死戦女神は退屈しない   作:勇忌煉

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第42話「今度こそ」

「……傷は大丈夫?」

「今のところはな」

 

 昼食を食べ終えたアタシは、クロと共に八神家から帰宅する途中でタバコを調達していた。幸いにも金銭は無事だったからな。

 無限書庫での一件については八神と話し合った結果、全抵放射に関する情報を全て提供することで『今回だけはお咎めなし』という結果に落ち着いた。次はないようだ。

 それでいいのかとツッコみかけたが、そんなことでお咎めなしになるならしないに越したことはないのですぐさま承諾させてもらったよ。

 要は質問責めから逃れようと犠牲にした全抵放射がアタシを助けてくれたってわけだ。その他にも匿名二人の弁護があったらしいけど。

 

「ふぅ~……一週間ぶりのタバコは染みるぜ」

 

 一口吸っただけで溜まった懐かしくも感じる紫煙を口から吐き出し、思わず頬を緩める。何というか、自由になった解放感がヤバイ。

 にしても、一週間というものがこんなに長く感じるとは思いもしなかった。学校はともかく、家はどうなっているのだろうか。

 ちなみにクロは罪状の取り消しと引き換えに、時空管理局の嘱託魔導師とやらになってしまった。アタシとしては良い気がしないなぁ。思いっきり監視されてるみたいで。

 次はビールを買いに行こう。そう決意して一歩踏み出した瞬間、クロに後ろから服を掴まれた。相変わらず小さい手だな。

 

「何だよ」

「あ、あの……えと……ごめん」

 

 俯きながら目を泳がせ、申し訳程度に謝罪の言葉を述べるクロ。彼女なりに誠意を込めているのはわかるが、せめて目を合わせてほしいものだ。というか何で謝られたのだろうか。

 クロは顔を上げると、原点回帰した日を思い出させるほど真剣で、それでいて罪悪感を表に出した表情となって口を開いた。

 

 

「私は……目的を達成するためだけに、あなたを利用した」

 

 

 その言葉を聞いて、一瞬だけ片方の眉をピクリと動かす。そんなことだろうと薄々気づいていたよ。山林地帯でエレミアと再会した辺りから。

 先祖から受け継がれたものとはいえ、復讐心に駆られている奴が普通の青春を送ろうとはしないだろう。加えてコイツ、復讐の対象が話題に出るだけで過剰に反応してたし。

 

「魔女クロゼルグの血脈に課せられた使命。最初は一人でやろうと思っていた。けど、いざ衝突すればプチデビルズを使役しても一筋縄じゃいかないのは目に見えてた。だから――」

「プチデビルズ以外にも、ソイツらに対抗し得る駒が欲しかったと。それも使い捨ての駒を」

 

 コクリと頷き、気まずそうに目を逸らすクロ。目が合ったら殺されるとか思ってそうだな。いや正直に言えば三発ほど殴りたいけどさ。

 確かにベルカ王族の子孫は強い。それは今のエレミアで確認済みだ。ハイディだってそこらのゴロツキよりかはずっと手応えがあったし、ヴィクターも試合で一度アタシに勝っている。

 大体は前線で戦っていたためか身体資質に優れているが、古き魔女の子孫であるコイツは肉体的に弱い反面、精神攻撃と呪術に長けている。

 一見有利に見えるが、エレミアの場合は神髄を発動されたらその大半が通用しなくなる。例え使い魔を使役しようと殲滅される可能性が高い。

 

「最初はいたらラッキーくらいの気持ちだったんだけどね……」

「そんなときにアタシを見つけたのか」

「うん。この人ならいける。本能というか何というか、直感的にそう思ったの」

 

 コイツ、インターミドルの試合映像を見たな。それも生中継のやつを。でなきゃアタシがエレミアに対抗できるなんてわかるはずがない。

 

「なるほどねぇ」

 

 けどまあ、これで合点がいった。どうして見ず知らずのアタシに近づいてきたのか、いきなり友達になろうとしたのか。こればかりはずっと気になっていたんだよ。

 要はアタシの信頼を得たかったんだな。その上でアタシを駒として利用し、用済みになれば切り捨てる。ざっとこんなもんか。

 そもそもヤンキーであるアタシと友達になろうとしていた時点で違和感はあった。アタシに近づいてくる奴なんてまずいないし、仮にいたとしてもほとんどが虎の威を借りる狐でしかない。

 

 

 結局はコイツも、そういう奴らとさほど変わらなかったわけだ。

 

 

「だから条件さえ満たしていれば、別にサツキじゃなくても良かった。ただ、クロゼルグの使命を果たすために必要だったんだよ」

 

 必死に声を上げ、逸らしていた目をこちらに向けて一点の曇りもない真剣な面構えになるクロ。まるで死を覚悟したかのようにも見える。

 つってもなぁ……正直、反応に困るんだけど。ぶっちゃけそういう可能性は出会った当初から予想してたし、本当にそうならブチ殺せばいいとしか考えていなかったし。

 

「あー……大体そんな事だろうと思ってたよ」

「……やっぱり驚かないんだね」

 

 今度はアタシがクロから目を逸らし、人差し指で軽く頬を掻きながら口を開く。恥ずかしいことにまともな言葉が全然出てこなかった。

 アタシの若干適当な返答を聞いてもクロは一切動揺せず、枯れたような笑みを浮かべる。どうやら予想通りだったらしい。

 適当ながらも返答はした。後はアタシのやりたいようにやるだけだ。さっそく握り込んだ左拳を大きく振りかぶり、

 

「え、ちょ、ちょっと待って――」

「オラァ!」

 

 それをクロの顔面へ思いっきりブチ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、死ぬかと思った……」

「死ねよ」

 

 無事に我が家へ帰宅したのはいいが、またしても電気と水道、さらにはガスまで止まっていた。家賃はギリギリ大丈夫だった。

 だけど幸いにも今は夏だ。半年前よりは比較的過ごしやすい。飯に使う金銭が一週間分しか残っていないことを除けばな。

 アタシがぶん殴ったクロの右頬は赤く腫れており、まるで長い間放棄していた虫歯がピークに達したかのような光景となっている。

 まあ最大限に手加減したので当然ではあるが。ちょっとでも力を入れてたらタイマンを張ったときのように頬骨が折れていたはずだし。

 とりあえずリビングに置いてあるテーブルの椅子へ腰を下ろし、懐からタバコを取り出す。目の前にある灰皿が懐かしく見えるぜ。

 

「ところでクロ」

「な、何……?」

「聞き遅れたけど、先祖から課せられた使命とやらはもういいのか?」

「うん。もう大丈夫だと思う」

 

 そう言うクロの顔はどこか憑き物が取れた感じになっていた。それにしても、吹っ切れたじゃなくて大丈夫なんだな。

 

「後さ――何でここにいるんだよ」

 

 アタシの問いを聞いて一瞬肩をピクッとさせ、少し怯えた表情になるクロ。いや、この場合は怯えているというより不安に近いか。

 クロはもう管理局側の人間だ。鑑別所に何度も収容されたり、殺し合いとも言える賭けファイトに参加したり、挙げ句の果てには不良界で有名になっているアタシと一緒にいていいはずがない。

 というかアタシが困る。これじゃ監視されてるみたいに、自由じゃなくなったみたいに感じて堪らない。不快さが半端じゃない。

 

「っ…………」

 

 不安を堪えるかのように唇を噛み締め、クロは目元が言えない程度に俯く。どう答えればいいのかわからないのだろうか。

 だがしかし、悪いとは言わないし思いもしない。こればっかりは拗れないうちに、今のうちにケリをつけておいた方がいいからな。

 取り出したタバコにライターで火をつけ、一口吸って少量の紫煙を吐く。そろそろ答えを出してほしいものだ。一分も経っていないけど。

 

「もう一度聞くぞ。何でここにいる?」

 

 アタシがドスの利いた低い声でそう聞くと、今度は小さく悲鳴を上げて一歩下がるクロ。どうせなら殺気も含んだ方が良かったか?

 それでも今ので答えが出たのか、クロは顔を上げると不安そうな目付きのまま真剣な表情になり、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「さ、サツキと……今度こそ、友達になりたいから……!」

 

 

 面を食らうとはまさにこのことだろう。目を白黒させるほど呆気に取られたアタシは、脳内でその言葉を一字一句丁寧に何度もリピートする。

 

 友達になりたい。

 

 コイツ――ファビア・クロゼルグは確かにそう言った。間違いなくそう言った。思わず自分の耳を疑うほど信じられないが事実だ。

 クロの瞳を見てみると、不安ながらも逃げまいとアタシを捉えている。人が良いとかそんな次元じゃねえ。ちょっとした敬意まで感じるよ。

 戸惑いを隠しきれずにまだ一口しか吸っていないタバコを灰皿に押しつけ、舌打ちしながら右手で頭を抱える。ああ、前言撤回。コイツは虎の威を借りる狐じゃねえ、ただのバカだ。

 

「だから、その……さっき言ったこと、一つだけ訂正する」

「一つだけ?」

 

 クロは覚悟を決めるかのように深呼吸すると、真剣な表情の次は比較的穏やかな表情になって続ける。不安な目付きはそのままだ。

 

「サツキは、使い捨ての駒なんかじゃない。一緒にいて、ケンカの後に笑い合って……た、楽しかった」

 

 噓つけバカヤロー。楽しかったのに何で笑顔なのに口元だけ引きつらせてるんだよ。『楽しかった記憶がない、どうしよう』ってのがビシビシ伝わってくるぜ。

 ……まあ、コイツと過ごした日々は悪くなかった気がする。少なくとも、エレミアやハリーと過ごした時間よりかはマシだった。

 チッ、仕方がない。アタシとは正反対の存在である管理局側の人間ってのが心底嫌だけど、彼女の口を封じておけば問題はないだろう。

 

「クロ」

「…………何?」

 

 アタシはアタシのやりたいようにやる。だからコイツが途中で躓くようなら置いていくし、ついてこれるならそれでいい。

 いつものようにクロの頭をポンと軽く叩き、小さな子供の髪の毛をぐしゃぐしゃにする感じで頭を撫でながら返事を返す。

 

「そこまで言うならちゃんとついてこいよ? できるもんならな」

「っ…………うん、どこまでもついてく」

 

 クロは目元に涙を浮かべると、嬉しさのあまりかそれを流しながら満面の笑みになって頷いた。まるでプロポーズを受けた人間の反応だな。

 話が終わったところで新しいタバコを取り出し、ライターで火をつける。クロと一応和解したのはいいが、これからどうなることやら。

 友達、友人。まだそこへ至ったわけじゃないが、前よりもさらに距離が縮まった感はある。エレミアのようにならないことを祈るか。

 

「さ、サツキ」

「あ?」

「恥ずかしいから、頭を撫でるのやめて……」

 

 頬を赤く染め、可愛らしく目を泳がせるクロ。残念だがそいつは無理な注文だ。ていうか頭撫でっぱなしなの忘れてた。

 

 

 ヤンキーと魔女。誰がどう見ても相容れることのないアタシとクロの関係は、今このときを以って本当の意味で始まったのだった。

 

 

 

 

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