死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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IF第三章「揺らぐヤンキー」
第18話「まさに厄日」


「…………サツキ。これは何?」

「ちょっと黙れ」

 

 雲一つない晴天の朝。アタシとクロはミッドチルダ西部の山林地帯を流れる川で釣りをしている。にしても綺麗だなこの川の水は。水底が鮮明に見えるぞ。

 隣で釣り糸の先端にある釣り針に餌を付けているクロは退屈なのか、可愛らしくあくびをしている。興味ないのかコイツ。

 ちなみに魚は二匹しか釣れていない。しかも二匹ともアタシが釣った鮭の成魚並みのやつだ。意外とでかいもんだから最初はびっくりしたよ。

 しっかし眠い。たまには釣りがしたいという軽い気持ちで早朝に出たのは失敗だったな。休日とはいえ朝飯も食ってないし。

 

「……あ、また釣れた」

「餌が付けられない……!」

 

 竿が少し曲がったので引っ張り上げてみると、先の二匹よりも小さめの魚が釣れた。大きさ的には鮎かイワナ並みか。これで三匹目だな。

 さっきからクロが釣り針に餌を付けるのに苦戦しているが……大丈夫かこれ。アイツ未だに釣り糸をぶら下げてないからな。ぶっちゃけ足手まといでしかない。

 このままじゃ拉致が明かないと判断し、クロの釣り糸に餌を付けて水中にぶら下げる。後はさすがのコイツでもどうすればいいかわかるだろ。

 

「……待っていればいいの?」

「竿が少しでも動いたら引っ張り上げろ」

 

 今アタシたちが使っているのは安物の竹竿だからな。一般でよく使用されるリール付きの竿とは残念な方で勝手が違う。

 設置している自分の竿の前に戻り、取り出したタバコにオイルライターで火をつける。やっと本日最初のタバコである。

 クロは眠そうに目を擦っており、プチデビルズに自分の竿を見張らせていた。便利だなプチデビルズ。三体もいるし。

 

「おっ、いい当た――」

 

『サッちゃんの気配がする……!』

 

「――っ!?!?」

 

 竿が曲がったので引っ張り上げようとした瞬間、凄まじいレベルの寒気を感じた。まるで変態に貞操を汚される一歩手前まで来てしまった、そんな感じの寒気が。しかも聞き覚えのある声が聞こえてきたし。

 周りを見渡し、何か怪しいものがないか確認する。クロもアタシが焦っていることに気づいたのか、両手で頬を叩くとプチデビルズを本格的に使役し始めた。

 だが魚は釣り上げよう。さっきから曲がっている竿を今度こそ引っ張り上げると、そこそこ大きな魚が掛かっていた。また鮭並みか。

 釣れた魚をバケツに入れ、吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつける。嫌な気配が近づいてきている。距離的にはちょうど川の向こう側だ。

 

「ギタギター!」

「カカカーッ!」

 

 クロに使役されたプチデビルズが慌てて戻ってきた。どうやら何か見つけたようだが……一体何を見つけたというんだ。慌て方が尋常じゃない。

 主人であるクロもそれが気になったのか、某ゲームの初期モンスターによく似た姿のプチデビ一号から事情を聞き出していた。

 そういえば槍を持ったプチデビ三号がいないぞ。ちなみに縞模様のやつがプチデビ二号だ。三体合わせて我らプチデビルズ! ってやつだな。

 一号から事情を聞き終えたクロがプチデビ二号からも事情を聞き出していると、川の向こう側からガサガサという音が聞こえ――

 

「ゲ、ゲゲ……」

「危ないなぁこの子は。いきなり襲ってくるなんて失礼やろ…………ん?」

 

 ――茂みの中からボロボロのプチデビ三号を掴んだ一人の少女が現れた。

 足まで伸びた黒のツインテールに澄んだ碧眼、そして黒のジャージ。

 クロもソイツを見て一瞬固まったが、すぐに表情が憎悪の籠ったものへと変わった。

 アタシはアタシでソイツと目が合い、思わず苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。少女の方はアタシを見るなりにへら顔になっていた。

 

 間違いない、コイツは――!

 

 

「サッちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

「逃げるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 少女が大声で叫ぶと同時にクロの襟元を掴み、釣った魚を放置して猛ダッシュで駆け出す。

 するとその少女――ジークリンデ・エレミアは川を跳び越し、チーターも真っ青なレベルのとんでもない速さで追いかけてきた。

 こんなことだろうと思ったよちくしょう! 最悪にも程がある! なんでこんな朝早くからダッシュしなきゃなんねえんだよ!?

 とりあえず逃げよう。天国だろうと地獄だろうとどこへでも逃げてやる。でないと――

 

「サッちゃん待ってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ――終わる。いろいろと終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「離してサツキ……! 私はクロゼルグの使命を遂行するんだ……!」

「知るかボケッ! んなもん後にしろ!」

 

 山の中を必死に駆けているのだが、さっきからクロが離せ離せうるさい。

 まあ、相手はクロゼルグの使命とやらの対象に入っているエレミアの末裔だからな。否が応でも恨みを晴らしたいのだろう。

 アタシには関係のないことだし、やるなら勝手にすればいい。だが今回は逃げるが勝ちだ。

 ちなみにジークは今もアタシの後ろをついてきている。全然振り切れてないのかよ……!

 

「サッちゃん! 会うの久しぶりやのになんで逃げるんや!?」

「変態から逃げない奴はいねえっ!」

(ウチ)は変態やないよ!? ただ純粋にサッちゃんが大好――」

「言わせねえよ!? 言ったら縁切るからな!」

「縁切ったらサッちゃんの手足もぎ取るよ!? もぎ取って身体の方を(ウチ)の抱き枕にするから!」

「お前もう喋んな! 二度と喋んな! 死ぬまで喋んな! 一生喋んな!」

「いくらなんでもそれはあんまりやっ!」

「喋んなつっただろうがぁぁぁぁぁ!!」

「サッちゃんのアホー!」

 

 ダメだ。会話が成立しないどころか脅しが通用しない。しかも逆にヤバイこと言われた。手足もぎ取るってどういうことなの。いつからヤンデレになったのアイツ。

 このままじゃキリがないと判断したアタシは近くにあった木のてっぺん――樹上へ跳び上がり、樹木から樹木へと跳び回って逃げることにした。

 ジークは木の枝に髪やフードが絡まるのが嫌なのか、普通に走りながら追ってきている。大自然でリアル鬼ごっことか勘弁しろよ。

 クロは未だにジタバタしている。とりあえずコイツを捨てて身軽になる必要があるな。どっかに池か湖があればいいんだけど……お?

 

「そぉい!」

「え、ちょ――」

 

 方角で言うと東の方にそれなりに大きな池が見えたので、そこへ右手で持っていたクロをすかさず放り投げた。なんか言おうとしていたけど問題はないな。一応、無事を祈っといてやるよ。

 これで身軽になった。逃げるスピードを上げてさっさとジークを撒いてしまおう。

 ちょうどジークが木の根っこに躓いたので一気に跳び回るスピードを上げ、階段で言う二段飛ばしで彼女との距離を広げていく。

 

『あー!? サッちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!』

 

 ついさっきまで普通に聞こえていたジークの声が小さくなっていた。どうやら逃げおおせたらしいな。ひとまず安心したよ。

 ていうかなんでジークがこんなところに……あ、そうか。アイツ絶賛放浪中だったな。最近いろいろあったから完全に忘れてた。

 さぁーて、逃げ切ったことだしぶん投げたクロを回収しに行くか。アタシに助けを求めているのかは知らんが、数十キロ先で使い魔のプチデビルズをそれっぽく使役してるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 数分後。池のど真ん中でプカプカと浮いていたクロを救出したのはいいが、悔しそうに唇を噛み締めてこっちを向いてくれない。

 別に怒るこたぁねえだろ。わざわざ比較的安全な形で逃がしてやったというのに。そんなにエレミアの末裔であるジークを呪いたかったのか。

 これじゃずぶ濡れになってまで救出したアタシがただのバカみたいじゃん。まあ今まで散々バカやってきたことは否定しないけど。

 

「とりあえず機嫌直せバカヤロー。チャンスはいくらでもあるから」

「…………次は許さないよ」

 

 そう言ってこっちを向いてくれたが、珍しく恨みの籠ったジト目でアタシを睨んできた。

 上等だコノヤロー。マジでやろうってもんなら何度でも返り討ちにしてやるよ。そんで生まれてきたことを後悔させてやらぁ。

 クロの機嫌が直ったところで……どこだここ。逃げることに集中してたから右も左もわかんねえや。何か目印みたいなものはないのだろうか。

 樹上に跳び上がって出口がどこにあるか確認しようとした瞬間、再び凄まじい寒気が全身を走った。おいおい、もう追いついたのかよ。

 

「良かったなクロ」

「何が?」

「チャンス到来だぜ」

 

 樹上から下りてクロにそう告げ、池の反対側へ目をやる。そこには一張りのキャンプ用テントが設置されており、タイミング良く茂みの中から一人の少女が出てきた。

 というか、ついさっき撒いたはずのジークだった。どうやら意図せぬうちに奴の拠点へ来てしまっていたようだな。

 向こうは最初から気づいていたのか少し黒い笑みを浮かべており、クロは恨めしそうな表情で臨戦態勢に入っている。

 

「エレミア……!」

「サッちゃんと雌ね――魔女っ子見っけ!」

 

 今クロのことを雌猫って言いかけたぞアイツ。

 

「さすがにもう逃げへんやろ?」

「…………チッ」

 

 こうなったら力ずくで叩きのめすしかない。もう一度逃げても奴はどこまでも追ってくるに違いない。会ってしまったのが運のツキかよ……!

 山林を流れる綺麗な川で釣りがしたかっただけなのにどうしてこうなった。全く、今日ほどの厄日はいつ以来だろうか。

 

 

 

 

 




《今回のNG》TAKE 35

「……待っていればいいの?」
「竿が少しでも動いたら引っ張り上げろ」

 バキッ

「…………」
「…………」
「…………折れた場合は?」
「知らん」

 それは自分で何とかしろ。


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