「……おいクロ」
「……何?」
「ここ、どこだ……?」
あれからどれだけ時間が経ったのか。どれだけ歩いたのか。全然わからないが、“ヒュドラ”の拠点である廃墟のような溜まり場から離脱したアタシとクロはどっかの公園にたどり着いていた。
無事に歓楽街から出たのはいいが、今も遠くからサイレンの音が聞こえてくる。いや、距離はあるから尻尾掴まれなきゃ大丈夫か。
まあ何にせよ、今は休息がほしい。とりあえず近くにあるベンチにでも座るとしよう。
「ふぅ……」
「こんな体験、初めてだよ……」
ベンチに座って背筋を伸ばし、途中でクロが買ってきたらしいフライドポテトとジュースを袋から取り出す。どこで買ったのかは知らん。
一方のクロは今までにない体験をしたせいでぐったりしており、まるで人形のように空を見上げていた。
お前の場合、継承している魔女クロゼルグの記憶があるからこれくらい問題ないと思っていたが……そんなに甘くはなかったか。
フライドポテトを一本ずつゆっくりと食べていき、身体中から走る痛みに顔を歪ませる。一体どんな状態になっているんだアタシの身体は。
「……大丈夫?」
「……お前はまず自分の心配をしろ」
「それなら大丈夫。さっき手鏡で見たから」
お人好しは皆こうなのか? 他人を必要以上に心配する奴なんてアタシが出会ってきた連中の中ではコイツが初めてだからな。よくわからん。
ちなみに大丈夫だと言ったクロの顔は擦り傷や打撲の痕が非常に多く、とても人に見せられるような状態ではない。
服は多少破れているものの原型は留めており、腕や脚には目立つほどの傷こそないが、目には見えないだけで相応のダメージを負っているのは確実だろう。震えてるし。
「結局、何だったんだろうな。あの連中は」
「……この前みたいに説明するのなら簡単だけど、その手の質問には答えられない」
あっち側の連中と繋がっているのを良いことに群れて粋がっていたのか。それとも何らかの目的で勢力を拡大していたのか。
どっちかと言えば前者かな。実際に群れて粋がってたし、組織的な感覚で勢力を拡大してるようには見えなかった。
ま、どうでもいいか。考えたところで何かが変わるわけでもないし――いや、歓楽街は連中の支配から解放されたしちょっとは変わるかな?
なかなか鳴り止まないサイレンの音を耳にしつつ、今度はジュースを頂く。ご丁寧にストロー付きである。
「今回の件、親にどうやって説明しよう……」
顔を擦りながら考え込むクロ。まあコイツにはコイツなりの家庭事情ってもんがあるんだろうな。先祖が魔女だし。
それにしても今何時だ? まだ深夜のはずなのに少し明るくなってきてるぞ。もしかして夜明け来ちゃってる?
クロもそれに気づいたのか、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。何をそんなに焦っているのかアタシにはわからない。夜明けの一つや二つ、生きているうちに体験するもんだろ。
可愛らしくあたふたするクロを尻目に、ポケットから取り出したタバコにマッチで火をつける。ライターはオイルが切れてた。
「ど、どうしよう……! 深夜だと思ってたのに夜が明けてきちゃった……!」
「ああ、そだな」
こういう形で夜明けを迎えるのには慣れている。最近だと闇拳クラブのときもこんな感じで夜明けを迎えたしな。我が家に着いたときには太陽が昇り切っていたよ。
親に連絡でもするつもりなのか通信端末を開き、結構なスピードで手を動かすクロ。もうここまで来たら腹括れよ。連絡しようがしまいが、普通の家庭なら間違いなく説教食らうから。
一旦タバコを左手に持ち、空いている右手でフライドポテトを一本ずつ食べていく。
残り三本まで減ったところで手を止め、左手に持っているタバコを吸う。
「ふぅ~……で、連絡はついたのか?」
「…………い、一応」
気まずい表情でそう答え、自棄になったのか残り三本のフライドポテトをまとめて頬張り、ほとんど手をつけてなかったジュースを一気に飲み干すクロ。どうもお説教は確定のようだ。
アタシも昔はよく殴られ――怒られたっけか。それでも懲りなかったんだよなぁ。
空になった紙コップを袋ごと丸め、数メートル先にあるゴミ箱へ投げ込む。
「んじゃ、帰るか」
「……うん」
がっくりとうなだれたクロはベンチから立ち上がると、ダメージによる疲労でふらつく身体を引きずるように歩き始めた。
そんなクロに続いて首を鳴らし、ゆっくりと立って空を見上げる。お星様が消えてるな。いつの間にかサイレンの音も聞こえなくなってるし。
襲い来る眠気でだらしなくあくびをしながらも、我が家に帰るべく公園を後にする。
「サツキ」
「なんだ」
「このあとどうするの?」
「そうだなぁ……」
無事に我が家へ戻れたとして、コイツが言いたいのはそのあとどうするかだ。
すぐに帰ってベッドにダイブしてもいいのだが、いかんせん電気や水道が止まっている。ダイブしたところで気持ちよく眠ることはできない。
どうしたものかと考えていると、一ヶ所だけ自由に過ごせる場所が頭に浮かんできた。
我が家――マンションの屋上。あそこなら誰にも邪魔されることなく寝れそうである。よし、戻ったら頑張って屋上に登るか。
「とりあえず……ぐっすり寝たい」
「…………だよね」
吸っていたタバコを捨てて踏み潰し、口の中に残った煙を吐く。
あれま、もう朝日が出ちまってるよ。雲はないし、今日もいい天気になりそうだ。
そんでもって……やっとアタシにも明日が来た。ここ数日は“ヒュドラ”に狙われてたせいでまともに過ごせなかったしな。
しかもこのまま金を払わなければ電気や水道はおろか、住む家まで失ってしまう。マジでホームレス一直線だ。この年でそれはごめんである。
「バイト探すかぁ……」
「……サツキ。眠いからおんぶして」
なんでやねん。
「何のために足が生えているんだコノヤロー」
「……歩くため。でもおんぶがいい」
コイツいっぺんブチ殺したろか。十三歳のクソガキがなに甘えたこと抜かしてんだゴラ。
とはいえ、置き去りにして親とかに発見された際、アタシの名前を出されても困る。……全く、疲れてるってのに世話かけさせやがって。
仕方なくクロをおんぶし、我が家があるであろう方角へ歩いていく。当のクロは嬉しそうにアタシの首へ手を回しているが、はっきり言って邪魔でしかない。
「ん…………」
「何のんきに寝てんだ……」
安心でもしたのか、クロは一分も経たないうちにスヤスヤと眠ってしまった。クソッ、いい寝顔じゃねえかこんちくしょう。
なんつーか、コイツと一緒にいると先が思いやられる。完全に子守だよこれ。
朝の日差しを顔に浴びつつ、人目を避けるべく路地裏へ向かうのだった。力尽きたら野宿確定だなこりゃ。
「ん~……これもなしか」
数日後。アタシは自室のベッドでゴロゴロしながら求人雑誌を開き、手ごろなバイトがないか探していた。
にしてもこれといったバイトが見つからない。接客業は好き嫌いに関係なくできないしなぁ。前にやったときは散々だったよ。
ちなみに電気や水道は止まったままなので、部屋の中は未だに寒い。フカフカの布団があるとはいえ、正直外にいるときとほとんど変わりない。
ついでに言えば知識の海であるパソコンも使えない。まあ、最近は使う機会すらなかったけど。
「つってもバイトは接客業が大半だしなぁ」
悲しいかな、バイトの半分以上は接客業で占められている。力仕事やゲーム会社で試作ゲームのテストプレイヤーも一応あるが、前者は効率が悪いし、後者は向いていない。
まあ、力仕事は効率の悪さに目を瞑ればアタシにとって一番やりやすい作業になる。
こうなったら某番長に何かいいバイトがないか探してもらうか? どうせその大半が接客業なんだろうけど。
そろそろ頭を使うのにも疲れてきたので一旦求人雑誌を閉じ、机の上に置いてあるタバコにオイルライターで火をつける。バイト探しってこんなに大変なものだっけ?
――ピンポーン
少しだけ途方に暮れていると、いきなり呼び鈴の音が響いてきた。誰だ一体。
吸っていたタバコを灰皿に押し付け、椅子に掛けてあった上着を羽織って玄関へ向かう。
「へーい」
「おっす!」
ドアを開けると見覚えのある赤髪の少女が目に入った。よりによってお前かよ。
この妙に明るそうな女の名前はハリー・トライベッカ。一言で言えば腐れ縁だ。
なんか大事な用でもあるのか、半パンとTシャツというシンプルな服装なのにどこか気合いが入っているようにも見える。
「他ァ当たれ」
「いや何さりげなくドアを閉めようとしてんだよ」
今日は一人でいたい気分なんだ。確かにお前をアテにしてはいたが、そっちから来いとは言ってねえぞ。
さっさとドアを閉めようとするも、何を思ったのかハリーは勝手に入ってきた。
「こうでもしねーとお前は閉めるだろ」
「なぜわかった」
「何年おめーと一緒にいると思ってんだ」
追い返したくて仕方ないが、生憎今のアタシにコイツを追い返す力はない。
じっとしていても仕方ないのでハリーを上がらせ、バイト探しに付き合わせたのだった。
……その際、顔の傷や暖房が止まっていることについてめちゃくちゃ言及されたが、説明が面倒だったので全部受け流した。