死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第28話「限度」

「……サツキ」

「……なんだゴラ」

 

 ハリーが悪臭漂う健康食とやらを持ってきた日から一週間。赤い瞳と黒髪ストレートが特徴的なおっぱい剣士、ミカヤ・シェベルとショッピングモールの休憩所で再会した。

 久しぶりに早起きし、毎日ケンカを繰り返すうちに服が破けて使い物にならなくなったので、とりあえず新しい服を買おうとここに来たらバッタリ出会ってしまったのだ。

 シェベルは確か……インターミドルのベテラン選手かつ抜刀術天瞳流の師範代だったな。そんな外見は堅物に等しい女が、服屋で楽しそうに目を輝かせているのを見たときには吹き出しそうになったよ。まさに珍光景だったね、あれは。

 休憩所が喫煙所ということもあり、今は堂々とタバコを吸っている。シェベルは今すぐ舌打ちしそうな顔でアタシを睨んでるがな。

 

「タバコはやめるんだ」

「ふざけろタコ」

 

 言うと思った。言うと思ったよこんちくしょう。お前らの第一声は大体それだもんな。それ以外で言うとジークの添い寝宣言が――忘れよう。

 自己主張の激しいお胸を揺らしながら注意してくるシェベルをひたすら無視していたが、首元に刀を当てられてしまった。

 やだ怖い。人がいないとはいえ公の場で刀を使うなんて銃刀法違反だぞ。それともミッドチルダにはその法がないのか?

 どこから取り出したのか刀型デバイスの晴嵐を右手に持ち、今にもキレそうなほど黒い笑みを浮かべるシェベルはゆっくりと口を開く。

 

「……少しは人の話を聞こうか」

「殺すぞテメエ」

 

 首元の刀と何気に彼女が飛ばしてくる殺気に物怖じすることなくシェベルの胸ぐらを掴み、ガンを飛ばす。どこぞのバトルジャンキーのせいで刃物にも慣れちまったんだわ。

 三分ほど経ったところでシェベルが先に刀を鞘に納め、アタシも胸ぐらを掴んでいた手を離す。アタシが一体何をしたというんだ。

 吸っていたタバコを灰皿に押しつけ、口の中に残っている煙を吐く。今日で何本目だっけか、このタバコ。もうすぐ箱が空になってしまうぞ。

 やっとシェベルの殺気がなくなったところで視線を逸らし、念のためにライターのオイルとマッチ棒の残量を確認する。

 

「……会ったときから思っていたが、妙にイライラしてないか?」

「あァ?」

 

 何かを諦めたと言わんばかりにため息をつき、恐ろしく真剣な顔付きになるシェベル。これが年長者としての気遣いってやつか。

 勝手に保護者面してんじゃねえ。イラッときたのでそう言い返そうとしたものの、最初のイラッときたところで踏みとどまった。

 言われてみればお前の言う通りだ。最近のアタシはイラついてばっかで、いつも以上に怒りに任せてとにかく拳を振るっている。

 ここ数日の自分を振り返りつつ、苛立ちを抑えるように右手で頭を掻く。そういや息をするように相手を殺しかけたこともあったな……。

 

「チッ……」

「私は君の事情を知らない。だからこれ以上は口を出さないでおく。けど、誰かに相談したり、頼ったりするのも一つの解決策だと思うよ」

 

 今度は穏やかな表情になると、立ち上がって世話の焼ける後輩を励ますようにアタシの頭を軽く叩いて休憩室から出ていくシェベル。

 なるほど。あれが人格者ってやつか。どうりで他の出場選手からも尊敬され、慕われるわけだ。人間性がしっかりしているから。

 彼女がいなくなったのを確かめて新たなタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。気づけば苛立ちも消えており、かなり落ち着いていた。

 ひとまず落ち着いたところでアタシも少しだけ吸ったタバコを灰皿に押しつけ、買った服が入っている袋を持って休憩室を後にする。

 

「よし……」

 

 まずは今日の予定を片付けよう。イタチごっこもまだ終わってねえんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 シェベルとの軽いいざこざから二日後。アタシはイタチごっこを終わらせるべく、隣町を始めクラナガンの路地裏をくまなく徘徊している。

 本当はもう少し大人しくしていようと思っていたが、昨日ゴロツキの一人に頭部を鉄パイプで殴打されたことでついに堪忍袋の緒が切れた。

 殴られた頭部には包帯が巻かれており、顔の傷はさらに増えた。一か月前に負った傷も癒えるどころか悪化してしまってるし、これ以上の負傷は避けたいところだ。

 体格の良いゴロツキをぶん殴り、震えながらも上半身を起こしていた男をもう一度蹴り倒し、ビビったのか逃げようとした奴の背中に前蹴りを入れ、壁に叩きつけられてこちらへ振り向いたところを右、左と殴りつけ、右拳を三発叩き込んだ。

 

「おう、待てやコラ」

「ひっ……!?」

 

 もちろんこの程度じゃアタシの苛立ちは収まらない。路地裏の奥へ逃げようとしていた金髪の男を捕まえ、顔面から壁に何度もぶつけて血だらけにしてから脇腹に拳を何発も打ち込み、彼の身体を片手で持ち上げ近くにあった使い古しのゴミ箱へ頭からブチ込む。

 右の蹴りで壁を粉砕し、口内に溜まった唾を吐き捨て、腹の底から湧いてくるイライラを紛らわすかのように右手で髪を掻き上げる。

 あークソッ、こんなに怒りが湧いてくるのは初めてだ。殴っても殴っても収まる気がしねえ。ムカついてしょうがねえっ!

 シェベルに指摘される前からわかってはいたが、やっぱりこういう衝動的なのはそう簡単に抑えられるものじゃない。

 

「っ……!?」

「まだ死にぞこないがいたかァ……」

 

 誰かが立ち上がったような音が聞こえたので後ろを振り向くと、最初に気絶させたリーダー格の男が仲間を見捨ててこっそり一人で逃げようとしているのが目に入った。

 お前らといいそこらの連中といい、都合良く群れるくせにいざというときは簡単に仲間を見捨てる。だから仲間とかほざく奴はムカつくんだよ。

 蛇に睨まれた蛙の如く動きを止めた男へゆっくりと近づき、右手でうなじを掴んで持ち上げ、十メートル先にある壁へ投げ飛ばす。

 男が壁に叩きつけられると同時に開いた間合いを一気に詰め、壁際に蹲った彼の身体を容赦なく何度も蹴りつける。その途中で両手を壁に当て、蹴る速度を上げていく。

 

「がは……!」

 

 足下に血だまりができたところで蹴るのをやめ、すかさず上から何度も踏みつける。骨の砕ける音が聞こえたところで踏みつけを中止、片手で男の身体を持ち上げて頭突きをかます。

 もう一回頭突きをお見舞いしようとした瞬間、左から微かに音が聞こえたので動きを止め、音が聞こえた方へ視線を向ける。

 そこに立っている人物の姿を見て目を丸くするも、すぐに意識をゴロツキへ向け、だらしなく倒れている奴に跨ってタコ殴りを開始しようとした途端に後頭部を鉄パイプで殴打されてしまう。

 頭から液体のようなものが流れ出るのを感じながら後ろへ振り向き、鉄パイプを持って震えていた黒髪の男を殴り倒した。

 

「殺してやるよクソが……」

 

 右手で男の首を絞め、そのまま顔面を粉砕しようと左の拳を振り上げるも、タイミングよく誰かに左手をしがみつくように掴まれてしまう。

 もう感覚で誰なのかわかるので視野を広げたり振り向いたりはしない。静かに、それでいて恨みの籠った声でその人物に怒鳴りかける。

 

「離せクロ」

「やだ……!」

 

 怒りで声を震わせながらもそう答えたのは、ついさっきアタシの視界に入ってきたクロだ。ああ、だろうなァ。お前ならそう言うと思ったよ。

 左腕に絡みついたクロを無理やり引き剥がし、右手で掴んでいた男を殴ろうとするも今度は後ろからしがみつかれ、力が緩んだせいで掴んでいた男の首を離してしまう。

 腰に回された両腕をこれまた強引に引き剥がそうとしたが、身体強化でもしてあるのか全然ほどけない。いくらクロでもこれは鬱陶しい。

 思わず怒鳴りそうになるも今は手を抜きまくっていることを思い出し、ほんの少しだけ力を入れてクロを引き剥がすことに成功した。

 

「お前だろうと邪魔するなら殺すぞ!?」

「そうなる前にあなたを止めるから……ケンカにも限度がある……!」

 

 クロは必死に叫ぶと、アタシの顔面に容赦なく魔力弾を撃ち込んできた。呆気に取られたせいで動きが止まったアタシはこれをモロに食らい、ぐらついて倒れそうになるも何とか持ちこたえる。

 あなたを――アタシを止める。その一言とたった今顔面に撃ち込まれた魔力弾のダメージでアタシの中で何かがプッツンと切れ、体勢を整えると同時にクロを握り込んだ右拳で殴り飛ばす。

 当然というべきか小柄で非力なクロがアタシの拳を受けきれるわけがなく、派手に吹っ飛ぶも壁に激突する寸前で無数の使い魔――プチデビルズをクッションにして二次的なダメージを防いだ。

 それでも殴られた衝撃は大きかったのか、口元から血を流し、震えながらも歯を食いしばることで立つのがやっとという状態になっていた。

 

「…………ないよ……」

「あァ?」

「そんな拳、響かないよ……!」

 

 痛みで顔を激しく歪め、両脚をガクガクと震わせながらも、信じられないほどまっすぐな瞳でアタシを見つめるクロ。

 その瞳には確かな怒りも籠められているがそれ以上の何かをはっきりと感じ取り、さすがのアタシも少し驚いてしまう。

 ああそうか、そんなにアタシを止め――アタシの進む道を邪魔してえのかお前は。言うまでもないが、話し合いなんてするつもりはない。

 

「……やっぱ、タイマンしかねえな」

「っ……」

 

 タイマンという単語を聞いたクロは一瞬驚愕するも、すぐ何事もなかったかのように予想通りといった感じの表情となった。

 はっ、こうなることは読めていたのか。面白いというか何というか……まあいい。ブチのめせば全部同じことだ。

 クロと至近距離で睨み合い、田舎町のときとは比べ物にならないほどのメンチを切る。それこそ、目で人を殺せるほどの眼力で。

 

「……傷はいつ治るの?」

「……多分、何の支障もなければ一週間くらいで治るはずだ」

「じゃあ十日後。私が決めた場所に来て。その場所については後々連絡するから。それと――」

「ん?」

 

 一旦言葉を句切ると、アタシを舐め回すように見つめるクロ。彼女の周りではプチデビルズが無駄に騒いでいる。

 

「――ちゃんと治してきてよ? 絆創膏を一つでも貼ってたら、私は相手にしないから」

「…………上等だ」

 

 口元を三日月のように歪めて返答し、路地裏を後にするアタシ。

 まさかクロ、お前とタイマンを張ることになろうとはな。生きていれば何が起こるかわからないってのはこの事だ。

 さりげなくゴロツキの一人からパクったライターを取り出し、口に咥えたタバコに火をつけて一服する。なるようにしかならねえなこりゃ。

 

 

 

 

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