「ここなら誰にも邪魔されへんよ」
アタシとクロはジークについていく形で池を後にし、木が一本も生えていないとある平原地帯に来ていた。なんつーか、どんな山林地帯にもこういう場所はあるのな。
ピクニック気分にでもなっているのか鼻歌を歌いながら前を歩いているジークだが、クロは物凄い目付きでずっと彼女を睨んでいる。ちなみにアタシはタバコを吸いながら、こっそりと二人を交互に見ているだけだ。
そういやアイツはクロと対面したのにこれといった反応はしてないよな。やっぱりクロと違ってエレミア一族の戦闘経験とその記憶しか受け継いでいないからか。
ジークは平原の中心部であろう位置で立ち止まり、クルリとこちらへ振り向く。アタシたちもそれに合わせて立ち止まる。
「ほな雌ね――魔女っ子は下がって。邪魔やから」
またクロのことを雌猫って言いかけたぞアイツ。何故に豚ではなく猫なのか。
「下がらない。下がるとしても、エレミアであるお前を骨の髄まで呪ってからだ……!」
「呪われるようなことをした覚えはないんやけど……そこまで言うなら相手してやらんこともあらへんよ? ――サッちゃんの前座として」
そう言ってさっきから右手に持っていたボロボロのプチデビ三号を見せつける。まさか温厚なジークがあそこまでやるとはなぁ……一体何がアイツを動かしているんだ?
クロはカッとなったのか箒に跨って飛ぼうとしている。こりゃダメだな。仮に突撃しても三号を盾にされて返り討ちに遭うのがオチだろう。
冷静になって考えてみると、奴の狙いはあくまでアタシだ。いくら古代ベルカ絡みとはいえ、今クロがやろうとしているのはアタシの邪魔でしかない。皮肉にもジークの言う通りである。
「下がれクロ」
「断る。邪魔をするならサツキでも――っ!?」
頭に血が上っているのか聞く耳を持たないクロを殴りつけ、襟元を掴んで後ろへ投げ捨てる。話を聞かない奴は大体殴れば解決するからな。
後ろからクロに憎しみが籠った鋭い視線を向けられるも、当然その程度で狼狽えるアタシではない。とうとう恨みから憎しみへランクアップしてしまったよ。
「前言撤回。チャンスはいくらでもあるが、今アイツとやるべきなのはアタシだ。邪魔しようってんならジークを殺るついでにブチ殺すぞ」
「ぐっ……!」
悔しそうに言葉を詰まらせるクロ。悪いな、今度ハチミツ入りのモンブランでも作ってやるから今回は黙って引っ込んでろ。
邪魔者になりかけたクロが渋々ながらも下がってくれたのを確認し、持っていた三号を投げ捨てたジークと向き合う。
さっきの変態っぷりがまるで嘘のような顔付きになっているジーク。この野郎、動機はなんであれやる気満々じゃねえか。いつの間にかバリアジャケットまで着用しやがって。
「クロ」
「…………何?」
「ジークの狙いはアタシだ。ここでアタシが勝てば、アイツは何度でもアタシを狙ってくる。意味、わかるな?」
「……大体は」
正直に言うと、どうせジークのことだから勝敗に関係なく狙ってくるのは明白だ。しかし同時にクロがアイツを呪うチャンスが倍増するという利点が発生する。
要はジークの関心をアタシに向け、その隙にクロの呪いとやらを掛けて撃破する。クロを差し向けることで狙われる確率が減り、クロがやられても漁夫の利を得る形でジークをブチのめす。
上手くいけばこんな感じになる。まあそうなればいいな~と考えてはいるが、ならなくてもチャンスがあるのは本当だから別に大丈夫だろう。
今度こそクロが機嫌を直して下がったのを見届け、もう一度ジークへ視線を向ける。なんでちょっとニヤけているんだあのバカ。
「その子を庇ってるのが見え見えやで。そんなに大事なんか?」
「別に。ただ邪魔をされたくなかっただけだ」
「…………そっか」
何か策があるのか、嫉妬に狂って食らいつく様子がないジーク。嘘は言っていない。お前の言う通り、クロがやろうとしていたのはアタシの妨害になることだったしな。
背筋を伸ばし、吸っていたタバコを携帯灰皿に押しつけていると、ニヤけ顔から引き締まった表情になったジークが口を開いた。
「言い忘れてたけど、
アタシの選択肢が勝って四の五の言わせないの一択になった。そもそも所有権って何なの。勝手に作ってんじゃねえよ。
「ほんなら――始めよか!」
妙に気合いの入った彼女の一言が開始の合図となった。さっさと終わらせるべく早歩きで間合いを詰めていくも、同じく間合いを詰めてきたジークが少し屈んだ姿勢から前蹴りを入れてきた。
不意をつかれたこともあってモロに食らってしまい、一、二歩下がるも余裕で持ちこたえ、蹴られたところを二回ほどはたく。
続いて打ち出された右の拳を左拳で薙ぎ払うように弾き、右脚で腹部を蹴りつけ左のハイキックをぶつける。それを右腕で防いだジークだが、蹴りの威力は殺しきれなかったのか二、三メートルほど吹っ飛んだ。
間髪入れずに着地した彼女の胸ぐらを掴み、背負い投げで落として踏みつけからのエルボー・ドロップを鳩尾へ何度も叩き込む。
「ごは……!?」
初っ端から猛攻が来るとは思っていなかったのか、目を点にして吐血するジーク。
お前には悪い――とは微塵も思っていないが、何気にアタシの人生が掛かっているからガチでいかせてもらう。死んでもお墓参りには行かねえからな。てか行きたくない。
地面を蹴って跳び上がり、両脚で踏みつぶそうとするも横へ転がるようにギリギリでかわされ、そのまま立ち上がるのを許してしまう。
しかもそのせいでジークの代わりに地面を踏んづけた瞬間、轟音や一瞬の揺れと共に大きなクレーターが発生した。やりすぎたかな?
「ちょ、ちょっと頭冷やしぃ!」
「テメエがなァ!」
アタシの左拳とジークの右拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
少しするとジークが力負けしたのか顔を歪めたところで互いに拳を弾き、彼女の懐へ前蹴りを入れてから跳び後ろ蹴りで突き飛ばした。
さらに低空姿勢から右のアッパーカットを繰り出すも交差した両腕で受け止められ、その右腕を掴まれ一本背負いで落とされてしまう。
かなり頭に来ていたのか、額にうっすらと青筋を浮かべたジークはアタシが起き上がるよりも先に、掴んだ右腕へお得意の関節技――腕挫十字固めを極めてきた。
「ぐぅぅ……!?」
「いっぺん脱臼してまえ……!」
どうやら本気で関節を外す気らしい。全く、極める側のお前にはわからんだろうが外れた関節をハメるのって大変なんだぞ。
とはいえイチイチハメ直すのもあれなので十字固めから力ずくで脱出し、お返しとして裏拳を叩き込んですぐに立ち上がる。
右腕がズキズキと痛む。まあこのくらいなら支障は出ないから問題ねえがな。ジークの方も片手で胸元を押さえながら立ち上がっていた。
「おいおい、誰かを傷つけるのは嫌じゃなかったのかよ?」
「せやな。けど、身体の丈夫なサッちゃんなら何をしても大丈夫やろ?」
そういう問題じゃない。
「ゲヴァイア・クーゲル!」
アタシが距離を取ると自分の周りに高密度の弾幕陣を生成し、それを一斉に撃ち出すジーク。当たれば並みの選手なら致命傷だな。
飛んでくる魔力弾を一つ一つ丁寧に捌いていき、最後の一つに左の掌底で螺旋の回転を加えて貫通力を向上させ、そのまま弾き返す。
すかさず受け止めようとしたジークだが、前にそのせいで痛い目に遭ったことを思い出したのか当たる寸前で回避した。
その隙に開いた間合いを詰めようと翔けていくも、ジークは姿勢を低くしながら突撃してきた。確か低空タックルだったな。
ジャンプからの踏みつけで潰してやろうかと思ったが、さっきみたいに避けられそうなので断念。立ち止まって弾丸のように迫るジークの身体を受け止め、
「ウラッ!」
バックドロップを繰り出した。一度やってみたかったんだよね、これ。
顔をしかめるジークの髪を持って立ち上がり、右膝を鼻っ面に叩き込んで膝をついていた彼女を無理やり起こす。次に払った右脚を左の脇に抱え、胸ぐらを掴んで後ろへ投げ飛ばした。
受け身を取って叩きつけられたジークが上半身を起こしたところへサッカーボールキックを放つも、交差した両腕でガードされてしまう。
「な、何をそんなに焦っとるんや……!?」
「こちとら人生が掛かってんじゃボケェ!」
ふらつきながらも立ち上がり、非難の叫びを上げるジークを握り込んだ右拳で殴りつける。
これを左腕でガードした彼女の身体が数メートルほど左へ引きずられ、轟音と共に発生した拳圧で地面が大きく削り取られた。
踏ん張りながらも顔を歪め、骨折でもしたかのように左腕を押さえているジーク。へぇ、手加減なしで殴るとああなるのか……。
「お、一昨年やった時よりも馬鹿力になってるやん……雌ゴリラって呼ばれる日も近いんやなぁ」
今度は卑怯な人間を見るような目でアタシを睨んできた。どっちかというと卑怯なのは先祖から戦闘に関する記憶を継承しているお前だと思う。ていうか誰が雌ゴリラだゴラァ。
出ていた鼻血を拭き取り、足下にベルカ式の魔法陣を展開して籠手のようなもの――鉄腕を装着するジーク。こっからが本番ってやつかぁ?
「こいよジーク。テメエのクソッタレな野望を潰してやるからよ」
「そうはいかへんよ!
絶対に阻止してやる。