「ふぁ~……」
“ヒュドラ”の奇襲を受けてから三日。アタシは公園のベンチで目を覚ました。
なんかこのベンチ、フカフカじゃないのにちょっと寝心地がいいぞ。慣れって怖い。
まずは身体を洗わなければ。せっかくなので腐れ縁の番長を訪ねようと思ったときだった。
「……おはよう」
またクロか。ていうかコイツ、最近アタシにベッタリ過ぎるだろ。他に友達いねえのか。
上半身を起こし、軽く周りを見渡してからクロの頭を撫でる。撫でられたクロは目を細め、幼い子猫のように頭をスリスリと擦りつけてきた。そんなに気持ちいいのか。
そういえばここ最近、一人でいた記憶がない。常にコイツが一緒だったな。まあそういう関係だから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。
「お前、もしかして暇なのか?」
「サツキにだけは言われたくない」
否定できないのが心底悔しい。
「今度はなんの用だ?」
「友達の様子を見に来ているんだけど……何か問題でも?」
いつアタシがお前と友達になったよ。あくまでそれに近い関係だって言ったろうが。
背伸びをしながら立ち上がった瞬間、お腹からお決まりの音が聞こえてきた。そういや昨日もまともな飯食えなかったんだよなぁ。
「クロ。なんか食い物ねえか?」
「…………そう言うと思って買ってきた」
少し呆れながらも、クロは一つの箱を差し出してきた。気のせいか甘い匂いがする。
首を軽く鳴らしつつ、クロから箱を受け取って中身を確認してみると……
「うん。だろうと思った」
案の定、ショートケーキだった。なんで朝からケーキ食わなきゃなんねえんだよ。いや、食えるだけマシだけどさ。
一緒に入っていたフォークを持ち、てっぺんのイチゴに刺してそれを頬張る。
やっぱりイチゴは甘いな……けど、これ味が薄い。前に食ったやつの方が美味かった。
「……どう?」
「イチゴの味が薄い」
それ以外は普通に美味しいのに、イチゴの味の薄さで台無しになっている。
ケーキに限らず、食べ物ってのは一つの要素が外れるだけで旨みが軽減されるんだよね。
アタシの答えが良かったのか、そうだろそうだろって感じで頭を縦に振るクロ。
「……やっぱりサツキは同志だよ」
「勝手に同志にしてんじゃねえ」
今回は意見が一致したに過ぎない。それだけで同志って言われてもなぁ。
ケーキを食べ終わったアタシはポケットからタバコを取り出し、クロにオイルを補給してもらったライターで火をつけた。
ふぅ~と煙を吐きながら、今日の行き先を考える。いやまずはシャワーだけど。
「…………早く私の家へ」
「お前はエスパーか」
「違う。だって正直、少し臭うから」
事実とはいえ、実際に言われると傷つくもんだな。ズキッときたぞコラ。
とにかくやることは決まった。シャワーを浴びたら飲み物を調達しよう。
一服し終えたアタシは、鼻を摘まみながら歩くクロの後へ続いた。……そこまで臭うのか。
「……サツキ。早くこっちへ」
翌日。アタシとクロはコソコソしながら街をうろついていた。
どうもあの日以来、連中の動きが見てわかるほど活発になってきているのだ。この四日間で五回も襲撃を受けたよ。
アタシはもちろん、クロも目立つほどの傷を口元に負っている。幸いにも治る程度のものだが。
「なんで他の街にまで来てるんだよアイツら」
「連中はこう言ってた。どこへ逃げようと必ず追いかける……って」
あのときは軽く聞き流していたが、まさか本格的に行動範囲を広げてくるとは思いもしなかった。こんなに大胆な奴らは久々だよ。
そのせいで家に帰ることすらできない。見つかれば一貫の終わりだからな。我が家が。
もういっそのこと、次の支払いまで我が家は放置するか? いても気温が外と変わらないし。
「ここ路地裏だけど大丈夫か?」
「……サツキがいるから大丈夫」
アタシは囮かコノヤロー。
「つーかさ、いずれ見つかるだろこれ」
「一日でも多く生きる。今はそれしか考えてなかったから……」
何その逃○中的なサバイバルは。クロの表情でその考えが本気なのはわかるが。
生き延びるために逃げる。別にそれが間違ってるとは言わねえよ。
「やっぱり片っ端からブチのめすか。コソコソすんのは性に合わねえわ」
「…………キリがないと思うけど」
「あのなクロ。連中は無限に沸いてるわけじゃねえんだ。出所を潰せばこのコソコソ劇も終わる。だから今の方がキリはないんだよ」
どこへ逃げようと追いかけてくるんだ。おそらく聖王教会や別の世界へ逃げても結果は同じだろう。それに加え、逃げるのはアタシの癪に障る。
クロもアタシの言い分に納得してくれたのか、ため息をつきながらも肯定した。
そうと決まればさっそく逆襲開始だ。生まれてきたことを後悔させてやる。
「行くぞクロ!」
「が……ッ!」
そう言うと同時に、背後に迫っていた一人の女を叩きのめす。
ほら言わんこっちゃない。数は少ないけど狭い路地裏というのもあって囲まれてるぞ。
やっとその事に気づいたのか、アタシと背中を合わせる形になるクロ。
「………………おい」
「何? 今は話してる場合じゃ――」
「邪魔だバカ」
これは邪魔すぎる。徒手格闘の使い手とかならまだしも、コイツはあくまで魔女。正統派の魔女がステゴロで戦えるなんて聞いたこともない。
敵の方は何かと怒鳴っているが、どうでもいいのでほとんど聞き流している。
クロはむ~と言わんばかりに不機嫌な顔になった。そういうのは後にしてくれ。
「…………ひどい」
「ほざけ。とりあえずここから出るぞ」
数が少なくても場所的に不利だ。
「……アイツ遅えな」
一時間後。蹴散らせば蹴散らすほど増える連中に手こずりはしたが、どうにか路地裏から脱出することに成功した。
が、途中で別れたクロがまだ来ない。ホントなら今ごろ合流してるはずなんだけど。
まさか拉致られちゃった? アイツに限ってそんなことは……あり得るな。
「めんどくせえな」
仮にクロが“ヒュドラ”に拉致られたとしよう。連中のアジトはわからないし、電気が止められているから通信端末も使えない。
……おい詰んだぞこれ。電気代払っとけば良かったって改めて思ったじゃんか。
クロが近くにいないか集中してみてはいるが、それらしき気配は感じられない。もちろん臭いもしなければ音も聞こえてこない。
(足で探すしかないか……)
そう思って一歩踏み出した瞬間、右側からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
ただ聞こえただけなら気にしないが、今聞こえたやつは距離的に近すぎる。明らかにアタシを呼んでいるような音だ。
ゆっくり振り向いてみると、そこそこ大きなバイクに乗った女がこちらを見ていた。
「――やあ、いつ以来かな?」
馴れ馴れしく挨拶してきたソイツは、以前アタシを嘲笑ったボーイッシュな女だった。
レディースがバイクに乗るって……暴走族か愚連隊かよ。
アタシが警戒しつつ睨んでいると、女は軽く笑みを浮かべながら口を開いた。
「君の友達、ウチで預かってるから」
これはラッキーだ。コイツからアジトの場所を聞き出せたらクロの居場所も掴める。
てかクロの奴、マジで拉致られていたのかよ。可能性はあると考えていたし、現に捜索しようともしたけど……そうか、拉致られちゃったか。
「……お前らの相手はアタシだろ?」
「もちろん。だからあの子を利用させてもらうことにしたんだよ。私達“ヒュドラ”の狙いはあくまでも君だからね、“死戦女神”」
その名前を出すってことはとことんガチみてえだな。しかも初めて会ったときとはまるで雰囲気が違う。こっちが素のようだ。
それにしても、クロを餌にしてアタシを誘い出すってやり方か。古典的かつ典型的だけど、これがアタシ以外なら有効な手段ではある。
女はついてこいという感じで首をクイってやると、軽くエンジンを鳴らして走り出した。
「……ご丁寧にスピードまで落とすか、男女」
「まあね。それと私の名前はカマロだ」
バイクでゆっくりと走る男女、カマロの後へついていきながら一服する。
太陽は沈みそうな状態――もう夕方になっていた。時間が経つのは早いな。
周りの視線がめちゃくちゃ突き刺さる。アタシが悪いのかこれ。
「まあ、やっと見つかったわけだ……」
カマロを見失いさえしなければ“ヒュドラ”のアジトに着ける。
けどまあ、コイツはリーダー格じゃなさそうだな。リーダー自らが出しゃばるのは稀だし。
そのリーダー格で思い出したが、あの噂は本当なのだろうか。
「おい」
「何よ?」
「お前んとこ、リーダーが二人いるって話は本当か?」
「本当だよ。一人はクロマ、もう一人が私だよ」
へぇ、お前もリーダー格だったのか。それなりの地位は持ってるとは思っていたが。そんで、もう一人はクロマって名前か。
早く着いてほしいと思いつつ、アタシは沈んでいく夕陽を眺めるのだった。