「…………」
今日もヴェルサの護衛として同行し、分割で借りた分を返せないからこっちの方で仕事を発生させてもらっている奴の元で見張りを任された。今は途中まで送ってもらっているところだ。
仕事の内容はアタシも見ていないし聞いてもいないのでよくわからないが、大体予想通りのはずだから深くは考えないことにしよう。
うんざりな気分を紛らわそうとマッチ棒で火をつけたタバコを一口吸い、アタシの乗っている車が止まると同時にドアを開けて降りる。
「はぁ、ダルい……」
紫煙を吐きながら呟き、ゆっくりと歩いていく。気分だけならともかく、特に何もしていないのに身体までダルく感じるのは初めてだ。
もう深夜だし帰って…………明日の仕事に備えて寝よう。今日はケンカする気すら起きねえ。社会人になったせいなのか、それともアタシ自身が変わってきているのだろうか。
とにかく帰りたい。帰るのではなく、帰りたいだ。ここまで逃げるように後ろ向きになっているなんてアタシらしくないが、そんな言葉が頭の中を駆け巡っているのだ。
「――おいクソガキ。ちょっと付き合え」
そしてそういうときに限り、面倒事は起きる。
「…………」
「…………」
まただ。どういう反応をすればいいのかわからないとはまさにこの事だ。
焼き鳥を美味しそうに食っているヴェルサに付き合わされ公園に来ているのだが、互いにさっきから一言も喋っていない。アタシは沈黙、ヴェルサはただひたすら焼き鳥を頬張っている。
というか、話すことが全くない。なんでヴェルサがアタシを誘ってきたのかも全然わからない。何もないわけじゃなさそうだが……。
とりあえずタバコでも吸おうかとポケットに手を入れた途端、焼き鳥を食い終えて串を投げ捨てたヴェルサが唐突に口を開いた。
「お前、今日も債務者に同情してただろ?」
「はぁ?」
何を言い出すかと思えば、いきなり訳のわからないことを聞いてきたぞコイツ。
同情? アタシが? 他人に?
まあ少し胸糞な感じだったし、うんざりしていたのは確かだ。けど債務者に同情した覚えはこれっぽっちもない。
さすがにあり得ないと鼻で笑い、どうでもいいことに付き合う必要はないと公園から出ようと立ち上がり、一歩踏み出したときだった。
「クソが――」
「クソはお前だよ」
ヴェルサはさっきまでのアタシをバカにするような気色の悪い声ではなく、嫌悪感丸出しの声で見下すようにそう言ってきたのだ。
いつもとは違い聞き流そうにも聞き流せず、思わず動かしていた足を止めてしまう。ただの悪口なのに。言われ慣れたことなのに。
そんな中、一つ言えるのは――ムカついた。護衛対象だか何だか知らねえが、ブチのめすには充分だ。この前の件もあるしな。
拳を握り込み、回れ右してヴェルサへ歩み寄っていく。何を思っているのか、彼は嫌な笑みを浮かべている。その顔変形させてやるよ。
「三回殺すぞボンクラが――!?」
迷わずヴェルサの鼻っ面目掛けて右の拳を振るうが、まるで止まって見えると言わんばかりにあっさりとかわされてしまう。
内心驚きながらも間髪入れずに左の拳を、今度は暴風気味の拳圧が発生するほどの速度で振るうも最小限の動きだけであっさりとかわされてしまい、簡単に背後を取られた。
拳の軌道を予測して回避している、にしては動きが咄嗟だ。つまりアタシの拳をきちんと視認した上でかわしてやがる。
「当てたら殺す」
「上等じゃねえか」
どっちかというと美形なのは認めるが、顔に当てられるのを嫌がるとかナルシストかコイツ。追加で四回は殺したくなってきたよ。
これでも一応、驚いてはいる。ただの立場にモノを言わせるだけのゲス野郎かと思いきや、ケンカのできるゲス野郎だったとはな。
「俺より下の奴らに金を貸し、その分を期日以内に返金させる。それの何が悪い? ていうか、お前はどうなんだよ。未成年、学生なのを良いことに何の目的もなく粋がってるだけじゃねえか」
「上から目線で説教かよ」
アタシの言ったことに聞く耳を持たず、ヴェルサは続ける。
「俺はこれでも、自分が人間以下のクソだと自覚してる。それに対してお前は、粋がって暗部に首を突っ込んでるくせに自分は真人間になれると虫の良い希望を抱いてやがる」
コイツ、今暗部つったな。アタシは何も話していない。もしかしてアタシが闇拳に参加したことを調べたのか? それとも現在、アタシが闇金で働いていることを言っているのか?
まあこの世界の場合、わりと規制されている地球とは多少違うところがあるのか、少し調べるだけである程度の情報は簡単に手に入るからな。
「……何が言いたいんだ、お前」
「話の途中で口を挟むな。お前は俺のビジネスをくだらないと言い、許せないと思っている。だからお前は債務者に同情し、この仕事に嫌気が差してきた。楽して金を欲しがってた分際で、今さら善人気取りとか笑わせんなよ」
ヴェルサの言うことに反論できず、殴ろうにも手が動かないので湧き上がる怒りを必死に抑え、歯を食いしばって睨みを利かせる。
違う。アタシは同情なんかしていない。アタシが信じ、愛するのはアタシだけだ。うんざりはしてたが、同情なんかしてねえ。
あと、何の目的もなく粋がっているという点だけは否定させてもらう。アタシはヤンキーだ。ヤンキーであることの何が悪い。ヤンキーがヤンキーらしく突っ張ることの何が悪い。
それでも何か言い返そうと微かに口を動かし続けたが、言葉というものが全く出てこなかった。悔しいにも程があんだろ……!
「アイツら底辺は、俺が金を貸してるから生活できるんだよ。そして俺はそれを糧にし、いつかこのドブの中から抜け出してやる」
ドブから抜け出す、か。いつまでも底辺でくすぶっているつもりはないってことだな。人にクソだの真人間だの散々言っといて、自分はクソのまま羽ばたくのかよ。
身体が金縛りに遭ったかのように動かない。動いてくれない。今コイツを殴っても意味はないのかもしれない。でも、アタシは――
「アウトローごっこも大概にしろよ」
「っ、黙れクソヤロー!!」
その言葉を聞いた瞬間、アタシは金縛りから解放されたように動いていた。怒りに任せて拳を振るうも、やはり簡単に避けられてしまう。
ごっこじゃねえよ……アタシのヤンキー道は、ごっこや遊びなんかじゃねえっ!!
アタシが諦めずに再度突き出した拳を軽くいなし、ムカつく笑みを浮かべながら背を向けて立ち去るヴェルサ。ふざけやがって……!
「待て逃げんなッ! 戻ってこいッ! 逃げんなクソがァァァァ!!」
どんどん離れていくヴェルサの背中を追いかけられず、アタシはただ叫ぶしかなかった。
「そう……逃げたのね」
「逃げたんだ」
「…………チッ」
ヴェルサとのやり取りから二日後。今日も仕事はあるのだが、アタシは仮病を使ってダールグリュン邸へ訪れていた。学校にも行っていない。
自分の全てを、自分が積み重ねてきたものを崩された。本当に崩されたわけじゃないが、今の気分はマジでそんな感じである。
ジッとしていても何かが変わるわけじゃない。だからこの屋敷に来たのだ。何か得られるものがあるかもしれないと思って。
アタシだって他人を頼りたくはない。でも、自分だけじゃどうにもならないってことは嫌でも他人を頼る必要があるということだ。
火のついていないタバコを左手に持ち、ボーっとしながら窓の外を見つめる。ヴィクターの言ったことに言い返す気も起きねえわ。
「はぁ……」
「これで八回目よ。あなたがここに来てため息をついたのは」
呆れながらそう呟くヴィクターの方へ視線を向け、紅茶を飲み終えて腕組みしている彼女の姿を捉える。いつものアタシならすかさずぶん殴っているところだ。三発ほど。
「アタシだってため息ぐらいつくよ」
「家にいたときの分を含めると今ので十五回目。たまにつくとかそんなレベルじゃないから」
今度はアタシについてきたクロがジト目でツッコミを入れてきた。いや、アタシがため息をつくことに何か問題でもあるのか?
そもそもここに来たのもクロが原因だ。最初は年長者であるシェベルの元を訪ねようとしたのに、コイツが急に顔を真っ青にして嫌がったので断念せざるを得なかった。
左手にずっと持っていたタバコにライターで火をつけ、一口吸って紫煙を吐き捨てる。やっと、いつもやっていることができたよ。
「まあ逃げたことは置いておくとして、本題に入りましょう」
呆れ気味の表情から一変、真剣な表情になるヴィクター。クロもそれに合わせてジト目をやめた。元々ジト目だから大した変化はないが。
「結論から言います。全部とは言い切れないけど、その人の言ったことは間違っていませんわ。だからあなたも手が出せなかったのでしょう?」
「っ……!」
思わずカッとなるもギリギリのところで抑え、代わりにヴィクターを睨みつける。これで人を殺せたらどれだけ凄いことか。
そんなアタシの心情を見透かしたかのように、ヴィクターは目をすうっと細めて続ける。
「悔しそうに堪えている今のあなたが何よりの証拠です。本当に違うのなら、今ここで私を殴るなり、言い返すなりしているはずよ」
ヴェルサのときと同じだ。言い返そうにも言葉が出てこない。殴ろうにも手が動かせない。相手は知り合いのヴィクターなのに、会う度に一回は殴り飛ばしている相手なのに。
「あなたは以前、アタシはアタシのやりたいようにやると言った。その結果がこれですわ。突き付けられた現実から逃げるあまり、決して頼ることのなかった他者を頼っている」
私としては少し複雑な気分だけど、と目を逸らしながら口元を引きつらせるヴィクター。
つまりアタシは自分がヤンキーでありたいがために現実逃避している、ということか。それも頼りたくない他人に縋ってまで。
……なら話は早い。突き付けられた現実を受け入れたうえで、自分のヤンキーを貫く。簡単じゃねえのは百も承知だが、口だけで行動を起こさないよりかはマシだ。
左手のタバコを一口吸い、携帯灰皿に押しつける。もう充分だ。突破口を開いてくれたヴィクターには礼を言わなきゃならねえ。
彼女はアタシのやろうとしていることに気づいたのか、慌てふためいて椅子から立ち上がり、コソコソと後退りし始めた。
「さ、サツキ? 言いたいことがあるならちゃんと言葉で――」
「ありがとなっ!」
「ごぶぅっ!?」
思わず嬉しさを含んだ声を出してしまうも、ごまかすように振り上げた右腕でヴィクターを殴り飛ばした。これだよ、これなんだよ。
まだ根本的な部分が解決したわけじゃないが、降りてきた蜘蛛の糸は掴んだ。後はこいつが切れないように登っていくだけ。
「帰るぞクロ」
「う、うん」
「その前に何か言うことがあるでしょう!?」
大丈夫だ、ちゃんと言ったから。