死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第89話「黒のエレミアvs死戦女神」

 

 12月25日。ヴィクトーリアが用意したダールグリュン邸の近くにある土地にて、ジークリンデは堂々と遅れてやってきたサツキを見つめていた。

 周りにはジークリンデに頼まれた役目を果たしに来たハリー、ミカヤ、エルス、そして二人の喧嘩の行く末を見届けに来たヴィクトーリア、ファビアの五人が待機している。

 サツキは遅れてきたにも関わらず、タバコを吸いながらまるで間に合ったかのようにジークリンデと向かい合う。決めた時間などあってないようなものだと言わんばかりに。

 ジークリンデはそんな彼女の態度にため息をつき、今も吸っていたタバコを地面に捨てて踏み潰しているサツキに話しかけた。

 

「二つええか?」

「あァ?」

 

 サツキがめんどくさそうに返事したのを確認し、彼女は言いたいことを口に出す。

 

「まず一つ、(ウチ)が負けたらほんまに(ウチ)らとの関係を絶つんか?」

「まあな」

 

 今回の喧嘩でジークリンデが負けた場合、サツキは彼女達との関係を断ち切ると約束してしまったのだ。ジークリンデは手始めにそれをサツキが覚えているかどうか確認したかったのだ。

 サツキが約束を覚えていたことに不満そうにため息をつくも、すぐに気を取り直す。

 

「もう一つは――ありがとうな」

 

 その言葉を聞いたサツキは思わず「は?」と間の抜けた声を出した。声にこそ出してはいないが、ファビア達もよくわからないと言った感じで首を傾げている。

 

「礼を言われる覚えはねえぞ」

「サツキにはなくても、(ウチ)にはあるんよ。……今日、(ウチ)は全力のサツキに初めて勝った相手になるんやから」

 

 ジークリンデは一昨年の都市本戦以来、サツキに対して強い対抗心を抱いていた。

 かつてのエレミア達の戦闘経験を受け継ぎ、鍛練も怠らなかった自分が実力で及ばないと痛感させられた相手。しかもサツキの専門分野は試合ではなく、ルール無用の喧嘩だという。つまり専門でも何でもない分野で彼女に及ばなかったのだ。

 そんな強敵と、今度は喧嘩をすることになった。喧嘩はサツキの専門分野だ。これに勝てば自分は純粋な実力でサツキを越えたことになる。

 

「……言いたいことはそれだけか?」

「うん。そっちこそ、言いたいことがあるなら今のうちに言っときや」

「あるかそんなもん――いや、一つある」

 

 思い出したかのように答えるサツキ。小声で「一つ?」と呟くジークリンデをよそに、真剣な表情で口を開く。

 ファビア達もそれが気になるのか、聞き耳を立てるようにサツキを見つめた。

 

「ムカつく奴は片っ端からぶん殴って、頭はぜってー下げねえ。昔から何かに縛られることなく、ただひたすらバカをやって過ごしてた。鑑別所にブチ込まれたこともある」

 

 地球で過ごした日々、ミッドチルダで過ごした日々。両方の日々を懐かしみながら思い返す。

 鑑別所という聞き慣れない単語に一同は首を傾げるも、サツキはお構い無く続ける。

 

「特にケンカは最高だった。今みたいに出し惜しみする必要もなく、本能のままに全力でやったときなんか生き甲斐すら感じたぜ」

 

 アタシはケンカが大好きだ。誰にどう言われようと、サツキはそう言いきるだろう。

 しかし、それは当時の話に過ぎない。今でも好きであることに変わりはないが、心から楽しめているかと言えばそうでもないのだ。

 

「このケンカに勝とうと負けようと、アタシはそこへ戻れる。この先何があろうと絶対に背は向けねえ。だからさ――」

 

 一旦言葉を句切ると、サツキはそれを隠すことなく一字一句はっきりと告げた。

 

「――最後くらい味わわせてくれよ。『生きてる実感』ってやつをよぉ!」

 

 不気味に微笑むサツキのその一言が開始の合図となった。先に動いたのはジークリンデだ。

 突撃しながらバリアジャケットを装着し、鉄腕を解放する。相手は生身でこの場にいる誰よりも命のやり取りや修羅場をくぐってきた猛者だと聞く。その猛者であるサツキは私服姿のままだが、一瞬たりとも気は抜けない。

 無防備に立つサツキの右側へ回り、握り込んだ右の拳を顔面目掛けて放つ。

 サツキはそれを視認すると上半身を少しだけ反らしてかわす。次に伸びきったジークリンデの右腕を両手で掴み、軽く跳躍すると右の回し蹴りで彼女の顔を蹴りつける。繰り出された蹴りは正確に左の頬を捉え、強烈な風切り音を生み出した。

 

「……ッ!?」

 

 よろけながらも踏ん張るジークリンデを、サツキの左拳が襲う。

 頭をザクロのように砕きかねない一撃をどうにか右腕で防ぐも、鉄腕越しに腕の骨がミシッと悲鳴をあげ、ガードごと身体が派手に吹っ飛ぶ。

 コンマ一秒前までジークリンデがいた場所から、異様な轟音が響き渡った。

 宙を泳ぎながらも体勢を整え、華麗に着地するジークリンデ。轟音が聞こえた方を見てみると、拳圧により削り取られた地面が目に入った。

 

「ほんまに削り取れるんか……」

 

 サツキの拳にそれだけの破壊力があることは知っていたジークリンデだが、直にその光景を見るのは今回が初めてだった。

 背筋に嫌な汗が流れ落ちるのを感じ、右腕のしびれに気づいて一瞬だけ表情を崩す。

 ――サツキは自分を殺しに来ている。それは火を見るよりも明らかだ。

 

「エレミアァァァァァァァァ!!」

 

 腹の底から爆ぜるように吠え、地面を蹴りつけて跳ね上がるサツキ。宙を切り裂き、回転しながら右腕を構えて飛来する。その動きは人間というより、もはや四足獣の動きに等しかった。

 十メートルほどあった距離が一気にゼロへと縮まり、斜め上空――至近距離から一刀両断のごとく振り下ろされる右拳を、

 

「くっ……!?」

 

 バックステップで後ろに後退し、間一髪で回避する。ジークリンデが立っていた位置にサツキの右拳が突き刺さり、回避した彼女に代わって地面が破砕音と共に叩き割られた。

 驚愕するジークリンデをよそに、サツキは陥没した地面から拳を引っこ抜く。口元を歪め、愉しそうに赤みがかった瞳をギラつかす。

 ジークリンデはそんな彼女を見て一瞬たじろぐも、すぐさま周囲に高密度の弾幕陣を生成する。

 

「ゲヴァイア・クーゲル!」

 

 間髪いれず生成した弾幕陣を一斉に撃ち、その隙に突撃する。サツキのことだ。これくらいの弾幕なら簡単に対処してしまうだろう。

 ジークリンデの予想通り、サツキは弾幕を壊さずに受け止めていく。そして受け止めた弾幕を一つに束ね、左の掌底で弾き返してきた。

 螺旋の回転が加えられたそれは唸りを上げながらジークリンデに迫る――が、彼女も待ってましたと言わんばかりに左へ逸れることで回避し、同時に構えた左拳をサツキの顔面に打ち込んだ。

 ようやく攻撃が入ったことに内心ホッとしかけるジークリンデだが、すぐに切り替えて打ち込んでいた左拳を引き、今度は右の手刀を彼女の左肩に叩き込む。

 

「いってぇ!?」

 

 その一撃が思ったより効いたのか、手刀が叩き込まれた左肩を右手で押さえる。だらんとして動かなくなった左腕を見る限り、どうやら肩の関節が外れているようだ。

 

「あァクソッ! 何回外れたら気が済むんだこんちくしょう!」

 

 サツキは荒々しく叫びながらも、外れていた左肩の関節をあっさりとハメ直す。当たり前のように行う辺り、結構手慣れているのだろう。

 目付きの悪い顔に目立った外傷はないものの、殴られた部分は少し赤くなっていた。

 

「……さァて、もうちょっとやる気出すか」

 

 晴天の真っ昼間、サツキは赤みがかった黒髪をなびかせ、脚に力を入れると身体を沈めた。

 ――直後。

 

「え……?」

 

 サツキが目の前にいた。音も気配もなく、無造作にジークリンデの間合いへ入ったのだ。

 一瞬の出来事で理解が追いつかず、金縛りに掛かったかのように動きが止まる。当然、それを見逃すサツキではない。

 犬歯をのぞかせ微笑み、人ではなく獣のような雰囲気を纏う彼女は少し身を屈めて左の手のひらにテニスボールほどの大きさの魔力を生成し、それを掴んでジークリンデの鳩尾へブチ込む。

 するとブチ込んだ左拳から赤紫の凄まじい衝撃波が放たれ、ジークリンデは数十メートルも後ろへ引きずられた。しかも、放たれたそれは衝撃波というよりもはや光線に等しかった。

 あまりの威力に口から血反吐を吐くジークリンデだが、休む暇など与えるつもりのないサツキはすかさず間合いを詰め、握り締めた右拳を放つ。

 

「あか――!?」

 

 頭部を粉砕せんと迫る一撃を前に、彼女の思考は停止させられる。

 ――己の命を守るために発動した、エレミアの神髄によって。

 

「…………へぇ」

 

 自身の拳をあっさりと右手で受け止めたジークリンデに少しばかり感心するサツキだが、彼女が左手を振り上げると焦るように後退し、コンマ数秒ほど遅れて繰り出されたイレイザー――ガイストを横に転がって回避する。

 放たれたガイストは抉るように地面を削り取っていった。サツキはふとジークリンデの背後に目をやる。そこには受け止められた右拳の拳圧により削り取られた地面があった。

 それを見て険しい表情になり、機械のように澄み切った瞳のジークリンデを軽く睨む。

 

「ガイスト・クヴァール――」

 

 ボソリと呟き、先ほどのサツキに勝るとも劣らない動きで彼女の背を取るジークリンデ。そして魔力をまとった右の鉄腕を振り下ろした。

 あらゆる命を刈り取る鉄の爪を視認することなくかわし、振り返り様に右の拳を突き出す。

 なんの反応も示さないジークリンデは難なく拳を受け止め、両手に圧倒的な力をまとって躊躇うことなく進撃してくる。

 

「チッ……」

 

 次々と繰り出される攻撃を舌打ちしながらもかわしていき、ジークリンデをどうやってブチのめそうかと考える。

 魔法抜きの純粋な身体能力ではサツキの方が圧倒的に上だが、戦闘経験は最低でも500年分の経験と記憶を受け継ぐジークリンデに分がある。魔法に関しては言うまでもないだろう。

 サツキは以前、エレミアの神髄を発動したジークリンデに苦杯を嘗めさせられている。なので今の彼女に弱点はないかと睨むように観察していたが、一つの答えを導き出し考えるのをやめた。

 

 ――目の前のバカをぶん殴る。それだけだ。

 

「目には目を、シンプルにはシンプルを」

 

 エレミアの神髄を発動したジークリンデは意識こそあるが、思考と感情は欠片もないというほぼ機械に等しい状態にある。

 数ある選択肢の中から最善のものを選び、目の前の敵を殲滅するために圧倒的な力を振るう。

 実にシンプルかつ強力である。だからこそ、サツキもまたシンプルな選択を選んだ。

 

「……ッ!」

 

 サツキは右の拳を握り締めると、ジークリンデが捉えたと言わんばかりに振り下ろした左の鉄腕を紙一重でかわし、

 

 

「――歯ァ食い縛れ」

 

 

 無防備になった彼女の下顎を、右のアッパーカットで殴り飛ばす。

 殴られたジークリンデは宙を泳いだ後、地面に叩きつけられ、動きが止まる。そして――エレミアの神髄は解除された。

 

 

 

 

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