死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第80話「心配してたのは――」

 

《試合終了~~!! 上位選手同士の対決、この激戦を制したのはサツキ選手!! 最後は豪快な跳び膝蹴りで、ハリー選手を下しました!!》

 

「………………」

 

 テレビの実況がリビングに響く中、(ウチ)と魔女っ子は無言で画面を見つめている。

 画面には倒れた番長を見下ろすように立っているサッちゃんが映っており、死闘が繰り広げられたリングに至っては原型を留めていない。それを目の当たりにした(ウチ)は、番長に対してちょっとした妬心と羨望感を抱いていた。

 サッちゃんは一昨年、(ウチ)と試合したときはそこまで真剣にはやってなかった。せやのに今回、特に第3ラウンドに入ってからは今までで一番真剣にやっとった。それに負けたとはいえ、サッちゃんから初のダウンを奪った番長。かつて(ウチ)がでけへんかったことを、彼女は成し遂げた。それだけやのに、たったそれだけやのに――!

 

「……エレミア」

「ど、どないしたん?」

 

 ちょっとした妬心と羨望感で拳を握り締めていると、テレビの方に顔を向けたままの魔女っ子に声を掛けられた。なんや一体。

 

「……サツキの脚、本当に治ったの?」

「うん。でもクラッシュエミュレートのこと言うてるんなら大丈夫やろ、サッちゃんなら」

「……じゃあ、なんでサツキは右脚を引きずっているの?」

「え……?」

 

 その言葉を聞いて一瞬呆けてしまうも、ハッとしてすぐさまテレビの方へと視線を移す。

 

「な、んでや……?」

 

 そして画面を見た瞬間、思わず自分の目を疑った。そこには魔女っ子の言う通り、右脚を引きずりながらリングを後にするサッちゃんの姿が映っていたのだ。

 ど、どーゆーことやこれは……確かにサッちゃんは以前、右脚を負傷している。けどそれは予選準決勝の時点でなんの支障もなく動かせるくらいには治ってたから心配ないはずなんよ。

 ……ううん。(ウチ)らが勝手にそう思ってただけで、ほんまは完治なんてしてなかったんや。しかもあの第3ラウンド、サッちゃんはただひたすら真剣になってただけやない。怪我の痛みを必死に堪えとったんや。

 

「……っ!」

 

 今度は自分の不甲斐なさに腹が立ち、少し顔を俯かせながら唇を噛み締める。いつもサッちゃんの側にいながら、居候までしているのに全然気づけんかった……!

 

「…………考えるのは後にしたら?」

「…………そ、そやね」

 

 魔女っ子にアホかこいつ、といった感じの視線を向けられ、ハッと我に返る。

 なんや結構癪やけど……仕方あらへんな。怪我の件はサッちゃんが帰ってきたら最低でも48時間ほどは問い詰めるとしよか。

 

「二人とも、お疲れ様や」

 

 

 □

 

 

 仰向けのまま首を動かし、うっすらとした意識で右脚を引きずりながら退場していくサツキの背中を見つめる。あいつが脚を痛めているのは第1ラウンド後半から薄々気づいていた。ときたま動きが鈍っていたのはそれが原因だろう。けど、まさかサツキ自身がその事に気づいていなかったとは思いもしなかった。

 今倒れているオレの周りでは駆けつけたルカ達が心配そうな顔になっているが、それでもサツキから目を離せずにいた。オレの思い込みだろうが、あいつの背中が寂しそうに見えたからだ。

 そうしているだけで薄れていた意識が少しずつ戻ってくるも、同時に身体中が悲鳴を上げていることを思い出して顔を歪めてしまい、さらになかった実感もようやく湧いてきた。

 

 

 ――サツキに負けたという事実。

 

 

 動かしていた首を再び元の向きに戻す。首から下が動かない状態にある中、視界に入っているのは雲一つない青空。それを見た瞬間、目頭が徐々に熱くなるのを感じ、右腕で目元を隠す。

 

「チク、ショウ……」

 

 勝てなかった。あれだけ頑張ったのに……勝てなかった。あと少しだったのに……!

 

「チクショウ……」

 

 泣きたくないのに……皆の前なのに……なんで涙が止まらねーんだよ……!

 

「チクショウ……!」

 

 溢れ出る涙を抑えられず、悔しさのあまり声を殺して号泣するしかなかった。

 

 

 □

 

 

 物凄い歓声が未だに鳴り止まぬ中、右脚を引きずりながらこっちへ戻ってくる姉さんを見てため息をつく。表情は前髪が邪魔して見えないが、あの必死さを見る限りいっぱいいっぱいだったのは確かだろう。

 姉さんはベンチに戻るなり、まるで何事もなかったかのように引きずっていた右脚を踏み込んだ。全く、冷や冷やしていた俺とスミ姉の身にもなってくれよ。ていうかこんなに大勢の人の前で強がっても無駄だぞ。

 さっきから気になっていたことがある俺は、その場で呼吸を整える姉さんに問いかけてみた。

 

「これが最後の試合なんだろ? 声ぐらい掛けてもバチは当たらないと思うぞ」

 

 第1ラウンドが終わったあとに聞いた話だが、姉さんはこの試合を最後にインターミドルから身を退くらしい。それなら他の選手みたいに礼儀を示すか認め合うように言葉を交わしたって別にいいだろ。ま、あの姉さんに前者をやるのは絶対に無理だろうけど。

 その姉さんは俺を睨むように一瞥し、珍しく力のこもった声でこう答えた。

 

 

「アタシは仲良しごっこがしたいんじゃねえ。勝者が敗者に掛ける言葉なんて、ないんだよ」

 

 

 姉さんはそう言うとバリアジャケットを解除し、スミ姉に一声掛けてから会場を後にした。

 そんな彼女の背中を見届けた俺は、いつものように気楽な態度でいるスミ姉へ視線を移す。

 

「本当にいっぱいいっぱいだったな、今回の姉さん」

「ん~……いっぱいいっぱいというか……多分、試合じゃあれが“限界”なんだよ」

 

 は? 限界?

 

「あれが姉さんの限界……?」

「うん。アイツの専門分野はあくまでルール無用のケンカだ。だからルールがある試合じゃどうしても実力を出しきれない。それに今回のサツキは確かに本気だったけど、右脚の怪我がモロに響いた。あれがなければもう少し強かったはずだよ」

 

 それを聞いた俺は素直に納得した。

 姉さんはこのスミ姉と同じくバカみたいにケンカばかりやってた筋金入りだ。加えて練習のれの字も知らない才能の塊。そして何より、一度エンジンが掛かると歯止めが利かない。そんな人がルールを無視して全力を出せば相手を殺める可能性が高まってしまう。

 今回は怪我のせいでクラッシュエミュレートを越えない程度の本気になってしまったんだろうけど……途中で冷静さを失ってたからな。万全の状態で本気を出してたらトライベッカさんが冗談抜きで危なかった。

 俺は姉さんの本気を見たのか……などと感慨深いものを感じていると、スミ姉がやれやれと言わんばかりに口を開いた。

 

「にしても、まさか束ねていた髪を解くなんてね……あれじゃ自分が“死戦女神”ですって言ってるようなもんだよ」

「いや、あれはどう見ても確信犯だろ」

 

 でなきゃ邪魔だと言っていた髪をわざわざ解いたりはしないだろう。

 それにしても、右脚の怪我というハンデを背負ってなおあの強さか。薬が効かない体質らしいし、姉さんの身体は一体どんな構造をしているんだ? というか万全の状態での本気を知りたくなった。今度ケンカでも申し込んでみようかな。

 

「まっ、私が唯一心配してたとすればあの子の中に残ってる“慢心”だけだよ」

 

 そう言ってスミ姉は妖艶に微笑んだ。頼むからこんなところでその笑みはやめてくれよ……その言葉には同意せざるを得ないけど。

 ……さてと、話も終わったことだし後始末を済ませてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、姉さんはインターミドルを出場辞退した。一般的に見れば理由は不明だが、最も有力な説を挙げるなら脚の怪我と本人が最初からそうするつもりだったということぐらいである。

 こうして俺とスミ姉は、姉さんのセコンドという役目を終えることとなった。

 

 

 

 




 これにて第三章は完結です。次回から第四章に入るのですが……ある程度片付いたので外伝の方に集中したいと思います。ではでは。

《今回のNG》TAKE 5

「……じゃあ、なんでサツキは右脚を引きずっているの?」
「え……?」

 その言葉を聞いて一瞬呆けてしまうも、ハッとしてすぐにテレビの方へと視線を――


 グキリッ


「く、首が……! 首が……!」
「……なんで首を痛めてるの?」

 そんなん(ウチ)にもわからへんよ……!


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