「…………」
意識を取り戻したアタシの視界に入ってきたのは、雲一つない夜の綺麗な星空だった。
なんで地面に寝そべってるんだっけか……あ、そうだそうだ。“ヒュドラ”のリーダー格、クロマに散々ボコられたせいだわ。
一体あれからどれだけ時間が経ったのだろうか。痺れがなくなったおかげでさっきよりも身体は軽くなっているが、ダメージはまだ残っている。それに今のままだと状況が全くわからない。
周りの状況を確認するため音を立てないようにゆっくりと身体を起こし、辺りを見渡す。ふむ、雑魚の数が減っているな。クロマの不意討ちを受けるまでがむしゃらに暴れたのが功を奏したか。
「ぐ……ぁ……!」
「へぇ~、まだそんな力があるんだ」
そして最後に視線を向けた先には、今にも窒息してしまいそうな顔で必死に抵抗するクロと、彼女を片手で持ち上げながらその首をとても愉しそうに絞めるクロマがいた。
あれはさすがに死ぬな。クロマの奴、正確無比にクロを殺しに掛かっている。アイツの使い魔であるプチデビルズも全員ダウンしているし。
……やるか。とりあえず弱い者いじめを見てたら無性に腹が立ってきた。
バレないよう静かに立ち上がり、一番近くに立っていた下っ端の女を一瞬で殴り飛ばす。
「ぎゃぁっ!?」
奇声を上げ、数メートルほど吹っ飛んだところでドラム缶に激突する下っ端の女。
さすがに気づいたクロマは扼殺を一時中断すると、クロを解放しながらアタシの方へ振り向き、信じられないといった感じで何か呟いている。クロもむせ返しながら彼女の視線を追い、アタシの姿を視認すると驚愕していた。
よし、あんまり回復はしてないが痺れはない。普通に動けるぞ。けど油断は禁物だからもう少し身体を慣らしておこう。
一度はやられたアタシが起き上がったことを不審に思った別の下っ端が近づいてきたので、目にも止まらぬ速さで彼女をぶん殴った。
「ごはっ!?」
「やっと動けるようになったわ~……」
悶絶しながら吹っ飛んだ下っ端を尻目に、今度こそクロマをブチのめそうと前進する。
同時に止まっていた時が動き出したかのように雑魚共が騒ぎ出し、一斉に襲い掛かってきた。
「もう一度くたばり――!?」
あくびをしながらまずは鉄パイプを振り上げた一人目の胸部に拳を打ち込む。次に迫り来る椅子をかわし、二人目の下っ端を肘打ちで沈める。
さらに挟み撃ちを仕掛けてきた奴らを右、左の順に殴り飛ばし、正面から向かってくる女には息をするように前蹴りを入れた。
一人ずつではあるが下っ端の数は確実に減っている。この調子でいくぞ。
「ふざけんじゃないわよっ!」
いきなり叫びながら殴り掛かってきた女を両手で受け止め、反対側から攻めてくる別の女には鋭い蹴りを入れる。
ソイツが力なく倒れたのを確認したアタシは受け止めていた女を殴りつけ、背後から近づいてきた奴には頭突きをお見舞いした。
あー、ちょっと手が痛い。魔法を使ってたらこういう痛みもなくなるんかね?
そんなどうでもいいことを考えながら、右、左の順に雑魚へ右の前蹴りを入れていく。
「しっ!」
ボクシングの真似事でもしていたのか、突然頭にハチマキを巻いた女がジャブを打ってきた。
もちろんこの程度の拳でアタシを倒せるわけがない。あえてそれを食らうと同時にテンポよく反対側へ歩いていき、口に溜まっていた痰を吐く。
「もうちと真面目にやれや」
「おごっ!?」
アタシの言葉に腹が立ったらしいハチマキは再びジャブを放ってきたが、それが当たる前に右拳で彼女をぶん殴る。
これにより怯んだハチマキを右フックで沈め、奴のマウントを奪って三発ほど殴りつけた。
ふぃ~……これで雑魚は片付いたな。後は呆然としているのか感心しているのかわからない微妙な表情でクロから離れているクロマだけか。
「――さっきはよくもやってくれたな、おい」
「っ!?」
間合いを一瞬で詰め、散々やられた分のお返しとして渾身の左拳をクロマへ叩き込んだ。
この一撃をノーガードで食らった彼女はきりもみ回転しながら吹っ飛び、壁に激突した。
それでも「いったいなぁ~!」と言いながら立ち上がるクロマ。だが脚の震えを見る限り、さっきのような素早い動きはもう無理だろう。
「まったく、君って実は化け物だったりする?」
できる限り平静を保ち、やれやれと呆れながら首を振るクロマ。
おいなんだコイツ。あれだけアタシを痛めつけといて化け物呼ばわりとかふざけてんのか。
……まあいい。どのみちコイツはブチ殺す。それにここまで来たら選択肢は一つしかない。
「――タイマンだゴラ」
タイマン。つまり一対一でやる殴り合いだ。
この提案を聞いたクロマは少し考え込むも、すぐに仕方がないと言わんばかりにため息をつく。
そしてこちらを見て軽く微笑み、ゆっくりとした足取りで近くに倒れているクロへ接近するクロマ。開いていた彼女との距離がほとんど縮まったところで立ち止まり、
「がは……ッ!」
「まっ、そういうのも悪くないね」
クロの小柄な身体を思いっきり蹴りつけた。どうやらやる気満々のようだ。
しかも今の行動が開始の合図にでもなっていたのか、一、二歩アタシに近づいたところで電撃の拳を繰り出してきた。
咄嗟に首を反らすことでこれを回避。すぐさま右の拳を顔面へブチ込み、脇腹にも一発打ち込むがまるで意に介していないクロマに右拳で顔面を殴られ、電撃を纏った右脚が腹部に突き刺さる。
血反吐を吐くもその脚を両手で掴み、頭突きをお見舞いして右腕を振るうもガードされ、電撃の魔力弾をゼロ距離から撃ち込まれてしまう。
それによりアタシの動きが止まったところで回し蹴りを放ち、間髪入れずに電撃を纏った膝蹴りを入れてきた。
「んだオラァッ!」
歯を食い縛って堪えたアタシは左拳でクロマをぶん殴り、膝蹴りを入れてから右の拳で顔面をひたすら殴り続ける。
十五発ほど殴ったところで拳を受け止められたが、そんなことに構うはずもなく肘打ちを叩き込み、さらにクロマが電撃を纏った右腕を振り上げた瞬間を狙ってボディブローをかまし、最後に怯んだ隙をついて拳の連打を懐へブチ込み続けた。
ついに耐えきれなくなったのかクロマは左手から電撃の弾幕を連射して距離を取ろうとするも、アタシは彼女の左手を掴んで引き寄せ、渾身のストマックブローを叩き込んだ。
「げほっ、ごふっ……!」
かなり効いたのか鳩尾を押さえながら咳き込み、涙目で血を吐き膝をつくクロマ。
立つまで待つ必要はない。彼女の顔面目掛けてサッカーボールキックを入れ、仰向けに倒れたところを跳び上がって両脚で踏んづける。
そのあと三回ほど踏んづけたが四回目の踏みつけを回避され、助走からの鋭い蹴りを食らって壁に激突してしまう。
これを好機と見たのか、クロマはさっきアタシを悶絶させたスタンガンを強化したような一撃を繰り出してきた。
「二度も同じ手を食うかッ!」
カマロのときもそうだが、いくらアタシでも同じ手を二度も食らいはしない。その一撃を交差した両腕でガードし、軽く押し返してから前蹴りをぶつける。
少しだけ驚愕するクロマ。だが、アタシは顔色を変える隙も与えるつもりはない。前屈みになったクロマを蹴り上げ、回し蹴りで壁に叩きつける。そして顔面を右手で鷲掴みにし、何度も何度も後頭部から壁へ叩きつけていく。
クロマが吐いた血を右手に浴びようと、クロマがゼロ距離から撃ち込んできた電撃の魔力弾を食らおうと関係なくひたすら叩きつけ、フィニッシュに彼女を投げるように地面へ叩きつけた。
その衝撃で小規模のクレーターが発生し、地面には亀裂が生じていた。
「はぁ、はぁ……」
乱れた息を整えるべく一旦クロマから距離を取り、深呼吸して落ち着く。
当のクロマはゆっくりと立ち上がり、ダメージによるふらつきを押さえていた。
息を整えたアタシはクロマがふらつきを押さえた瞬間に肉薄し、右フック、膝蹴り、左拳の順に叩き込んで少し距離が開いたところでドロップキックをブチかました。
「がぁ……!」
再び壁に叩きつけられ、さっきよりも多めに血反吐を吐くクロマ。
それでもアタシが入れた蹴りを受け止め、電撃を纏わせた右拳を引っ掻くように振り上げた。その場から動けないこともあって拳をモロに食らってしまい、倒れそうになるも気合いで堪える。
すると四肢に電撃を纏ったクロマは、漫画のようなラッシュを繰り出してきた。
怯んだアタシにこれを避けられるはずがなく、一発も外れることなく食らい続け、電撃を纏った地獄突きで壁に叩きつけられた。しかも限界が来ていたのか壁が崩壊し、その壁の瓦礫を巻き込んで仰向けに倒れてしまう。
「……ウガアァアアアアアーッ!!」
ヤベェ、今にもやられそうなのにちょっとニヤついてしまいそうだ。以前のアタシなら笑い声を上げるほど喜んでいただろうな。
けど――今のアタシは違う。今は目の前のムカつく奴をブチのめすだけだ。
そう思いながら、仰向けから前屈みになったアタシは天に向かって獣のような雄叫びを上げたのだった。