「ふぅ……」
クロとタイマンを張ることになってから三日。アタシはてっぺんの景色を見るべく、停学期間であるにも関わらず未だに復旧の目途が立っていない学校の屋上へ来ていた。
もちろん誰にもバレないよう、早朝に無断で来ているため制服ではなく私服を着用している。校内に入りさえしなければほぼバレないからな。
さっきから大きな掛け声が聞こえてくるのでグラウンドに視線を移すと、体育系の生徒が部活の朝練に励んでいた。ご苦労ってやつだ。
綺麗な朝日を目に焼けつけながらタバコを一口吸い、ため息をつくように煙を吐き出し、日向ぼっこするようにその場で仰向けになる。
「っ……痛え」
床に後頭部が接触しただけで痛みを覚え、思わず顔をしかめてしまう。顔の傷はだんだん治っているのだが、何度もやられたせいか頭の怪我だけは一向に良くならない。
そんなアタシの視界に雲一つない青空と、生物のようにうねる感じで立ち昇るタバコの煙が入ってくる。蚊取り線香の煙みたいだな。
蝕むように襲い来る眠気をごまかすために空いている左手で目を擦り、仰向けのままタバコを吸い、視界が濁ってしまうほどの煙を吐く。
てか眠気って……ちゃんと睡眠は取っているはずだ。やっぱり日頃の疲れが残っているのか、あるいは不眠症か。
「――うわ、まだ床のヒビが残ってやがる」
せっかくだからこのまま寝ようと思っていたら、扉の開く音と共に聞き覚えのある明るい声が聞こえてきた。まだ登校時間じゃないよな?
視点を屋上全体を真上から見たものに脳内で切り替え、たった今屋上にやってきた人物がハリー・トライベッカであることを確認する。
辺りを見渡しながらも落ち着いているのを見る限り、停学中のアタシがここにいることを知って来たわけではなさそうだ。
脳内で切り替えた視点を元に戻し、タバコを口に咥えて青空を眺めていると、さすがに紫煙と臭いで気づいたのかハリーがこっちへ振り向く音が微かに聞こえた。
「さ、サツキ……!」
なんでここにいるんだ。そんな感じで驚きの声を上げ、少しずつ表情を怒りのそれへと変えながらこっちへ歩み寄ってくるハリー。
「とりあえずタバコを吸うな!」
「え? そっち?」
ほぼ反射的にそう言ったアタシは絶対に悪くない。なんかいつも通りすぎる。てっきり別のことで怒られるのかと思ったのに。
まあ時間的に退却した方が良さそうなので、ずっとくつろいでいた屋上の一番高いところからタイマンの爪痕が残っている床へ、駆け寄ってきたハリーをかわすように飛び降りる。
その際、メシッというとても小さな音が耳に入ってきた。どうやら一歩間違えると床に大きな穴が開いてしまうようだ。現時点で開いていないだけ奇跡だが。
口に咥えていたタバコを右手に持ち、視線をかわしたハリーに向ける。彼女もゆっくりとこちらへ振り向き、呆れたように口を開いた。
「お前停学中だろ……」
「いいじゃねえか別に」
ぶっちゃけ場所を限定される謹慎処分よりかは比較的マシだと思っている。それに教職員にはバレてないし、アタシの場合は有期停学だ。
右手のタバコを一口吸い、弱々しく煙を吐き出して校門前に視線を向け、どんどん登校してきている生徒たちを目にする。
ヤベェな、もうそんな時間になっていたのか。ちなみにアタシの体内時計はここに来てからまだ五分しか経っていない。修正の必要があるな。
「てかどうしたお前? いつもより大人しいじゃねーか」
「ん、ちょっとな」
「またそれかよ」
実は近いうちに知り合いの魔女っ子とタイマンを張るから頑張って傷を治しています、なんてバカ正直に言えるわけねえだろ。
ある程度吸ったタバコを投げ捨て、口内に残った相応の紫煙を吐きながら、最近非常用出口になりつつあるパイプがある方へと向かう。
「おいサツキ、まさかそのパイプを伝って下りる気じゃ――」
「じゃあな弱虫」
「誰が弱虫だてめー! 待てサツキ!」
待たない。時間がないから待たない。時間があっても待たない。パイプを伝って屋上から離脱し、他の生徒にバレないよう学校を後にする。
……今回だけは感謝するぜハリー。実はついさっきまでもどかしい気分だったけど、お前のおかげで多少は落ち着いたよ。
「サツキと、勝負……」
人気のない公園のベンチにて、周りに不気味な姿をした使い魔を従える一人の少女――ファビア・クロゼルグは空を見上げていた。
金髪とジト目気味の金眼に無表情な顔つき。そんな特徴を持つ彼女は、たった今呟いたことに対して未だに実感を抱けずにいる。
数日前に流れるような形で決まった、最強のヤンキー緒方サツキとの勝負。不良である彼女風に言うところのタイマンだ。
しかし、ファビアはサツキと真っ向からやり合って勝てるかどうかではなく、それ以外の方法でサツキの暴走を止められないかを考えていた。
「ん……」
膝の上に置いているショートケーキを一口頬張り、腐るほど感じてきた程よい甘さを飽きることなく口の中で堪能する。
ファビアの知るサツキは何者にも縛られることなく自分の進む道を貫いており、当時から感情に任せて拳を振るうことはよくあった。
だが今の彼女は喧嘩三昧の毎日を送っているうちに冷静さを失い、怒りに飲み込まれて暴走している。それは火を見るよりも明らか。
怒りの感情は諸刃の剣である。サツキにとっては原動力の一つと言えるが、一歩間違えると今回のように我を忘れてしまう。だから彼女と勝負をすれば暴走に拍車が掛かり、手がつけられないどころではなくなると危惧しているのだ。
「ギタギタ……」
「大丈夫だよ」
頬張ったケーキを堪能し終えたところで、自分を心配そうに見つめる使い魔――プチデビルズの頭を軽く叩き、あやすように撫でていく。
使い魔には大丈夫と言ったファビアだが、その無表情な顔つきからは想像もできないほど内心では焦っていた。
彼女は先祖である魔女、クロゼルグの血脈に課せられた古代ベルカの王達への復讐という使命を記憶と共に背負っているが、今回の問題はその使命以上に大変なものだと思っている。
友達に近い存在――いや、友達の暴走を何としても止める。頭の中がその事でいっぱいになっていたせいか、ファビアは自分の隣に座った人物の存在に気づかなかった。
「どうかしましたの?」
「っ……!?」
いきなり声を掛けられ、驚きのあまり飛び跳ねるように立ち上がり、声の主とプチデビルズから離れるファビア。彼女の視界には一人の少女が映っていた。
綺麗な金髪に緑の瞳、そして全体的に大人びた容姿。まさにお嬢様の一言に尽きるその少女を、ファビアは知っている。
「ダールグリュン……」
「久しぶり」
ヴィクトーリア・ダールグリュン。インターミドルの出場選手であり、模擬戦を含めてサツキと三度も対決したことがある実力者だ。
ミドルネームで自分を呼んだファビアに穏やかな笑みを浮かべている彼女もまた、『雷帝』ダールグリュンという古代ベルカに存在した王家の血を『ほんの少しだけ』引き継いでいる。
ファビアは話しかけてきた相手が見知った人物であることにホッと胸を撫で下ろし、プチデビルズを回収してベンチに腰を下ろす。
「何を悩んでいたの? 周りが見えてなかったようですが」
「…………エレミアには言わない?」
「ジークには内緒……サツキ絡みかしら?」
「それ以外にあると思う?」
目を細めるファビアに「ありませんわね」と少し呆れた感じで返すヴィクトーリア。彼女ならエレミアよりは大丈夫だと判断し、自分とサツキの間に起きたことを話すことにした。
サツキの毎日が喧嘩三昧になっていること、そのせいで感情的に暴走していること、彼女の暴走を喧嘩以外の方法で止めたいこと。
ファビアの事情を聞き終え、前々から恐れていたことが起きてしまったと言わんばかりに不安の表情を見せるヴィクトーリア。
「やはりそうなってしまいましたのね」
「気づいてたの?」
「ええ。だから私はあの子に模擬戦を申し込んだの」
ヴィクトーリアはサツキがいずれ、怒りの感情に飲み込まれることを知っていた。そうなる前に模擬戦でサツキに勝利し、どうにかして彼女を止めようとしたのだろう。
しかし、サツキとの実力差は非常に大きく、止めるどころか彼女の本気を引き出せずに圧倒されて敗北するという結果に終わってしまった。
そのときのことを思い出したファビアも少しだけ不安の表情になり、頭を抱えそうになる。もうサツキを止める術はないのかと。
「…………」
「約束した以上、サツキとの勝負は避けられませんわ。あの子が約束した勝負事を反故にしたことは一度もないもの」
「だよね……」
サツキは喧嘩が好きだ。それは初めて出会ったときからわかりきっていた。喧嘩をしているときの彼女はどこかイキイキしている。
「――あっ」
ここでファビアは一つの結論にたどり着く。暴走しているサツキを止める方法は喧嘩しかない。喧嘩以外の方法じゃない、喧嘩しかないのだと。
ファビアの瞳が少しずつ決然たるものになっていき、ヴィクトーリアもそれに気づいて微笑みながら口を開く。
「決心はついたようね」
「うん」
「頑張りなさい」
照れているのか右手の人差し指で頬を掻き、そっぽを向いてヴィクトーリアには見えないように笑みを浮かべるファビア。
こんなの私らしくない。そんなことはサツキと出会ってから少なからず思っていた。
それでも、ファビア・クロゼルグは『魔女』だ。魔女は欲しいものがあるとき、魔法を使って手に入れる。今回もそうするだけだ。
――勝てるかどうか、それで止められるかどうかじゃない。やるしかないのだ。
「……きたか」
ついに訪れた決戦当日。アタシはクロに指摘された以前ジークとやり合った場所で、タバコを吸いながら現れたクロに目をやる。
腹をくくったのかその瞳には迷いがなく、わずかな動揺すら見受けられない。この十日間、奴が何をしていたのかは知らんが大したもんだ。
クロはアタシを舐め回すように観察すると、表情を変えないままちょっと意外そうな声で話しかけてきた。
「……ほんとに治したんだ」
「まあな」
彼女の言う通り、顔の傷はほぼ完治している。残念ながら頭の怪我はまだ治ってないが、包帯を巻きさえしなければバレないだろう。
「もういいか?」
「うん」
左手に持っていたタバコを足下に投げ捨て、火が消えるまで踏み潰す。
対するクロは自分の周囲に使い魔を三体ほど使役し、箒型のデバイスに跨がった。
「魔女の誇りを傷つけた者は――」
そんなものに傷をつけた覚えもなければ、汚した覚えもない。アイツにとっては決め台詞的なものなんだな、きっと。
まあどうでもいいからそれはそれとして、アタシも改めて腹ァくくるか。
多分、これが最初で最後。ヤンキーであるアタシと、魔女の末裔であるクロのタイマン。
「――未来永劫呪われよ」
さあ、幕開けだ。
《今回のNG》TAKE 1
「ヤンキーの道を邪魔する奴は――未来永劫死にさらせ」
「…………」
「…………」
「…………ダサい」
「お前が言えつったんだろうが」
アタシだってこんなクソダセえ決め台詞言いたくねえよ。