死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第38話「野獣vs鉄腕」

「グルルルル……」

「…………ぇ?」

 

 突き出した右の拳をヴィヴィオの目と鼻の先で寸止めし、忌々しそうにジークリンデの声が聞こえた方へ視線だけを向けるサツキ。

 寸止めした際に発生した凄まじい拳圧が背後の地面を吹き飛ばすように削り取っていき、その先にある壁が砕け散る。いくら魔法で身体能力を強化していてもここまでの威力は滅多に出ない。それだけサツキが規格外なのだろう。

 ヴィヴィオがその爪痕を見て戦慄している間にも、サツキはどうにか立ち上がったジークリンデを見つめる――いや、この場合は睨みつけるといった方が正しいかもしれない。

 頭から血を流し、乱れた息を整えるジークリンデ。バリアジャケットも所々破けており、両手に装着している鉄腕にも少しヒビが入っている。

 

「あんたの相手は(ウチ)や! 浮気は許さへんよ!」

 

 最後の方は聞かなかったことにし、拳を引っ込めてジークリンデと正面から向き合う。ハッとなったヴィヴィオが話し合いで何とかならないかと説得してくるも、興味がないと言わんばかりに振り向きすらしない。

 サツキが野獣モードと名付けたこの状態。動物並みの五感を最大限に研ぎ澄ませることで意識と感覚を獣のそれに切り替え、圧倒的な身体能力を通常以上に活かして獣じみた動きも可能にする。引き換えとして体力よりも精神力を大幅に消耗し、理性の大半を削られてしまう。

 一歩間違えると力を振るうだけの猛獣と化してしまうため切り札というより禁じ手になっており、サツキ自身もあまり使いたがらない。

 なので正確にはちゃんとヴィヴィオの話を聞いてはいるが、わずかに残っている人としての理性を保つことに集中しているせいでとても会話できる状態ではないのだ。

 

「ッ……!」

 

 一瞬で姿を消し、ジークリンデ――を素通りして未だにバインドで縛られている味方側の魔女、ファビア・クロゼルグの元へ駆けつけるサツキ。

 彼女の怒りに満ちているかのような顔を見て反射的に強張る。そして殺されるとでも思ったのか目を瞑って歯を食いしばり、そのまま俯く。

 

 

 

 ――刹那。頭を愛撫されたような感触がした。

 

 

 

「えっ」

 

 思わず顔を上げたファビアだがすでにサツキの姿はなく、さっきまで彼女を拘束していたバインドが跡形もなく消えている。

 頭を撫でられた? でも何で? どうして?

 いつの間にか地上でジークリンデと戦っているサツキを見つめ、ヴィヴィオに声を掛けられるまで呆然としていたファビアだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■ッ!!」

 

 サツキは獣じみた雄叫びを上げながら、ジークリンデはギチギチと拳を握り込みながら間合いを詰めていき、射程距離へ到達した瞬間に互いの左拳をぶつけ合う。

 衝撃で辺り一面が削られるように吹き飛び、両者の足下には大きなクレーターが出来上がった。ヴィヴィオやハイディ達も吹き飛ばされないよう必死に踏ん張り、両腕で顔を護る。

 互いに退くまいとしばらく拮抗していたが、やがてジークリンデが力負けして顔を歪め、徐々に迫ってくるサツキの左拳を弾く。

 三歩ほど後退し、追撃に備えて構えるジークリンデ。サツキは一瞬で彼女の背後に回り込み、後ろに引いていた右の拳を突き出す。

 

「う、ぐぅ……!?」

 

 拳が当たる寸前で反応し、振り返って交差した両腕でガードするも防ぎきれなかった分の威力が全身を駆け巡り、思わず顔を歪めてしまう。

 その一瞬を見逃さず、拳の連打をマシンガンのように打ちまくるサツキ。一発一発が凄まじい威力であるため、ガードの上だろうと拳が直撃する度に強い衝撃が伝わってくる。

 最初は難なく耐えていたが徐々に押されていき、避けようにも拳を繰り出す速度が速すぎて避けられず、ついには防護武装の鉄腕越しに腕の骨がミシッと悲鳴を上げ始めた。

 このままだと腕の骨がやられる。その考えが通じたのか連打が終わり、サツキが最後の一発を雑な大振りで繰り出してきた。

 

「でやぁぁぁっ!」

 

 それに対抗しようと右手に魔力を纏い、サツキの左拳へ握り込んだ右拳をぶつけるジークリンデ。避ける余裕がなかったのだろうか。

 再び発生した衝撃で踏ん張っていたヴィヴィオとハイディが吹き飛ばされたものの、先回りしていたルーテシアが展開した魔法陣にぶつかったことで二人は二次的なダメージを免れた。

 両者はそんなことにお構いなく、ぶつけた拳で押し合う。今度は文字通り拮抗しており、押しては押され、押されては押し返していた。

 

「ガァァァァ……!」

「ぐぎぎぎぎ――せやぁっ!」

「ゴハァッ!?」

 

 が、ほんの少し押し返したジークリンデがぶつけていた拳を下へ動かし、両脚に力を入れて体勢を崩したサツキの懐へ右の拳を叩き込み、彼女の屈強な身体を吹っ飛ばす。

 サツキは綺麗な放物線を描きながら十メートルは吹っ飛んでいき、その途中でたまたま落ちてきた大きな破片にぶつかって地面に落下していく。

 後を追ってきたジークリンデはサツキと適度な距離を置き、いつものシンプルな構えを取った。サツキもよろめきながら立ち上がり、血の混じった唾を吐き捨てる。

 

 猫のような垂直のスリット型瞳孔、剥き出しにした犬歯。

 今のサツキはエレミア風に言えば『野性の神髄』を発動している状態なのだと、サツキ自身が付けた野獣モードという名前を知らないジークリンデは結論付けた。

 他に何か変わっていないところがないか舐め回すようにサツキを観察していたが、彼女の右腕を見て思わず息を呑んだ。

 

「何や、それ……」

 

 猛獣にでも切り裂かれたかのような、痛々しい大きな引っ掻き傷の痕。それがサツキの右腕に、まるで古傷のようにあったのだ。

 この傷痕は今年の二月に“ヒュドラ”という不良グループのリーダー格と交戦した際に負わされたものだが、当然ジークリンデがそんなことを知っているわけがない。知っているのは当時その場に居合わせたファビアだけである。

 

「グルルルル……」

 

 ジークリンデの問いを鼻で笑うかのように唸り声を上げ、四足獣の如き姿勢となるサツキ。まさに人の姿をした獣と言っていい。

 再び沈黙がその場を支配し始め、遠くから微かに聞こえていたヴィヴィオ達の声も耳に入らなくなった瞬間であった。

 

 

 ――サツキが静かに姿を消したのは。

 

 

「え――がぁっ!?」

 

 その直後、ジークリンデの眼前にサツキが現れ、懐へ左の拳を叩き込んだ。同時に発生した拳圧が周囲の地面を吹き飛ばしていく。

 身体が少し後ろへ傾いたことでようやく自分が攻撃されたという事実に気づき、口から血を吐きながら懐に叩き込まれた拳を抜こうとする。

 しかしそう来るとわかっていたサツキは自ら拳を引っこ抜き、お返しと言わんばかりに右の拳でジークリンデの顔面を殴りつけた。

 ジークリンデは斜めへ傾くように体勢を崩しながらも、右手からサツキの鼻っ面目掛けて正確無比の射撃魔法を撃ち出す。

 

「ラァァァ!」

 

 サツキはこれをあえて避けずに食らい、受けきったことでジークリンデが少し目を見開いた隙に左のハイキックをブチ当てる。

 続いて繰り出した右のハイキックを左腕でガードされるも、顔ではなくその左腕を破壊する勢いで脚を振り切り、鉄腕を破損させた。

 さらにすかさず握り込んだ左拳をジークリンデに向かって突き出し、そこから飛ばされた拳圧をかわしたジークリンデを空中へ蹴り飛ばす。

 吹っ飛んでいた際に途中で破片とぶつかって落下したサツキとは異なり、ぎこちない動きで体勢を整え宙に止まるジークリンデ。

 

「■■■■■■ーッ!」

 

 地面を蹴ってあっという間にジークリンデに肉薄し、肉眼では捉えられない速さで拳と蹴りのラッシュを彼女の全身へ叩き込む。

 ありったけの魔力を全身に流し込んでひたすら防御力を上げ、急所への直撃だけは避けようと攻撃が来る位置を直感気味に予測しながら両腕でガードしていくジークリンデ。

 とはいえ、さっきの連打以上に速い攻撃をその程度でどうにかできるはずがない。最高速度であろう速さで放たれているサツキのラッシュにガードが追いつかなくなり、滅多打ちにされ始めた。

 ただ速いだけじゃない。蹴りや拳の一発一発がこの上なく重いうえに、真正面から受けるとガードが意味を成さなくなるのだ。

 

「ゼァァァァ!」

 

 一旦ラッシュを終えた直後に後ろ蹴りでジークリンデの身体を蹴飛ばし、裏拳の要領で力を込めた左腕を振るって衝撃波を飛ばす。

 壁に激突する寸前で停止したジークリンデは襲い来る衝撃波をギリギリのところでかわすも、真上に現れたサツキに地面へ叩き落とされた。

 全身から響いてくる痛みに悶える暇もなく急いで立ち上がり、間髪入れずにサツキが打ち出した渾身の右拳を両手で受け止める。

 無重力空間に慣れていなかったせいで宙に浮いている間は最低限の防御しかできなかったが、両脚で立っている地上なら話は別だ。

 

「はあぁぁぁ!」

「デヤァァァ!」

 

 二人は地面を蹴りつけると互いに全力であろう拳と蹴りのラッシュを、誰も反応できないほどのスピードで動きながらぶつけ合っていく。

 拳と拳、蹴りと蹴りがぶつかる度にその衝撃でとてつもない力の余波が発生し、無限書庫の壁や床を淡々と破壊していく。

 

「あっ……!?」

「な――」

 

 呆然としていたヴィヴィオと腹部を押さえて膝をつくハイディの目の前を、風の如く殴り合いながら通過するサツキとジークリンデ。

 一瞬ではあるが、二人の姿は見える。だけど彼女達が何をしているのかまではわからない。

 近くにいたルーテシアとファビアも、その様子を上から眺めているせいか、見えない何かが戦っているようにしか感じられなかった。

 

「ガァ……!」

「くぁ……!」

 

 拳や蹴りが直撃する度にメキメキと互いの骨が悲鳴を上げ、ジークリンデに至っては痛みのあまり遠くから見てもわかるほど顔を歪めていた。

 それに対してサツキは顔こそしかめているものの、多量のアドレナリンでも分泌されているせいか攻撃の大半を意に介していない。

 このままじゃ拉致が明かない、キリがないと判断したジークリンデは、無理やり上体を後ろに反らして猛然と繰り出される拳と蹴りのラッシュから逃れることに成功する。

 が、もちろんサツキがそう易々と逃がしてくれるわけもなく、すぐに胸ぐらを掴まれて右のハイキックを叩き込まれてしまう。

 

「がは……こんのぉっ!」

 

 指を食い込ませる勢いでサツキの左肩を掴み、ギチギチと握り込んで魔力を纏わせた左の拳を鳩尾へブチ込むジークリンデ。

 彼女の拳をモロに食らったサツキは少し後退しただけで堪えきり、強く踏み込んで血が出るほど溜め込んだ右拳を繰り出す。

 これを左腕でガードしようとしたジークリンデだが惜しくも間に合わず、顔面を殴りつけられそのまま地面に思いっきり叩きつけられた。

 ガクガクと震えながらも立ち上がろうとするジークリンデ。その姿をジッと見ていたサツキの瞳孔が垂直のスリット型から少しずつ正方形になっていき――

 

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

 

 

 ――野獣はヤンキーに戻った。

 

 

 

 

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