第43話「勧誘」
「君なら絶対にできるから!」
「あー、えっと……」
アタシは今、スーツを着た金髪の男に両肩を掴まれながら執拗に勧誘されている最中だ。隣では不機嫌そうな顔のクロがこちらを睨んでいる。
これは怒っているというより……嫉妬か? いやまさかな。エレミアじゃあるまいし、関係が戻ってすぐにそんな感情を抱くわけがない。
目の前にいる男を見て思ったが、ナンパの方が対処しやすいと感じたよ。ぶっ殺せばすぐに終わるし。だがこういうのはやりにくいぜ。
「実はウチの事務所、何かと――」
「はぁ……」
この通り、どういうわけか腕っ節を買われてしまったのだ。アタシの数少ないアドバンテージが活かせる仕事。それが何なのか見当はつく。
断るだけなら一発殴ればいい。しかし職の勧誘となるとそうもいかない。バイト探しを諦めていたアタシにとってはまさに天の恵みだからだ。
男が事情とやらを話している最中にため息をつき、めんどくさいと言わんばかりに天を仰ぎそうになる。いや実際にめんどくさいけどな。
――事の始まりは二時間前に遡る。
「おいクロ」
「何?」
雲が太陽を覆っている微妙な午前。アタシとクロはバイトを探すべく、ミッドチルダ西部にある都市へ訪れていた。中央区画――クラナガンだと面が割れているからな。
顔に当たる風が心地よく感じられる。雨が降ってきそうで少し不安だが、太陽が雲に隠れていることもあって季節的には結構涼しい。
とりあえずマッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、風が吹くと同時に紫煙を吐き出す。
クロはその風に乗ったタバコの煙を顔に浴び、慌てて首を横に振る。てっきり慣れているものかと思っていたが、案外そうでもなさそうだ。
「金がねえ」
「半年前にも同じようなこと言ってなかった?」
ジト目でアタシを睨み、呆れた感じの声を出すクロ。よく覚えているなそんなこと。お前に言われるまで完全に忘れてたぞ。
現在、家賃以外の全てが止まった状態にある。飯代は一週間分しかないし、半分はタバコに回すからいずれ一文無しになるのは目に見えてる。それは避けないとならない。
それにしてもよ、顔見知りに会うのを避けるためにわざわざ遠征したっつうのに、これといったバイトが見つからないのはどういうことだ。
春はバイト見つけるのにここまで苦労しなかったぞ。精々求人雑誌を読み漁った程度だ。まあ、あの時はハリーの協力もあったけどな。
「お金がないからバイトを探してるんでしょ?」
「わかってるよ」
クロに苦言を吐かれながらも右手で頭を軽く掻き、一口吸ったタバコを投げ捨てる。稼ぎ以外の理由でバイトをする奴なんてそうはいないぞ。
手ぶらで帰るのはアレなので近くにあるコンビニで求人雑誌を買おうと思った瞬間、お腹から音が鳴った。腹が減ったらよく鳴るあの音だ。
そういや今日は朝飯も食ってねえなぁ……せめて昼飯ぐらいは食ってくか。クロも自分の腹からグ~という音が鳴った途端に頬を赤くしてるし。
「なに食べたい?」
「奢って……くれるの……?」
アタシの発言をどう受け取ったのか、絞り出すように震え声を出すクロ。誰が奢るつったよ。割り勘に決まってんだろうが。
「んなわけねえだろ。むしろ奢ってほしいぜ」
「…………牛丼ならいいよ」
牛丼か。ていうか牛丼ならいいのか。嫌いじゃねえが、アタシは人よりも少食だ。お米で一週間は持つし、水だけで過ごしたときもある。
貸しを作るのは個人的に癪なので彼女の恵みともいえる提案を保留にし、バイトから飯屋へ探し物を変更する。もうバイトはいいや。
ズボンのポケットからタバコを取り出し、マッチ棒で火をつける。ちなみに一本のタバコを持てなくなるほど吸ったことはない。
空腹による苛立ちを抑えながら歩いていると、五メートルほど先にうどん屋があった。たまにはラーメン以外の麺類も食ってみるか。
「あそこにするぞ」
クロがコクリと頷いたことを確認し、左手に持っていたタバコを吸いつつうどん屋へ向かう。どうせならバイト募集してないか確かめよう。
口内に溜まった一定量の紫煙を吐いていると、アタシの右手をクロの小さな手が掴んでいた。何か言いたいことでもあるのだろうか。
いつもの無表情はどこへやら、人が変わったみたいに可愛らしい笑顔を浮かべているクロ。見ていて虚しく感じるほど微笑ましい光景である。
「ふふっ」
「……何笑ってんだよ気持ち悪い」
「ううん、何でもない」
こういう反応、どっかで見たことあるぞ……そうだ。ある漫画で主人公とデートしていた恋人が嬉しそうに名前を呼ぶ場面と似ているんだ。
「美味かったな」
「……お金、返してよ」
たらふくうどんを食べ終え、腹を満たしたアタシとクロは人気の少ない通路を歩いていく。つーか財布がヤバイってのに借金ができちまった。
一週間という空白を埋めていくかのようにタバコを一口吸い、紫煙を吐きながら周囲を見渡す。何かスラム街みたいだな、この辺り。
クロはアタシの手を掴んで離さず、プチデビルズを試運転感覚で使役している。この世界における使い魔はペットと同類なのだろうか。
愉快な使い魔達がゲラゲラと笑い声を上げる中、アタシは空を見上げながら次の予定を考えていた。さっきよりも増えてるな、雲。
「雨、降りそうだね」
「ああ。さっきの店から傘をパクっとけば良かったかもな」
「そういう考えはよくない」
「バカヤロー、しばらく貸してもらうだけだ。盗んだりしねえよ」
失礼な奴だな全く。お金以外の物を無断でパクったりするわけねえだろ。去年ニュースになっていた窃盗犯じゃあるまいし。
たまに乗ることがあるバイクを貸してもらうときだって持ち主に一言告げておくし、食い物を買うときはちゃんとお金を払う。
数メートル先に見える廃墟のビルを目指すように歩いていると、都市と廃墟の境界ともいえる場所に事務所らしき建物があった。
「……何の事務所だと思う?」
「モデルかあっち側の人達の拠点」
早口で質問に答えるや否や、クロはここから離れようと言わんばかりにアタシの手を引っ張り始める。モデルを知っているのかお前。
とりあえず建物の前で立ち止まり、眺めるように観察する。看板はあるけど古すぎて字が読めない。何の事務所かますますわからないな。
まあ確かに不穏な空気が漂っているのでそそくさと立ち去るべく一歩下がった瞬間、建物の入り口から複数の声が聞こえてきた。
声のトーン、重複、足音から判断すると人数は三人。全員若い男だな。やっぱりクロの言う通り、ここはモデルの事務所かもしれない。
「――ん?」
「あっ」
アタシの予想通り、若い男が三人出てきたと思えば目が合った。一人は茶髪、一人はサングラス、一人はピアスという今時の外見をしている。
自分は関係ないと後ろに隠れたクロは放っておくとして、問題は連中の方だ。珍しいものを見ているかのようにこっちへ近づいてきた。
「……あのさぁ」
「どうした?」
「俺、目が曇ったかもしんねえ」
「マジで?」
茶髪がアタシとクロを交互に見ながら目を擦り、ピアスが驚きの声を上げる。サングラスは比較的落ち着いているが、アタシとクロに対する反応は茶髪とそんなに変わらない。
どうやって対処しようか。今日は乗り気じゃないからできるだけ穏便に済ませたいと思っていると、サングラスの男がゆっくりと動いた。
これあれだ、ナンパだろ。アタシの後ろに隠れているクロをナンパするつもり――
「俺の目もおかしいわ。だせぇ物体が二つも見える」
「お前もか。俺もだよ」
「だろ? これヤベェわマジ」
死にたいかムシケラ共。
「……殺したろかおい」
口調が関西弁になるほどキレているアタシは絶対に悪くない。ナンパならまだしも、初対面で『だせぇ物体』は私刑ものである。
クロは未だに後ろでジッとしており、何故か震えている。男達が怖いのだろうか。それとも寒いのだろうか。まあ季節的に後者はないな。
アタシの一言が頭にきたのか、目が曇っている男達は舌打ちする程度に怒りを露わにし、うち一人はサングラスを外しながら口を開いた。
「俺、こう見えてもキレると見境ごぁっ!?」
元サングラスの言葉を遮る形で頭突きをお見舞いし、前蹴りで建物の壁まで吹っ飛ばす。次に殴りかかってきたピアスの腹部へボディブローを叩き込み、顔面に蹴りをぶつけた。
身体をくの字にして後退する彼の髪を右手で掴み、顔面に膝蹴りを入れてから左拳で殴りつける。あらら、髪が抜けちゃってるよ。
手に残った髪の毛を軽く払い落とし、呆然としている茶髪へ視線を向ける。さっさと済ませるか。他の二人も起き上がったし。
復活するや否や、元サンは懐へ蹴りを入れてきた。アタシはそれを当たる寸前で叩き落とし、左のハイキックで彼を沈める。
「このアマ――」
だらしなく鼻血を流しているピアスが振るった拳を難なくかわし、直後にカウンターという形で右拳をジャブ感覚で打ち込む。
ゾンビのように起き上がった二人の男を、今度こそブチのめしたところで唾を吐き捨てる。そして未だに動いていない茶髪へ歩み寄る。
「チッ、ふざけんなごはぁっ!?」
妙にお怒りな茶髪の拳を顔面に食らってしまうが、もちろん意に介すことなく速攻で殴り返す。これもカウンターだな。
次に体勢を崩しながら壁に叩きつけられたソイツの鳩尾へ拳をブチ込み、右、左の順に顔面を殴りつけていく。もはやサンドバッグ状態である。
ストレスをブチ撒けるように殴り続けていたが、入り口から第三者が乱入してきたのでやむを得ずに殴る手を止める。誰だ一体。
「え、ちょ、何これ!?」
ムシケラ達の落ち度によって引き起こされた惨状を目にし、慌てる一人の男。キッチリと着こなされたスーツ、綺麗に整っている金髪。
身なりからして、おそらくこの事務所のプロデューサーだろう。アタシと倒れている男達を交互に見て、最後にバッとこちらへ振り向く金髪。
なんか面倒なことになりそうだと直感したアタシは後ずさるように立ち去ろうとしたのだが、彼はズカズカと歩み寄ってきて、
「お嬢ちゃんケンカ強いねえ! 君にピッタリな仕事があるんだよ!」
両肩を掴んで勧誘してきた。何なの一体。
では、良いお年を。