オーバーニート ――宝の山でごろごろしたい――   作:どりあーど

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遅れた理由に関して、ただ一言だけ言わせて頂けるなら。

――マリーちゃんマジ天使。


6話

最重要事項だったNPCたちの忠誠度の確認を済ませた現状でやるべき事と言うのは思いの外少ない。

他の重要な仕事――ナザリックの隠蔽や、周囲及び内部の警戒――については既にモモンガが守護者たちに振り分けている。それを聞いたチンチラは、流石はギルド長だなあ、と感心しきりだった。言われたモモンガはそんなことありませんってば、と謙遜しきりだったが。

そして、内政面。維持費に関してはギルドマスターであるモモンガの方が精通している。何せ数年もの間、ほぼ一人でこのナザリックを維持し続けたのだから。

無論、チンチラも他のゲームからユグドラシルに戻ってきた時には狩りを手伝い、維持費を稼ぐ一助となってはいた。時には数日。時には一週間、一か月。長ければ数か月ほど。流石に毎日と言う訳にはいかなかったが、それでも――モモンガからすればギルドメンバーがこまめに帰ってきてくれると言うのは嬉しいことであり、その都度モチベーションを上げていたりしたのだが、それに関しては今は置いておこう。

 

ともあれチンチラはナザリックの運営そのものを手伝っていた訳ではなく、その辺りに関してはさっぱりである。

よって今現在、内政面での確認についてはモモンガに頼りきりとなっていた。慣れているからそう時間は掛かりませんよ、と当人は口にしていたので甘えてしまったチンチラだったが、だからと言って甘えたままで済ます訳にもいかない。

そういったわけで、チンチラはシステム面――主に装備制限について調べることになっていた。

 

チンチラの部屋、詰み上げられた金貨の中に埋もれた財宝の数々。

数点のみが存在する神器級アイテムから、これもまた数点のみが遺された数打ち品と言っても良いだろう最下級アイテムまで、より分けて選別するとなると、それだけでどれほどの時間が掛かるか分からない。

が、幾つか拾うだけならばそう時間も掛からなかった。

今、チンチラの手にあるのは簡素な作りの大斧だ。石突に当たる部分に槍の穂先を取り付けられたそれの名を、アーグロシュ・オブ・ストームボルト。かつてチンチラがリザードマンのバーバリアンとしてユグドラシルをプレイしていたころに使用していた上級武器だ。今となっては使用に耐えない程度の代物だが、それなりに思い出深い一品でもある。

 

久し振りに目にしたかつての得物。それに感慨を覚えながらもチンチラは装備制限を確認するべく、以前扱っていたようにそれを振るおうとする。振り下ろし、その勢いを用いての尾による薙ぎ払い、脇を通して槍頭での逆手突き。隙が大きすぎて魅せコンボにしかならなかった連撃、それを記憶から呼び起こし、武器を上段に構えようとした瞬間――しっかりと掴んでいた筈の柄が手からすっぽ抜けていた。

手の内にあった快い重みが不意に消え失せた事に唖然としたチンチラが振り向くと、金貨の山へと落下して突き立ったアーグロシュが存在する。チンチラは、信じられない、とばかりに自分の手を見下ろした。

しっかりと握っていた筈だ。だと言うのに、まるで抵抗なく飛んで行ってしまった。

 

慌てて拾い上げ、軽く振るいながら構え直そうとする。ところが、構えるどころか軽く払う事すら出来ない。するり、するりと落ちていく。

二度、三度と繰り返し、チンチラは事実を事実として認める事にした。――装備制限は機能している。少なくとも、プレイヤーに対して、そして武器に関しては。

では、NPCはどうなのか。静かに控えていたユリへと顔を向け、チンチラは問いかける。

 

「――ユリ。おまえは長柄武器は装備できなかったな」

「はい、チンチラ様」

「……ちょっと試しに振ってみてくれないか。軽くで良い」

「畏まりました」

 

繰り広げられるその光景をユリ自身も奇妙に思っていたのだろう。

差し出されたアーグロシュを受け取り、掲げ――ようとするよりも先に、指を擦り抜ける様にして落ちたそれが再び金貨に突き立った。鈍い音が響く。

その音からして、手触りからして、その武器が鋼の塊であったことは明白だ。だと言うのに、まるで水が指の間を抜けるかのような――余りにも異様な感覚。

ユリが目を見開く。チンチラはユリの手元を暫し見詰めてから、再び指示を下した。

 

「武器ではなく物だと考えて持ってみてくれ。これは荷物だ、と考えながらだ」

「――はい」

 

困惑を己が内へと封じ込め、伸ばされたユリの繊手は――しっかりとその柄を掴んでいた。埋もれた斧頭を引き摺り出し、両手で胸の前へと捧げ持つ。

まるで先程の光景が白昼夢だったかのようだ。

 

「ユリ。武器として使おう、と考えてみろ」

 

その言葉が言い終わるよりも先に落ちるアーグロシュ。それを支えていたユリの腕は微塵も動いていなかったと言うのに、だ。

武器として使う。つまり、装備品として扱おうとすることがトリガーであるらしい。

どうしてこうなるのかはさっぱり分からないが、起きる現象には一定の理解を示さなければならない。

 

「――ありがとう。どうも、なんだな。……どう思う、これを」

 

チンチラは地に落ちたアーグロシュを指差して、ユリに問いかけた。

 

「俺は昔、この武器を使っていた。その時には何の問題もなく振るえたんだ。そして今も――まあ、久しぶりだから多少は腕が落ちるかも知れないが、使える、とそう感じている。

 だと言うのに、軽く振るだけですっぽ抜けて何処かに飛んでいく始末だ。いや、それどころか武器として使おうと思うだけで駄目らしい」

「……私自身、お預かりした武器はしっかりと支えていたはずなのですが、気付いた時には既に落ちていました」

「そうか。……ユリ。どうやら前の世界の法則が生きているらしいぞ。スキルなり、クラスなりで装備可能になっているカテゴリ以外は使えないんだろうな、これは」

 

半ば自分が確認する為の言葉を口にしながら、チンチラは思考を巡らせる。

装備に関しての基本的な部分は大体分かった。恐らく、武器のみならず防具に関してもぽろぽろと落ちたり脱げたり、いや、そもそもが着れなかったりするのだろう。

そこで浮かぶ疑問は二つある。一つは、同じくシステムに従っているであろうスキル関係。そして、課金で解放される拡張スロットだ。

拡張スロットの中で重要度が高いはずなのは指輪である。課金で拡張した分の指輪装備は、装備の変更が不可能となっている。それを入れ替える事は可能なのか。いや、そもそもが外せるのか。

外せたならば、再び装備し直せるのか。――装備できなくなったなら、それは困る。とても困る。

 

何故ならば、恐竜(ディノサウルス)のクラスは装備に著しい制限が掛けられているからだ。恐竜と言うカテゴリでの取得レベル合計が一定以上になった時点で与えられるペナルティ。それは一切の武器防具が装備不可になるというもの。代わりに与えられるのは、常軌を逸した能力値。

如何にも原始的なその特徴は恐竜と言うクラスには非常に合っている。合っているのだが、基本的にはスキルゲーであるユグドラシルに措いては結構なハンデだ。

いくらHPが高かろうとも即死攻撃を食らえば棺桶行き。デバフを掛けられたなら超高確率で嬲り殺しの憂き目にあう。そんな中で唯一残された装備スロット――それこそが指輪である。種族クラスとこの装備スロットで耐性を確保しなければ、恐竜はただのカモでしかない。チンチラ個人としては恐竜に指輪はないだろう、とは思うのだが、それがなかったら葬式状態だっただろうと理解しているので、大っぴらに口にする事はなかった。

そしてその中でもチンチラの場合は鎧と、アクセサリ――但し、鞍に限る――に関してのみ装備制限は解放されているので多少はマシだったりもする。

 

種族クラス、ディノサウルス・バトルタイタン。人間の手により何種もの恐竜を交配させることで生み出された戦闘巨獣。

生まれた瞬間より騎手を乗せることとバーディングの着用を訓練させられている、と言う設定テキストの恩恵による一部装備枠の解放と、他プレイヤーの騎獣となれるスキルが特徴の上級種族である。

が、その利点を以ってしても全ての穴を埋める事は難しい。最終装備の作成を終えても尚、チンチラの有する耐性は万全の物とは言い難いのだ。

 

余談ではあるが、このクラスによりチンチラはアインズ・ウール・ゴウンにおける最強の一角となった。ただし、それは前衛最強でもなければ後衛最強でもない。騎獣最強としてである。

そのものの戦闘能力もアインズ・ウール・ゴウンが誇る前衛陣に並ぶほどに高く、尚且つ、ドラゴンのクラスによって飛行も可能。至近距離から遠距離まで攻撃可能な上、サイオニックによる戦闘補助、更に状況に応じてアイテムまで使用できるチンチラは騎乗生物として破格の性能を有している。

そのため、非常に便利に使われていた。騎乗したプレイヤーに騎乗スキルを付与する鞍を背に、ギルド戦に措いて敵後方に戦力を運ぶためのタクシー代わりにされたり、敵中に前衛が突撃する際の乗り物として使われたり、魔法職を背中に乗せて文字通りの肉盾になったり。結果、掲示板でユグドラシル史上最強の騎獣としてネタにされたりもしていたのだが然もありなん、と言う所だろう。

 

 

――閑話休題。

ともかく、そう言った理由もあってチンチラは自分で指輪を着脱する事は考えていなかった。

何せ、動かせるのが初めから解放されている部分だけなのである。それでは何の意味もない。

ならば課金によって枠を拡張していない相手に新しく指輪を着用してもらう方が良いだろう。そして、御誂え向きにそんな相手が目の前に居る。

 

「さてと、武器に関しては分かった。残るは防具とスキルなんだが、まあ手早く済む方からだな。――ユリ、これを付けろ」

 

チンチラはアイテムボックスから三つの指輪を取り出す。

第一に、リング・オブ・フリーダム。束縛や行動制限を無効化する効果を持っている。

第二に、リング・オブ・ギュゲース。伝説に謳われるギュゲースの指輪の名を冠したこのアイテムは、第九位階魔法≪完全不可知化≫(パーフェクト・アンノウアブル)を三回まで発動できると言う効果を有している。ただし、使用しきった後のリチャージに装備状態のまま、一日間を要するものでもあった。

そして、第三に――。

 

「……こ、れは―――…」

 

指輪を受け取ったユリが己が手の内を見て固まった。

三つめの指輪の名は、リング・オブ・アメジスト・スケイル。チンチラ謹製のこの指輪は、肉体戦闘による与ダメージ上昇効果に加え、装備者に≪上位激怒≫(グレーター・レイジ)、及び激怒中に使用不能となるスキルを二つまで使用可能とする≪熟達した激怒者Ⅱ≫のスキルを付与する物だ。その効果だけならば、前衛にとってはかなり有用ではあるがそれだけのアイテムである。

だが問題はその設定にこそあった。このアイテムはチンチラが自身が倒された際のドロップアイテムとして遊び心で作成した物であり――当人は忘れているものの、チンチラの鱗を用いて作られた物だと設定されている。

そんなものを渡されたユリは一瞬思考停止状態に陥った。至高の存在、その肉体の一部をアイテム化したものなど階層守護者や他の姉妹たちですら手にした事があるかどうか。

 

「よ、よろしいのですか? これほどの品物をお貸しいただけるなど……」

「うん? そう大したものでもないだろう。欲しいならやるぞ? あ、リング・オブ・ギュゲースだけは駄目だ。それは一つしかないし、結構有用な効果だからな」

「っ! ぜっ、ぜひお願いします!」

「ああ、うん……。まあそれはそれとして、装備してみてくれないか」

 

ユリは震える声を必死に抑えながら、確認する。返ってきた言葉はと言えば――。

ものすごい勢いで食い付いたユリに、なんでこんなに必死なんだろうとばかりにチンチラは内心で首を傾げた。

自分が作ったアイテムだからだろうか? それにしたって、反応が過敏すぎる様な気がするのだが。理由が分からないまま、それでもとりあえず先を促しておく。

応じてユリは細い指へと静かに指輪を嵌めていった。一つ、二つ。そして、震える指先が三つめ、紫水晶の指輪を手にして止まる。

僅かな間を置き、その指輪が嵌められた先は――左手の薬指。

 

「ちょっ、おまっ……」

 

自作アイテムを左手の薬指に嵌められたチンチラは思わず声を上げかけた。

が、次の瞬間、嵌められた指輪が幻の様に虚空へと滑り落ちていた。軽い音を立てて金貨の上へと落下し、跳ね返る。

寸前の事にこそ動揺したものの、スロット拡張のされていない状態で装備を行おうとした段階である程度の予測をしていたチンチラは直ぐ様対応し、宙に浮いた指輪をその手で掬い取っている。

しかし、その光景に凍り付いたのはユリだ。

 

――至高の御方に自ら望んで下賜して頂いたアイテムを落としてしまった。

その上、先に言葉にされかけたのは叱責ではないだろうか。

 

「もっ、申し訳っ……申し訳ありませんっ!」

 

ユリは勢い良く頭を下げた。その声は裏返り――それのみに留まらず、震えすらしている始末。

声音から感じ取れるのは自身の失態に対する後悔、そして恐怖と、不安だ。

先にあった出来事からその忠誠の深さをある程度理解していたチンチラではあったが、先のアーグロシュの時とはあまりにも違う反応に思わず目を白黒させる。

なんでどうしてこうなっているのだ。別に、アイテムを一つ落としただけの事だと言うのに。

 

「いや、いいから。頭を上げてくれ。ほら、指輪を持って」

 

ユリの手を取り、落ちた指輪をその手に握らせてやりながらチンチラは優しく声を掛けた。

それは女性に対する態度と言うよりは、子供に対する態度ではあったが――当人もそれを意識してのことである。

それが功を奏してか、ゆっくりと顔を上げたユリに対して、チンチラは更に言葉を重ねた。

 

「これもさっきまでの実験の続きだ。こうなることは、一応予想はしていたんだ。本来なら、指輪は一人につき二つまでしか装備する事ができないからな。

 まあ、ある手続きを踏む事で、装備数を増やす事はできるんだが――果たしてそれをしていない者が指輪を三つ以上装備できるのか。それを確かめたかっただけなんだ。

 だからおまえが謝る事なんて何一つないぞ、ユリ。……まあ、なんで左手薬指に嵌めようとしたんだ、って言うのは気になったが」

「それ、は――」

 

意味知ってるのか?と困惑した様子で見詰める主を前に、どうにか落ち着きを取り戻したユリはその片手を己が左胸へと宛がった。

そこに抱いているのは心臓。アンデッドであるが故に鼓動を刻まない、ただ在るだけのそれを示す様に触れたまま、チンチラの目を見詰める。

 

「……左手の薬指には、心臓に繋がる血管があるのだそうです。その指に指輪を嵌めるのは、心臓を捧げると言う意味も持つと。

 私の心臓は最早鼓動を刻んではいませんが、それでも――これほどのアイテムを下賜頂いた喜びを、この心を捧げることで示したい。そう願い、この指に嵌めさせていただこうと思いました」

 

ご迷惑だったでしょうか。そう言葉を結んだユリを前に、チンチラは静かに息を吐いた。

第一に、婚約指輪として受け取られたのかと超展開もいいところの誤解をしかけた自分の浅はかさに対して。

第二に、自作指輪が何故かとんでもないアイテムとして受け取られている事に対して。

 

――今度から自作だとか、ギルメンが作成したアイテムを渡す時には気を付けよう。

 

そんなに数がある訳ではないが。

 

「いや、そんなことないぞ。ただ、思ったよりもずっと大事にしてもらえそうで驚いた。ありがとう、ユリ」

 

ともあれ。無難に言葉を結ぶことで流れを切り上げると、チンチラはリング・オブ・ギュゲースを受け取る。

それをアイテムボックスにしまい、視線を上げれば――改めてユリの薬指へと嵌められたアメジストの指輪が目に入った。

その光景に妙な気恥しさを感じ、チンチラが視線を逸らした、その時である。小さなノックの音が耳に届く。

実験を切り上げるにも、今の雰囲気をどうにかするにもこれ以上ないタイミングである。

 

「ああ、デミウルゴス達かな。ユリ、出迎えてやってくれ」

「畏まりました」

 

誰か知らないがナイスだ、とホッとしつつも、チンチラはユリを扉へと向かわせると黄金の山に腰を下ろしてこの後の段取りを再確認し始めた。

だから――気付かなかったのだ。

何処か嬉しそうに、薬指に嵌めた指輪を撫でるメイドの姿に。その口元が幸せそうに緩んでいる事にも。

 

もちろん、ユリは知っている。左手薬指に指輪を嵌める事の意味を。

そして、チンチラもその意味を知っている。ユリは、チンチラの反応からそれを悟っていた。

そして。……それを、迷惑だからと止められなかった――。

 

出来心だった。唯二人、残ってくださった方々に少しでも近い所に。そう思っての行動だった。

声を上げられたときには、見透かされたと思った。けれど。

 

御方に偽りを述べたという罪悪感。心臓を捧げることを、拒まれなかったと言う喜び。そして――。

 

胸に灯った幸福感を、生真面目な表情で覆い隠して。ユリ・アルファは扉を開けた。




なんか流れが予定外の方に暴走し始めたのは眠い頭で書き上げたせいですねきっと。
感想返しはまた後程!

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