「おいハリー」
「どうした?」
「職場体験、こことかよくね?」
「……珍しいな。お前がちゃんと職場体験をやろうとするなんて」
「………………アタシにもいろいろあるんだよ」
「そ、そうか……」
「で、どうする? ここでいいか?」
「いいんじゃねーの?」
「でもここ――ゴスロリファッションだぞ?」
「チェンジだ」
「んじゃ、喫茶店にするか」
「んー……まあいいか」
「ここがそうなんですか?」
「みたいだな」
俺は今、アイちゃんことアインハルト・ストラトスと一緒に姉さんのバイト先である喫茶店に来ている。
まあ、姉さんのことだからすぐに辞めるだろうけど。だから一度だけでもあの人のウェイトレス姿を拝んで爆笑してやるんだ。
ホントはヴィヴィオたち初等科組も来る予定だったのだが、なんか急用で来れないらしい。その結果、俺とアイちゃんだけになったわけだ。
しかしこれ、傍から見るとデートってやつに見えるな。ま、アイちゃんだから大丈夫だろうけど。
「いらっしゃいませ~!」
ハキハキとした声で俺たちを出迎えてくれたウェイトレスの店員さん。
なぜだろう。なんとなく見覚えのある人のような……。
「アイちゃん。先に座っといて」
「あ、はい」
とりあえずアイちゃんを先に行かせ、改めて店員さんを確認してみる。
赤髪のポニーテールと赤い眼、そんでもってペッタンコ。わりと女受けしてそうなその店員さんは俺を見てあれ? コイツどっかで見たような? という表情をしていた。
えーっと名前は確か――
「――ハリー・トランシルバニアさん!」
「…………トライベッカだ」
苗字以外は合っていたようだ。
「なにやってんだよ?」
「見りゃわかるだろ。職場体験だよ」
さいですか。
「ていうか早く座れよ。こっちは忙しいんだ」
「うぃーす」
じっとしていても仕方がないのでアイちゃんが座っている窓際の席にかける。まあ、向かい合った状態になるのは必然か。
メニューを見ているとお
「…………ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
……あるぇ? この声、めちゃくちゃ聞き覚えがあるんですけど。
俺はお冷を持ってきてくれた店員さんに視線を向けてみる。
肩まで伸びる赤みがかった黒髪、三白眼ほどではないが鋭い目付き、それを含めても整っている顔立ち。ついでにバランスの良い体型。
間違いない、この人は……!
「姉さん……!」
「……なんだよ」
俺の下の方の姉、緒方サツキだった。やっとお出ましかコノヤロー!
しかし俺は同時に愕然とし、思わず膝をついた。希望が絶望に上書きされたような気分だ。
「なんで――なんでギャルソンスタイルなんだよ!?」
そう、今姉さんが着ているのはギャルソンスタイル。つまりウェイトレスではなく男性用の制服である。なぜだ。
ちくしょう! 無駄にそれらしいから笑うに笑えねえ……!
「い、イツキさん?」
「気にすんなストラトス。どうせ二分後には立ち直るさ」
当たり前のように対処しないでほしい。さすがの俺もこれにはガッカリだ。オットーみたいに中性的じゃあるまいし……。
そしてアイちゃん。なんでお前はツッコまないんだ?
そうしてるうちにも、姉さんはカウンターの方に戻ってしまった。
「悪いアイちゃん。もう大丈夫だ」
「はぁ……」
少し唖然としていたアイちゃんに一声かけておく。アホみたいに悩んでも仕方ないな。
それからアイちゃんと他愛もない会話をしていて気づいた。まだ注文決めてねえや、と。
こっちを見た姉さんは察してくれたのか、ちょうどいいタイミングで来てくれた。とりあえず……
「すみません。ホットココアとホットケーキで」
「私はミルクティーとチーズケーキを」
「…………あいよ」
どうやらかなり機嫌が悪いみたいだ。まあ、無理もないかな。
いくら自分の意思とはいえ、元々こういうことは生理的レベルで受け付けない人だ。
そのせいか、知り合いである俺たちの前ということもあって口調がいつも通りになっている。
簡単にメモを取った姉さんはまるで忍のようにカウンターの方へ戻っていった。どうやったらできるんだよ、あんな動き。
「……凄いです」
「あの、アイちゃん? 別に見とれる必要ないからね?」
あの動きは俺たちにできるものじゃない。
――数十分後――
「……旨いな」
注文したホットケーキを一口食べて呟く。うん、わりといけるな。
アイちゃんも無言ではあるがお気に召されたようで、リスみたいにチーズケーキを頬張っていた。
ただ……注文した品を持ってきてくれた姉さんに『このホット野郎が(笑)』と言われて思わず涙が出そうになった。解せぬ。
「おいおい! こんなもんよく食い物として扱えるな!」
ちょっと落ち込んでいると、なんの前触れもなく店内にクレームであろう罵声が響いた。
なんだ? と思いつつ罵声が聞こえてきた方を見てみる。そこにいたのは耳にピアスをした男と金髪のチャラ男みたいなアホ面という喫茶店には似合わない二人組のチンピラだった。
片方はピアス、片方はチャラ男と呼ぶことにしよう。ほとんど二人組になるだろうけど。
ソイツらによる罵声が響き渡る店内を見渡してみると、他のお客さんは様々な反応をしていた。特に多かったのは見て見ぬふりをする奴だな。
まあ、自分が巻き込まれなければそれでいいんだろうが……うちの連れはそうでもなかったようだ。
「アイちゃんストップ。君が出る幕ないから」
「…………どういう意味ですか?」
チンピラの罵声で機嫌を損ねたらしいアイちゃんがなぜ邪魔をするんですか、と言わんばかりに俺を睨んできた。
「動かない方がいいってことだ」
「どうしてですか?」
「……すぐにわかるさ」
とりあえず激おこなアイちゃんを無理やり座らせる。落ち着け、な?
俺の予想が正しければ、このあと待ち受けているのは間違いなく制裁だろう。
チンピラ方、あんたらはケンカを売る相手を選ぶべきだったよ……。
そう思いながら、二人組に向かって思わず合掌してしまった俺は絶対に悪くない。なぜなら――
「――ただいま店長が不在のため、代わりに私がお聞きいたします。何かご不満な点でもございましたでしょうか?」
クレーマーの始末に向かったのが姉さんだからだ。対処ではなく、始末。ここ重要。
姉さんはチンピラたちを見ても全く動じず、ホテルのウェイターみたいに振る舞っていた。
まるで模範的な責任者のようだ。――ついさっき困っていた様子の店長らしき人を後ろから仕留めていなければ。
「不満も何も、このケーキが不味いんだよ!」
「ミルクティーも飲めたもんじゃねえしな!」
「ふむふむ……なるほど」
二人組の罵声を聞き流すかのように姉さんは考え込んでいた。
まあ、あの姉さんのことだ。絶対にまともな返答はしないだろう。
「――つまりお金は払うから帰らせてほしいということですね?」
「「はぁ!?」」
その反応は決して間違っていない。普通の店員なら謝罪の一言でも入れてから作り直したものを持ってくるはずだからな。
「……え? あれ?」
アイちゃんも今の返答には疑問を感じたらしく、目が点になっていた。
他のお客さんも同じような反応をしていた。姉さんとしては金を出してくれるならどうなってもいいんだろうな。
やっと駆けつけたトライベッカさんに至っては遅かったか……! って呟きながら傍観を決め込んでいた。ホントなら今ごろ、姉さんをギリギリのところで止めていたんだろうなぁ……。
「こんな不味いもんに金なんか出せるかってんだ!」
「申し訳ありませんが、この店舗ではそういう決まりになっているんです」
そんな決まりがあるのはこの喫茶店をおいて他にないだろう。
それにしても姉さんには驚かされる。あれだけ文句を言われても落ち着いてられるなんて。
「何かご不満でも?」
「いやいや、作り直しもせずに金を払わせるとかどういう神経してんだ!?」
「これは作り直したところで同じ反応をするであろうテメ――お客様への対応策でございます」
あ、言動が綻び始めた。
「お客――テメエらのように学習能力を持たないサル共ならともかく、普通の人間様にこの策を活用する必要はありません。ちゃんとマナーを守っているお客様だとなおさらです」
わりと丁寧な口調の中に本来の口調が散りばめられている。やっぱり姉さん、相当キレてるなぁ。
アイちゃんもそれに気づいたらしく、なんとも言えない表情になっていた。
「要するに、店のマナーを守れないなら、さっさと有り金を全部出してから失せろクソザル共、というわけです」
うん、俺の知ってるいつもの姉さんだ。あとキリッとしてもカッコよくねえから。
そんな慇懃無礼な姉さんの嘘っぱちな説明を受けて、二人組は完全に怒っていた。
「こ、このアマ……!」
「ふざけんなふぎゃあっ!」
まあ、やっぱりこうなるよね。姉さんに掴みかかろうとしたピアスがきりもみ状態になって吹っ飛んだ。
あーあ……。
「…………え?」
「オラ、テメエらこっち来いよ。な?」
「え、あ、いや――」
姉さんは怯えたチャラ男と気絶したピアスの首根っこを掴み、二人を引きずりながら店内から退場していった。……ご愁傷さま。
ふと周りを見ると、アイちゃんを含む店内のお客さん全員が呆然としていた。そりゃそうか、目の前で竜巻に遭遇したようなもんだしな。
「今日はその……ありがとうございました」
「気にすんな」
あれから復活した店長がなんとかその場を収め、店内の雰囲気は平常に戻った。
姉さんは間違いなく辞めるだろう。あそこまで怒った理由もなんとなくわかるし。
ちなみに今はアイちゃんを家まで送っている最中だ。
「ごめんな。うちの姉さんが……」
「い、いえ! 言っていたことはともかくいいお姉さんだと思いますよ?」
アイちゃん。もしかして君の目は節穴かい? あれのどこがいい人に見えるのだろうか。
むしろ理不尽野郎の方がしっくりくると思ったのは俺だけじゃないはずだ。
「あの、イツキさん」
「ん? どった?」
「えっと……またこうし――お手合わせ願いますっ!」
うん。少しだけ本音が出てたね。
とまあ、俺たちはこんな感じで帰路についたのだった。楽しかったからいいけどね。
《今回のNG》
※裏話により今回はお休みします。
《こんなことがあったのだよ》
「よく来てくれたね。今日一日よろしく頼むよ」
「は、はい」
「へーい」
その日の午後。アタシはハリーと一緒に喫茶店に勤めに来ていた。
見かけは普通の男だな。知り合いの変人みたいな奴でなくてよかった。
「それじゃあこれ、君たちの制服。サイズが合わなかったら言ってね」
店長がアタシらに畳まれた制服を渡す。
「「性別が合いません(わねえ)」」
渡された瞬間、アタシとハリーの声が綺麗に重なった。
無理もない。このタイミングで渡されるのはウェイトレスの制服のはずだ。なのに渡されたのはギャルソンスタイルの制服である。
これ、確か男性用だよな?
「あれ? おかしいな……きちんと目測したんだけど……」
いや、サイズ以前の問題なんだが。
「でも……二人とも女受けしてそうなんだけどね……」
この店長、わりと侮れないかもしれねえ。アタシはともかく、ハリーが女受けしてそうなのは正解だ。
「それは違うかと……」
「はぁ!?」
世紀末最大の嘘を前に、思わず驚いてしまった。お前、実際に女受けいいじゃねえか!
「ハリー。見え透いた嘘はやめるんだ」
「う、嘘じゃねーよっ!」
見苦しいにもほどがある。
「ごめんごめん。実はウェイトレスの制服が一つしかなくてね……」
だからといってここまで豪快な間違いはしないだろう。
「じゃあ、アタシはこれ着るからコイツにウェイトレスの制服を渡してやってくれ」
「お前、こういうときぐらい敬語を使えよ……」
さて、やれるだけやってやろうじゃねえか!
――数時間後――
「サツキちゃん」
「あい?」
「ちょっと厨房を手伝ってくれないかな? 確か料理もできるってハリーちゃんから聞いたんだけど」
「…………まあ」
イツキのデート現場に遭遇したあと、先輩らしき店員に助けを求められた。
つーかハリーの奴、余計なことを抜かしやがって……。
「……で、メニューは?」
「うん。ケーキとミルクティーなんだけど……」
「ああ、それぐらいなら楽勝なんで」
実は一人暮らしに備えてできるだけ身につけた、とか言えねえよなぁ。
――数十分後――
「おいおい! こんなもんよく食い物として扱えるな!」
イツキたちに料理を出してからカウンターに戻ると、いきなり罵声が響いた。
……こんなもん、だと? そのケーキとミルクティー、アタシが作ったんだけど。
「いや、サツキの料理がマズイはずないんだが……」
ハリーが呆れたような声で呟いた。
ついでにイツキたちのメニューもアタシ特製だ。
「困ったなぁ……。――くぺっ!?」
アタシは厨房から出ると、近くで困り果てていた店長の頸動脈を後ろから押さえた。
あんたがいるとめんどくさいんでね。さて――
「――ぶっ殺す」
アタシの料理を貶した罪は重いぜ?