「ごはっ!」
五月末。近辺の路地裏を徘徊しても暇でしかなく、家にいてもやることのないアタシはクロを連れて東を目指すことにした。今はその道中で絡んできたゴロツキを叩きのめしているところだ。
ちょうど学校の前期試験が終わったと同時にヴィヴィオの母である高町なのはから、試験休みを使って行われる三泊四日の合宿旅行に参加しないかと誘われたがこれを問答無用で一蹴した。
誰が好き好んでそんな合同トレーニングに参加しなきゃならんのだ。金銭関連の見返りがあるならともかく、得られるものがないんだぞ。
そういやインターミドルの参加申請、今日から受付開始だっけか。クロは何故か参加するらしいが、もうアタシにその気はない。
「このガキ――ッ!?」
背後から鉄パイプで殴りかかってきた男の首を右手で掴み、前蹴りを二発入れてそのまま身体を持ち上げ、二、三メートル先にあった壁へ思いっきりぶん投げる。
男は後頭部から激突し、血を吐いて白目を剥いた状態で力なく倒れ込んだ。最初は四、五人ほどいたがこれで片付いたな。
口元に付いた血を拭き取り、手を締めるように痰を吐き捨てその場から立ち去る。さーて、どこに置いてきたか覚えてないクロを回収しに行くか。マジで覚えてないけど。
特にアテもないので商店街のような街中を見回しながら歩いていくと、比較的大きなスーパーの近くに見慣れた金髪少女――ファビア・クロゼルグがムッとした顔で立っているのが見えた。
「こんなところにいたのか」
「……今までどこに行ってたの?」
やっと見つけたということにして接してみたが、珍しく怒気の含んだ声で返された。なんでそんなに怒ってるんだよお前は。
さっきのゴロツキから資金と共にパクったタバコを口に咥え、マッチ棒で火をつける。今日はまだ一本も吸ってなかったわ。
プンスカしているクロの頭を二回ほど軽くポンと叩き、旅を再開する。また一人にされると思ったのか、少し慌ててついてくるクロ。
今アタシらがいる街はいわゆる中間地点に過ぎない。なのでこっからさらに東へ向かう。どこまで行くのかはアタシにもわからない。旅ってのはそういうもんだ。
「このまま東に向かったところで……何かあるの? 森林地帯は『聖王のゆりかご』が出てきた場所として観光地になってるらしいけど」
「観光したいのなら一人で行ってこい」
なんでそんな危険物が埋まっていた場所へ行かなきゃならねえんだよ。てか観光地作るなよ。ヤバイ副産物でも出てきちゃったらどうすんだよ。
中間地点に該当する街を後にし、東の方角へひたすら進んでいく。一応それなりの食料と水はあるから飢えて死ぬことはないと思いたい。
「これが東の果てか……」
東を目指して三時間。アタシとクロは地球でいう田舎町にたどり着いていた。自然豊かでレールウェイがなく、事務所のような建物が場違いなほど目立っている。
コンビニはすぐそばにあるが、言い方を変えるとその一軒しかない。買い物するにしてもさっきまでアタシらがいた街までわざわざ時間を掛けて行く必要がありそうだ。
クロもこのような町に来るのは初めてなのか、興味津々で辺りを見回している。ミッドチルダにも田舎ってのはあるんだねぇ。
ジッとしていても仕方がないので、とりあえず車の通る気配すらない道路に沿って歩く。自転車があればかなり楽になるぞこれ。
「どうするの? ここには宿泊できそうな場所がないんだけど」
「そのときは野宿だ。川か池があれば一週間は持つ」
「持ってきた食料のことを忘れてる……?」
取り出したタバコで一服しつつ、普段は決して見ることのない眺めを目に焼きつける。田んぼのようなものが見えるのは気のせいだろうか。
だがクロの言う通り、まずは寝床を確保しなければならない。アタシは別に野宿でも生きていけるが、問題はそういった経験がないクロだ。
魔女には山小屋に住んでいるイメージもあるが、生憎コイツは都会出身。加えて一日に三回はケーキを食べたがる極度の甘党だから発狂しちゃいそうで困る。
歩くこと約三十分。奇跡的にバス停があったので一旦足を止め、空いていたベンチに腰を下ろす。やっと休憩ができるぜ。
「み、水が飲めるって素晴らしい……!」
十五分ほど前から汗だくでバテていたクロは水を飲んで生き返っていた。ヴィヴィオと違って体力ないのなお前。古典的な魔女だからか?
少しだけ水分を取り、一服してからタバコを投げ捨てる。ここに来てようやく小さな工場が目に入ったが、人の気配はまだ感じられない。
せっかくなのでバス停の時刻表を見てみる。表のほとんどが空白になっており、今から次のバスに乗るには明日の早朝まで待たないといけない。
一応このことを記憶の隅っこに入れておき、旅を再開する。もう太陽の位置的に夕方だよ。今日はマジで野宿かもしれないな。
「そういやお前、インターミドルに参加するんだって?」
「うん。優勝に興味はないけどオリヴィエやクラウスの子孫が出てくるかもしれないから」
「修行とかしなくていいのか?」
「サツキと一緒にいれば嫌でも鍛えられるから問題ない」
やはり目的はそれか。クロゼルグの血脈に課せられた使命――覇王イングヴァルトと聖王オリヴィエへの復讐。エレミアへの恨みはこの間吹っ切れたから大丈夫だろ。
覇王と聖王の子孫がどんな奴か確かめ、ある程度情報が集まったところで仕掛けるといった感じだな。あくまでアタシの予想だけど。
それにしてもアタシといるだけで鍛えられるってどういう意味だコラ。人のことを最新のトレーニング器具みたいに言いやがって。
「クロ。日が沈むまでに宿泊先が見つからなかったら野宿な」
「…………生きて帰れるか心配になってきた」
しかしもう手遅れだ。そろそろ山に入ろうと別の道を探していると、十メートルほど先に四つん這いで何かを集めている少女の姿が見えた。
赤い服に黒の短髪。目は伏せているせいで見えないが、何とも地味な特徴である。体格も小柄だし、中学生くらいかな?
ソイツの手元をよーく見てみると、コンビニで買ってきたらしい果物がいくつも散らばっていた。帰る途中で落としてしまったのか。
もしかしたら宿泊先を確保できるかもしれないと思い、恥ずかしがってアタシの後ろに隠れたクロに代わってその少女に話しかけてみた。
「ちょっといいかな?」
「ひぇっ!?」
声を掛けただけなのに怖がられてしまった。
「な、なんでしょう……」
「この辺りに宿泊できるところとか、ない?」
「宿泊先……都会の人ですか?」
「旅人だ」
「……旅人です」
それも間違ってはいないが、ここは正直に旅人と答えておく。散らばっていた果物を集め終え、袋に入れながら立ち上がる少女。
あどけない顔立ちに髪と同じ色の瞳。顔が見れたのはいいが、やっぱり地味だ。
少女はアタシたちをジロジロと不審者を見るような視線を送ってきたが、何を見て大丈夫だと判断したのか警戒心を解いてくれた。
「な、ないと言ったらどうするんですか?」
「山で野宿」
「……不本意ながら」
どうやら宿泊先は野宿で決定のようだ。コイツの話によれば、この辺りには外から人が来ること自体珍しいのでそういった施設はないとのこと。
野宿が決定したせいでさめざめと泣き出したクロの首根っこを掴み、山に入るべく道探しを再開しようとした瞬間、天使の声が聞こえてきた。
「そ、そういうことなら――私の家に泊まっていきませんか?」
「「え?」」
一瞬幻聴じゃないのかと疑ってしまうほどの一言。クロもすぐに泣き止んで目を輝かせている。そんなに野宿が嫌だったのか。
ハリーやヴィクターならまだしも、さすがに見知らぬ人の家に泊まるのはちょっとなぁ……昔の経験からこれすら罠になることをアタシは知っているため、すんなりと肯定できない。
野宿するにあたってお荷物になりそうなクロを押しつけようか考えていると、それを察したのか少女が少し慌てながら口を開く。
「あ、お姉さんが思っているようなことはないので安心してくださいっ!」
「エスパーかテメエは」
完全に見透かされたような発言。まるで以前にも似た経緯で人を自分の家に泊めたことがある。まさにそんな感じだ。
……しょうがねえ、世話になるか。アタシ一人で野宿しようにも、泊まる気満々で目を輝かせているクロが右手を離してくれないし。
「そんじゃ世話になるわクソガキ」
「ではついてきてください! あと私はクソガキじゃなくてシルビアです!」
「……当たり前のように言われても困ります」
何故か張り切りながらアタシたちを先導し始める少女――シルビア。やっぱり田舎にいると都会の人間と出会う機会がないのだろうか。名前に関してはクロが小声でツッコんでくれたのでアタシは何も言わない。
田舎の人間は都会に出ると大抵バカにされる。アタシみたいに魔法文化のない地球からミッドチルダにやってきた人間もバカにされる。
そんなどうでもいいことを一服しながら考え、シルビアの後についていく。太陽はとっくに沈み、空がお星様でいっぱいになろうとしていた。
《今日のジークちゃん》
――ピンポーン
「はーい!」
呼び鈴の音が聞こえたので玄関へ向かう。こんな朝早くから誰やろ。
朝御飯の串カツを左手に持ちながら、右手で扉を開ける。そこにいたのは――
「――番長?」
「じ、ジーク!?」
番長ことハリー・トライベッカだった。
「なんでお前が出てくるんだ……?」
「え? 別に普通やろ?」
「普通じゃねーよ! なんで
番長の言う通り、今
せやけど何が問題なのかわからへん。サッちゃんの家に合鍵を持つ
けどそんなことより、早朝から番長がサッちゃんの家に来るってことは何かあるんやな。
「用件はなんや?」
「もうすぐうちの学校で運動会があるからサツキに協力を要請しに来たんだよ」
このあと番長と一緒に朝御飯を食べ、運動会について話し合った。
運動会……体操服姿のサッちゃん……見てみたいわぁ……!