「……おふくろか」
『久しぶりやね、サツキ』
「せやな」
『元気でやっとるか?』
「一応、元気にしとるよ」
『強い奴はおったか?』
「いるにはいたが……どいつもコイツも相手になんねえよ」
『……はは。嘘はあかんな、嘘は。お前、その相手とやらの一人に負けたやろ』
「…………チッ」
『素直でよろしい。ところでイツキとスミレにはもう会ったか?』
「とっくの昔に会ってるよ」
『そうかそうか。それはともかく――前置きはここまで。本題に入ろか』
「おう」
『――年末、あるいは年始に地球へ帰ってこいって言うたら、お前はどうする?』
「アタシ、今年限りでこの世界を出てくわ」
「………………え?」
晴天の朝。あまりにも突然すぎる告白に、思わずその場で呆然としてしまう。
この世界を出てく? つまりサッちゃんが
意味がわからへん。確かに前々から地球に帰るとは言っとった気がせんでもない。でも、今年限りでいなくなるというのは紛れもなく初耳や。お願いやから冗談であってほしい。それが今出せる精一杯の結論だった。
「じょ、冗談もほどほどにしてーや。寝惚けてるんと違う?」
「アホか、冗談なわけねえだろ。最近親と話し合ったんだよ。いつ帰るかをな」
そう言って、サッちゃんは今まで見せたこともなかった冷徹な眼差しで
う、嘘や……
試しに自分の頬を引っ張ってみたが、ちゃんと痛覚があった。
「……エレミア。少しは落ち着いて」
無気力な声でそう言ってきたのは魔女っ子だ。けどな、そういう魔女っ子かて顔に動揺の色が表れとるよ?
「……帰るにしても、理由を説明してほしい」
「今年限りで帰ることが決まった。それだけだ。お前はもう用済みだよ、
「…………っ!?」
魔女っ子を『クロ』ではなく『クロゼルグ』と呼んだことに一層驚いてしまう。
よりにもよって一番仲の良かった魔女っ子から距離を取ろうとするなんて……。
「まさかとは思うが……アタシと友達にでもなったつもりだったのか? エレミア」
「………………」
友達にでもなったつもり……そや。一昨年、
肌を痺れさせる一触即発の空気の中、
「……好きにすればええよ」
「エレミア……?」
「…………へぇ」
強制的に止めはしない。そんなことしても無意味なのは目に見えてる。それでも、こういう形ならあんたは絶対に食らいつくやろ?
「尻尾巻いて、惨めにいなくなればええやん」
「…………」
サッちゃん――いや、サツキが目を細める。今の一言でもう
まあ、それならそれで都合がええわ。こっちも説明する手間が省ける。
「……つまり、アタシがお前に負けたからいなくなるとか思ってんじゃねえだろうなぁ?」
「少し違うよ。
一瞬、サツキが口元を引きつかせたのを
「――この世界から出てくなら、最後に
らしくないのはわかってる。けど、こうでもせんと後悔してまう。そんな気がするんよ。
「…………なるほどな」
サツキは一人納得したかのようにうんうんと頷き、口元を軽く歪ませた。
「……その勝負、受けてやる」
「それでええんよ。あんたが断るはずあらへんからな」
ケンカ好きのサツキが売られたケンカを放置するわけがない。むしろ断る方が難しいのだ。
もちろん、交渉はこれだけじゃ終わらない。すぐさま元々考えていたことを口に出す。
「その勝負で、
「ほう?」
サツキが意外そうな顔になる。おそらくこの世界に残れ、とかを予想してたんやな。
気づけば、サツキと睨み合う形になっていた。どうりで緊迫感が尋常じゃないわけや。
「それじゃあ、アタシが勝ったらお前らとの関係を完全に絶つ。これを呑み込むのならお前が出した条件を呑んでもいい」
「……ええよ。勝つのは
「言うようになったじゃねえか、エレミア」
珍しく嬉しそうに声を出し、笑みを浮かべるサツキ。そういうの、もっと早う見たかったわ。
日時はその場で決め、場所は後で
□
「サツキが“死戦女神”……?」
「やはりか……」
ダールグリュン邸にて。
番長は自分のすぐそばに巷で有名な不良がいたことに驚きを隠せないのか少し呆然としており、ある程度予想してたらしいミカさんは納得するように呟いている。
ヴィクターも顔を驚愕の色に染めながらも落ち着いているが、いいんちょは違った。
「し、“死戦女神”? それって二年ほど前から有名になっていた不良の事ですか?」
「ええ。その正体がサツキですの」
いいんちょは“死戦女神”を噂程度にしか知らんかったみたい。
無理もあらへん。インターミドルの上位選手でもあるサツキが、実は有名な極悪ヤンキーでしたなんて言われても、普通は信じられへんからな。
このあと番長から聞いた話によると、サツキは『インターミドルにはもう二度と出ない』と彼女に公言していることがわかった。
「……腹立たしいにも程がありますわ」
最初に口を開いたのはヴィクター。彼女はサツキと試合で二度も対戦し、一勝一敗というイーブンな結果を残している。
しかし、内容は大きく異なっていた。初戦はサツキの慢心をついて勝ったらしく、納得のいく勝ち方ではなかったとのこと。……が、二戦目はたった数発ぶん殴られてKO負けというにわかには信じられないものだった。
ヴィクターが装着するダールグリュンの鎧はかなりの防御力を誇る。サツキはそれを小細工なしのステゴロで制したのだ。驚くしかない。
当時、
「だろ? 完全に勝ち逃げだぜ」
ヴィクターの言葉に同意したのはそれを話した番長だ。彼女がサツキから初のダウンを奪ったのは記憶に新しい。
「……私は君達ほどサツキといい勝負をした覚えはない。けど腹が立つことに変わりはないね」
次に同意を示したのはミカさん。一昨年の都市本戦でサツキと対戦している。
結果は1ラウンドKO負け。見ていた限りでは斬撃をすべて避けられ、ヴィクターと同じくたった数発ぶん殴られて終わってたはず。
唯一サツキと対戦経験もなく、親しみもなかったいいんちょだけは話についてこれないのか
「私、この場に必要ないのでは……?」
そうでもない。いいんちょはこれから話すことに関わってくるのだから。
「で、ジーク。おめー今度サツキとタイマン張るんだっけか?」
「うん。そやから場所をヴィクターにどうにかしてほしいんよ」
「……サツキ絡みというのが心底気に入らないけど、それくらいなら任せなさい」
やっぱりヴィクターは優しいなぁ。今度差し入れでもしてあげよかな?
番長とミカさん、そしていいんちょにはいざという時の制止役を頼んだ。
「それで止められるならいいが……」
「ああ、そのためのエルスか」
「話を聞く限り、とても役に立てるとは思えませんよ……?」
サツキはいいんちょの武器を詳しく知っているわけではない。止められる可能性は充分にある。
番長とミカさんには申し訳ないが、二人には真っ向から全力で制止役をしてもらう。
「……日時は決まっているのか?」
「クリスマスの正午や」
「わかりやすいな、おい」
これは
□
「………………」
「まだ落ち込んでるん?」
ヴィクター達との話し合いを終え、今日限りで出ていくことになったサツキの家に帰宅すると、明らかに落ち込んでいる魔女っ子がおった。
「……こうなるのは、わかってた」
わかってた? それって、いずれサツキに見限られるのを承知で接近しとったんか? もしそうやとしたら……健気にも程があるんよ。
魔女っ子は顔を俯かせたまま、何かを堪えるように続ける。
「……でも、やっぱり友達になりたかった」
顔を上げた魔女っ子は泣きそうな顔をしていた。むしろよう泣かんかったと褒めてやりたい。
……あー、魔女っ子には悪いけど、この際やから正直に言っとこう。
「ごめんな魔女っ子。サツキと戦うのはあんたのためやなくて――」
「……自分のため?」
「――う、うん」
そんなことはとっくの昔に知っている、みたいな感じで返された。
こればっかりは約一分前の
「……エレミア」
「ん?」
「………………勝って。絶対に」
「……言われんでも、そのつもりや」
勝たなきゃ何もかもが水の泡や。それに、前々からあのアホはシバく必要があると思ってたし。
――覚悟しいやサツキ。今度の
《今回のNG》TAKE 3
「私、この場に必要ないのでは……?」
「そ、そうでもあらへんよ! な、番長?」
「お、おうよ! おめーのバインド、打ち砕くのに結構手間取ったんだぜ!?」
「……以前、簡単とか言ってましたよね?」
「「「………………」」」
どないすればええんや、これ。