「ここに、あの“死戦女神”が……」
ミッドチルダ南部のエルセア第9地区にある市立高等学校。今年ここに入学した少年は校門前に堂々と立ち、目的の人物がこの学校に通っているということに実感が持てずにいた。
“死戦女神”。ミッドチルダの不良界で最も有名な最強のヤンキー。神のように崇拝されているわけではないものの、彼女に畏怖を抱く者もいれば尊敬の念を抱く者も少なからず存在し、新入生の彼もまたその一人である。
しかし、彼女に会うことが彼の目的ではない。右の拳を握りしめ、穏やかな目付きを好戦的なものに変えて口を開く。
「今、ぶっ飛ばしにいきます……」
力を込めてそう呟き、憧れの存在に会うべく止めていた足を動かす。
彼の目的は“死戦女神”を倒すこと。一言で表すなら――下剋上だ。
中学生にも見えるほど小柄な少年は、その顔に狂気的な笑みを浮かべていた。
「おい、暇潰しに裸踊りでもしろよ」
「するわけねーだろ!? バカかお前!?」
噂の通り魔で覇王イングヴァルトの末裔であるハイディをブチのめしてからしばらく経ったある日。アタシは二週間後にある前期試験には見向きもせず、屋上で退屈していた。
目の前ではファッションヤンキーのハリー・トライベッカが真面目にテスト勉強をしている。何でもアタシの監視が目的らしい。
ここはアタシの屋上だぞ。なんで部外者のテメエが堂々と居座ってんだよ。金は取らねえから一発芸でもやれってんだ。
「おめーこそ寝る暇があるなら勉強しろっ! 再来週だぞ前期試験!」
「まあまあちょっとは落ち着けよ。上も下も白いんだからさ」
「誰のせいだと思ってんだ!? あとさりげなく見てんじゃねーよ!」
見られてることに今気づいたのか、赤くなっていた顔をさらに赤くして怒鳴り散らすハリー。相変わらずうるせえな。こっちは徹夜続きで眠いんだバカヤロー。
とりあえずタバコを吸うことにしよう。ポケットから一本取り出し、彼女が予習している隙にお手製の大きな旗の近くへ座り込み火をつける。
真っ白な旗にはでっかく『無限こそ真理』と書かれており、ここがアタシの場所だということを証明するために常時立てたままだ。
ハリーはかなり集中しているのか、タバコを吸っているのも関わらず全く反応しない。臭いでさすがに気づくだろそこは……。
「さぁーてどうすっかなぁ……」
今のアタシには前期試験以上の問題が立ちはだかっている。その問題というのは、生きていれば誰もが一度はブチ当たる壁――将来についてだ。
これだけはどうあがいても逃れることができない。金持ちの連中みたいに最初から将来が決まっている奴もいるけどな。
ちなみにあの番長は局員志望で、希望部署は警邏隊。もちろん最初に聞いたときは彼女が泣き出すまで爆笑したものだ。
だがしかし……将来の目標が決まるということはヤンキーの卒業を意味している。ヤンキーであることはアタシの最大のアイデンティティだ。そう簡単に捨てられるかよ。
「おいコラサツキ! タバコはやめろって!」
アタシが珍しくマジで考え込んでいると、ようやく気づいたらしいハリーがプンスカ怒りながらこっちに向かってきた。
タバコを口に咥えながら立ち上がり、迫り来る手を何度も払いのける。コノヤロー……さすがに今は空気を読んでほしかったわ。
「逃げるなバカ! 大人しくおぶるぁ!?」
いつも通りしつこいので殴り飛ばし、うつ伏せに倒れたハリーの背中に座り込む。
こういうパターン前にもあった気がするぞ。その時は四つん這いの椅子に座ってたなぁ。座り心地は言うまでもなく悪かったけど。
当のハリーは抵抗すらせずにぐったりしており、恨めしそうな視線をこっちに向けている。どんなにしても無駄だけどさ。
「………………そろそろ予鈴が鳴るから退いてくれぇっ!?」
そう言われると同時に妙な気配を感じ、タバコを投げ捨てどうでもよくなったハリーを踏んづけ、ちょっと慌てて扉の方へと向かう。
いたた、と頭を擦りながら起き上がるハリー。どうやらアタシが感じた妙な気配には気づいていないようだ。
にしても何だこの感じは。今まで感じることのなかった――いや、裏で有り触れていたものがこっちに近づいてくる。
開きっぱなしの扉を睨むように見つめていると、可愛らしくひょこっと頭を出すように一人の男子が現れた。見たところ一年だな。
「…………」
「…………」
「な、なんだお前ら?」
ソイツはアタシを隅から隅まで観察しているのか、全く目を逸らそうとしない。なのでアタシも睨むようにソイツを見つめる。
間違いない、感じた気配の正体はコイツだ。ハリーよりも非力に見える華奢な体格に童顔。女子にモテるというより可愛がられるタイプだな。
とりあえず「さっさと失せろ」と言いながら邪魔なハリーを屋上から追い出し、ショタ野郎と二人きりになった。
「…………あ、あのっ」
意を決して口を開くショタ野郎。やっぱりアタシに用があるのか。絶対にあり得ないが、もしかして告白だったりする?
「不良の緒方サツキさん……ですよね?」
「だったらなんだ」
この学校にいる緒方サツキはアタシだけだ。なぜわざわざ確認を取ったんだ? てか不良のは余計だ。一応合ってるけど。
さっきから緊張していたショタ野郎はホッとため息をつくと、某金髪カラーコンタクトのクソガキを思い出させるほど明るい表情になった。
何この眩しい笑顔。吐き気がするから直視したくないんだけど。
「俺、一年のクーガ・ビスタと言います。本日は先輩に用があって参りました」
「そっか。んじゃ帰れ」
「え? それはできませんよ?」
何を言っているんだという顔になるショタ野郎もといビスタ。やけに冷静だなコイツ。控えめに言っても異質感丸出しである。
アタシの素行の悪さを知ってる奴らは普通、軽蔑するか恐れをなすかの二択だ。ハリー達のような物好きは別として。
なんでこんなに異質感があるのか疑問に思っていると、それを払拭してしまうほどの一言がビスタの口から飛び出した。
「やっと会えましたね――“死戦女神”」
考えることすら忘れ、思わず目を見開いて驚愕してしまう。とうとうアタシの正体を知っている生徒が現れてしまったか……。
どうりで冷静にいられるわけだ。その事実を知っている奴は大抵が裏の連中、もしくはそういう奴らと繋がりがある。コイツも例外なくその一人ってことだからな。
とはいえまだプロの殺し屋が出しゃばってきたことはない――いや、去年の春に二人だけ出張ってきたな。なかなかしぶとかったよ。結局病院へ行くはめになったし。
「テメエ何者だ」
「あなたのファンですよ。でもって――」
いきなり何かが迫ってきたので咄嗟に受け止め、それが拳であることを確認する。
へぇ、格闘技経験者か。それもストライクアーツではなく、地球でいう拳法の類い。
「――あなたを倒す者です」
このとき、アタシは少しだけ期待していた。退屈しのぎには持ってこいだと。
「で、さっきの一年と何してたんだよ?」
「何してたっつうか……宣戦布告された」
「は?」
放課後。眠りから覚めたアタシはハリーに質問攻めを食らっている。
あのあと、ビスタは慌てて去っていった。午後の授業が始まる一歩手前だったしな。
アタシとしてはあのままおっ始めても良かったんだけどな……つまんねえ奴だ。
「宣戦布告って……今度は何やらかしたんだ?」
「なんでそうなるんだよ」
今回は何もしてねえぞ。今回は。
「いや、そうでもなきゃ宣戦布告なんてされねーだろ。で、何やらかしたんだ?」
「知らねえよ。何度も言わせんなこのバカ」
しつけえな全く……そんなのアタシが知りたいくらいだ。
まあ確かに、今までケンカでブチのめしてきた奴らがアタシに恨みを持っても何ら不思議じゃない。昔はそれが原因で闇討ちを受けたし。
――あ、今日の晩飯は何にしようか。最近クロのせいで甘いものばっかだったし、たまには辛いものでも食べたいぞ。
「……違うこと考えてないで、ちょっとは質問に答えろよ」
「やだ怖い。もしかしてエスパー?」
「おい待て。地味にオレから離れるな! ついでに逃げようとすんな!」
いや逃げるだろ普通。だって目の前に妖怪の覚がいるんだぞ。
ちなみに覚ってのはアタシの故郷である地球、その日本の民話に登場する人の心を見透かす妖怪だ。この場合は小五ロリタイプか?
「お前だって目の前に変態がいたら逃げるだろ? それと同じだよ」
「オレは変態じゃねえし、ついでにエスパーでもねえっ! しがない一般人だ!」
「どの口で一般人とかほざいてんだ」
「おめーにだけは言われたくねえぇーっ!」
こんな感じでアタシとハリーは一緒に帰りながら言い争っていたが、埒が明かないので最後はいつものように殴り飛ばした。
それにしてもクーガ・ビスタか。どっかで聞いたことのある名前なんだけどなぁ……。
とりあえず帰ってから調べよう。あとクロにも調査させるか。
《今回のNG》TAKE 12
「オレは変態じゃねえし、ついでにエスパーでもねえっ! しがない一般人だ!」
「…………え……?」
「や、やめろっ! 頼むからその反応だけはやめてくれぇーっ!」
この手の反応にトラウマでもあるのだろうか。