を想ってくださっていたのか、だからこそ幾度となく旅に出ながらもこの地に戻り、残ってくださったのか、などと考えて忠誠心を新たにしていたのだが当人には知る由もない。

ちなみに、――彼らが旅と認識しているのはつまり他のゲームへの浮気期間であり、単にログインが滞っていた時期に過ぎないのだがそこは知らぬが仏と言う物だろう。

ともあれである。姿勢を正したチンチラはデミウルゴス、そして純白の悪魔である守護者統括、アルベドへとその視線を向けた。

 

「アルベド、及びデミウルゴスに通達だ。暇が出来次第、二人で第九階層の私の私室へと足を運ぶ様に。――まあ急ぎの用事でもないし、優先されるのは安全確保とモモンガさんが下した命だ。後回しで構わないぞ、暇な間は部屋の整理でもしているからな」

「はい。畏まりました、チンチラ様」

「承りました。後ほど、お伺いさせて頂きます」

「ああ。――今回はナザリックでも有数の智者である二人に頼るが、皆に向ける信頼も彼らと同等の物だ。何れ力を借りる事もあるだろう。その時は宜しく頼む」

 

名指しされた二人に守護者たちの視線が集まった。それに含まれるのは嫉妬と羨望の色だ。

これまでの経験からその可能性を考えていたチンチラは、即座にフォローを差し込み――そして結果を確認しないまま、指輪での転移を行った。行き先は当然、第九階層の自室前である。

闘技場で過ごした時間など対した長さでもないと言うのに感じるのは凄まじい疲労感。休んで精神を安定させたい、端的に言ってごろごろしたい。

その想いのままに自室前へと転移してきたチンチラだったが、先に行かせたはずのユリが居ない。なんでだ、と首を傾げ――そして思い出す。ユリがリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持っていなかったことを。

 

連れられて転移をした行きとは異なり、順に階層を辿る正規ルートを通らなければならなかったユリが目にする事になったのは、部屋の前で暇そうに自身を待っているチンチラの姿であり――生真面目であるが故に平謝りをするメイドを必死に宥める主の姿が、ナザリック第九階層にて幾人かのNPCメイドに目撃されることになったと言う。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。