「…………」
「ねえ、お金持ってるでしょ?」
「へ? え、えっと――」
「いいから取っちゃいなよ」
「そうだよ。早く取りなさい」
「や、やめてください」
「なんでよ? こんなところをうろついていたあんたが悪い――」
「…………(トントン)」
「――え?」
「悪い。ムカつくからボコらせろ」
「あがっ!?」
深夜の人気のない駐車場にて、アタシは何となくムカついた女子のグループを蹴散らしている。
家にいてもやることがなかったので街へ繰り出し、道脇でタバコを吸いながらう○こ座りしていたところへ貧弱そうな男子を数人の不良っぽい女子が恐喝しながら目の前を通過、とりあえず気に障ったため行動に移したのだ。
一言で言っちゃうと暇潰し……だが、ムカついたというのも事実だから問題はない。
「あ、あんたねぇ……いきなり何のごっ!?」
なんか言おうとしたピンク髪の女を蹴り倒し、胸ぐらを掴み何度も殴りつける。
その最中、背後からデバイスのような杖を振り下ろしてきた茶髪女の腹に背を向けたまま拳を入れ、悶絶したところをハイキックでブチのめしもう一度マウントを奪ってピンク殴りを再開。
ていうか、デバイスあるのに殴ることしかできないのかね君たちは。いや、魔力付与打撃って可能性もあるな。
「ちょ、やめなさいってば……!」
しかし、集中しすぎていたせいで前頭部を金属のようなもので殴打され、殴られた部分から液体のようなものが流れ出てきた。
……ていうか、これ血じゃねえか。
アタシの頭を殴った張本人であろう青髪が再び金属のようなもの――鉄パイプ型のデバイス(多分)を振り上げたところを殴りつけ、近くにあった車へ思いっきり顔面から叩きつける。
「が……」
何度も叩きつけてから投げ捨て、これまたピンクのマウントを奪ってタコ殴り再開。最低でも五発は打ち込んだ。
最後に蹴りを入れてきた黒の短髪を殴り飛ばし、怯えて動けない二人の女の前に立って一言。
「どけオラ。ヤンキー様のお通りだ」
二人の間を堂々と通過し、その場を後にする。
そう言えば、絡まれていた男子がいないな。アタシが暴れている最中に逃げたか。まあ、いたところで邪魔になるだけだから別にいいけどさ。
よしよし、ほんの少しだが暇は潰せた。さっさと帰って寝よう。
「――起きてサツキ。もう昼だよ」
「…………ん」
聞き覚えのある声が耳に入り、夢の世界から現実へと引き戻される。すぐ声がした方へ振り向くと、倒れた人を覗き込むようにこちらを見つめるクロがいた。
まずは確認だ。ここはアタシの家で、今いる場所はフカフカのベッド。よし、問題ない。
朝帰りとはいえ、まだ眠いな。それに今日は特に予定もないし……もう一度寝――待て。
「おいクロ」
「何?」
「なんでこんなに寒いんだ」
寒い。とにかく寒い。ベッドに入っているのに寒い。なんというか、冷凍庫に長時間入れられていたのかってぐらい寒い。
いくら二月だからって全身が凍結しそうなほど寒いのはおかしいだろ。
一人極寒とも言える寒さに震えていると、クロが呆れ顔で口を開いた。
「……とりあえず服を着たら?」
「あ?」
クロの言葉を聞いて自分の身体を見てみると、細かい傷痕がいくつもある身体が目に入った。ていうかアタシの身体だ。
その身体に着用されているのは黒のブラとパンツだけ……下着だけ?
「テメエ服をどこにやった!?」
「ご、誤解だよ……! 私が来たときにはもう下着姿だった……!」
そんな事実はどこにもない。
「チッ、まあそういうことにしといてやるよ。で、今日はなんの用だ?」
「新しくできたケーキ屋に行こうと思って」
「そうか。アタシは寝るぞ」
ベッドのそばに脱ぎ捨てられていた服を一ヶ所にまとめ、タンスから引っ張り出した適当な服を着てベッドにダイブする。
するとクロは一緒に来てほしいと言わんばかりの眼差しを向けてきた。いや、そんな視線を向けられても寝ることに変わりはないんだが。
「早く帰れ。アタシは寝るんだ」
「起きるまで帰らない」
なんて迷惑な奴なんだ。どんだけアタシとケーキ屋行きたいんだよお前。
……さっきからめちゃくちゃ寒いな。服を着た分マシにはなったが、それでもまだ外にいるような感じだ。ここ室内だよな?
あまりの寒さにベッドへ潜り込んでいると、布団越しにクロの声が聞こえてきた。
「それとサツキ」
「んだよ」
「エアコンが壊れてたよ」
どうやら起きるしかなさそうだ。
「サツキ。昨夜も遅かったみたいだけど、どこに行ってたの?」
「……歓楽街だ」
あのあとクロの協力もあって気合いと根性でベッドから抜け出し、冬用のパーカーを着てどうにか外出することに成功した。今は首都クラナガンから数キロほど離れた位置にある東北の歓楽街へ訪れている。
まさかエアコンがイカれていたとは……どうりであんなに寒かったわけだ。
しっかしあれ買ったばかりなのにどうして壊れたのだろうか。酷く弄った覚えはないのに。
「この……っ! つけオラ……っ!」
とりあえずタバコを吸おうとしているのだが、オイルライターの火がつかない。出るのは小さな火花ばかりだ。
仕方なくオイルライターをポケットに仕舞い、代わりにマッチで火をつけた。
そろそろタバコも調達する必要がありそうだ。たまにはメンソール味がいいかな?
「……おいクロ」
「ん?」
「何だアレ?」
一服したところで少し開けた道に入ると、数人の女子が目立つ格好で群れながら歩いていた。気のせいか、深夜にボコった奴らと似ているな。
この街のことは何も知らないので野菜ジュースを飲んでいたクロに聞いてみると、いきなり苦虫を噛み潰したような顔になった。
「…………お願いだから夜はまだしも、白昼にゴタゴタはやめて」
「まだなんもしてねえだろ」
それだと今からアタシがアイツらにケンカを吹っ掛けてもおかしくないみてえな言い方じゃねえかコノヤロー。
にしてもあの連中、群れているとはいえ随分と粋がってんな。今ヤクザみたいなのとすれ違ったけど特に何も言われてないっぽいし。
服装は全員、どっかの学校の制服だ。某砲撃番長みたいなスケバンではない――いや、スケバンというよりレディースかあれは?
「とりあえず、目を合わせないように」
「……もう合ってるよ」
目なんて初見の時点で合っている。ほら、今もアイツらこっち見てるし。
「じゃあ絡むのはやめて。ここで暴れられたらこの辺りにある美味しいケーキ屋に来れなくなる」
「ケーキ屋なんざどの街にもあんじゃねえか」
ケーキをメインで販売している店舗なんて腐るほどある。アタシのこっちの地元にもあるし、クラナガンにもある。
アタシの返答が気に入らなかったのか、クロはジト目で口を開いた。
「……ケーキを笑う者はケーキに泣く。ケーキには糖分とイチゴと生クリームと夢と希望がたっぷり詰まっている。ケーキを食べたいときに限ってお金はあるのにケーキがどこにもないと気づいたとき、サツキは有り難みを知ることになる」
「……………………そ、ソダネ」
要約すると『私はケーキがこの上なく大好きです』ってことか。妙に哲学っぽく説明されても返事に困るだけだバカ。さすがのアタシもちょっと引いたぞコラ。
てかあの連中なんなんだよ。ひょっとしてこの辺をシメてる奴らか?
クロと会話を交わしているうちに互いの距離は縮まっていき、ついに真正面からすれ違って二、三歩歩いたところで立ち止まり、振り向いた。
「……何よ?」
「あ? テメエ何見てんだ――」
「ゴタゴタ禁止……!」
群れているから余裕だと言わんばかりに嘲笑されたのでブチのめそうとしたら、クロが必死にアタシを制止してきた。
アタシを嘲笑したリーダー格であろうボーイッシュな女とその取り巻きは、こちらを一瞬睨むとすぐに歩みを再開して立ち去っていく。
嘲笑したかと思えば今度はガン飛ばしかよ。マジでケンカ売ってやがるな。
「サツキ……!」
「なんだよ急に」
目的地の家電量販店に着くと、いきなり膨れっ面のクロに怒鳴られた。アタシなんかしたっけ?
「……白昼にゴタゴタはなしって言ったはずだけど。私の話、聞いてたの?」
「…………ペッ」
「うん。今ので聞いていないというのがよーくわかったよ」
口内に溜まっていた唾を吐いただけなのに勝手に解釈された。まあ、聞いたところでそれを守るようなアタシではない。
呆れたようにため息をついた金髪魔女は、周りを見渡してから小声で話しかけてきた。
「……いい? “ヒュドラ”にだけは手を出しちゃダメだよ」
「“ヒュドラ”?」
なんだその伝説の生き物は。
「さっきあなたがブチのめそうとした女子校生のグループ名。どういうわけかあっち側の人達も一目置いている」
「へぇ……」
クロの話によればこの街も昔は治安が良かったらしいのだが、なぜか今では“ヒュドラ”が堂々と徘徊するほど悪くなってしまったとのこと。
まあ、アタシの地元は治安が良かったけどこの街以上に無法地帯だったから別に驚きはしない。
こいつは暇潰しにちょうどいいな。まあ、今回はエアコンが目的だからそっちを優先しよう。
「ところでサツキ。――私とケーキ屋に行く約束、覚えてる?」
「行くとは言ったが約束はしてねえぞ」
「…………バカッ」
このあと選択に二時間ほど掛けて買ったエアコンを無事に持って帰ることができたが、その途中で三回もナンパされたよ(クロが)。
そして今日、アタシはエアコンの有り難みを生まれて初めて知ったのだった。
《今回のNG》TAKE 90
「……ケーキを笑う者はケーキに泣きゅッ!」
「…………」
「…………」
「…………おい」
「私、帰る……!」
このあと数十分にも渡る攻防の末、クロを止めることに成功したのだった。